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ちかめいきゅう
ミノタウロス
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「ねえ、ケイ、ケイったら!」
俺は、急に耳元で響いた大声で、我に返った。
「うわ、何だ?」
「もう、ケイったら、聞いてなかったんでしょ?」
ミチルが、俺の隣に座り、頬を膨らませていた。
星海の残影がチラつく。
「もう、ケイったら!」
俺は少しボーっ、としていたらしい。
『まあまあ、ミチル。ケイも初めての戦闘で、疲れたんだよ』
そう執成してくれるランドウは、もういない。
その隣で、頷いてくれたカムイも、今は席を外している。
俺たちは、元の街に戻ってきた。
あちらの街は、クエストが野良パーティー前提なので固定では、やり辛い上、野良に三人で入り込もうにも「死神カムイ」のアダナが、インパクトありすぎたのだ。
まあ、こちらの街でも、「死神」の名は知られていたけど、三人だけでやれるクエストをボチボチやる分には、戻った方がいいだろう、となったのだ。
もちろん、ランドウの思い出がある街は辛い。
だが、俺たちそれぞれが、乗り越える必要があるし、彼もそれを望むだろう。
二代目リーダーには、カムイがなった。
逃げ出した俺には資格がないし、それはミチルも同罪だった。
カムイは、無言で首が千切れるくらいに横に振りまくったが、最後には納得した。
俺たちを信じて待っていたカムイにしかできない、と。
そして、そんなリーダーの元だからこそ、また戦える、と。
彼女は今、ギルドにクエストを見に行っている。
俺たちも行くつもりだったが、もう「死神」でないことを示すためにも、一人で行きたいそうだ。
カムイの実力なら、難癖つけてきた方がボコられるだろう。
ギルド職員には、彼女の隠れファンもいるらしいので、逆に相手の方が心配だ。
「あ、ああ、ちょっと疲れたみたいで、悪い」
戻ってきたカムイ、と目が合った。
俺は、手を挙げて応えた。
「クエスト指名?」
カムイの言葉は、意外だった。
いや、それ自体は珍しいことではないが、いろいろ悪評があり、出戻ったばかりの俺たちに依頼してくるのは予想していなかった。
近場に、ミノタウロスが現れたのだ。
既に、討伐のクエストは発行され、パーティーが向かった。
しかし、その先には、ダンジョンができあがっていた。
当然、ミノタウロスは、その中に潜っていた。
初めてのケースだ、という。
急遽、増援が送られ、ダンジョン攻略が始まった。
心配されたような罠などはなかったが、とんでもない事態が起こった。
ダンジョンの中では、ガイドカーソルが不安定に、時々消えたのだ。
そのタイミングで不意を打たれたパーティーには、大損害が出て、逃げ戻った。
しかも、そのダンジョンは拡大していて、このままでは、街の地下にまで届いてしまう、とのこと。
そうなってしまえば、いつどこからミノタウロスが街へ現れるか、わからない状況になってしまう。
ところが、先発隊に大損害が出たことを知った他のパーティーは、尻込みをして、クエストを受けてくれない。
そこで、巡り巡って、俺たちにまで話が来たのだ。
「ランドウなら受ける、と思う・・・よね?」
最後が若干、弱気になってしまったが、カムイの言葉は、間違っていない。
ギルドの信頼を取り戻すチャンスでもある。
「やるか」
「「うん」」
俺たちは、新たな戦いへの一歩を踏み出した。
俺は、片目マンティコアのドロップアイテム、「十字の盾」を腕に装備した。
これは、手首から肘までが長辺の十字架の形をしている。
一見、盾としてはスカスカなようにも見えるが、透明なバリアが張られていて、スモールシールドを楕円にしたくらいの範囲をカバーしてくれる。
軽いのもいいが、なにより十字が伸ばせるのだ。
ランドウの大盾くらいのサイズに大型化できる。
バリアの維持も、サイズ変更にもヒットポイントは必要なく、魔力石で稼働なのが助かる。
