37 / 333
3巻
3-3
第二章 ディバイン公爵とダスキール公爵
無事(?)に祝福の儀が終わり、このあとは一旦解散して、着替えてから夜の誕生パーティーに参加するのだが……
「相変わらず素敵ですこと……」
「あれが、ディバイン公爵のご子息?」
「そっくりですのね!」
「奥様って確か、あの噂の? イメージと違っていて驚きましたわ……」
「あのドレス、もしかして金木犀をイメージされたのかしら」
「素敵なドレスだわ~」
私たちの周りでコソコソ囁く貴族たちに圧倒される。今回は正統なお血筋である皇子、イーニアス殿下の祝福の儀ということもあって、地方の貴族も参列している。
主役のイーニアス殿下が退場してから、視線とヒソヒソ声がすごいのだ。
ここに来る際も、馬車に乗っている時から注目の的だったし、馬車から降りたら、人混みが割れて自然と道が作られたのよね。あれは怖かったわ。
「旦那様、早く出ましょう」
「ああ」
こういう時、公爵で良かったって思えるわよね。早々に場を離れられるから。
そう考えていた時。
「――これは、ディバイン公爵」
「……ダスキール公爵」
教会を出たところで突然、四十代後半くらいの男性に話しかけられた。
ダスキール公爵……って、オリヴィア側妃の父親じゃない!?
旦那様は無表情で、瞳は氷のように冷え切っており、初めて会った時に感じた威圧感のようなものを醸し出していた。私は、ノアをそっとドレスの後ろへ隠す。
「久しぶりですな」
「なにか用がおありか」
「ハハッ、相変わらずのご様子。お若い奥様をもらったと聞きましてね。ご挨拶でもしようかと思って声をかけてみたのだが……」
ダスキール公爵は私をチラリと見たあと、旦那様に視線を戻す。
「お美しい奥様をもらわれたのですな」
「……イザベル、挨拶を」
滅茶苦茶嫌そうな雰囲気を出す旦那様に促され、ドレスの裾を持ち上げる。
「テオバルドの妻、イザベル・ドーラ・ディバインと申しますわ」
「これは麗しい奥様だ。私はタラント・チュアン・ダスキール。ダスキール公爵家の当主だ」
オリヴィア側妃の父親だけあり、とても美形だわ。旦那様には及ばないけれど。側妃のピンクブロンドの髪と、琥珀色の瞳は父親に似たのね。お顔は……、あまり似ていらっしゃらないから、お母様似なのかしら。
「ウチの次女をディバイン公爵の後妻にどうかと話していたのだが、断られるだけはある」
……一言多い方ですわね。
旦那様を見ると、思ったとおり眉間に皺が寄っていた。
『なぁんか、嫌な感じだね』
『イヤー!』
『モヤモヤー!!』
妖精たちも嫌がっているわ。やっぱりノアは隠しておいた方がいいみたい。
「では我々は失礼させていただく」
「おや、ディバイン公爵家の小さな後継者には挨拶させてもらえないのですかな?」
嫌な感じの笑みを向けるダスキール公爵に、旦那様の眉間の皺がますます深くなる。
ノアを、あまりこういう癖のある大人と接触させたくないのだけど……、そういうわけにもいかないわよね。
「……失礼した。ノア、挨拶を」
「はい!」
旦那様に元気にお返事をし、ノアは私の後ろから出てきて背筋を伸ばし――
「でぃばいんこおしゃくけ、ちゃくなんの、ノア・きんばりー・でぃばいん、です」
ハキハキとご挨拶したではないか。
なんて賢く可愛らしい息子なの!
「小さなディバインの後継者。もしかしたら、私は君の親戚になる可能性もあるからね。よろしく頼むよ」
はぁ!? まさか自分の娘に子供が生まれたら、ノアに嫁がせるとか!?
