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48.そして結末
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青空に沢山の花火が打ちあがった。
魔法で挙げられた花火は、日本で見た花火よりずっと大きくてダイナミックだ。
今日は国交復活一周年を記念しての、国を挙げてのお祭り騒ぎが行われている。
あの黒雲騒ぎからもう一年以上が経過していることになるんだけど、簡単に言ってしまえば色々ありました。である。
美しく空を飾る花火を見上げながら、私は一年前を感慨深く思い出してしまった。
「全部を女神様のせいにしてしまいましょう」
そう告げた私を、あの場にいた全員が「こいつは何を言っているんだ?」って目で見てたっけ。
でもここまで色々こじれてしまった状態をどうにかするなら、超法規的な何かに出てきてもらわないと収まらないと思ったのだ。
プレヴァンが謝罪しても、こちらが攻め込んで勝った。って形にしても、遺恨はずっと残る。
この騒ぎを収めるために私が呼ばれたんだから、私の考える方法で収めても良いはずだ。と、かなり自分勝手な持論を呈しながら、あの場の面々を言いくるめた。
とは言っても、私一人でどうにかできる問題でもないし、権力が有効な場面はお姫様達にも活躍してもらうつもりでいた。
異形の国プレヴァンにおける話し合いは、実質トップにいる虎さんがそこにいたし、だいぶ私達に対して罪悪感というか後ろめたさというかを感じていたようで、救世の聖なる乙女の申し出なら異論はないと了承をもらえた。
だがしかし、問題はお姫様のことだ。
前回に続き今回までも、王子の魂を持つものを焦がれての暴走、二度とこんなことが起きないようにしないといけないんだけど。そこが考えつかない。
最悪、殺してしまえ。って声が出ることが予想された。
「どうしよう」
お姫様と虎さんが席を外してくれた応接間で、私はお行儀悪くソファの上で体育座りをして、頭を抱えていた。
「何をどうしたいのですか?」
さらにお行儀悪く膝を抱えたままソファの上で揺ら揺らしだした私を、アルバートさんが咎めるでもなく楽しそうに見てきた。
「うーん、問題がいくつかあって。まず今の状況を向こうに伝えて、進軍を止めてもらわないといけない。まあ、これは比較的簡単に済むから良いんだけど。お姫様のことどうしたら良いのかと思って」
そうなのだ、プレヴァンとのことは女神様の名前を出せば、渋々でもお互い納得してくれると思う。それくらい、あの救世の女神はこの世界で絶対視されているらしい。だから、私のこともみんな無条件で信じてくれてるんだって。
そんな絶大な信仰を捧げられている女神様のお言葉でも、この騒ぎの元凶であるお姫様を野放しにはできないと思う。かと言って、処刑とか、島流しとか、幽閉とか。そういうのも個人的にはなんか嫌。
「全てが丸く収まるハッピーエンドは、お話の中だけだ、ハルカ」
「冷たいようですが、オーウェンの言葉にも一理ありますね。貴女が彼女のことを捨ておきたくないのは重々承知しておりますが、できることと出来ないことがあることは、理解してください」
諭すような二人の言葉に、反射的に反論してしまいそうになるけど、グッと言葉を飲み込んだ。私のことを考えて言ってくれているのはわかってる。冷たいように聞こえるけど、背負いきれない荷物を背負い込むなと言ってくれているのだ。
「そう言えば、随分と静かですねエリオット」
気遣わしげに見やったアルバートさんの視線の先で、エリオット君の肩がビクリと震えるのが見て取れた。どうしたんだろう?