しかも、手首部分から、刃も出せるので、龍鱗の剣を投げたときには、予備の武器にもなる。
三人パーティーで壁役のランドウを失った俺たちには、願ってもない装備だった。
そう、覚悟を決めて、龍鱗の剣を使うことにしたのだ。
俺のヒットポイントを盾で温存できれば、それだけ必殺技を使える可能性も出てくる。
まるで、ランドウの形見というか、見守ってくれているかのようだ。
なので、俺は密に「ランドウの盾」と呼んでいた。
ダンジョンへの階段を下った先で、今のところ、ガイドカーソルは、ちゃんと出ていた。
ダンジョンなので、その方向へは、直進できるとは限らないので結構、道に迷っている。
ギルドが頑張ってくれて、ステータスカードにマッピング機能をつけてくれたが、前任パーティーのときには間に合っていなかったので、白地図を歩いて描くしかない。
ガイドカーソルが消えての不意打ちもあり得るので、先頭が俺、真ん中がミチル、殿をマシンガン装備のカムイがついてきていた。
ボス戦用の大広間のようなところではなく、普通の通路でミノタウロス攻撃された、と聞いていたので、射線が通らないライフルには出番がないだろう、と持ってきていない。
その代わり、マシンガンの銃身に単発のランチャーを付けている。
ランチャー弾の攻撃力は、それほどでもないが、煙が出るらしいので、逃げるときには、便利かもしれない。
ガイドカーソルが、消えた。
俺たちは五メートルほど直線の続く通路の途中で、歩くのを止め、前後を警戒した。
下り階段は発見されていないので、より下層はないはずだ。
もっとも、ガイドカーソルは、ジャイアントワームのように、地中にいても、上下関係なく左右しか示さないので、わからないが。
ゆっくり、と先の別れ道まで、進む。
唐突に、赤いガイドカーソルが、右脇に再出現した。
移動が結構、早い?
しかも、赤だから、距離が近い。
俺は恐る恐る、十字路の右方向へ、通路から顔を覗かせた。
ミノタウロスと目が合う、なんてこともなかったので一息ついて、十字路に一歩踏み出した瞬間、ガイドカーソルが消えた。
カムイの後ろの横壁をブチ破って、ミノタウロスが現れる。
俺は、ダンジョンの壁を壊してきたことに、思わず叫んだ。
「お約束は、守れー!」
驚愕で固まっている二人の脇を駆け抜け、ミノタウロスの斧を大型化したランドウの盾で受け流す。
それでも、その衝撃で、俺のバーが削れる。
斧を持った、柄と手首が鎖で繋がれた腕に一撃。
ダメージは通っている。
ミノタウロスは、咆哮を上げる、と逆側の壁に突っ込んだ。
慌てて追うが、姿は見えなくなっていた。
「ワームかよ!」
ステータスカードのマッピングも、通路を越えたせいで、地図データが更新されていないカーナビみたいなことになっている。
相変わらず、ガイドカーソルは消えている。
どこから来る?
いや、どうやって俺たちの場所を把握している?
音?
臭い?
なんだ?
「これで居場所がわかるかも?」
一度見た敵を自動追尾する魔法、ファイアー・アローをミチルが放った。
数メートル先の通路の壁を焦がす。
数秒後、そこから、ミノタウロスが飛び出てきた。
振り上げていた斧が、近くに誰もいないことに驚いたように止まる。
カムイが、マシンガンで撃つ、と元の穴に戻って消えた。
「わかったぞ」
ミノタウロスが壁をブチ抜けて出た通路には、中央に、突き立つ龍鱗の剣だけだった。
ただし、少し離れたところにいる俺のヒットポイントを使ってジリジリ、と「燃えろ」が維持されている。
俺が、龍鱗の剣を「燃やす」のを二人は嫌がったが、この方法なら、と納得させた。
その熱に誘われたミノタウロスの足元から、ファイアー・ストームが吹き上がった。
正に「くるのがわかってれば、狙うのは簡単」だ。
更に、ミチルの前に立つカムイから、銃弾が浴びせられる。
彼女らへ向き、ミノタウロスが見せた背に、俺は出しておいたランドウの盾の刃を突き立てた。
俺は、龍鱗の剣を「燃や」して、二人の仲間を守り、生き残った。
なんとなく、ミノタウロスを倒せば、ダンジョンは消えるモノ、と思っていたのだが、しっかり残っていた。
