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1巻
1-2
口をもごもごさせている執事長を横目に、ゆっくりと階段を上がる。カミラと呼ばれた侍女が、何故か主人公を抱っこしたまま後ずさった。何故だ。
「ごきげんよう。わたくしはイザベル・ドーラ・ディバインですわ。あなたの腕の中にいる方にご挨拶したいのだけど、よろしいかしら」
階段を上りきったところで背筋を伸ばし、侍女に声をかける。
「っは、はい……」
ものすごく怯えられているのだけど。
侍女は震えながら主人公をフカフカのカーペットの上に下ろすと、恐る恐るといった感じで私を窺ってくる。
何故私はこんなにも怖がられているのだろうか。
「初めてお目にかかりますわ」
幼児の目線に合わせるため膝をつき、怖がらせないように笑顔で話しかける。
前世、住宅展示場で子供相手のアルバイトをしていた時に身に付けた、幼児を怖がらせない対応の一つだ。
「わたくしはイザベルと申しますの。よろしくお願い致しますわ」
「…………」
主人公は宝石のような瞳をこちらに向けている。が、なにも話さない。見た目からして二歳くらいだろうか。二歳だとお喋りしてもおかしくはない時期だろうに、主人公は昔から無口なのかな。
「あなたのお名前を教えてくださる?」
「…………」
瞳は星のようにキラキラと、好奇心に溢れている。
ふむ……。それなのに喋らないのは何故なのか。こういう目をした子供は大概自分の名前や年を言いたがるのに。
「ノア様です」
あ?
頭上から侍女の声が降ってくる。
何故、主人公に聞いたことを侍女が答えるの?
「あなたには聞いておりませんわ」
「で、ですが、ノア様はお喋りにはなりませんので」
喋らない?
「喉でも痛めていらっしゃるの?」
風邪を引いているのだろうか。
「いえ、喉は痛めておられませんが……その、まだお小さいのでお喋りができないのです」
「わたくしには二歳後半くらいに見えるのだけど」
個人差はあるが、二歳後半ならお喋りできる子供も多い。実際、前世の友人の子供は支離滅裂ではあったけど、お喋りしていたし、住宅展示場で面倒を見ていた子供たちもそうだった。
「ノア様は三歳です」
「はい? 三歳なら、煩いくらいにお喋りする年ですわよ? もちろん個人差はありますけれど」
「え、そうなのですか?」
「そうなのですかって、あなた、お世話係ではないの?」
「あ、私はひと月前にノア様付きになりました」
「……念のため聞くのだけど。あなた、子育ての経験や知識はあるのかしら?」
どう見ても十五、六歳に見えるけど、実は十代後半で子供もいます、という場合もあるので一応確認してみる。
「まさか! 私は独身ですし、子供を育てたこともありません」
やっぱりそうよね。って、待って。主人公は仮にも次期公爵でしょう。お世話係に子供の知識が全くなさそうな子を付けるってなにを考えてるの!?
「ウォルト、あとで話がありますわ」
「は、はい。かしこまりした」
私の言葉に緊張を隠せないのか、執事長はハンカチで額を拭うと集めた使用人を解散させた。
「ノア様、だっこさせていただいてもよろしいかしら」
にっこり笑って手を広げると、トトッと私の腕の中にやってくる。子供は大概、手を広げたら吸い込まれるようにやってくるものだ。前世の友人の子供もそうだった。
「まぁ! ノア様がご自分から行かれるなんて……」
侍女は目を見開いて私たちの様子を見ている。
抱き上げて、あとでお屋敷の中を探検しましょうと言うと、主人公はさらに瞳をキラキラさせ小さく頷いた。あまりの可愛らしさに、つい顔が緩んでしまったわ。
そうこうしているうちにウォルトが階段を上がってきて、私の部屋に案内してくれると言うので抱っこしたまま移動したのだが、部屋に入って色々と説明を聞いているうちに主人公は眠ってしまった。
先程の年若い侍女――カミラが、さっさと連れていってしまう。
「さて、ウォルト。ノア様のこの邸での扱いについて聞きたいのだけれど」
「は、はい。ご存知のとおり、ノア様は旦那様とお亡くなりになった前妻様との間に生まれたご子息です。しかし、旦那様はノア様に興味を示すことなく、乳母に世話を任せっきりでした。その乳母もひと月前に馬車の事故で亡くなり、現在はカミラが乳母の役割を担っております」
「カミラとは先程の侍女でしょう。あの子は子供の知識が全くないようだけど、何故そんな子に小さな子のお世話を一任しているのかしら?」
「そ、それは……、人材を募集しているのですが、どうにも……」
しどろもどろで額の汗を拭う執事長に溜め息を吐く。
ディバイン公爵は氷の大公と呼ばれるだけあり、誰に対しても冷たく接することで有名だ。おそらく昔から公爵家に勤めている使用人以外は敬遠しているのだろう。
「わかりました。ノア様のお世話はしばらくわたくしが中心になっておこないますわ」
「は?」
「別におかしいことではないでしょう。わたくしは今日からノア様……いえ、ノアの母親なのですから」
翌日、早速ノアの部屋を訪れたのだけど――
「絵本がないですって!?」
「はぁ……。『えほん』というものがなにかはわかりませんが、子供が読むための本など聞いたこともありません」
