継母の心得

トール

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1巻

1-3

 箱の中には様々な形、厚みのカラフルな積み木が並んでおり、子供心をくすぐる仕様だ。

「うわぁ! おかぁさまっおかぁさま! いろんなおいろの、たくさん!」
「これはね、こうやって積み上げて遊ぶおもちゃなのよ」

 遊び方の見本を見せてあげると、瞳をキラキラさせて遊び出す。積み上げるごとに興奮が抑えられないのか、「わぁ!」と声を上げているので、楽しんでいるようだ。
 良かった。気に入ってくれたみたい。
 ホッと胸をなでおろす。

「ふわぁ! この『つみき』というのは、奥様がおっしゃっていた子供用のおもちゃですか!?」
「そうよ。このおもちゃは子供が楽しめるだけでなく、集中力や発想力を高めてくれる効果もあるの」
「えぇ!! そ、そんなすごい効果が!?」

 カミラが目を見開き、私と積み木を交互に見る。

「そう、これが知育玩具なのよ」


 積み木をノアにプレゼントしてから二日後のこと。

「ノア……?」

 今、私の目の前には黙々と積み木を積み上げていく継子ままこの姿がある。さっきから何度も声をかけているのだが、全く反応しない状況に、絶句するしかない。
 確かにこの世界に子供用おもちゃはなかった。積み木は、世界で初めて誕生した子供のおもちゃだと言えるだろう。
 だが、それにしてもノアのこの熱心さはなんだ。いくら集中力向上を見込めるとはいえ、高まりすぎじゃないですかね?

「の、ノア。そろそろ積み木はお片付けして、お外で遊びましょう……?」
「…………」

 恐る恐る声をかけたが、ブロックを積み上げる手は止まることがない。あまりにも集中しすぎてこちらの声が聞こえていないのだろう。
 まるでゲーム配信に夢中な小学生だ。

「ノア様、『つみき』を始めるとこの調子で、何度呼んでも聞こえないみたいなんです」

 カミラが困惑気味に首を傾げ、ほぅっと悩ましい溜め息を吐く。
 夢中になってくれるのは嬉しいが、知育玩具はたくさんあった方がいいと聞いたことがある。たくさんの知育玩具を用意しておくことで選択肢を増やし、子どもの知的好奇心を引き出して、遊びながら次の学びを引き出すことができるのだとか。
 だからこそ絵本や積み木だけでなく、他のおもちゃも作る必要があるわけで……。ノアのためにも早々に行動に移したい。

「う~ん……」

 しかし、積み木を作ったなら、次はめ込みブロックのおもちゃと、パズルなんかもできるんじゃないかと馬丁に相談したところ、「そういうものはさすがに素人では難しいので、職人に相談してみたらいかがでしょうか」と断られた。
 そりゃあ馬丁さんだもんね。馬のお世話が本業だし、断りもするか。

「職人ねぇ……」

 ここは帝都ほどじゃないけど、ディバイン公爵家の本邸がある大きな街だし、腕のいい職人もいるよね。

「決めたっ、街に行くわ!」
「お、奥様!?」

 カミラがビクリと肩を揺らし、目を白黒させたのはご愛嬌あいきょうということで。驚かせてごめんね。


「街、でございますか……」

 侍女に言付けても良かったが、できるだけ早く出かけたいと直接執事長のウォルトへ相談しに来たのだけど、どうも渋っている印象を受ける。
 なんでだろう?

「ええ。買い物に行きたいから馬車を出してほしいのだけど」
「本当に行かれるのですか?」
「もちろんよ。できればノアも連れていきたいけれど、それは無理よね」
「そうですね……。旦那様は現在皇城へ出仕なさっていて、お帰りになられるのはひと月後でしょうし、お帰りになられてもノア様の外出許可が下りるかどうか……」

 ですよね~。ていうかディバイン公爵、最近見かけないと思ったら帝都へ行っていたのね。ま、興味ないからどうでもいいけど。

「わかりました。今回はわたくしだけで街へ参りますわ」
「かしこまりました。それでは明日、馬車と護衛の準備を整えておきます。よろしいでしょうか」
「ええ、任せたわ」