正確には、広がっていった端の方から、僅かづつ倒壊しているようだが、中央部が落盤したりすることは、しばらくなさそうだ。
そこで問題になったのが、このダンジョンの所有者だ。
ギルドのルール的には、ドロップアイテムと同じに、倒したパーティーのものになるらしい。
つまり、俺たちだ。
正直、もらっても困る。
なので、ギルドに売ろう、とした。
そこで、ちょっとした過去の事情が持ち上がった。
ランドウの借金だ。
いや、ランドウが負ったパーティーの借金だ。
以前、龍鱗の呪いを解いた後、その「持ち主から離れると発熱する」性質で、三日間ギルド倉庫周辺をサウナ状態にした。
それ自体は、俺たちに責任はないが、温泉でノンビリしたりして、帰ってくるのに時間がかかった。
その間で、倉庫内部もかなりの高温になり、回復薬が使えなくなったり、変形してしまった装備もあったようだ。
その分の損害をランドウは、ギルドに請求されていたのに、俺たちには内緒にして返していたのだ。
その後、原因であった龍鱗を俺が持ち逃げ(というギルドの見解)して、彼への取り立ては保留されていたようだが、今回の表立った働きで、再燃したのだ。
ランドウ、いろいろ背負い過ぎだぞ。
交渉の末、ダンジョンは、使用権をギルドに売り、それで借金を帳消しにしてもらった。
本当は、所有権ごと売ってしまいたかったのだが、大金で急にはギルドが支払えない、とのことで、保留になった。
そのうち、分割ででも、売ることになるだろう。
なんというか、急に転がり込んできた大金が、突然の借金で消えてしまって、その緩急にダンジョンの売買は、ちょっと待ってもらえて、助かった感じだ。
とりあえず、借金完済の祝いをしたが、「ランドウは過保護すぎる」と故人の愚痴になってしまい、盛り上がらなかった。
ミノタウロスのドロップアイテムは、手首と斧の柄を結んでいた鎖「絆の鎖」と一対の角「ミノタウロスの源」だった。
「絆の鎖」は、見た目は単なる鎖だが、ゴムのように伸びる。
両端を引っ張れば、鎖は細くなりながら伸び、止まる。
衝撃を与える、とその強さによって、元に縮む早さが変わった。
そこで、龍鱗の剣の柄と手首を、革バンドで固定できるようにした絆の鎖を使って繋いだ。
これで、投げた龍鱗の剣を手元に戻すことができるようになった。
もっとも、戻ってきた剣が、自分に刺さりそうになったので、練習が必要だ。
残念ながら、鎖では繋がっているのに、剣を投げたら「手から離れた」状態にはなるようで、やはり「燃える」を使わない、とダメージをそれなりに与えるのは難しかった。
なので、鎖鎌のように振り回すにしても、「燃える」は必須になるので、コスパは悪いままだ。
「ミノタウロスの源」は、ヒットポイントと攻撃力の上昇、更にヘイト軽減の補正があった。
始めは、カムイ用に、と考えたが、彼女がヘイトを稼げないのは、ミチルが魔法を使った後など、困る状況も有り得る。
そこで、ミチルに装備させよう、としたら断固、拒否られた。
「可愛くない」からだそうだ。
いろいろ加工できるようだが、二本一対で身につける必要がある。
カムイは、自分が着ける場合は、両肩から角を尖らせるつもりだったらしいが、ミチルに却下されて落ち込んでいた。
俺も、ペンダント(がちゃがちゃ煩い)、ピアス(耳ちぎれる)などを提案したが即刻、全否定された。
ヘイト軽減さえなければ、俺が肩から生やしてもよかったのだが、って少し嫌か。
それでも、素材として売るには惜しい上、メイジのミチルには最適な補正なので、妥協案は、ヘッドフォンの耳当ての部分に角をつけたような形に加工、それを杖に着脱する、というものだ。
これもご本人的には、不評だったが一度、使ってみれば、その補正の強力さは理解できたので渋々、受け入れた。
しかし、転送しない近場の緊急クエストの後、トーテムポールのようになった角付きの杖を手にしたまま街を歩き、「鬼嫁だ」と囁かれたことは、ミチルには内緒だ。
ランドウでも、そうするはずだ。
俺は、急に耳元で響いた大声で、我に返った。