これからノアのお世話をするために、これまでカミラがどんな教育をしてきたのか聞いていたのだが、ノアはカミラ以外から話しかけられたこともなく、部屋に籠もりっきりだったことが判明した。そのことから、ノアが喋らないのは、他者とのコミュニケーション不足が原因なのではないかと考えた私は、まず日常的な会話を増やすことと絵本の読み聞かせから始めようとしたのだが、まさかの絵本が存在しなかった。
確かに今世の記憶を辿ってみると、絵本を読んでもらった思い出はない。それどころか、おもちゃで遊んだ記憶もない。
つまりこの世界、子供用品が全く充実していないのだ。
「そう……これはもう、わたくしが作るしかないようね」
「奥様、子供は文字が読めません。子供用の本など意味がないのではありませんか?」
絵本というものがなにかわからないカミラがこのように思うのも無理ないだろう。
「そんなことないのよ。読み聞かせれば小さな子は言葉を覚えていくのだから」
「はぁ……」
「さぁ、カミラ。まずは紙と絵の具をたくさん用意してちょうだい」
カミラは困惑しているようだが、とにかく絵本を作ろう。同人誌即売会で培ったオタクの画力をなめるなよ。
「とはいったものの、製本するとなるとお金と時間がかかるものね……。とりあえず今回は紙芝居のような感じでいいかしら」
カミラに画材を用意してもらい、部屋に籠もると絵本……いや、紙芝居制作を始める。とはいえ、ストーリーも絵もオリジナルで作るなんてできないので、ここは前世の物語をパクらせていただくことにした。
「男の子が好きそうで、夢のある話がいいわよね……」
前世のマンガであった、大冒険の末に七つの玉を集めてドラゴンに願いを叶えてもらう話はどうだろう。冒険譚は子供にも受けがいいだろうし、ドラゴンや魔法ならこの世界でも受け入れやすい。昔からある物語がそういう類のものだからね。
「なにしろ、魔法ってこの世界では普通に使うものね。オタクとしては、生活魔法とはいえ実際魔法を使えた時は嬉しかったな~」
貴族と一部の裕福な庶民は教会に行き、祝福という名のお祈りを受けるとちょっとした魔法が使えるようになる。ファンタジーマンガのような派手なものとは違い、ライターでつけた程度の火を出したり、コップ一杯の水を出したり、ドライヤー程度の風を吹かせたりと、日常生活で便利に使える、いわゆる生活魔法しか使えないが、一応この世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。
ちなみにこのディバイン公爵家の歴代当主は別格で、氷の攻撃魔法を使える。もちろん主人公であるノアも。
「皇太子は火の攻撃魔法だったわよね。やっぱり高位貴族と皇族は、一般貴族とは違うわね」
もちろん私は一般貴族なので生活魔法しか使えない。一説には教会での祝福の際に、妖精と契約しているのではないかと言われているが、真偽のほどはわかっていない。きっと真実を知るのは、妖精を見ることができる聖女だけだろう。
「攻撃魔法なんて使うことなんてないのだから、生活魔法で十分だけど」
そんな独り言を呟きながら、一週間でフルカラー紙芝居を仕上げた私、すごくない?
「ノア~。紙芝居ができましたわよ!」
完成したことでテンションが上がってノアの部屋に突撃してしまった。
「奥様、『えほん』というものを作っていたのではなかったのですか?」
「ぅ……そ、それはアレよ! 絵本は製本しなければ紙芝居と呼ぶのよ!」
「そうなのですか?」
なにも知らないカミラを丸め込んだことに罪悪感が湧くが、そんなことより紙芝居だ。
「そうなのよ。さぁノア、お母様が紙芝居を読んであげますからね」
大きなソファの上にちょこんと座っているノアの前に座り、紙芝居を取り出す。
「奥様! そんなところにお座りになるなんて……」
「絨毯が敷かれているのだし大丈夫ですわ。さ、ノア。楽しい物語が始まりますわよ~」
前世でアニメにもなった紙芝居をノアの前に出す。ノアはなにが始まるのだと興味津々だ。
「ずーっとずーっと昔のお話――……」
冒険の旅に出る少年、少年の旅に同行する少女、旅の途中で出会う盗賊や動物たち。
まだ三歳だし理解できないかなぁと思いながら話す冒険譚に、ノアは前のめりになって目を輝かせ、キャッキャと喜んでいるではないか。
心の中でガッツポーズをとっていると、いつの間にかカミラまで紙芝居に夢中になっていた。
「――おしまい」
「え!? もう終わりですか? 続きはないんですか?」
この話は長いので、キリがいいところで終わらせてあるが、そうだよね。続きが気になるよね。
「あのね、カミラ。この紙芝居はわたくしの手作りですのよ。一週間で作れるのはこれだけですわ」
「ハッそうですよね……面白くてつい。ですが奥様は素晴らしいです!! 見たこともない素敵な絵に、『かみしばい』の途中に入る音楽、なにより斬新な物語! こんなに心が踊ったのは生まれて初めてです! 早く続きをお願いします!」
オタクの性か、挿入曲をアニメに忠実に口ずさんでしまった。しかしカミラさん、有り難い感想だが、あなたのために作ったんじゃないですからね。
「そう、ありがとう。ノアはどうだったかしら」
肝心のノアに響かなければ意味はないのだ。
「も、いっかい」
キラキラ輝く瞳をこちらに向け、ノアが口を開いた。
「ノア様が、お喋りに……!?」
「あら、ノア。もう一度紙芝居をしてほしいの?」
カミラが驚愕する中、私はできるだけ優しい声で聞き返す。するとノアはコクリと頷いた。
