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CBM-031
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マスターが、エルサが消えた。謎の光に襲われ、少なくとも気配を感じられないどこかへと飛ばされたのだ。ぎりぎり触れるかどうかのところまで来ていた俺の腕は何もつかめず、彼女は消えた。
背負っていた荷物の袋は放り出されるように落ちている。あの瞬間、回避することよりこの荷物を自分から離すことを優先したということになる。
「いざとなったらこれで一人で生きていけって? それはあんまりだろう、マスター」
確かに中にはマスターの作り溜めた薬や水薬、処理をした薬草などがみっちりと入っており、まさに一財産。適切に売却していけば、人が何年も普通に暮らせるぐらいにはなるに違いない。そうでなくても特別な報酬をもらっているのだ。
「っ! 落ち着け、俺……俺は仲間を守ると決めたんだ」
背負い袋を握りしめていた手をゆっくりと離し、深呼吸。頭はゆだっているが体はなんとか落ち着けないとやれることもやれない。何をやるか? 決まっている。マスターを探し、助け出す。
そのためにはまずは情報、そして手段だ。だが周囲に妙な匂いは……。
「これは……巨人胆の水薬か……はっ」
口近くにあった水薬を見て思い出すことがある。巨人胆は猫や怪物を引き寄せるような効果がある。だけど何が原因でそうなっているかは最近までわからなかった。いつだったかマスターが教えてくれたこと、それは……マナを感じて目に魔法をかける……。
(頼む……!)
祈るような気持ちで自分の体でマナを巡らせる。ああ、マスターのマナを感じる。ならばまだ生きている。このマナが途切れることが無いようにと願いながらゆっくりと目にマナを移動させ、魔法を実行する。
特別な名前の無い、強化魔法の一種だ。その結果はすぐに表れる。周囲の色が変わり始め、俺の視界には光が増えた。あちこちにあるマナの輝きだ。そして、目の前にそれが渦を巻いているのが見えた。
「これが……召喚魔法の跡」
じっと見つめていると頭が痛む。渦巻による物かと思ったがどうも違うようだ。何かが、何かが聞こえてくる気がする。その痛みの元は頭でもあり、そして胸元でもあった。思わず胸元のマナ結晶、ドラゴンの魂の声に耳を傾けることにした。
「渦が大きいほど召喚距離が長く……早いほど力を多く込めた……? なら、これは」
見比べたことは無いが、やや大きく、そして動きも早いように思う。となれば近くではないのだろうか? かといってすごく遠いという訳ではなさそうだ。それ以上の具体的な場所や方角はどっちなのか、それがわからない。
ドラゴンはここにいても余り状況は変わらないと伝えてくる。俺の躊躇を笑うかのように、召喚魔法の跡であるマナの渦は徐々に薄れ、そして無くなってしまった。
「街で状況を整理しよう……」
荷物を背負いなおせば、ずっしりとした重み。これでも軽くする仕掛けが施されているというのだから普段からマスターは自身を鍛える結果となっていたのだろう。俺の背丈とほぼ同じような大きさのそれを背負い、街へと戻る。
出かける時に声をかけた門番が、俺を見るなり駆け寄ってきた。そのことがなんだか妙に心に響き、表情をゆがめてしまうのがわかった。
「おい、お前だけか!? 主人は……」
言いながらもまだ主人、マスターが生きていることはわかっているんだと思う。召喚獣は召喚士本人が死ねば元の怪物に戻ってしまうのだから。
「消えた……光の中に。街に長くいる人間を紹介してほしい。マスターを探す」
断られたらどうしようか、と不安が胸に溢れる。対価に何かを差し出すべきなのか、そう考えて顔を上げると、真剣な表情で悩む門番がいた。やはり、難しいのか……。
「無理なら……」
「いや、どこを紹介しようかと思ってな。とても主人を見捨てて来たとは思えない。なら、俺たちも見捨てちゃあまずいだろう。よし、案内しよう」
俺は心のどこかで、勝手に人間は自分の欲望に正直な種族だと思っていた。マスターは例外だと。もちろん、どの種族にもいい奴と悪い奴はいるのだろうけど、やはり召喚される側としては人間のことをあまり良く思っていなかった自分に気が付かされたのだ。
だから俺をどこかへ案内してくれる人間の背中に、謝罪の言葉を心で告げる。
そうして案内されたのは、やや古ぼけた家。長く住んでいる、という条件に合う人間がいそうである。
「おい、じいさん!」
「叫ばんでも聞こえとるわい。なんじゃ……ん? コボルト……召喚獣か」
それからは入れ、と短く言われその通りにする。門番はじゃあ頑張れよと言い残して帰っていった。お礼を碌に言えないままにお別れだった。事が終われば顔を出そう。
「さて、消えた主人の追い方……でよいな」
「なんで……」
老人が指さすのは大きな背負い袋。つまりはそれだけで俺の今の状況を察したわけだ。なんだか気が抜けた俺は床に荷物を降ろし、改めて老人と向き合った。
「採取と畑の獣退治をしているときに魔法陣からの光で飛ばされた」
「目撃情報と同じ、か。お主と主人の絆とでもいうべき繋がりが強ければ強いほどやり方はある。己と主人の召喚による契約を追うのじゃ」
「契約を……」
元々は探索時にはぐれた時用の手法らしい。やり方を教えてもらい、今度は目に魔法をかけるだけでなく、自身から伸びるマスターとのつながりを意識した。最初は上手くいかなかったが、徐々に手ごたえを感じる。そして……体から伸びる何かの糸のようなものを見ることができた。
「見えた……!」
「気をつけてな」
礼代わりに小さなマナ結晶を一掴み机に置き、建物を飛び出した。背後で驚く気配がしたが気にしない。情報の価値としてはむしろ安いもんだ。
荷物を背負いながら、いつもより力を入れて走り、そしてどうにかして手近な屋根の上に登った。息を整え、集中する。
(マスター……マスター!)