「うわ、何だ?」
「もう、ケイったら、聞いてなかったんでしょ?」
ミチルが、俺の隣に座り、頬を膨らませていた。
星海の残影がチラつく。
「もう、ケイったら!」
俺は少しボーっ、としていたらしい。
『まあまあ、ミチル。ケイも初めての戦闘で、疲れたんだよ』
そう執成してくれるランドウは、もういない。
その隣で、頷いてくれたカムイも、今は席を外している。
俺たちは、元の街に戻ってきた。
あちらの街は、クエストが野良パーティー前提なので固定では、やり辛い上、野良に三人で入り込もうにも「死神カムイ」のアダナが、インパクトありすぎたのだ。
まあ、こちらの街でも、「死神」の名は知られていたけど、三人だけでやれるクエストをボチボチやる分には、戻った方がいいだろう、となったのだ。
もちろん、ランドウの思い出がある街は辛い。
だが、俺たちそれぞれが、乗り越える必要があるし、彼もそれを望むだろう。
二代目リーダーには、カムイがなった。
逃げ出した俺には資格がないし、それはミチルも同罪だった。
カムイは、無言で首が千切れるくらいに横に振りまくったが、最後には納得した。
俺たちを信じて待っていたカムイにしかできない、と。
そして、そんなリーダーの元だからこそ、また戦える、と。
彼女は今、ギルドにクエストを見に行っている。
俺たちも行くつもりだったが、もう「死神」でないことを示すためにも、一人で行きたいそうだ。
カムイの実力なら、難癖つけてきた方がボコられるだろう。
ギルド職員には、彼女の隠れファンもいるらしいので、逆に相手の方が心配だ。
「あ、ああ、ちょっと疲れたみたいで、悪い」
戻ってきたカムイ、と目が合った。
俺は、手を挙げて応えた。
「クエスト指名?」
カムイの言葉は、意外だった。
いや、それ自体は珍しいことではないが、いろいろ悪評があり、出戻ったばかりの俺たちに依頼してくるのは予想していなかった。
近場に、ミノタウロスが現れたのだ。
既に、討伐のクエストは発行され、パーティーが向かった。
しかし、その先には、ダンジョンができあがっていた。
当然、ミノタウロスは、その中に潜っていた。
初めてのケースだ、という。
急遽、増援が送られ、ダンジョン攻略が始まった。
心配されたような罠などはなかったが、とんでもない事態が起こった。
ダンジョンの中では、ガイドカーソルが不安定に、時々消えたのだ。
そのタイミングで不意を打たれたパーティーには、大損害が出て、逃げ戻った。
しかも、そのダンジョンは拡大していて、このままでは、街の地下にまで届いてしまう、とのこと。
そうなってしまえば、いつどこからミノタウロスが街へ現れるか、わからない状況になってしまう。
ところが、先発隊に大損害が出たことを知った他のパーティーは、尻込みをして、クエストを受けてくれない。
そこで、巡り巡って、俺たちにまで話が来たのだ。
「ランドウなら受ける、と思う・・・よね?」
最後が若干、弱気になってしまったが、カムイの言葉は、間違っていない。
ギルドの信頼を取り戻すチャンスでもある。
「やるか」
「「うん」」
俺たちは、新たな戦いへの一歩を踏み出した。
俺は、片目マンティコアのドロップアイテム、「十字の盾」を腕に装備した。
これは、手首から肘までが長辺の十字架の形をしている。
一見、盾としてはスカスカなようにも見えるが、透明なバリアが張られていて、スモールシールドを楕円にしたくらいの範囲をカバーしてくれる。
軽いのもいいが、なにより十字が伸ばせるのだ。
ランドウの大盾くらいのサイズに大型化できる。
バリアの維持も、サイズ変更にもヒットポイントは必要なく、魔力石で稼働なのが助かる。
しかも、手首部分から、刃も出せるので、龍鱗の剣を投げたときには、予備の武器にもなる。
三人パーティーで壁役のランドウを失った俺たちには、願ってもない装備だった。
そう、覚悟を決めて、龍鱗の剣を使うことにしたのだ。
俺のヒットポイントを盾で温存できれば、それだけ必殺技を使える可能性も出てくる。
まるで、ランドウの形見というか、見守ってくれているかのようだ。
