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CBM-004
しおりを挟むコボルトは小柄な生き物だ。人間の半分ほどの背丈、重さは言うまでもない。それでどうして戦えるのかと言えば、マナを己の物として体を強化するからだ。その点でいうと、ただのイノシシに見えつつも同じくマナを使うことを覚えたビグボアは同じ立場ということになる。
「ちっ、やはり刃が通らないかっ」
1頭はエルサのほうへ、残りの1頭を引き付けることができた。今度は先ほどのように飛び掛かるのは難しい。もう、目の前だからな……そのままやると牙でやられる。
(かといって体力はあっちの方がありそう……っとぉ!)
何度目かの突進を回避し、上がりそうになる息を何とか整える。コボルトは小柄だ……俺も元々は普通のコボルト戦士だったからには、特別鍛えられているわけじゃあない。出来るとしたら、マスターからのマナの供給を受けてさらなる強化といったところだろう。
次の一手を考えていた時、耳にビグボアらしき悲鳴が届く。ちらりと見れば、馬車と俺たちの間にいつのまにか大穴が開いていた。間違いない、マスターの自然魔法だ。
「ルト君!」
「おうっ!」
この短時間であんな大穴を作れる魔法は俺の刻まれた知識には無い。知らない魔法か、それとも……今はそれどころじゃないな、ビグボアの強みはその突進だ。であればその突進を殺す!
相手を挑発し、思う方向へと突撃させ……転げ落とした。
「春の目覚めよ応えよ!」
「縛りか……よし!」
運悪く骨でも折ったのか、あおむけで起き上がれない相手に向けてエルサの魔法により土から一気に緑が伸びる。それは縄のようにビグボアを縛り付け、一時的にだが相手を拘束する。となれば俺がやることは1つ、素早く接近し、無防備な腹から胸元へ向けて刃を突き入れる。
そして、随分と血なまぐさい形だが戦いは終わった。やはり、もっと強くならなければ……コボルトだからと甘んじてるのは良くないだろう。
「マスター、処理はどうする。中身ぐらいは抜いておいた方が良いと思うが」
「お任せしてもいいですか? 私はあちらの方とお話してきます」
視線の先にはこちらに助けられたことを理解したであろう馬車が止まり、中から人間が出てくる。なるほど、助けたのでは終わるつもりはないということか。マスターもタダ働きは御免、か。
頷き、血や内臓を捨てるための穴だけは別に用意してもらう。こうなれば後は体格差に苦労しつつも俺は捌いていくのみ。狩りと違い、殺すだけを考えたから美味しくない奴もいるだろうが……まあ、3頭となれば贅沢にやれるだろう。
マスターの魔法による穴と地面の高さを利用して必要な処理をする。出来れば頭を落としたり、川で冷やしたいが出来るところまで、だな。
「ルト君! もういいですよ。お手伝いしますね」
やはり体格差があると思ったより時間がかかったようで、3頭分の処理が終わったころにはマスターの声がかかることになった。まあ、自分より大きな得物を抱えるコボルト、なんてのはまだ夢ってことだな。
「ビグボア3頭を相手にとなればどんなと思えば……ただのコボルトではなさそうですな」
「コボルトのルト、よろしく頼む。マスター、どう分配する?」
俺も普段からこういった態度を取るつもりはない。これは最初の札。これでこちらを召喚獣ごときが!となる相手であれば助けられたことに何も感じていないということになるわけで、そう言った相手となれば……まあ、やるのはマスターだが。
俺たちが助けた形になる馬車の主は、商人のようだった。体は鍛えている様子はないが、身なりはそこそこよさそうな物だからだ。ちらりと見えた馬車の中身も半分ほど詰まっている。先ほどまでの無茶で多少荷崩れしているようだが。
「それなら少し行ったところに川がありますのでそちらで洗うなり冷やせばどうでしょう」
「ああ、そういえば……手つき代わりに荷台の先をお借りしますね」
マスターの要請に、相手も頷きビグボア3頭は馬車に積まれ、街道を少し逸れた場所に流れる川へと向かうことになる。その間、俺は普通に走っている。乗っていてもいいだが、先ほどのような急ぎでなければこのぐらいの速さで動く物なのだ、馬も疲れてるだろうしな。
「ルト君、こちらはアクサームにお店を持っているクスターさんとご家族ですよ。仕入れの帰りだそうです」
「となると……襲われた理由に心当たりは?」
頭を下げつつ、俺からでいいかはわからないが馬車の男、クスターに聞いてみた。視界には家族であろう人間の女と子供が2人。子供がなんだかこちらを見る目つきが不思議だな。人間からすると怪物で、血まみれだというのに、怯えた様子はない。
「ははは、息子はそちらの活躍に興奮しているようだ。失礼かもしれないが、そのぐらいの背丈でもあんなに戦えるのなら自分も!と言ったところか。襲われる理由か……一応あるにはあるんだが」
なるほど、子供はそういうところがあると俺の中にある知識も言っている。だが、現実はそう甘くないことをいつか知るだろう。それはそれとして、クスターには心当たりがあるらしい。
「街道として整備されてない場所を走っていて、子供を跳ねてしまったんですよ」
「「ああー……」」
思わず俺とマスターの声が重なった。なるほど、不幸な事故、それ以外に言いようがない。街道に埋まっているよくわからない物は怪物避け、これは間違いない。でもそれは全ての道にあるわけじゃないのだ。通れると言っても、雨風で崩れたりした場所は途切れるし、道も1本という訳じゃない。怪物避けがない道だってあるわけだ。
「多少なりともこれで穴が埋まるといいな。お、あれが川か」
俺が渡るのは大変、そう思うぐらいの川があったのでビグボアの処理をそこで行う。俺も乾きかけた血をしっかりと洗う……うむ、さっぱりした。
身ぎれいになってから戻ると、子供たちの視線がまた変わったことに気が付いた。マスターが頷いたので、仕方ないなと思いながら……そばに座って見せる。すると、恐る恐るという感じだが近づいてくる。
「お耳、さわってもいい?」
「ぎゅっとすると痛いからやめてくれよ」
そう言ってやると、耳だけじゃなく全身なにやら触られ始める。だが文句は言うまい。急な命のやり取りで、子供たちは内心怯えているだろうからだ。そこまでする義理は無いと言えば無いが、マスターがそれでいいというのならそうするのだ。
そうこうしているうちに、町へと戻ることになる。戻るまでは順調で特に何事もなく……まあ、平和が一番だな。
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