「そのような可能性はない。我々は急いでいるので失礼する」
旦那様はその言葉をぶった切ると、私の腰を抱き、ノアの手を握って歩き出した。ノアもこの時ばかりは前を向き、ダスキール公爵を見ようとはしなかった。
「……ふんっ、そんなことを言っていられるのも今のうちだけだ。オリヴィアは次期皇帝を産むのだから、いずれダスキールはディバインを凌駕するだろう。その時は、ディバインも私が手に入れてみせる……!」
『って、アイツが言っていたよ』
『ワルー!』
『タクランデルー!!』
馬車の中での妖精のリークに、乾いた笑いが漏れる。
「旦那様、やはり中立派は、オリヴィア側妃の御子を皇帝にできる自信があるように思われてなりませんわ。もしかして、イーニアス殿下になにかする気なのではなくって?」
「アスでんか、わたちがまもるの!」
ノアが私の話を聞いて、可愛いお顔を凛々しく変え、高らかに宣言する。
しまった! ノアの前で話すことではなかったわ。
ノアはカッコ可愛いけれど、子供にこんなことを教えてしまうなんて!
慌てて口を両手で塞ぎ、ノアの様子を窺うと、旦那様がノアに話しかけた。
「そうだな。皇太子となるイーニアス殿下を守るのは、いずれお前の役目になるだろう」
「はい!」
「しかし、今はまだ力が足りぬ。お前は自身をしっかり磨くのだ」
「……はい」
まぁ……。あの旦那様とノアが、ちゃんと父子をしているわ。
『ねぇねぇ、前にテオバルドが言っていた悪魔だけど、教会にはそんな気配なかったよ? 皇宮や皇城も調べた方がいい?』
『スパイ!』
『スパイ!!』
妖精たちは一体なんの話をしているの!?
「……また邸に戻ってから話そう」
私に向けてか、妖精に向けてか、旦那様はそう言ったあと黙り込んでしまった。
馬車に揺られ邸に戻ると、旦那様とお話しする間もなくメイドたちによってお化粧を落とされ、お風呂に入れられて、エステ隊にお肌を整えられる。
旦那様とお話ししなくてはならないのに……
「あの金木犀のドレスは、ご家族の肖像画を描く時にもう一度ご着用いただきますので、トルソーに着せておいてください」
ミランダがそう指示しているのが聞こえ、小首を傾げる。
「肖像画?」
「旦那様が先日、絵師のアーノルド様にご依頼なさいました」
「え、そうなの?」
ミランダを鏡越しに見ていると、メイドに「奥様、パックをいたしますので目を閉じていただけますでしょうか」と言われた。
「あ、ごめんなさい」
慌てて目を閉じる。
肖像画のことは気になるけど、お肌のお手入れの邪魔をしてはダメよね。
髪のトリートメントや、全身のお肌のお手入れ後、今度は別のトルソーに着せられた夜用のドレス一式が運ばれてくる。
一言で言えば『星の降る夜』のようなドレス。
アフターヌーンドレスとは異なり、プリンセスラインで華やかだ。スカート部分が総レースで、黒っぽいが、真っ黒ではなく、青や紫が混ざったような幻想的な色合いで、裾に向かうにつれ、白銀のグラデーションになっている。まるで宝石をちりばめたようにキラキラしているその様は、まさに星空のようで、メイドの皆がうっとりしているではないか。
あら? あれは……本物の宝石だわ。小さなダイヤがちりばめてあるみたい。旦那様、一体ドレスにどれだけお金をかけたのかしら……
アフターヌーンドレスといい、かかった金額を考えると顔面蒼白になる。
「はぁ~。奥様は本当に深く愛されているのですねぇ」
夢見るように息をつくメイドたちに、「そ、そう思う?」と恐る恐る聞く。
私の勘違いじゃないのよね?