「わかったわ。じゃあもう一度はじめからね」
私の言葉に嬉しそうに笑うノアのために、もう一度はじめから読み直す。結局、紙芝居はその後三度繰り返すこととなった。
大成功を収めた紙芝居はノアとカミラの熱望により続きと新作を描かされ、どんどんシリーズが増えてきている。紙芝居効果なのかコミュニケーションを増やしたからか、ノアは最近水を得た魚のようにお喋りをするようになってきた。
「おかぁさま、あたりゃしい、かみちばい、できた?」
などと催促してくるようになったのはいいのか悪いのか……
「ノア、紙芝居もいいですが、お外で遊ぶのも楽しいですよ」
日に当たることでビタミンDが作られ、骨を強くしてくれるのだ。さらに免疫機能の調整や維持、ストレスの軽減、視力低下予防など様々な効果がある。日に当たりすぎると良くないが、適度な日光浴は人間に必要なことなのである。
「あいっ、おかぁさま、でもノア、かみちばい、ちたい」
継子を着々とオタクの道へ引き入れている気がしないでもない今日この頃です。
第二章 オタクの英才教育
春うららかな午後、元我が家とは似ても似つかぬ風光明媚な公爵家の庭で、私は継子と侍女カミラに魔法を教えていた。
「ここでこう! 足を開いて腕を下げますの!」
両手で花のような形を作り、それを下に向け右腰に当てて、手の花の中に光の球を作り出す。そしてそれを徐々に大きくしていき、二十メートル先の大木にぶつけるのだ。
「おかぁさま、しゅごーい」
「さすが奥様です!」
もちろん木にぶつかった光の球でなにかが爆発したり、穴があいたりなどはしない。球はそのまま弾けて消えてしまう。なにしろこれは生活魔法。ただ光るだけのライトの魔法である。
すっかり紙芝居にハマってしまったノアとカミラは、物語の中に出てくる攻撃技を再現してほしいと頻繁に強請ってくるようになった。そのため、魔法の授業と称して生活魔法を駆使したオタクの遊びをおこなっているわけだ。
「いいこと、二人とも。これは魔力コントロールの練習なのです。決して遊びではありませんよ」などと言い訳しながらノリノリでやっている私こそ、オタク道を爆進していると言ってもいいだろう。
「「は(あ)い!!」」
とはいえ、本当に魔力コントロールの修業にはちょうどいい遊びである。なにしろ手の中に小さな光を作って徐々に大きくしていき、その光を維持したまま勢いよく飛ばすのだ。これは、かなりの集中力とイメージ力、コントロールが必要である。まあ、使い道は全くないが。
「では続いて、敵に追い詰められた時に役立つ技を教えます」
「「は(あ)い!!」」
「まず両手を顔の前に掲げますの。その時掌は外側に向けて……」
「こ、これはまさか……っ」
フフフ……そう、か弱い女子供でもできそうな必殺技!
「ライト!!」
掌から思いっきり光を放てば目潰しができるのよ。
「奥様すごいです! 確かにこれなら、敵に隙ができますね」
「そうよ。危なくなったらこの技で相手が怯んでいる間に逃げなさい」
「「は(あ)い!!」」
とてもいい返事だが、公爵家の跡取りにオタクの英才教育を施しているようで罪悪感が半端ない。まあ、アニメとは多少アレンジをしているが。
しかしこの授業のおかげでノアが外に出てくれるようになったと思えばプラマイゼロだ。決してマイナスではない、はず。
キャッキャと嬉しそうにライトの魔法の練習をしている継子(と侍女)を眺める私が、中間管理職のおっさん並の哀愁を漂わせるのは『氷雪の英雄と聖光の宝玉』に描かれた未来を憂いているからだ。決してオタクになった次期公爵を想像したからではない。
SIDE 執事長ウォルト
「……随分騒がしいな」
窓の外から、つい数ヶ月前までは考えられなかったノア様のはしゃぎ声がする。それが耳に届いたのか、書類に目を通しておられた旦那様が顔をお上げになった。
眉間に皺が寄っているということは、ご不快に思われているのかもしれない。旦那様はご自身を煩わせる事柄を酷く嫌う。
これは、ノア様付きの侍女に、旦那様が邸にいらっしゃる時は外に出さぬよう申し付けておかねばならないな。
溜め息をぐっと堪え、旦那様にお伝えする。
「今の時間ですと、ノア様がお庭を散策されている頃かと」
「ノア……あれは赤ん坊ではなかったか」
旦那様は、未だにノア様を赤子と思われているのか。
唖然とした気持ちを隠すように首を横に振る。
現奥様だけでなく、前妻様にも一切の興味をお持ちにならなかった旦那様は、ノア様がお生まれになった時に一度だけ、前妻様のお部屋へ足をお運びになられた。赤子の顔を見て名を与えるとすぐに退室なさったが。義務と言わんばかりの態度に、前妻様は唇を噛みしめておられた。きっと旦那様はそれすらも気付いておられないだろう。
前妻様が旦那様におこなったことが原因とはいえ、なんとも心苦しい状況だった。
そういえば、旦那様はあの時も今のように眉間に皺を寄せておられたか。
「ノア様は三歳になります。もうお喋りもする年頃ですよ」
「そうだったか……」
前妻様に続き、ひと月前に乳母が事故で亡くなったが、その後、ノア様に新しい乳母が付くことはなかった。旦那様がノア様のことを忘れていたからに他ならない。無論幾度も進言したが、仕事漬けの旦那様の頭の中に残ることはなかった。主人の指示もなく、我々使用人が勝手に乳母を雇うことなど不可能だ。侍女の中にノア様に手を割ける者もいない。ディバイン公爵家は常に人手不足なのだ。旦那様の威圧感に耐え長く勤められる者など僅かなのだから仕方がない。
