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CBM-030

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 対岸の街では一晩だけ過ごした。俺たちの目的地は人が消えた目撃談のあるさらに西の街。西国との国境が近く、岩肌の露出した場所も多いそうで資源の採掘をめぐって小競り合いが絶えないのだとか。


「毒には気を付けないといけませんね」


「岩や鉱石から毒が溶けだす……信じられない……いや、そうでもないか」


 あんな硬い物が、と思うところだが俺は2つのことからそれに納得することができた。1つは巨人胆をはじめとして、そういった物を溶かして使う水薬があるではないかということ。もう1つが先日なんとかすることになったマナ結晶からの変質したマナ汚染だ。


(場所によって川の色が違うとか知識にあるもんな、そういうこともあるんだろう)


 街に着くまでの間、馬車に揺られつつも警戒は怠らない。当然と言えば当然だが、この馬車にはアイツはいなかった。でもあの日、見かけた姿は間違いなくアイツだった。だとするとあの短時間で馬車に飛び乗ったというのだろうか? 悩ましいところだが、間違いなく人が消えたという場所の方が手掛かりはあるように思えた。


 そう、俺は既に今回の召喚事件とでもいうべきことがアイツが絡んでると確信していた。何の根拠もないただのカンだ。本当に犯人かはわからない。けれど、何かを知っている……そう感じている。アイツのことを考えると復讐心にも似た何かが湧きあがり、胸元に埋め込まれた竜のマナ結晶が脈打った気がした。


「良くない決意は……駄目だな」


 あの時、ドラゴンは俺に何かを言おうとしていた。ドラゴンは守りたいものを守れなかった、そう言っているように思えたが真実はわからない。けれど、コボルトとして強さに本来は問題がある俺が戦えるのはこのマナ結晶のおかげでもある。だからこそ、力の使い道は間違えてはいけないと思うのだ。


「見えてきましたね……」


 マスターの声に顔を上げると、確かに遠くに見えてくる壁のある街。対西国、対怪物……色々な理由はあるのだろうけど、ここから見える部分だけでも明確な戦いの気配を感じる街だった。馬車を出迎える門も門番が複数、壁の上には見張り台、とさらにその印象を強くした。


 それでもどこにでも商売の種はあるようで、むしろまだ数多いらしい怪物退治により得られる物資を買い付けに来ているらしい連中があちこちにいる。それを相手にする討伐者たちも随分とにぎやかだ。


「なるほど。ここからいなくなれば逃げた、となるか」


「静かに暮らすならこっちは不向きですね。さて、長くなりそうですから宿を探しましょう」


 今回は酒場から、とはいかない。こんな場所で薬師として動けばそちらに拘束されるのは目に見えている。あくまで主な得手は自然魔法、そして召喚獣ということにするらしい。


 宿を取り、酒場に向かった時もその設定(間違いではないから嘘ではない)で押し通し、仕事を見繕うことにした。


 討伐、採取、護衛と尽きることの無さそうな仕事が並んでいる。中にははずれの仕事もあるだろうからか、選ぶ奴も真剣だし、仕事を直に頼もうと来ている奴も真剣だ。


(そして、召喚獣も意外といる……と)


 20人討伐者がいたら1人は召喚士、そのぐらいの感じで召喚獣を見かける。召喚士、あるいは召喚魔法はそこそこ希少であるらしい。となればやはり、それが必要とされる場所ということなのだろうか。そうなってくると、例の人や怪物が消えるという噂に対して、俺たちのように召喚魔法が絡んでるのではと考える奴がいそうなものだが……。


「噂は噂に過ぎない……うーん、やはりその時一回きりだからでしょうかね」


「俺にはよくわからんなあ」


 そう、こっそり聞き込みをした結果、確かにその噂はあるが、怖いから他で稼ごうとかそういった奴はほとんどいないらしい。消えるのを見たという話も、酔っぱらってる奴の話だからとあまり真剣に受け止められていないようなのだ。


 聞きすぎても怪しまれると思い、適当なところで話は切り上げた。宿に戻り相談となるが結局は聞いた話から推測するしかない状況である。今のところ、例の消えたという話自体は嘘ではないだろうなというぐらいだ。


「西国が流した話なんじゃないかってのがほとんどですね。確かに、そういう戦い方もありますから」


 やっぱり、マスターもただ放浪しているわけではなさそうだ。そこそこいいところの出だろうし、知識も豊富。魔法の腕も明らかに普通じゃあない、むしろ一流に近いだろう。自然魔法で寒いところで炎を産み出すのはよほど自然への理解と、マナの相性が良くないとだめらしいからな。


「明日からはここで生活です」


 そう宣言したマスターと共に今日のところは寝ることにする。



「最初の仕事が薬草採取と獣退治かぁ。薬師としては動かないんじゃなかったのか?」


「慣れてるほうが誤魔化しやすいですからね、ええ」


 呆れたようなつっこみにも動揺のない声が帰ってくる。ついでに持ち上げられた手には……なるほど。いつものマスターならやらないようなやや雑な採取だった。これなら薬師のために状態の良い薬草を、ということを考えない討伐者という評価になるだろう。


 事実、持ち帰ったそれへの対価は予定通りの普通も普通。そして買い物をし、宿に戻る。そんな生活をしばらく続けた。その間も噂の聞き取りは続けているが、あまり良い情報は得られない。


 唯一、やはりまだ人がいなくなることは稀にあるということだけはわかった。そして、謎の光も目撃情報があった。


「アイツめ……どこだ」


 決めつけは目を曇らせる、そう思ってはいても考えが頭からは離れない。少しずつ、少しずつ焦りのような気持ちが積み重なっていく。このままなら他の街に行くべきか……そう考えていた日のことだ。


 今日受けた仕事は周囲にいる獣、畑を荒らす害獣の退治……簡単で、それでも誰かがやらないといけない仕事、だ。


「じゃあ私が追い立てますからトドメはお願いしますね」


「ああ、任せろ」


 鼻を引くつかせ、耳で音を聞き、土に潜っているという相手の様子をうかがう。そして始まるマスターの魔法による追い立て。さすがの腕だなと思いながら数匹の害獣を続けて仕留めることができた。


「さすがですね」


「俺の鼻と耳は特別だからな。次は……っ! 後ろだっ」


 えっ……そんな声が聞こえた。飛び込むには遠すぎる場所にいるマスター。その後ろに音もなく、夕暮れのような光が浮かんでいた、網のようなそれは……間違いなく召喚魔法の陣……!


「マスターっっ!!」


 伸ばした短い腕は何もつかめず、俺の視線の先で……マスターは光に飲まれて消えた。
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