刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第2部

9

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1|触れるだけで十分だった。二人の距離はもう迷わない

 首筋に触れた圭介の指。
 1mmの頭皮を撫でる音。

 すべてが胸を震わせるのに——
 澪は気づいた。

 (……これ以上、何もいらない)

 触れるだけで、
 抱きしめられるだけで、
 圭介の呼吸を感じるだけで、
 もう十分だった。

 圭介も同じように、
 触れたまま動かない。

 ただ澪の反応を感じながら、
 指をゆっくり胸元へ戻した。



2|圭介が、抱きしめるというより“包み込む”抱擁をした

 圭介は澪の肩に手を回し、
 そっと抱き寄せた。

 夜の最初より、
 午前より、
 どんな時よりも柔らかい抱擁。

 抱きしめる、ではない。

 包むような抱擁。

 澪は胸の奥が熱くなる。

 「……圭介さん……」

 「澪」

 圭介は額に触れるほどの距離で言った。

 「お前のこと、
  大切にしたいんだ」

 言葉が触れた瞬間、
 澪の目に涙が滲む。



3|“触れたい”より、“そばにいてほしい”が勝った瞬間

 圭介の手が、
 頭と背中を行き来するように優しく撫でる。

 首筋に触れた熱が、
 夜の深さを物語っているのに……

 澪は思った。

 (触れ合いより……
  そばにいたい……)

 この瞬間、
 澪の中で何かが変わった。

 官能よりも、
 温もりが欲しくなっていた。

 圭介は澪の肩に額をつけて言った。

 「澪……
  俺は、今日お前を抱こうと思ってた。
  でも……」

 胸が跳ねる。

 圭介はゆっくり続けた。

 「違う。
  それより……
  ちゃんと大事にしたい」

 澪の涙が一粒落ちた。



4|椅子に座るよう促され、二人は向かい合う

 圭介は澪の肩に触れ、
 ゆっくりと椅子へ誘導した。

 カットも、
 バリカンも、
 恋の始まりもここだった。

 圭介は澪の前に立ち、
 その目を見ながら言った。

 「澪。
  俺は……お前を幸せにできる男になりたい。
  そのために、
  ゆっくり進みたい」

 澪は首を横にふる。

 「違います……
  もう幸せです……
  圭介さんと一緒にいるだけで……」

 圭介の目が少し潤む。



5|指先だけで交わす、もっとも深い“触れ合い”

 圭介は手を伸ばし、
 澪の手をそっと握った。

 恋人の手の握り方ではない。
 誓いのような握り方。

 指先が絡まる。
 それだけで胸が締めつけられる。

 「澪」

 「はい……」

 「お前を抱くのは……
  今日じゃない」

 澪の胸がふっと緩む。

 圭介は優しく続けた。

 「でも……
  手を握るのは今日じゃなきゃ嫌だ」

 澪は静かに微笑み、
 圭介の指を握り返した。

 手と手が重なるその場所から、
 ゆっくり、確かな熱が広がった。



6|深夜の理容店に、ただ息づかいだけが残る

 二人はそのまま、
 手を繋いで、
 向かい合ったまま目を閉じた。

 触れたい、抱かれたい、
 そんな感情はもちろんある。
 けれど——

 今はそれ以上に、
 「一緒にいる」という事実が愛おしかった。

 圭介が呟く。

 「澪……
  これが俺たちの“終わりじゃない始まり”だ」

 澪も囁く。

 「……はい……
  これから……ずっと……」

 そのまま静かに、
 夜がゆっくりと更けていく。
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