「もちろんです!! アフターヌーンドレスのモチーフになっていた金木犀の花言葉は、謙虚、気高い人、そして……」
「「初恋!!」」
キャーッと、メイドたちは大盛り上がりだ。ミランダが注意しているが、私は、やっぱりそうなのかしら!? と一人ドキドキしていた。
……あら? このドレス、旦那様とノアと、私の髪色じゃなくて? きっとそう。旦那様は、私たちの髪色をドレスにしてくださったのだわ!!
「わたくしを……、想ってくださっているの?」
クゥゥ……
その時、子犬の鳴き声のような音が私のお腹から鳴って、恥ずかしさに赤面してしまう。
そういえば、お昼ご飯を食べていなかったわ……。私の身体は、ときめきよりも美味しいご飯を求めているみたい。
「すぐに軽食をご用意いたします」
素早くメイドたちが動き出す。
「あ、旦那様とノアにも軽食を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
旦那様から贈られたドレスを着るのは、軽食のあとになりそうだわ。
SIDE 皇帝
「イーニアスは火の神の加護を授けられたのか!?」
「私はまだ、イーニアス殿下のお姿を見ておりませんので、なんとも……」
「えーい! 使えん奴め!! イーニアスが火の神の加護を受けねば、朕の計画が台なしになるのだぞ!」
なにが『悪魔』だ、教会にも入れぬくせに! 全く役に立たぬ小蝿ではないか! 朕がこれほど欲しているというのに!!
「今すぐ確認してくるのだ!」
イーニアスが火の神の加護さえ授かっていれば、長年朕を馬鹿にしていた奴らの鼻を明かすことができるのだ。
「……かしこまりました」
早く。早く、イーニアスの身体を乗っ取って――
「違う……っ。朕は、そんなことをのぞんで、はいなぃ……っ」
う……っ。あ、頭が……いた……っ。イーニアス……っ。
「イーニアスは朕の大事な……」
「おいおい、なんでオレの力が解けかかってんだ? まさか教会に行ったからか……」
頭に、靄がかかっているようだ……。朕は、なにをして……
「チッ、面倒臭ぇなぁ。お前はオレのおもちゃなんだから、最後までこの遊びに付き合ってくれねぇと面白くねぇだろ」
ぞっとするような冷めた声……、この声は……っ。
「ったく。しゃーねぇなぁ」
頭に誰かの手が……!? ぅあ、頭が痛い……っ。割れそうだ!! 痛い……っ。
「ぅぐっ。……っ。ゃめて、くれ……っ」
「お前は、あの可愛い皇子サマをオレの――に育てないといけねぇんだよ」
「朕は……、イーニアスを――」
◆ ◆ ◆
一流のオーケストラが音楽を奏でている。盛装に身を包んだ紳士はシャンパンのグラスを傾けながらビジネスの話をし、華やかなドレスを着た貴婦人たちは笑い合う。皇后様の計らいで、今日の夜会では飲食をするもしないも自由らしい。おかげで毒の心配をする必要がないのは助かる。念のため、ノアにも会場で出ているものには口をつけず、喉が渇いたら腰のベルトホルダーに入れている小さなタンブラーから飲むよう言い含めておいた。あまりお行儀がいいとは言えないが、命には代えられない。
「ディバイン公爵家の皆様ですわ」
「ご家族でお揃いにしたアフターヌーンドレスも素敵でしたけれど、夜の装いも素敵ですわね~」
「金木犀の意匠のドレスだったのでしょう? わたくし見られなかったのです! 悔しいですわっ」
「公子様が腰に巻いている、素敵なアクセサリーはなにかしら? 衣装に馴染んでいて格好いいですわね」
「本当、不思議なアクセサリーですわ」
私は旦那様のエスコートで、ノアの歩みに合わせてパーティー会場をゆっくり移動する。
私たちの前方を行くノアは、落ち着いて前を見て歩いていた。
「私の夜の女神、聞いてもいいか」
「旦那様、夜の女神だなどと、恥ずかしいですわ。なにがお知りになりたいのでしょうか?」
私のドレスが夜空なら、旦那様とノアは白銀に輝く二つの月だろう。なにしろ二人は、お揃いの服を着用しているのだから。
旦那様はすごく高そうな白銀のテールコートとスラックスを身につけており、中のベストはシャンパンゴールドで、テールコートの裾からチラ見せしているところがまたオシャレだ。生地の刺繍も同系色で、星や月の柄が描かれている。きっと私のドレスに合わせているのだろう。
体格は細マッチョなのに、腰が細く引き締まっているから、テールコートがよく似合っているわ。
ノアもお揃いだが、こちらは通常丈のジャケットにレースタイを合わせ、夜の女神の意匠が施されたカメオを付けている。
パンツは子供らしくハーフパンツで……っ、すごく可愛い! なによこれっ、王子様じゃない!? 可愛い王子様!!