「僕、考えてたんです」
上手く考えがまとまらないのだろうか、膝の上で組んだ手が開いたり閉じたりしている。
「あの人が望んでるのは僕なのか、僕の魂なのかって。どっちも同じような気もするし、違うような気もするんです。そもそも、二百年前に亡くなった王子の魂って言われても、僕にはそんな記憶は無いし…」
「異形の方達の番というものは、魂が惹かれてどうしようもなくなるものなのだそうです。人間の恋愛のように、別れたらまた次、というようなことはなく、生涯ただ一人を貫き、愛するものが亡くなってしまうと共に死んでしまう種もあるのだとか」
「す、すごいですね……一緒に死んじゃうなんて」
あまりの愛の深さに、絶句してしまう。けれど、エリオットくんの表情はずっと真剣なままだ。
「魂は、生まれ変わっても同じものでしょう。確かめる術はありませんが、ユリウス王子が過去の貴女だったのかもしれません。それど、今は貴方の魂です。貴方の魂が求めているものが、貴方の求めている物なのではないですか?」
優しく問いかけるアルバートさんの言葉に、静かに聞き入っていたエリオットくんは、そのまま暫く中空をじっと見つめていた。
「ねえハルカ」
「なに?」
長い時間をかけてエリオット君が口を開いた。
「ごめんね。ハルカに酷いことしたの分かってるし、僕だってさっきまでは凄く怒ってたんだ。本当だよ。でも、なんでだろう。側にいてあげなきゃって思うんだ。一人にしておいちゃいけないって、ずっと僕が側にいてあげなきゃって。なんでだろう?僕はハルカを護る騎士なのに。ハルカに酷いことした奴は、懲らしめてやらなきゃいけないのに……できないよ……」
ポロポロと、高揚した頬を透明な涙が零れ落ちていく。
「騎士失格だよね」と泣くエリオット君が切なくて、思わずソファから飛び降りてその震える体を抱きしめた。
「大丈夫。恋に落ちるときは、ストーンと落ちるって言うから。それこそお姫様とエリオット君は魂が惹かれ合う運命だったんだよ。だから、大丈夫」
腕の中に抱いたエリオット君の頭を優しく撫でながら、何度も大丈夫だからと宥める。
意外な展開だと思ったけど、考えようによっては良かったのかもしれない。だって、お姫様はずっとずーっと待っていた魂の番と一緒になれるかもしれないし、エリオットくんがお姫様と一緒にいることを選んでくれるなら、二つの国は心配事がなくなるわけだし。
一兎を追う者は二兎を得ずと言うけど、私は二兎も三兎も得てみせる。
心の中でグッと握りこぶしを突き上げると、エリオット君の背中をポンポンと叩いて立ち上がった。
「僕、この国に残るよ。僕がいれば彼女はもう暴走したりしないんでしょ?」
確かにそうだ。お姫様が暴走して異形の人たちが王都に流れ込んできたのはエリオット君を探すためだったのだから。エリオット君がこの地に残って、お姫様と共にいるというなら多分暴走が起きることはない。
「えー?その言い方はズルいんじゃない?エリオット君がお姫様と一緒にいたいんでしょー?」
ニヤニヤという擬音が聞こえそうなくらい、唇の両端を上げ、目を細めてエリオット君を見れば、ボンっと音がしそうなくらい一気に顔が真っ赤になった。
うわー、可愛い。照れて真っ赤になる美少年って、やばいくらい可愛いです。
しかしいつまでも遊んでるわけにはいかないよね。エリオット君には申し訳ないけど、お姫様を一緒にいることを選んでくれたのなら、人間の国を説得するのが格段に楽になる。
そうと決まれば善は急げだ!
お姫様の伝達通り、プレヴァンの人達は順次帰還しているようだから、私たちも遠征している騎士の人たちを返さないと。今ここで争いごとが起きたら全ては水泡に帰してしまう。
「エリオット君、私たちは一度帰って兵を引き上げてもらう。その後は、正式に国対国の話し合いの場を設けようと思うの。そこで女神様のご威光を存分に利用させてもらいましょう」
「うん、わかった。僕は僕にできることをこっちでやるよ」
「ありがとう、お姫様に話はしていくけど、後のことはお願いね」
ちょっぴり寂しくなるけど、エリオット君の恋の為なら応援しないとね!