出会いは突然だった。そしてそれからの旅も波乱の連続だ。おおよそ、普通ではない生活は俺の心も普通ではない物にしていった。守りたい、そんな相手。
「こっちか……国境を超えるか超えないか、それが問題だ」
マナのつながりが示すのは街の外。当然と言えば当然だが、拠点は街中には無かったらしい。援軍は……頼めるもんじゃない。召喚獣と言っても怪物が人間を雇えるわけが無いのだ。
たった1人、どうなるかわからないが助けに行く以外の選択肢は俺には無い。
そう覚悟を決め、さあ街の外へと歩き出した時だ。
「なんだ、ちびっこいの。お前1人か」
「ブレグ王子!?」
声に振り返れば、そこにはお供を多く引き連れたブレグ王子がいた。王都にいるはずの男が、何故ここに?
驚きながらも、これは好機かと考えた。だがどうやって人間を動かそうか?
「なあに、視察だ。地方の現状を把握する……うむ、いい名目だな。決して変な運のあるお前たちの様子を見に来た途中で手紙を受け取ったわけじゃないんだが」
「頼みが……いや、お願い申し上げます。我がマスターエルサ、救出にご協力をお願いしたい」
ひざまずき、願う俺の姿に戸惑うのが感じられた。だけど、俺1人では無理かもしれないのだ。そう思えば頭の1つや2つ、いくらでも下げてやる、そう思ったのだ。
「話を聞こう」
そして俺は賭けに勝った。
背負っていた荷物の袋は放り出されるように落ちている。あの瞬間、回避することよりこの荷物を自分から離すことを優先したということになる。
「いざとなったらこれで一人で生きていけって? それはあんまりだろう、マスター」
確かに中にはマスターの作り溜めた薬や水薬、処理をした薬草などがみっちりと入っており、まさに一財産。適切に売却していけば、人が何年も普通に暮らせるぐらいにはなるに違いない。そうでなくても特別な報酬をもらっているのだ。
「っ! 落ち着け、俺……俺は仲間を守ると決めたんだ」
背負い袋を握りしめていた手をゆっくりと離し、深呼吸。頭はゆだっているが体はなんとか落ち着けないとやれることもやれない。何をやるか? 決まっている。マスターを探し、助け出す。
そのためにはまずは情報、そして手段だ。だが周囲に妙な匂いは……。
「これは……巨人胆の水薬か……はっ」
口近くにあった水薬を見て思い出すことがある。巨人胆は猫や怪物を引き寄せるような効果がある。だけど何が原因でそうなっているかは最近までわからなかった。いつだったかマスターが教えてくれたこと、それは……マナを感じて目に魔法をかける……。
(頼む……!)