 こうして、嫁いできて初めて街に行くことになったのだ。


 翌日。外出日和びよりの中、公爵家の紋章が付いた立派な馬車の前で大泣きしているノアと、苦笑しつつノアを抱き上げているカミラに後ろ髪を引かれながら馬車に乗り込み、街へ向かった。
 しばらく走ると、住宅街を抜け市街地に入る。景色がガラリと変わり、人通りも増えてきてドキドキしてきた。
 街並みは中世ヨーロッパのそれっぽく、石畳もレンガの家も、黄色や青の壁も、まるで御伽噺おとぎばなしの世界に入ったみたいで、テンションが爆上がりだ。
 ウチの領地はこんなにカラフルな壁にしている家も店もなかったし、道幅もこんなに広くなかった。やっぱりお金がある領地は違うわ。
 中心街に入ると、屋台が出ている広場にたくさんの人が集まっていて活気がある。
 マルシェまでカラフルで可愛いなんて!!
 乙女心をくすぐるマルシェに釘付けだ。

「奥様、本日はどちらへ向かわれるのですか? ジュエリーショップでしたらここを右に曲がったところにございますよ」

 一緒に乗っていた私付きの侍女が尋ねてくる。

「今日は装飾品を見に来たわけではないの」
「それではドレスでしょうか。でしたら通り過ぎてしまいましたので、戻るよう御者に伝えましょう」
「いいえ。ドレスでもないの」
「え? で、では、どちらへ?」

 侍女にニッコリ微笑み、窓の外へ視線を移す。
 しばらくしてガタンッと馬車が揺れ、停車する。どうやら到着したようだ。
 戸惑う侍女を引き連れ馬車を降りると、正面には三階建ての木造住宅があった。

「ここは……工務店、ですか?」

 侍女の呆気にとられた顔に苦笑しながら頷く。
 そう、ここは工務店。私が会いに来たのは、大工さんなのだ。

「奥様、工務店にお越しになったということは、別荘でも建てられるおつもりなのですか?」

 そんなわけあるかい!

「今日はね、ノアのおもちゃを依頼しに来たのよ」
「お、おもちゃですか?」

 当惑する侍女を連れ、工務店に足を踏み入れる。表からも予想していたが、間口が狭く中も細長い。まるでうなぎの寝床と言われる京都の町屋のようだ。
 そこに、カウンターのような机が一つあり、奥には工具がゴロゴロ転がっている。雑然としているせいで、より狭く感じた。

「ゴホッ」

 一緒に入ってきた護衛が咳込むのは、埃っぽいからだろう。掃除は行き届いていないようだ。

「どなたもいらっしゃらないようです」
「そうね。仕事で出払っているのか、それとも上の階にいるのか……」
「どちらさんで~?」

 やはり上に人がいたようで、ドスドスと階段を下りてきた男は、私たちを見てぎょっとったあと、「な、なんのご用でしょうかぃ」と恐る恐る声をかけてきた。
 横にも縦にも大きな男で、ただでさえ狭い店内が余計狭く感じる。

「仕事の依頼をしたいのですが、店主はいますか?」

 侍女が私の代わりに男に問いかけると、「へぇ、親方は仕事で外に出とります」と申し訳なさそうに返してくる。
 タイミングが悪かったみたいだ。やはり先触れなしの訪問はダメだったか……

「ゼン、帰ったぜぇ」
「あ、親方! お帰りなせぇ。親方にお客さんが来てますぜっ」
「ぁん?」

 おおっ、どうやらタイミングよく親方が帰ってきたようだ。

「なんだぁ? お貴族様が、ウチみてぇな店に一体なんの用だ」

 最初の大男とは違い、細マッチョの、想像よりずっと若い男性が、眉間にしわを寄せて不躾ぶしつけに見てくる。

「あなたがここの店主ですの?」
「チッ、ああ。店主のイフだ」

 舌打ち!? ちょっと、さすがに貴族に対して舌打ちはマズいって! ほら、護衛が殺気立ってるでしょうが。

「あなたに依頼があって参りましたの」
「貴族の令嬢がウチに依頼だぁ?」

 顔が、「なに言ってんだテメェ。頭おかしいんじゃねぇか」と語っている。

「息子のおもちゃを作ってほしいのですわ」
「おもちゃだぁ?」
「ええ。こういったものなのだけれど……」

 書き起こしたデザイン図案を見せながら話をする。

「三歳の息子が遊ぶものだから、丁寧に作っていただきたいの。ささくれや出っ張りで怪我をしたりしないように」
「三歳だと? ガキのおもちゃなんぞ見たことも聞いたこともねぇが……」
「ないからこそ作っていただきたいのよ。あなたがたは物作りのプロなのだから、この程度簡単にできるのではなくて?」

 少し挑発するように言うと、親方と言われた男は気分を害したように言う。

「確かにオレらにかかりゃこんなもん造作もねぇなぁ」
「では」
「だが、この仕事、引き受けるとは言っちゃいねぇ」

 なんですって?