細々とした打ち合わせを高速で終わらせた私たちは、今後の二国の為に暫しの別れを告げた。
それからは怒涛のように忙しかった。もう目が回るような忙しさって言うのを、身を以て体験してしまった。
それから、生まれて初めて王様という物にも会った。
異形の人たちがいなくなった王都で、私は女神様の使いだと告げて、プレヴァンとの国交を復活させると宣言した。
王様に謁見した時も、また二百年前のようなことになったら。此度の侵攻は二百年前の報復なのでは?と、戦々恐々としている人たちを宥めるのに多大な時間がかかった。同じ事が町の人たちに宣言した時も起きたけど、私は虎の威を借る狐宜しく、全部を女神様のご神託だと言って押し通した。
実際、私が救世の聖なる乙女の姿をしていた事が話を簡単にしてくれたのもある。
そして更に、国交復活を記念してプレヴァンの姫と、救世の聖なる乙女の守護騎士が結婚する。これで両国は縁つながりになるのだ
!と、王の名前で国中にお触れを出してくれた。
聖なる乙女の守護騎士と結婚するのであれば、プレヴァンにもあまねく女神の加護が行き渡るに違いない。そうなれば、両国が仲良くする事が女神のお心に沿う事だ。と、事あるごとに口にしていたおかげで、あの黒雲騒ぎから半年が経つ頃には、お互い少しづつではあるが歩み寄りの姿勢が見られるようになっていた。
それを見届けて、国公復活記念のお祭りが行われた。
両国の王が揃ってのパレードが開かれ、プレヴァンのイヴァナ姫と救世の聖なる乙女の守護騎士エリオットの婚約発表が行われた。
この婚約は国民からは意外にも大歓迎を持って迎えられ、一年の婚約期間を利用して二人は精力的に各地を訪ねて回った。
両国の繋がりが強固であることを知らしめる旅であったはずが、敵国の姫と聖女を護る守護騎士との悲恋を見事成就させたとして、恋に悩む乙女たちがあやかりたいと、熱狂して彼らを招き入れると言うオチがついたのはちょっと笑い話だ。
「長かったねー」
王宮のバルコニーで幸せそうに微笑んで手を振るお姫様とエリオット君の姿に、思わずにやけてしまうのを止められない。
最初はギクシャクしてたのに、いつのまにかいい感じになってる。
「幸せそうで良かったな」
「そうですね、あの様子ならすぐに子供も生まれるでしょうし。そうなればあのお姫様も二度と暴走するようなことも無くなるでしょう」
国公復活二周年の記念祭と、プレヴァンの姫と聖女の守護騎士との婚礼が重なった為、国中が喜びに沸き立っている。
その騒ぎから逃げ出した私は、隠れていた見張り台の上から二人の幸せを見つめていたのに、いつのまにかオーウェンさんとアルバートさんに見つかってしまった。
「ハルカ、心は決まったか?」
柔らかい風が、ふわりと頬を撫でて通り過ぎて行く。乱れてしまった髪を片手で抑えながらオーウェンさんを振り返ると、少し困ったような顔で微笑まれてしまった。
そんなに心配しなくても、もう心は決まってるんだけどな。
「貴女の結論が何であれ、受け入れる心の準備はできていますよ。ですから、どうぞ教えてください、今日教えてくれる約束でしたよね?」
オーウェンさんの隣に並んだアルバートさんも、なにか痛いものを飲み込んだような顔をして、私を真っ直ぐに見つめてくる。いつも冷静で穏やかな態度を崩さないアルバートさんのそんな表情を見たのは初めてで、なんだかちょっとおかしくなってしまった。
そういえば、オーウェンさんだってなんだか妙にソワソワしてて、ご飯が待てないワンちゃんみたい。
「えーと、試してみました。が、ダメでした。どうやっても、異世界からの通路は開かないようです」
私がここに呼ばれた理由は、プレヴァンとの戦争を回避すること。その使命はエリオット君のお陰で達成された。だからもう、私がこの世界に居る必要はないんだけど、帰り方がわからない。