たまたま乳母の事故前に新たに雇った者をノア様付きにすることはできたが、その境遇がノア様から言葉を奪ってしまった。
旦那様が新しい奥様を迎えられたことは、ノア様にとっては幸運なことだっただろう。
庭園で遊ぶノア様のお声に耳を澄ませつつ旦那様を見る。旦那様の関心はすでに机の上の書類へと移っており、先程のやり取りなどなかったかのように、執務室は闃寂としていた。
◆ ◆ ◆
紙芝居や絵本を作ったので、次はそろそろ子供用おもちゃを作りたいと考えている。
なにしろこの世界は、子供も大人も娯楽品が乏しい。おもちゃは暇つぶしという役割だけでなく、知育という面でも使える大事なアイテムだ。ノアのためにもできるだけ早く作ってあげたい。
「とはいえ、素人の私が作れるものとなると限られるよねぇ……」
素人でも作れそうな知育玩具かぁ……。ぬり絵はどうだろう? ぬり絵なら三歳児も楽しめるかな? う~ん。
「あぁっ、アレだ!」
優雅な刺繍タイム(実家にいた時は繕い物の時間だった)の最中にいいことを思い付き、すぐさま行動に移すことにした。
「奥様! おやめください!! そのようなこと、公爵夫人がなされることではございません!」
「そうです! ご指示いただければ私がしますからっ」
ノコギリを手にし、積み上がった端材を前にやる気を出していた私を慌てて止めに入ったのは、私付きの侍女と厩舎の修理をしていた馬丁だった。
侍女などは悲鳴をあげていたので、公爵夫人としてはかなりマズいことをしていたのだろう。実家がアレだったので気付くのが遅れてしまった。
確かに、ノコギリを持っている時点で貴族としてどうなんだって話よね。
「あら、いやですわ。冗談よ。ホホッ」
誤魔化し笑いをしながら持っていたノコギリを馬丁に渡す。
馬丁はホッとしたのか、ノコギリを笑顔で受け取ると、「この木材をどうお切りしたらいいですかね」と指示を待つ。侍女は胡乱な目でこちらを見ていたが、気にしたら負けだ。
「えっと、そうねぇ。このくらいの箱に収まるように、色んな大きさで三角や球、円柱や長方体、立方体を切り出してほしいの。厚みもバリエーションがあるといいわね。あ、色んな大きさとはいっても、小さな子が遊べるくらいの大きさよ」
「はぁ……小さな子……?」
戸惑いながらも、ギコギコと木材を切っていく馬丁は、思った以上に頑張ってくれた。
あっという間に様々な形や厚さの木が、足元に転がる。
「まぁ! 素晴らしい出来よ」
「あ、ありがとうございます。……あの~、ゴミをこんな形にして、奥様は一体なにをなさるおつもりで?」
「フフッ、これはゴミではなくてよ! この表面と角をヤスリで滑らかにして、それから絵の具で色を塗るの。そうしたら完成よ!」
「はぁ、そうですかぁ?」
なにに使うのかわからなければ、そういう反応になるのも無理ないけど、もう少し驚いてほしかった。
このあと、馬丁にもう少し頑張ってもらい、全ての工程を終え出来上がったのは……
「できましたわよォォォ! 積み木!!」
バァン! と勢いよくノアの部屋の扉を開ける。呆気にとられたような顔をした息子とカミラの姿が視界に入ってきて、冷静さを取り戻した。
「ゴホンッ、失礼しましたわ」
「奥様? 突然どうなさったのですか?」
困惑を隠せないカミラに満面の笑みを向け、腕の中にあるノートパソコンサイズの箱を見せる。
「あの、それはなんでしょうか?」
「これが積み木ですわ!」
「「つ(ちゅ)みき?」」
そう。私(馬丁)が作った知育玩具とはズバリ、積み木である。
なんだ積み木かよ~、と侮るなかれ! 積み木は三歳の幼児が遊べて、集中力や発想力、果ては空間認識能力まで向上させてくれるおもちゃなのだ。
「その箱がですか?」
「そんなわけないでしょう。積み木はこの箱の中身のことよ」
カミラの天然炸裂にツッコミながら、ノアのそばに行き、箱を渡す。
「さぁノア。こちらを開けてごらんなさい」
「あい!」
嬉しそうに箱を受け取ると、子供らしくワクワクとした表情で蓋を開ける。
「ごきげんよう。わたくしはイザベル・ドーラ・ディバインですわ。あなたの腕の中にいる方にご挨拶したいのだけど、よろしいかしら」
階段を上りきったところで背筋を伸ばし、侍女に声をかける。
「っは、はい……」
ものすごく怯えられているのだけど。
侍女は震えながら主人公をフカフカのカーペットの上に下ろすと、恐る恐るといった感じで私を窺ってくる。
何故私はこんなにも怖がられているのだろうか。
「初めてお目にかかりますわ」
幼児の目線に合わせるため膝をつき、怖がらせないように笑顔で話しかける。
前世、住宅展示場で子供相手のアルバイトをしていた時に身に付けた、幼児を怖がらせない対応の一つだ。
「わたくしはイザベルと申しますの。よろしくお願い致しますわ」
「…………」
主人公は宝石のような瞳をこちらに向けている。が、なにも話さない。見た目からして二歳くらいだろうか。二歳だとお喋りしてもおかしくはない時期だろうに、主人公は昔から無口なのかな。
「あなたのお名前を教えてくださる?」
「…………」
瞳は星のようにキラキラと、好奇心に溢れている。
ふむ……。それなのに喋らないのは何故なのか。こういう目をした子供は大概自分の名前や年を言いたがるのに。
「ノア様です」
あ?