「こう見えてオレらも忙しいんでね。ガキのおもちゃなんぞ作ってる時間はねぇんだわ。折角のお貴族様の頼みだが、悪ぃなぁ」

 ニヤリと意地悪そうに笑う男は、貴族が好きではないらしい。けれど、こっちも引くわけにはいかない。可愛い息子のためにも。

「……あら、雨季の建築業者は、他の仕事を探すほど暇だと聞いたのだけれど」
「ぁあん?」
「この話、あなたにとっても悪い話ではなくてよ。だってもうすぐ、雨季に入るのだから」

 雨が降ると家を建てることが困難になる。何故なら、雨で滑りやすくなり作業中の事故が絶えないことと、溶接の質に影響を及ぼすからだ。したがって、建築業者は雨季になると本業を控える。
 では、雨季になにをしているのかというと、家具を作ったり、家の中の修理をしたりと細々した手仕事をするのだ。だが、そんな仕事もたくさんあるわけではないため、あぶれた者は収入が途絶えてしまう。
 だから、このおもちゃを作るというのは悪い話ではないはずなのだ。

「お貴族様の依頼一つで雨季の生活費が稼げるほど、オレらの生活にかかる金は安くねぇんだわ。それなら他の仕事をする時間に回すってもんだろ」

 要は、この依頼も一回きりだろうってことか。どんなに金払いが良くても、たった一回の依頼の実入りなどたかが知れてると言いたいのだろう。

「あら、誰が一回きりだと言いましたの」
「あ?」
「わたくし、子供用品の店を始めるつもりですのよ。あなたがこのおもちゃを上手く作ってくだされば、安定したお仕事を差し上げてよ」


 ――なんて言ってしまったが、本当は店を始める気なんてなかったんだよぉぉぉぉ!! 引き受けてくれなそうだったから、口からポロッとね、デマカセがつい……

「そしたら相手がまさかのノリノリに……」
「はい? 奥様、なにかおっしゃいましたか」
「いえ、なんでもないわ……」

 店を出た私は己の所業に頭を抱えていた。
 ど、ど、どうしよう! まさか、「へぇ……それが本当なら面白そうじゃねぇの。子供用品の専門店なんて今までにねぇことだ。店を出すってんなら、協力もやぶさかじゃねぇよ」なんて言われると思わなかったよ!

「奥様、ご自身のお店を出されるのであれば、一度執事長に相談なさってはいかがでしょうか」
「えっあ、そ、そうね……。勝手に進めちゃダメよね。旦那様の許可も必要でしょうし」
「奥様に与えられた予算内であれば、特に旦那様の許可は必要ないかと……」

 いぶかしげにこちらを見る侍女にギョッとする。だって普通は当主に許可を得るのが当然の流れでしょう。

「奥様が執事長に指示なさって、お店の手配をしてもらえばよろしいと思います」

 お店を出すって、そんなちょっとした買い物みたいな感じでいいの? 公爵家だから? お金持ちだからそうなの!?

「そ、そう……。ただ、まだ商品が揃ってないから、もう少し考えてみるわ」
「かしこまりました」

 足取り重く馬車に向かおうとすると、なにやら周囲が騒がしくなってきた。

「公爵様の奥様が来られたぞ!」
「あら? 公爵様の奥様はお身体が弱いんじゃなかった?」
「違う違う。そりゃ前の奥様だ。前の奥様が亡くなられて、再婚されたって噂だぜ」
「そうなのかい。奥様は滅多に人前に出られなかったから、お亡くなりになられたなんて知らなかったよ」
「まぁ、お若い奥様だわ~」
「美人だなぁ」
「奥様~! 公爵様に、我々が平和に暮らせるのも公爵様のおかげですとお礼をお伝えくださ~い」

 驚くことに、街の人々が馬車を囲むように人だかりを作っていたのだ。
 執事長が街に行くことを渋る理由が今わかった。
 人混みをかき分け、やっとのことで馬車に乗ったのだが、現在私が乗る馬車は街の人たちに囲まれて立ち往生している。ディバイン公爵家の家紋が入った馬車は、人々の興味を引いたらしく、野次馬根性丸出しで集まってきたらしいのだ。
 しかも意外なことに、公爵の評判がかなりいい。「ありがとうございます」と口々に公爵へのお礼を言っている。