マクガレンさんが自分が召喚したのだから、自分が責任を持って帰す!と、だいぶ頑張ってくれたんだけど、結果を言えばダメだった。
私を呼んだ時と同じ召喚陣を用意して、何度も書き換えたりしたんだけど、結果は全部失敗。
女神様にも呼びかけてみたんだけど、応答はなかった。多分干渉しすぎたんじゃないかと言うのが、マクガレンさんとアルバートさんの意見だった。普通、神と呼ばれる存在が軽々しく人間と交流は持たないんだって。てっきり異世界だから簡単に会えるのかと思ってた。
そんなこんなで、私は自分の世界に帰れないでいた。全部途中で放り投げてきちゃったし、電話も途中だった。たぶん皆んな心配してる。なんとか向こうと連絡が取れないかと色々試してみた。
新しい魔法っていうか、私が勝手にアレンジした魔法は使えるんだから、日本に帰る魔法だって使えるようになるはず。そう思っていろんな魔法をアレンジしたり、全く新しく考えて見たりしたんだけど、やっぱりどれもダメだった。
そんな時、オーウェンさんとアルバートさんが言ってくれた。
この世界で、自分たちと一緒に生きて欲しいって。
その答えを、今日教えるって約束していたんだ。だって、私にだって考える時間は必要だし。
「すまないハルカ。俺たちの都合で勝手に呼んでおいて、返すことができないなんて。どれだけ謝っても許してはもらえないと思う。だがその代わりと言うのもなんだが、必ずこの国でハルカのこと幸せにする、だから俺たちの提案を受けてはくれないだろうか?」
「私としては些か納得がいかないところもあるのですが、貴女を失うことに比べたらなんのことはありません。どうかこの手を取っていただけませんか?」
甲乙つけ難いイケメン二人が、私に向かって手を差し出している。
その二人に私は、私にできる最大限の笑顔を向けた。
「ずっと一緒にいてくれるって約束は、絶対に守ってもらいますからね?」
魔法で挙げられた花火は、日本で見た花火よりずっと大きくてダイナミックだ。
今日は国交復活一周年を記念しての、国を挙げてのお祭り騒ぎが行われている。
あの黒雲騒ぎからもう一年以上が経過していることになるんだけど、簡単に言ってしまえば色々ありました。である。
美しく空を飾る花火を見上げながら、私は一年前を感慨深く思い出してしまった。
「全部を女神様のせいにしてしまいましょう」
そう告げた私を、あの場にいた全員が「こいつは何を言っているんだ?」って目で見てたっけ。
でもここまで色々こじれてしまった状態をどうにかするなら、超法規的な何かに出てきてもらわないと収まらないと思ったのだ。
プレヴァンが謝罪しても、こちらが攻め込んで勝った。って形にしても、遺恨はずっと残る。
この騒ぎを収めるために私が呼ばれたんだから、私の考える方法で収めても良いはずだ。と、かなり自分勝手な持論を呈しながら、あの場の面々を言いくるめた。
とは言っても、私一人でどうにかできる問題でもないし、権力が有効な場面はお姫様達にも活躍してもらうつもりでいた。
異形の国プレヴァンにおける話し合いは、実質トップにいる虎さんがそこにいたし、だいぶ私達に対して罪悪感というか後ろめたさというかを感じていたようで、救世の聖なる乙女の申し出なら異論はないと了承をもらえた。
だがしかし、問題はお姫様のことだ。
前回に続き今回までも、王子の魂を持つものを焦がれての暴走、二度とこんなことが起きないようにしないといけないんだけど。そこが考えつかない。
最悪、殺してしまえ。って声が出ることが予想された。
「どうしよう」
お姫様と虎さんが席を外してくれた応接間で、私はお行儀悪くソファの上で体育座りをして、頭を抱えていた。
「何をどうしたいのですか?」