頭上から侍女の声が降ってくる。
何故、主人公に聞いたことを侍女が答えるの?
「あなたには聞いておりませんわ」
「で、ですが、ノア様はお喋りにはなりませんので」
喋らない?
「喉でも痛めていらっしゃるの?」
風邪を引いているのだろうか。
「いえ、喉は痛めておられませんが……その、まだお小さいのでお喋りができないのです」
「わたくしには二歳後半くらいに見えるのだけど」
個人差はあるが、二歳後半ならお喋りできる子供も多い。実際、前世の友人の子供は支離滅裂ではあったけど、お喋りしていたし、住宅展示場で面倒を見ていた子供たちもそうだった。
「ノア様は三歳です」
「はい? 三歳なら、煩いくらいにお喋りする年ですわよ? もちろん個人差はありますけれど」
「え、そうなのですか?」
「そうなのですかって、あなた、お世話係ではないの?」
「あ、私はひと月前にノア様付きになりました」
「……念のため聞くのだけど。あなた、子育ての経験や知識はあるのかしら?」
どう見ても十五、六歳に見えるけど、実は十代後半で子供もいます、という場合もあるので一応確認してみる。
「まさか! 私は独身ですし、子供を育てたこともありません」
やっぱりそうよね。って、待って。主人公は仮にも次期公爵でしょう。お世話係に子供の知識が全くなさそうな子を付けるってなにを考えてるの!?
「ウォルト、あとで話がありますわ」
「は、はい。かしこまりした」
私の言葉に緊張を隠せないのか、執事長はハンカチで額を拭うと集めた使用人を解散させた。
「ノア様、だっこさせていただいてもよろしいかしら」
にっこり笑って手を広げると、トトッと私の腕の中にやってくる。子供は大概、手を広げたら吸い込まれるようにやってくるものだ。前世の友人の子供もそうだった。
「まぁ! ノア様がご自分から行かれるなんて……」
侍女は目を見開いて私たちの様子を見ている。
抱き上げて、あとでお屋敷の中を探検しましょうと言うと、主人公はさらに瞳をキラキラさせ小さく頷いた。あまりの可愛らしさに、つい顔が緩んでしまったわ。
そうこうしているうちにウォルトが階段を上がってきて、私の部屋に案内してくれると言うので抱っこしたまま移動したのだが、部屋に入って色々と説明を聞いているうちに主人公は眠ってしまった。
先程の年若い侍女――カミラが、さっさと連れていってしまう。
「さて、ウォルト。ノア様のこの邸での扱いについて聞きたいのだけれど」
「は、はい。ご存知のとおり、ノア様は旦那様とお亡くなりになった前妻様との間に生まれたご子息です。しかし、旦那様はノア様に興味を示すことなく、乳母に世話を任せっきりでした。その乳母もひと月前に馬車の事故で亡くなり、現在はカミラが乳母の役割を担っております」
「カミラとは先程の侍女でしょう。あの子は子供の知識が全くないようだけど、何故そんな子に小さな子のお世話を一任しているのかしら?」
「そ、それは……、人材を募集しているのですが、どうにも……」
しどろもどろで額の汗を拭う執事長に溜め息を吐く。
ディバイン公爵は氷の大公と呼ばれるだけあり、誰に対しても冷たく接することで有名だ。おそらく昔から公爵家に勤めている使用人以外は敬遠しているのだろう。
「わかりました。ノア様のお世話はしばらくわたくしが中心になっておこないますわ」
「は?」
「別におかしいことではないでしょう。わたくしは今日からノア様……いえ、ノアの母親なのですから」
翌日、早速ノアの部屋を訪れたのだけど――
「絵本がないですって!?」
「はぁ……。『えほん』というものがなにかはわかりませんが、子供が読むための本など聞いたこともありません」
これからノアのお世話をするために、これまでカミラがどんな教育をしてきたのか聞いていたのだが、ノアはカミラ以外から話しかけられたこともなく、部屋に籠もりっきりだったことが判明した。そのことから、ノアが喋らないのは、他者とのコミュニケーション不足が原因なのではないかと考えた私は、まず日常的な会話を増やすことと絵本の読み聞かせから始めようとしたのだが、まさかの絵本が存在しなかった。
確かに今世の記憶を辿ってみると、絵本を読んでもらった思い出はない。それどころか、おもちゃで遊んだ記憶もない。
つまりこの世界、子供用品が全く充実していないのだ。
「そう……これはもう、わたくしが作るしかないようね」
「奥様、子供は文字が読めません。子供用の本など意味がないのではありませんか?」
絵本というものがなにかわからないカミラがこのように思うのも無理ないだろう。
「そんなことないのよ。読み聞かせれば小さな子は言葉を覚えていくのだから」
「はぁ……」
