聖女と呼ばれても、そこそこ暮らしが一番です~秘密の種は異世界お婆ちゃんの知恵袋~

ユーリアル

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GMG-041「う・どーん」

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「よいしょ、こらしょ!」

「ピィ、ピィ!」

 掛け声とともに、どすんどすんと音が響く。
 たぶん、外にはほとんど聞こえていないだろうけど……聞こえていたら、何事かと思われそうな音だ。

 大きなテーブルの上で作業する私、その横にはシロ。
 私がやるのを見て、自分もやりたいと思ったのか、遊びと思ったのか、小さな塊を踏んでいる。

 その正体は、小麦粉を使った物。

 さっきから私は、気分転換に麺類でも作ろうと作業中なのだ。
 そう、麺類だ。特別食べたいとは思っていなかったけれど、急に作りたくなったのだ。

 元々がターニャとしての私があるからか、そんなに食に対して変化が無い中では珍しいことだ。
 私じゃない私の記憶を思い出しながら、白い塊を練り上げ、後は少し寝かせる。

 次に取り出すのは、元々作ったのより随分小さい脱水機。
 2本の棒で挟みながら、ぐるぐる回して脱水をする機械だけど、今回は伸ばすのに使う。

「おー、良く伸びてる」

 本当は麺棒とかで伸ばすのがいいんだけど、まだ練習もしてないからなかなかうまく行かない。
 その点、これなら中を通すだけだ。そりゃ、細かい部分は違うかもだけど。
 これもお手製の魔石を使うコンロ(試作品でまだ商売には出来てない)でお湯を沸かす。

「スープは昨日の残りでいっか……」

 一人暮らしだと、独り言が多くなる。
 本当は、神父様や弟たちと一緒に暮らしててもいい。
 でも、色々と危ないのだ。

 湧いたお湯にうどんもどきを放り込み、躍らせる。
 なんていうか、ずっと見てても飽きないよねこういうの。

「この後は失敗作の処分をしないと……」

 そう。いくつもの成功の裏には、記憶があいまいだったせいで失敗した物が結構ある。
 ただ失敗しただけならまだいいのだけど、手を触れたりすると危険な物も出来たりする。
 この前の、石鹸づくりの時もそうだ。あやうく、飛び散った液体が体についたままで目をぬぐうところだった。

(マリウスさんも言ってたけど、怪物対策になるかな?)

 南方の海にあるという大渦。実はあれ、昔から中央に大きな怪物がいると噂されている。
 その怪物が、渦を産み出していると。

 他にも、海には大きな怪物が結構いるらしいのだ。
 お婆ちゃんの知っている奴だと、巨大イカみたいなクラーケンとか。
 幻だとか、言い切れないのがこの世界の問題だよね。

「だって、実際に大きな怪物がいるんだもの」

「ピィ?」

 苦笑しながらシロを撫で、そのまま片手で3つ又のフォークで口もとへ。
 これも記憶にある4つ又に改良してもらおうかな。

 なんちゃってうどんを食べ終えた私のつぶやきに、シロが可愛らしく反応する。
 見た目は、大きなトカゲに鳥っぽい部分、それに翼と不思議生物のシロ。
 この子が、大きくなるかはまだわからない。
 でも、大きいのはいるのである。

 あれは、怪物のフンじゃないかという魔石を持ち帰った時の事。
 早めにと野営の準備を始めた私たちは、遠くの山にそれを見た。

 曇り空で、細かくは見えなかった。ただ雲に落ちた影は巨大。
 言葉を失ってみんなで見つめている間に、その陰はどこかへと消えていった。

 もしかしたら、雲に大きく写っただけかもしれないけど、何か大きい空飛ぶ奴がいるのだ。
 確かにこの国も、北方そのものは手付かずの大地や山々があると聞いている。
 王様も、色々あって手を出していないらしいことも。
 その理由の1つが、アレなんだろうなと直感した。

「お前も大きくなったら、乗せてね」

「ピィ!」

 いろんな方面から、勘弁してくれとか言われそうだけど言うだけは言っておこう。
 言葉がわかってるような、わかってないような返事を聞いてこちらも笑みを浮かべる。

 自分が、ドラゴンをどうこうすることはないとは思うけど、まずは目の前の生活だ。
 あるかりとかいう状態になってる奴を、どうにかして中和すべく色々と混ぜていく。
 お婆ちゃんの記憶にある者と違うのは、この世界にある魔法と魔素。
 少しずつだけど、毒の無いようにしていって……適当な壺に封をして埋める。
 たぶんそのままでも大丈夫だけど、念のためだ。

「あんまり動いてると干物になりそう……干物、干物か」

 港町であるシーベイラの名産は、やはり海産物だ。
 内陸へは、当然のことながら乾燥させたものになる。
 干物自体には、歴史があるし私がどうにか出来ない部分も結構ある。
 作り方なんかは、伝統のほにゃららってのが基本だしね。

「でも出汁をとるなら、そっちがいいわよね」

 うどんもどきを食べたからか、気分がそっちに傾いていた。
 鍵を閉め、向かう先は港……ではない。

 そちらに向かえば、男性たちが訓練する声が聞こえてくる。
 教える人を除けば、みんな大体同じ服装。
 見覚えのあるその姿は、国の兵士だ。

「む? ターニャ様、何か御用ですか」

「特別どうってことは。今日も訓練大変そうですね」

 私を出迎えてくれたのは、最近この兵士さんたちの先生になったマリウスさんだ。
 彼は、お婆ちゃんの記憶から色々と生み出す私の護衛であり、町の戦力だ。
 護衛と言っても、ずっとは……という私の要望もあり、普段はこうして兵士の相手なんかをしている。

 元々、お年の割に壮健そうな感じだったけど、ますます磨きがかかっている。
 そういえば、浮いた話を聞かない……私のせいだろうか?

「やりたいことがあったら、言ってくださいね。いつでも自由になれるように言いますから」

「私は、ご迷惑でしたか?」

 マリウスさんのことを思ってのつもりだったけど、別の意味にとられてしまったらしい。
 慌てて言い訳をしつつ、話を兵士さんたちに戻すことに成功した。
 彼らが走るのは、砂浜。平地を走るより、訓練になるんだとか。

「あの人、少し体調が崩れてますね。しっかり飲ませた方が」

「なるほど、魔素の乱れが見えますか。注目! 私は聖女様のお相手をする。しばらく休憩!」

 とても聖女様は……と口に出せるような状況ではない。
 用事が無いわけじゃないので、物陰でマリウスさんと向かい合う。

 用件は2つある。1つは、うどんもどきを試すのに、試食の手伝いをしてもらおうかということ。
 もう1つは、王都から来るはずのエリナ所長の現状についてだ。

「討伐が忙しいって聞きましたけど」

「ええ、悩ましいことに。彼女は優秀な魔法使いですから、それが駆り出されているとなると相当な物でしょう」

 この前見たドラゴンは、何か関係あるのだろうか?
 もやもやした気持ちを抱えながら、マリウスさんと語らうのだった。
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