さらにお行儀悪く膝を抱えたままソファの上で揺ら揺らしだした私を、アルバートさんが咎めるでもなく楽しそうに見てきた。
「うーん、問題がいくつかあって。まず今の状況を向こうに伝えて、進軍を止めてもらわないといけない。まあ、これは比較的簡単に済むから良いんだけど。お姫様のことどうしたら良いのかと思って」
そうなのだ、プレヴァンとのことは女神様の名前を出せば、渋々でもお互い納得してくれると思う。それくらい、あの救世の女神はこの世界で絶対視されているらしい。だから、私のこともみんな無条件で信じてくれてるんだって。
そんな絶大な信仰を捧げられている女神様のお言葉でも、この騒ぎの元凶であるお姫様を野放しにはできないと思う。かと言って、処刑とか、島流しとか、幽閉とか。そういうのも個人的にはなんか嫌。
「全てが丸く収まるハッピーエンドは、お話の中だけだ、ハルカ」
「冷たいようですが、オーウェンの言葉にも一理ありますね。貴女が彼女のことを捨ておきたくないのは重々承知しておりますが、できることと出来ないことがあることは、理解してください」
諭すような二人の言葉に、反射的に反論してしまいそうになるけど、グッと言葉を飲み込んだ。私のことを考えて言ってくれているのはわかってる。冷たいように聞こえるけど、背負いきれない荷物を背負い込むなと言ってくれているのだ。
「そう言えば、随分と静かですねエリオット」
気遣わしげに見やったアルバートさんの視線の先で、エリオット君の肩がビクリと震えるのが見て取れた。どうしたんだろう?
「僕、考えてたんです」
上手く考えがまとまらないのだろうか、膝の上で組んだ手が開いたり閉じたりしている。
「あの人が望んでるのは僕なのか、僕の魂なのかって。どっちも同じような気もするし、違うような気もするんです。そもそも、二百年前に亡くなった王子の魂って言われても、僕にはそんな記憶は無いし…」
「異形の方達の番というものは、魂が惹かれてどうしようもなくなるものなのだそうです。人間の恋愛のように、別れたらまた次、というようなことはなく、生涯ただ一人を貫き、愛するものが亡くなってしまうと共に死んでしまう種もあるのだとか」
「す、すごいですね……一緒に死んじゃうなんて」
あまりの愛の深さに、絶句してしまう。けれど、エリオットくんの表情はずっと真剣なままだ。
「魂は、生まれ変わっても同じものでしょう。確かめる術はありませんが、ユリウス王子が過去の貴女だったのかもしれません。それど、今は貴方の魂です。貴方の魂が求めているものが、貴方の求めている物なのではないですか?」
優しく問いかけるアルバートさんの言葉に、静かに聞き入っていたエリオットくんは、そのまま暫く中空をじっと見つめていた。
「ねえハルカ」
「なに?」
長い時間をかけてエリオット君が口を開いた。
「ごめんね。ハルカに酷いことしたの分かってるし、僕だってさっきまでは凄く怒ってたんだ。本当だよ。でも、なんでだろう。側にいてあげなきゃって思うんだ。一人にしておいちゃいけないって、ずっと僕が側にいてあげなきゃって。なんでだろう?僕はハルカを護る騎士なのに。ハルカに酷いことした奴は、懲らしめてやらなきゃいけないのに……できないよ……」
ポロポロと、高揚した頬を透明な涙が零れ落ちていく。
「騎士失格だよね」と泣くエリオット君が切なくて、思わずソファから飛び降りてその震える体を抱きしめた。
「大丈夫。恋に落ちるときは、ストーンと落ちるって言うから。それこそお姫様とエリオット君は魂が惹かれ合う運命だったんだよ。だから、大丈夫」
腕の中に抱いたエリオット君の頭を優しく撫でながら、何度も大丈夫だからと宥める。
意外な展開だと思ったけど、考えようによっては良かったのかもしれない。だって、お姫様はずっとずーっと待っていた魂の番と一緒になれるかもしれないし、エリオットくんがお姫様と一緒にいることを選んでくれるなら、二つの国は心配事がなくなるわけだし。