「さぁ、カミラ。まずは紙と絵の具をたくさん用意してちょうだい」
カミラは困惑しているようだが、とにかく絵本を作ろう。同人誌即売会で培ったオタクの画力をなめるなよ。
「とはいったものの、製本するとなるとお金と時間がかかるものね……。とりあえず今回は紙芝居のような感じでいいかしら」
カミラに画材を用意してもらい、部屋に籠もると絵本……いや、紙芝居制作を始める。とはいえ、ストーリーも絵もオリジナルで作るなんてできないので、ここは前世の物語をパクらせていただくことにした。
「男の子が好きそうで、夢のある話がいいわよね……」
前世のマンガであった、大冒険の末に七つの玉を集めてドラゴンに願いを叶えてもらう話はどうだろう。冒険譚は子供にも受けがいいだろうし、ドラゴンや魔法ならこの世界でも受け入れやすい。昔からある物語がそういう類のものだからね。
「なにしろ、魔法ってこの世界では普通に使うものね。オタクとしては、生活魔法とはいえ実際魔法を使えた時は嬉しかったな~」
貴族と一部の裕福な庶民は教会に行き、祝福という名のお祈りを受けるとちょっとした魔法が使えるようになる。ファンタジーマンガのような派手なものとは違い、ライターでつけた程度の火を出したり、コップ一杯の水を出したり、ドライヤー程度の風を吹かせたりと、日常生活で便利に使える、いわゆる生活魔法しか使えないが、一応この世界は剣と魔法のファンタジー世界だ。
ちなみにこのディバイン公爵家の歴代当主は別格で、氷の攻撃魔法を使える。もちろん主人公であるノアも。
「皇太子は火の攻撃魔法だったわよね。やっぱり高位貴族と皇族は、一般貴族とは違うわね」
もちろん私は一般貴族なので生活魔法しか使えない。一説には教会での祝福の際に、妖精と契約しているのではないかと言われているが、真偽のほどはわかっていない。きっと真実を知るのは、妖精を見ることができる聖女だけだろう。
「攻撃魔法なんて使うことなんてないのだから、生活魔法で十分だけど」
そんな独り言を呟きながら、一週間でフルカラー紙芝居を仕上げた私、すごくない?
「ノア~。紙芝居ができましたわよ!」
完成したことでテンションが上がってノアの部屋に突撃してしまった。
「奥様、『えほん』というものを作っていたのではなかったのですか?」
「ぅ……そ、それはアレよ! 絵本は製本しなければ紙芝居と呼ぶのよ!」
「そうなのですか?」
なにも知らないカミラを丸め込んだことに罪悪感が湧くが、そんなことより紙芝居だ。
「そうなのよ。さぁノア、お母様が紙芝居を読んであげますからね」
大きなソファの上にちょこんと座っているノアの前に座り、紙芝居を取り出す。
「奥様! そんなところにお座りになるなんて……」
「絨毯が敷かれているのだし大丈夫ですわ。さ、ノア。楽しい物語が始まりますわよ~」
前世でアニメにもなった紙芝居をノアの前に出す。ノアはなにが始まるのだと興味津々だ。
「ずーっとずーっと昔のお話――……」
冒険の旅に出る少年、少年の旅に同行する少女、旅の途中で出会う盗賊や動物たち。
まだ三歳だし理解できないかなぁと思いながら話す冒険譚に、ノアは前のめりになって目を輝かせ、キャッキャと喜んでいるではないか。
心の中でガッツポーズをとっていると、いつの間にかカミラまで紙芝居に夢中になっていた。
「――おしまい」
「え!? もう終わりですか? 続きはないんですか?」
この話は長いので、キリがいいところで終わらせてあるが、そうだよね。続きが気になるよね。
「あのね、カミラ。この紙芝居はわたくしの手作りですのよ。一週間で作れるのはこれだけですわ」
「ハッそうですよね……面白くてつい。ですが奥様は素晴らしいです!! 見たこともない素敵な絵に、『かみしばい』の途中に入る音楽、なにより斬新な物語! こんなに心が踊ったのは生まれて初めてです! 早く続きをお願いします!」
オタクの性か、挿入曲をアニメに忠実に口ずさんでしまった。しかしカミラさん、有り難い感想だが、あなたのために作ったんじゃないですからね。
「そう、ありがとう。ノアはどうだったかしら」
肝心のノアに響かなければ意味はないのだ。
「も、いっかい」
キラキラ輝く瞳をこちらに向け、ノアが口を開いた。
「ノア様が、お喋りに……!?」
「あら、ノア。もう一度紙芝居をしてほしいの?」
カミラが驚愕する中、私はできるだけ優しい声で聞き返す。するとノアはコクリと頷いた。
「わかったわ。じゃあもう一度はじめからね」
私の言葉に嬉しそうに笑うノアのために、もう一度はじめから読み直す。結局、紙芝居はその後三度繰り返すこととなった。