なので、俺は密に「ランドウの盾」と呼んでいた。
ダンジョンへの階段を下った先で、今のところ、ガイドカーソルは、ちゃんと出ていた。
ダンジョンなので、その方向へは、直進できるとは限らないので結構、道に迷っている。
ギルドが頑張ってくれて、ステータスカードにマッピング機能をつけてくれたが、前任パーティーのときには間に合っていなかったので、白地図を歩いて描くしかない。
ガイドカーソルが消えての不意打ちもあり得るので、先頭が俺、真ん中がミチル、殿をマシンガン装備のカムイがついてきていた。
ボス戦用の大広間のようなところではなく、普通の通路でミノタウロス攻撃された、と聞いていたので、射線が通らないライフルには出番がないだろう、と持ってきていない。
その代わり、マシンガンの銃身に単発のランチャーを付けている。
ランチャー弾の攻撃力は、それほどでもないが、煙が出るらしいので、逃げるときには、便利かもしれない。
ガイドカーソルが、消えた。
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もっとも、ガイドカーソルは、ジャイアントワームのように、地中にいても、上下関係なく左右しか示さないので、わからないが。
ゆっくり、と先の別れ道まで、進む。
唐突に、赤いガイドカーソルが、右脇に再出現した。
移動が結構、早い?
しかも、赤だから、距離が近い。
俺は恐る恐る、十字路の右方向へ、通路から顔を覗かせた。
ミノタウロスと目が合う、なんてこともなかったので一息ついて、十字路に一歩踏み出した瞬間、ガイドカーソルが消えた。
カムイの後ろの横壁をブチ破って、ミノタウロスが現れる。
俺は、ダンジョンの壁を壊してきたことに、思わず叫んだ。
「お約束は、守れー!」
驚愕で固まっている二人の脇を駆け抜け、ミノタウロスの斧を大型化したランドウの盾で受け流す。
それでも、その衝撃で、俺のバーが削れる。
斧を持った、柄と手首が鎖で繋がれた腕に一撃。
ダメージは通っている。
ミノタウロスは、咆哮を上げる、と逆側の壁に突っ込んだ。
慌てて追うが、姿は見えなくなっていた。
「ワームかよ!」
ステータスカードのマッピングも、通路を越えたせいで、地図データが更新されていないカーナビみたいなことになっている。
相変わらず、ガイドカーソルは消えている。
どこから来る?
いや、どうやって俺たちの場所を把握している?
音?
臭い?
なんだ?
「これで居場所がわかるかも?」
一度見た敵を自動追尾する魔法、ファイアー・アローをミチルが放った。
数メートル先の通路の壁を焦がす。
数秒後、そこから、ミノタウロスが飛び出てきた。
振り上げていた斧が、近くに誰もいないことに驚いたように止まる。
カムイが、マシンガンで撃つ、と元の穴に戻って消えた。
「わかったぞ」
ミノタウロスが壁をブチ抜けて出た通路には、中央に、突き立つ龍鱗の剣だけだった。
ただし、少し離れたところにいる俺のヒットポイントを使ってジリジリ、と「燃えろ」が維持されている。
俺が、龍鱗の剣を「燃やす」のを二人は嫌がったが、この方法なら、と納得させた。
その熱に誘われたミノタウロスの足元から、ファイアー・ストームが吹き上がった。
正に「くるのがわかってれば、狙うのは簡単」だ。
更に、ミチルの前に立つカムイから、銃弾が浴びせられる。
彼女らへ向き、ミノタウロスが見せた背に、俺は出しておいたランドウの盾の刃を突き立てた。
俺は、龍鱗の剣を「燃や」して、二人の仲間を守り、生き残った。
なんとなく、ミノタウロスを倒せば、ダンジョンは消えるモノ、と思っていたのだが、しっかり残っていた。
正確には、広がっていった端の方から、僅かづつ倒壊しているようだが、中央部が落盤したりすることは、しばらくなさそうだ。
そこで問題になったのが、このダンジョンの所有者だ。
ギルドのルール的には、ドロップアイテムと同じに、倒したパーティーのものになるらしい。
つまり、俺たちだ。
正直、もらっても困る。
なので、ギルドに売ろう、とした。