一兎を追う者は二兎を得ずと言うけど、私は二兎も三兎も得てみせる。
心の中でグッと握りこぶしを突き上げると、エリオット君の背中をポンポンと叩いて立ち上がった。
「僕、この国に残るよ。僕がいれば彼女はもう暴走したりしないんでしょ?」
確かにそうだ。お姫様が暴走して異形の人たちが王都に流れ込んできたのはエリオット君を探すためだったのだから。エリオット君がこの地に残って、お姫様と共にいるというなら多分暴走が起きることはない。
「えー?その言い方はズルいんじゃない?エリオット君がお姫様と一緒にいたいんでしょー?」
ニヤニヤという擬音が聞こえそうなくらい、唇の両端を上げ、目を細めてエリオット君を見れば、ボンっと音がしそうなくらい一気に顔が真っ赤になった。
うわー、可愛い。照れて真っ赤になる美少年って、やばいくらい可愛いです。
しかしいつまでも遊んでるわけにはいかないよね。エリオット君には申し訳ないけど、お姫様を一緒にいることを選んでくれたのなら、人間の国を説得するのが格段に楽になる。
そうと決まれば善は急げだ!
お姫様の伝達通り、プレヴァンの人達は順次帰還しているようだから、私たちも遠征している騎士の人たちを返さないと。今ここで争いごとが起きたら全ては水泡に帰してしまう。
「エリオット君、私たちは一度帰って兵を引き上げてもらう。その後は、正式に国対国の話し合いの場を設けようと思うの。そこで女神様のご威光を存分に利用させてもらいましょう」
「うん、わかった。僕は僕にできることをこっちでやるよ」
「ありがとう、お姫様に話はしていくけど、後のことはお願いね」
ちょっぴり寂しくなるけど、エリオット君の恋の為なら応援しないとね!
細々とした打ち合わせを高速で終わらせた私たちは、今後の二国の為に暫しの別れを告げた。
それからは怒涛のように忙しかった。もう目が回るような忙しさって言うのを、身を以て体験してしまった。
それから、生まれて初めて王様という物にも会った。
異形の人たちがいなくなった王都で、私は女神様の使いだと告げて、プレヴァンとの国交を復活させると宣言した。
王様に謁見した時も、また二百年前のようなことになったら。此度の侵攻は二百年前の報復なのでは?と、戦々恐々としている人たちを宥めるのに多大な時間がかかった。同じ事が町の人たちに宣言した時も起きたけど、私は虎の威を借る狐宜しく、全部を女神様のご神託だと言って押し通した。
実際、私が救世の聖なる乙女の姿をしていた事が話を簡単にしてくれたのもある。
そして更に、国交復活を記念してプレヴァンの姫と、救世の聖なる乙女の守護騎士が結婚する。これで両国は縁つながりになるのだ
!と、王の名前で国中にお触れを出してくれた。
聖なる乙女の守護騎士と結婚するのであれば、プレヴァンにもあまねく女神の加護が行き渡るに違いない。そうなれば、両国が仲良くする事が女神のお心に沿う事だ。と、事あるごとに口にしていたおかげで、あの黒雲騒ぎから半年が経つ頃には、お互い少しづつではあるが歩み寄りの姿勢が見られるようになっていた。
それを見届けて、国公復活記念のお祭りが行われた。
両国の王が揃ってのパレードが開かれ、プレヴァンのイヴァナ姫と救世の聖なる乙女の守護騎士エリオットの婚約発表が行われた。
この婚約は国民からは意外にも大歓迎を持って迎えられ、一年の婚約期間を利用して二人は精力的に各地を訪ねて回った。
両国の繋がりが強固であることを知らしめる旅であったはずが、敵国の姫と聖女を護る守護騎士との悲恋を見事成就させたとして、恋に悩む乙女たちがあやかりたいと、熱狂して彼らを招き入れると言うオチがついたのはちょっと笑い話だ。
「長かったねー」