大成功を収めた紙芝居はノアとカミラの熱望により続きと新作を描かされ、どんどんシリーズが増えてきている。紙芝居効果なのかコミュニケーションを増やしたからか、ノアは最近水を得た魚のようにお喋りをするようになってきた。
「おかぁさま、あたりゃしい、かみちばい、できた?」
などと催促してくるようになったのはいいのか悪いのか……
「ノア、紙芝居もいいですが、お外で遊ぶのも楽しいですよ」
日に当たることでビタミンDが作られ、骨を強くしてくれるのだ。さらに免疫機能の調整や維持、ストレスの軽減、視力低下予防など様々な効果がある。日に当たりすぎると良くないが、適度な日光浴は人間に必要なことなのである。
「あいっ、おかぁさま、でもノア、かみちばい、ちたい」
継子を着々とオタクの道へ引き入れている気がしないでもない今日この頃です。
第二章 オタクの英才教育
春うららかな午後、元我が家とは似ても似つかぬ風光明媚な公爵家の庭で、私は継子と侍女カミラに魔法を教えていた。
「ここでこう! 足を開いて腕を下げますの!」
両手で花のような形を作り、それを下に向け右腰に当てて、手の花の中に光の球を作り出す。そしてそれを徐々に大きくしていき、二十メートル先の大木にぶつけるのだ。
「おかぁさま、しゅごーい」
「さすが奥様です!」
もちろん木にぶつかった光の球でなにかが爆発したり、穴があいたりなどはしない。球はそのまま弾けて消えてしまう。なにしろこれは生活魔法。ただ光るだけのライトの魔法である。
すっかり紙芝居にハマってしまったノアとカミラは、物語の中に出てくる攻撃技を再現してほしいと頻繁に強請ってくるようになった。そのため、魔法の授業と称して生活魔法を駆使したオタクの遊びをおこなっているわけだ。
「いいこと、二人とも。これは魔力コントロールの練習なのです。決して遊びではありませんよ」などと言い訳しながらノリノリでやっている私こそ、オタク道を爆進していると言ってもいいだろう。
「「は(あ)い!!」」
とはいえ、本当に魔力コントロールの修業にはちょうどいい遊びである。なにしろ手の中に小さな光を作って徐々に大きくしていき、その光を維持したまま勢いよく飛ばすのだ。これは、かなりの集中力とイメージ力、コントロールが必要である。まあ、使い道は全くないが。
「では続いて、敵に追い詰められた時に役立つ技を教えます」
「「は(あ)い!!」」
「まず両手を顔の前に掲げますの。その時掌は外側に向けて……」
「こ、これはまさか……っ」
フフフ……そう、か弱い女子供でもできそうな必殺技!
「ライト!!」
掌から思いっきり光を放てば目潰しができるのよ。
「奥様すごいです! 確かにこれなら、敵に隙ができますね」
「そうよ。危なくなったらこの技で相手が怯んでいる間に逃げなさい」
「「は(あ)い!!」」
とてもいい返事だが、公爵家の跡取りにオタクの英才教育を施しているようで罪悪感が半端ない。まあ、アニメとは多少アレンジをしているが。
しかしこの授業のおかげでノアが外に出てくれるようになったと思えばプラマイゼロだ。決してマイナスではない、はず。
キャッキャと嬉しそうにライトの魔法の練習をしている継子(と侍女)を眺める私が、中間管理職のおっさん並の哀愁を漂わせるのは『氷雪の英雄と聖光の宝玉』に描かれた未来を憂いているからだ。決してオタクになった次期公爵を想像したからではない。
SIDE 執事長ウォルト
「……随分騒がしいな」
窓の外から、つい数ヶ月前までは考えられなかったノア様のはしゃぎ声がする。それが耳に届いたのか、書類に目を通しておられた旦那様が顔をお上げになった。
眉間に皺が寄っているということは、ご不快に思われているのかもしれない。旦那様はご自身を煩わせる事柄を酷く嫌う。
これは、ノア様付きの侍女に、旦那様が邸にいらっしゃる時は外に出さぬよう申し付けておかねばならないな。
溜め息をぐっと堪え、旦那様にお伝えする。
「今の時間ですと、ノア様がお庭を散策されている頃かと」
「ノア……あれは赤ん坊ではなかったか」
旦那様は、未だにノア様を赤子と思われているのか。
唖然とした気持ちを隠すように首を横に振る。
現奥様だけでなく、前妻様にも一切の興味をお持ちにならなかった旦那様は、ノア様がお生まれになった時に一度だけ、前妻様のお部屋へ足をお運びになられた。赤子の顔を見て名を与えるとすぐに退室なさったが。義務と言わんばかりの態度に、前妻様は唇を噛みしめておられた。きっと旦那様はそれすらも気付いておられないだろう。
前妻様が旦那様におこなったことが原因とはいえ、なんとも心苦しい状況だった。
そういえば、旦那様はあの時も今のように眉間に皺を寄せておられたか。
「ノア様は三歳になります。もうお喋りもする年頃ですよ」