「これは……しばらく動けそうにありませんね」

 侍女はこうなることがわかっていたようで、諦めモードだ。わかっていたなら教えてくれればよかったのに。

「公爵様は人気ですのね」
「そうですね。領民を大切にされるお方ですから」

 あの氷の公爵が?
 結婚式の時の冷たい瞳と、その後の態度を思い返してみるが、どう考えてもそんなできた人だとは思えない。だってあの人、自分の子供を放置してるんだよ。領民は大切にできるのに、どうして自分の子供を大切にできないの。
 イラッとする気持ちにふたをして、窓の外に目を移す。そして馬車を取り囲む人々を眺めながら、溜め息を一つこぼしたのだ。


「――というわけで、子供用品を扱うお店を出すことになりそうなの」
「まぁ! それはいい考えですね! 『えほん』や『つみき』はきっと大人気になりますよ!」

 ノアと夕食を一緒に取りながら、カミラに今日あったことを伝えると、出店については大賛成してくれた。

「けれど、その二つだけを売るわけにもいかないでしょう。他にも色々取り扱いたいと思っているの」
「他にもですか? その、新しく依頼されたおもちゃでは駄目なのでしょうか」

 ノアの食事の補助をしつつ、カミラが言う。

「それももちろんお店に出すのだけど……」

 カシャンッ。
 話している最中、ノアが口に運んでいたフォークがお皿の上に落下し、大きな音が響いた。
 いけないっ、話に夢中になっていてノアを見ていなかったわ!

「ごめんなしゃ……」

 怯える仔猫のようにふるふると震えているノア。

「ノア様、申し訳ありませんっ、私が余所見よそみをしていたばかりにっ」

 カミラが慌ててノアの口の周りや、飛び散った食べ物を拭き、ペコペコと頭を下げている。よく見ると、ノアの持つフォークは大人用を少し小さくしただけで、子供の手で持つにはそぐわないものだった。
 お皿も割れやすい陶器だわ……

「ノア、今まで気付かなくてごめんなさい」

 私は椅子から降りると、しゃがんで目線を合わせ、ノアの手を取り謝罪した。

「おかぁさま?」
「どうしてもっと早く気付かなかったのかしら。その食器だと、ノアの小さなおててでは使いづらかったでしょう」

 ノアはくりくりした瞳で私をじっと見つめている。

「このフォークでは先が尖りすぎていて危険だし、持ち手も細く掴みにくいわ。それにお皿だって割れやすい」
「ですが奥様、幼い子ども用の食器はこれしかありません」

 またか。この世界、本当に子供に優しくない。

「それなら、わたくしが作りますわ」

 お店に出す新たな商品が決まった。子供用の食器類、作ってやろうじゃないか!



   第三章 素材と絵師と店探し


 フォークの先はもっと丸みを帯びさせて、柄の部分は握りやすいように少し太めで、できればプラスチックのような軽くて割れにくい素材がいい。お皿もプラスチック素材が望ましいが、この世界でそんなもの、見たことがない。

「素材ねぇ……。そもそも、この世界にどんな素材があるのか詳しく知らないわ」

 というわけで、なにかヒントがないかと屋敷の図書室に来てみたのだけど。

「異世界といえば、魔物や不思議植物よね! もしかしたらプラスチックを作り出す植物や魔物がいるかもしれないわ」

 そんな安易な考えのもと、図鑑の置いてある場所へと移動する。
 とはいえ、私たちが普段見る魔物なんてスライムくらいしかいないんだよね。しかも、スライムといっても酸を吐くようなヤバいのじゃなく、ゴミとか糞尿とかを処理してくれる、とてもエコでいい子たちなのだ。だからこの中世ヨーロッパベースの世界であっても、トイレ事情や、ごみ処理問題に悩まなくてもいいという素晴らしさ。
 そんなことを考えながら、パラパラと羊皮紙でできた立派な本をめくっていく。装丁が豪華で、いかにも貴族が好みそうな本だ。
 今見ているのは魔物図鑑だが、この世界の人からしても、物語の中に出てくるような魔物しか載っていない。日本でいう妖怪図鑑のようなものだった。