王宮のバルコニーで幸せそうに微笑んで手を振るお姫様とエリオット君の姿に、思わずにやけてしまうのを止められない。
最初はギクシャクしてたのに、いつのまにかいい感じになってる。
「幸せそうで良かったな」
「そうですね、あの様子ならすぐに子供も生まれるでしょうし。そうなればあのお姫様も二度と暴走するようなことも無くなるでしょう」
国公復活二周年の記念祭と、プレヴァンの姫と聖女の守護騎士との婚礼が重なった為、国中が喜びに沸き立っている。
その騒ぎから逃げ出した私は、隠れていた見張り台の上から二人の幸せを見つめていたのに、いつのまにかオーウェンさんとアルバートさんに見つかってしまった。
「ハルカ、心は決まったか?」
柔らかい風が、ふわりと頬を撫でて通り過ぎて行く。乱れてしまった髪を片手で抑えながらオーウェンさんを振り返ると、少し困ったような顔で微笑まれてしまった。
そんなに心配しなくても、もう心は決まってるんだけどな。
「貴女の結論が何であれ、受け入れる心の準備はできていますよ。ですから、どうぞ教えてください、今日教えてくれる約束でしたよね?」
オーウェンさんの隣に並んだアルバートさんも、なにか痛いものを飲み込んだような顔をして、私を真っ直ぐに見つめてくる。いつも冷静で穏やかな態度を崩さないアルバートさんのそんな表情を見たのは初めてで、なんだかちょっとおかしくなってしまった。
そういえば、オーウェンさんだってなんだか妙にソワソワしてて、ご飯が待てないワンちゃんみたい。
「えーと、試してみました。が、ダメでした。どうやっても、異世界からの通路は開かないようです」
私がここに呼ばれた理由は、プレヴァンとの戦争を回避すること。その使命はエリオット君のお陰で達成された。だからもう、私がこの世界に居る必要はないんだけど、帰り方がわからない。
マクガレンさんが自分が召喚したのだから、自分が責任を持って帰す!と、だいぶ頑張ってくれたんだけど、結果を言えばダメだった。
私を呼んだ時と同じ召喚陣を用意して、何度も書き換えたりしたんだけど、結果は全部失敗。
女神様にも呼びかけてみたんだけど、応答はなかった。多分干渉しすぎたんじゃないかと言うのが、マクガレンさんとアルバートさんの意見だった。普通、神と呼ばれる存在が軽々しく人間と交流は持たないんだって。てっきり異世界だから簡単に会えるのかと思ってた。
そんなこんなで、私は自分の世界に帰れないでいた。全部途中で放り投げてきちゃったし、電話も途中だった。たぶん皆んな心配してる。なんとか向こうと連絡が取れないかと色々試してみた。
新しい魔法っていうか、私が勝手にアレンジした魔法は使えるんだから、日本に帰る魔法だって使えるようになるはず。そう思っていろんな魔法をアレンジしたり、全く新しく考えて見たりしたんだけど、やっぱりどれもダメだった。
そんな時、オーウェンさんとアルバートさんが言ってくれた。
この世界で、自分たちと一緒に生きて欲しいって。
その答えを、今日教えるって約束していたんだ。だって、私にだって考える時間は必要だし。
「すまないハルカ。俺たちの都合で勝手に呼んでおいて、返すことができないなんて。どれだけ謝っても許してはもらえないと思う。だがその代わりと言うのもなんだが、必ずこの国でハルカのこと幸せにする、だから俺たちの提案を受けてはくれないだろうか?」
「私としては些か納得がいかないところもあるのですが、貴女を失うことに比べたらなんのことはありません。どうかこの手を取っていただけませんか?」
甲乙つけ難いイケメン二人が、私に向かって手を差し出している。
その二人に私は、私にできる最大限の笑顔を向けた。
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