「そうだったか……」
前妻様に続き、ひと月前に乳母が事故で亡くなったが、その後、ノア様に新しい乳母が付くことはなかった。旦那様がノア様のことを忘れていたからに他ならない。無論幾度も進言したが、仕事漬けの旦那様の頭の中に残ることはなかった。主人の指示もなく、我々使用人が勝手に乳母を雇うことなど不可能だ。侍女の中にノア様に手を割ける者もいない。ディバイン公爵家は常に人手不足なのだ。旦那様の威圧感に耐え長く勤められる者など僅かなのだから仕方がない。
たまたま乳母の事故前に新たに雇った者をノア様付きにすることはできたが、その境遇がノア様から言葉を奪ってしまった。
旦那様が新しい奥様を迎えられたことは、ノア様にとっては幸運なことだっただろう。
庭園で遊ぶノア様のお声に耳を澄ませつつ旦那様を見る。旦那様の関心はすでに机の上の書類へと移っており、先程のやり取りなどなかったかのように、執務室は闃寂としていた。
◆ ◆ ◆
紙芝居や絵本を作ったので、次はそろそろ子供用おもちゃを作りたいと考えている。
なにしろこの世界は、子供も大人も娯楽品が乏しい。おもちゃは暇つぶしという役割だけでなく、知育という面でも使える大事なアイテムだ。ノアのためにもできるだけ早く作ってあげたい。
「とはいえ、素人の私が作れるものとなると限られるよねぇ……」
素人でも作れそうな知育玩具かぁ……。ぬり絵はどうだろう? ぬり絵なら三歳児も楽しめるかな? う~ん。
「あぁっ、アレだ!」
優雅な刺繍タイム(実家にいた時は繕い物の時間だった)の最中にいいことを思い付き、すぐさま行動に移すことにした。
「奥様! おやめください!! そのようなこと、公爵夫人がなされることではございません!」
「そうです! ご指示いただければ私がしますからっ」
ノコギリを手にし、積み上がった端材を前にやる気を出していた私を慌てて止めに入ったのは、私付きの侍女と厩舎の修理をしていた馬丁だった。
侍女などは悲鳴をあげていたので、公爵夫人としてはかなりマズいことをしていたのだろう。実家がアレだったので気付くのが遅れてしまった。
確かに、ノコギリを持っている時点で貴族としてどうなんだって話よね。
「あら、いやですわ。冗談よ。ホホッ」
誤魔化し笑いをしながら持っていたノコギリを馬丁に渡す。
馬丁はホッとしたのか、ノコギリを笑顔で受け取ると、「この木材をどうお切りしたらいいですかね」と指示を待つ。侍女は胡乱な目でこちらを見ていたが、気にしたら負けだ。
「えっと、そうねぇ。このくらいの箱に収まるように、色んな大きさで三角や球、円柱や長方体、立方体を切り出してほしいの。厚みもバリエーションがあるといいわね。あ、色んな大きさとはいっても、小さな子が遊べるくらいの大きさよ」
「はぁ……小さな子……?」
戸惑いながらも、ギコギコと木材を切っていく馬丁は、思った以上に頑張ってくれた。
あっという間に様々な形や厚さの木が、足元に転がる。
「まぁ! 素晴らしい出来よ」
「あ、ありがとうございます。……あの~、ゴミをこんな形にして、奥様は一体なにをなさるおつもりで?」
「フフッ、これはゴミではなくてよ! この表面と角をヤスリで滑らかにして、それから絵の具で色を塗るの。そうしたら完成よ!」
「はぁ、そうですかぁ?」
なにに使うのかわからなければ、そういう反応になるのも無理ないけど、もう少し驚いてほしかった。
このあと、馬丁にもう少し頑張ってもらい、全ての工程を終え出来上がったのは……
「できましたわよォォォ! 積み木!!」
バァン! と勢いよくノアの部屋の扉を開ける。呆気にとられたような顔をした息子とカミラの姿が視界に入ってきて、冷静さを取り戻した。
「ゴホンッ、失礼しましたわ」
「奥様? 突然どうなさったのですか?」
困惑を隠せないカミラに満面の笑みを向け、腕の中にあるノートパソコンサイズの箱を見せる。
「あの、それはなんでしょうか?」
「これが積み木ですわ!」
「「つ(ちゅ)みき?」」
そう。私(馬丁)が作った知育玩具とはズバリ、積み木である。
なんだ積み木かよ~、と侮るなかれ! 積み木は三歳の幼児が遊べて、集中力や発想力、果ては空間認識能力まで向上させてくれるおもちゃなのだ。
「その箱がですか?」
「そんなわけないでしょう。積み木はこの箱の中身のことよ」
カミラの天然炸裂にツッコミながら、ノアのそばに行き、箱を渡す。
「さぁノア。こちらを開けてごらんなさい」
「あい!」
嬉しそうに箱を受け取ると、子供らしくワクワクとした表情で蓋を開ける。
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