祈るような気持ちで自分の体でマナを巡らせる。ああ、マスターのマナを感じる。ならばまだ生きている。このマナが途切れることが無いようにと願いながらゆっくりと目にマナを移動させ、魔法を実行する。
特別な名前の無い、強化魔法の一種だ。その結果はすぐに表れる。周囲の色が変わり始め、俺の視界には光が増えた。あちこちにあるマナの輝きだ。そして、目の前にそれが渦を巻いているのが見えた。
「これが……召喚魔法の跡」
じっと見つめていると頭が痛む。渦巻による物かと思ったがどうも違うようだ。何かが、何かが聞こえてくる気がする。その痛みの元は頭でもあり、そして胸元でもあった。思わず胸元のマナ結晶、ドラゴンの魂の声に耳を傾けることにした。
「渦が大きいほど召喚距離が長く……早いほど力を多く込めた……? なら、これは」
見比べたことは無いが、やや大きく、そして動きも早いように思う。となれば近くではないのだろうか? かといってすごく遠いという訳ではなさそうだ。それ以上の具体的な場所や方角はどっちなのか、それがわからない。
ドラゴンはここにいても余り状況は変わらないと伝えてくる。俺の躊躇を笑うかのように、召喚魔法の跡であるマナの渦は徐々に薄れ、そして無くなってしまった。
「街で状況を整理しよう……」
荷物を背負いなおせば、ずっしりとした重み。これでも軽くする仕掛けが施されているというのだから普段からマスターは自身を鍛える結果となっていたのだろう。俺の背丈とほぼ同じような大きさのそれを背負い、街へと戻る。
出かける時に声をかけた門番が、俺を見るなり駆け寄ってきた。そのことがなんだか妙に心に響き、表情をゆがめてしまうのがわかった。
「おい、お前だけか!? 主人は……」
言いながらもまだ主人、マスターが生きていることはわかっているんだと思う。召喚獣は召喚士本人が死ねば元の怪物に戻ってしまうのだから。
「消えた……光の中に。街に長くいる人間を紹介してほしい。マスターを探す」
断られたらどうしようか、と不安が胸に溢れる。対価に何かを差し出すべきなのか、そう考えて顔を上げると、真剣な表情で悩む門番がいた。やはり、難しいのか……。
「無理なら……」
「いや、どこを紹介しようかと思ってな。とても主人を見捨てて来たとは思えない。なら、俺たちも見捨てちゃあまずいだろう。よし、案内しよう」
俺は心のどこかで、勝手に人間は自分の欲望に正直な種族だと思っていた。マスターは例外だと。もちろん、どの種族にもいい奴と悪い奴はいるのだろうけど、やはり召喚される側としては人間のことをあまり良く思っていなかった自分に気が付かされたのだ。
だから俺をどこかへ案内してくれる人間の背中に、謝罪の言葉を心で告げる。
そうして案内されたのは、やや古ぼけた家。長く住んでいる、という条件に合う人間がいそうである。
「おい、じいさん!」
「叫ばんでも聞こえとるわい。なんじゃ……ん? コボルト……召喚獣か」
それからは入れ、と短く言われその通りにする。門番はじゃあ頑張れよと言い残して帰っていった。お礼を碌に言えないままにお別れだった。事が終われば顔を出そう。
「さて、消えた主人の追い方……でよいな」
「なんで……」
老人が指さすのは大きな背負い袋。つまりはそれだけで俺の今の状況を察したわけだ。なんだか気が抜けた俺は床に荷物を降ろし、改めて老人と向き合った。
「採取と畑の獣退治をしているときに魔法陣からの光で飛ばされた」
「目撃情報と同じ、か。お主と主人の絆とでもいうべき繋がりが強ければ強いほどやり方はある。己と主人の召喚による契約を追うのじゃ」
「契約を……」
元々は探索時にはぐれた時用の手法らしい。やり方を教えてもらい、今度は目に魔法をかけるだけでなく、自身から伸びるマスターとのつながりを意識した。最初は上手くいかなかったが、徐々に手ごたえを感じる。そして……体から伸びる何かの糸のようなものを見ることができた。
「見えた……!」
「気をつけてな」
礼代わりに小さなマナ結晶を一掴み机に置き、建物を飛び出した。背後で驚く気配がしたが気にしない。情報の価値としてはむしろ安いもんだ。
荷物を背負いながら、いつもより力を入れて走り、そしてどうにかして手近な屋根の上に登った。息を整え、集中する。
(マスター……マスター!)
出会いは突然だった。そしてそれからの旅も波乱の連続だ。おおよそ、普通ではない生活は俺の心も普通ではない物にしていった。守りたい、そんな相手。
「こっちか……国境を超えるか超えないか、それが問題だ」
マナのつながりが示すのは街の外。当然と言えば当然だが、拠点は街中には無かったらしい。援軍は……頼めるもんじゃない。召喚獣と言っても怪物が人間を雇えるわけが無いのだ。
たった1人、どうなるかわからないが助けに行く以外の選択肢は俺には無い。
そう覚悟を決め、さあ街の外へと歩き出した時だ。
「なんだ、ちびっこいの。お前1人か」
「ブレグ王子!?」
声に振り返れば、そこにはお供を多く引き連れたブレグ王子がいた。王都にいるはずの男が、何故ここに?
驚きながらも、これは好機かと考えた。だがどうやって人間を動かそうか?
「なあに、視察だ。地方の現状を把握する……うむ、いい名目だな。決して変な運のあるお前たちの様子を見に来た途中で手紙を受け取ったわけじゃないんだが」
「頼みが……いや、お願い申し上げます。我がマスターエルサ、救出にご協力をお願いしたい」
ひざまずき、願う俺の姿に戸惑うのが感じられた。だけど、俺1人では無理かもしれないのだ。そう思えば頭の1つや2つ、いくらでも下げてやる、そう思ったのだ。
「話を聞こう」
そして俺は賭けに勝った。
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