そこで、ちょっとした過去の事情が持ち上がった。
ランドウの借金だ。
いや、ランドウが負ったパーティーの借金だ。
以前、龍鱗の呪いを解いた後、その「持ち主から離れると発熱する」性質で、三日間ギルド倉庫周辺をサウナ状態にした。
それ自体は、俺たちに責任はないが、温泉でノンビリしたりして、帰ってくるのに時間がかかった。
その間で、倉庫内部もかなりの高温になり、回復薬が使えなくなったり、変形してしまった装備もあったようだ。
その分の損害をランドウは、ギルドに請求されていたのに、俺たちには内緒にして返していたのだ。
その後、原因であった龍鱗を俺が持ち逃げ(というギルドの見解)して、彼への取り立ては保留されていたようだが、今回の表立った働きで、再燃したのだ。
ランドウ、いろいろ背負い過ぎだぞ。
交渉の末、ダンジョンは、使用権をギルドに売り、それで借金を帳消しにしてもらった。
本当は、所有権ごと売ってしまいたかったのだが、大金で急にはギルドが支払えない、とのことで、保留になった。
そのうち、分割ででも、売ることになるだろう。
なんというか、急に転がり込んできた大金が、突然の借金で消えてしまって、その緩急にダンジョンの売買は、ちょっと待ってもらえて、助かった感じだ。
とりあえず、借金完済の祝いをしたが、「ランドウは過保護すぎる」と故人の愚痴になってしまい、盛り上がらなかった。
ミノタウロスのドロップアイテムは、手首と斧の柄を結んでいた鎖「絆の鎖」と一対の角「ミノタウロスの源」だった。
「絆の鎖」は、見た目は単なる鎖だが、ゴムのように伸びる。
両端を引っ張れば、鎖は細くなりながら伸び、止まる。
衝撃を与える、とその強さによって、元に縮む早さが変わった。
そこで、龍鱗の剣の柄と手首を、革バンドで固定できるようにした絆の鎖を使って繋いだ。
これで、投げた龍鱗の剣を手元に戻すことができるようになった。
もっとも、戻ってきた剣が、自分に刺さりそうになったので、練習が必要だ。
残念ながら、鎖では繋がっているのに、剣を投げたら「手から離れた」状態にはなるようで、やはり「燃える」を使わない、とダメージをそれなりに与えるのは難しかった。
なので、鎖鎌のように振り回すにしても、「燃える」は必須になるので、コスパは悪いままだ。
「ミノタウロスの源」は、ヒットポイントと攻撃力の上昇、更にヘイト軽減の補正があった。
始めは、カムイ用に、と考えたが、彼女がヘイトを稼げないのは、ミチルが魔法を使った後など、困る状況も有り得る。
そこで、ミチルに装備させよう、としたら断固、拒否られた。
「可愛くない」からだそうだ。
いろいろ加工できるようだが、二本一対で身につける必要がある。
カムイは、自分が着ける場合は、両肩から角を尖らせるつもりだったらしいが、ミチルに却下されて落ち込んでいた。
俺も、ペンダント(がちゃがちゃ煩い)、ピアス(耳ちぎれる)などを提案したが即刻、全否定された。
ヘイト軽減さえなければ、俺が肩から生やしてもよかったのだが、って少し嫌か。
それでも、素材として売るには惜しい上、メイジのミチルには最適な補正なので、妥協案は、ヘッドフォンの耳当ての部分に角をつけたような形に加工、それを杖に着脱する、というものだ。
これもご本人的には、不評だったが一度、使ってみれば、その補正の強力さは理解できたので渋々、受け入れた。
しかし、転送しない近場の緊急クエストの後、トーテムポールのようになった角付きの杖を手にしたまま街を歩き、「鬼嫁だ」と囁かれたことは、ミチルには内緒だ。
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黒崎隼人
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「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
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