「うーん、ちょっと現実的じゃないか……。植物図鑑の方がまだいいのかも」

 しかし、植物図鑑にもプラスチックに代わる素材の情報はなく、あっという間に企画は暗礁あんしょうに乗り上げてしまった。

「そう上手くはいかないものね」

 そんなことを呟きながらしばらく図書室をウロウロしていると、足元に飛び出していた木の板に引っかかり、転びそうになる。

「ひゃっ!? ……っと、なんでこんなところに木の板が……あら? 文字と絵が書いてあるわ」

 もしかして、この板も本なのかな?
 確か、紙を手に入れられない庶民は、木の板を使う場合もあるって聞いたことがあるけれど。
 板を手に取って見ると、そこには見慣れた木の絵が描かれていた。

「この木、実家の領地に腐るほど生えてるやつだわ。切ったら樹液が出てくるせいで建築には使えないし、かといって樹液も不味くて食べられないからお金にならないのよね。にもかかわらず生命力旺盛おうせいでバカみたいに生えてくるのよ」

 まるで竹のような繁殖力に、父も困っていたなと思い出し憂鬱ゆううつになる。
 絵から文章に目を移す。癖のある字で少し読みにくい。

「なになに……。この木、の樹液は冷やし、たら白く固まり、割れ、にくく、軽量である……っ」

 これって、もしかしたら、もしかするかも?
 実家の領地に群生している木――正式名称をパブロの木というらしいが――その木の樹液を送ってほしい旨を手紙にしたため、実家の父宛に送ったあと、私は次の行動を起こすことにした。
 絵師を探すつもりなのだ。
 食器にしてもおもちゃにしても、子供用品に可愛い柄や絵は必須! 店を出す以上、私一人で絵や柄を描くのは限界があるだろう。


「できればあまり有名でない方がいいわ」
「奥様は絵師のパトロンをなさるのですか?」

 執事長であるウォルトに相談すると、そう返された。そう言われればそうだなと思い、頷く。

「奥様に与えられた予算を芸術家の支援に使われるとは、素晴らしいお考えです。それでは数名、私の方で選定致しますのでお待ちください」
「え、ええ。お願いね」

 芸術家のパトロンは、高位貴族の夫人のたしなみのようなところがあるので、ウォルトはこのように乗り気なのだろう。
 実際は、子供用品に柄や絵を描いてもらうのだけど……仕事の斡旋あっせんをするのだし、まぁパトロンといえばパトロンよね? なんだったら、お店に飾る絵画とかを描いてもらって誤魔化せばいいか。

「ところで、店舗として借りる物件の候補はどうなっているかしら?」
「そうでした。ちょうどその資料をお見せしようとお持ちしたのです。こちらが奥様の条件に当てはまる貸店舗でございます」

 さすが執事長、仕事が速い。まだ商品が揃っていないとはいえ、一応貸店舗を探してもらっていたのだ。
 資料を受け取ると、内容を確認していく。
 一つ目の物件は、貴族街の大通りに面した店舗で、広さも設備も整っているが、家賃はかなりお高い。銀座に店舗を構えるくらいの高級物件だ。
 二つ目は貴族街だが人通りの少ない道に面した店舗。こちらは少し狭いが、設備は整っている。家賃は大通りほどではないがやはり少々お高めだ。
 三つ目は庶民街の大通りに面した店舗。広さがあり、設備も整っているが、かなり古いようでリフォームの必要がありそうだ。しかし家賃はお手頃である。

「そうね……この二つ目の店舗前の道幅は、どのくらいなのかしら?」
「馬車が行き交う程度の道幅はございます。しかし、大通りに比べて人通りはあまりなく、住宅街に近いので商売をするには不向きかと」

 なるほど。これは一度見に行かないといけないようだ。


「一度それぞれの店舗に足を運んでみようと思うの」

 ノアの顔を見ようと部屋を訪れ、なんとなしに店舗についてカミラと話しながらお茶が入ったカップをゆっくり傾ける。

「そうですか。やっぱり実際に見てみないとわからないですもんね」

 カミラはノアの様子を見ながらうんうんと頷き、慣れたように積み木のパーツをノアに渡している。

「……おかぁさま、またおでかけ?」

 気が付くと、こちらを見上げるノアの瞳はうるんでおり、積み木で遊ぶ手も止まっていた。

「すぐにお出かけするわけではないのよ。今日はノアと一緒に遊べるもの」
「ほんと? おかぁさま、ノアと、あそぶ?」
「ええ。ノアが嫌だって言うまで遊びますわよ!」


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