「ノアの腰に付けている、あのアクセサリーは一体なんだ?」
「あれは、ベルトホルダーといって、物を収納して持ち運べるのです。今日は、あの中にノアの飲み物を入れておりますのよ」
「ほぅ……。白の革でできているのか。服に合わせた柄も入っているからか、馴染んでいるな」
「そうですわね。やはりなにがあるかわかりませんもの。皇宮での飲食は控えたいですが、水分不足になってもいけませんでしょう。ですから、飲み物を持参したのですわ」
「そうか……。君も飲食はしないよう気を付けてくれ」
「はい。わかっておりますわ。旦那様も……その、気を付けてくださいまし」
言っているうちに恥ずかしくなり、顔をそらしてしまう。
なんだかこうして心配し合うのは、本当の夫婦のようで照れますわね。
しかし、旦那様からはなんの反応もない。私だけが舞い上がっていたのだわ、とますます恥ずかしくなってきた。深呼吸をしてから、平気なふりをして旦那様の方を見ると――
「……っ」
彼は愛おしいものでも見るように目を細め、見たこともない優しい笑みを浮かべていたのだ。
「だ、ど……っ」
『あれ美味しそう! ねぇ、あれ食べたい!』
『タベターイ!』
『ヨダレダラダラ!!』
妖精たち……、ブレませんわね。
「もうすぐ主役が登場しますわよ。少し我慢なさって」
『『『えー!!』』』
「帰ったら好きなスイーツを食べさせてやるから我慢しろ」
公爵様が、私の腰を引き寄せる。
『絶対だよ! ボクはアイスが入ったイチゴのクレープが食べたい!』
『プリン!』
『スフレパンケーキ!!』
「わかったから、少し黙ってくれ」
……公爵様、妖精を餌付けしておりますのね。
「ノア、こちらへいらっしゃい。もうすぐイーニアス殿下があの階段の上から出てこられますわ」
「はい、おかぁさま」
ノアは少し緊張しているみたいだわ。
私と旦那様の間にノアを挟むようにして立つ。今いるのは、この会場で皇族が現れる階段に一番近い場所だ。初めて参加する皇城でのパーティーに緊張しているノアの手を握り、微笑みかけると、ノアも小さな手できゅっと握り返してくる。
しばらくして音楽がやみ、階段上の空間に皇帝と皇后様、そして本日の主役であるイーニアス殿下が現れた。陛下の挨拶のあと、小さなイーニアス殿下が前に出てきて口を開く。
「ほんじつは、わたしのたんじょうパーティーに、よくきてくれた。かんしゃする。みなをたのしませる、よきょうもよういしているので、こよいは、たのしんでいってくれ」
小さな皇子の、堂々たるスピーチに皆が驚き、その聡明さを認識した瞬間だった。
この時会場にいた皆が思ったことだろう。『この方が、将来帝国を背負って立つのだ』と。
その思いは、イーニアス殿下に向けられた拍手喝采が物語っていた。ノアはそれに誇らしげな顔をし、旦那様もいつもより柔らかい瞳で拍手をしている。
皇后様は、旦那様との話し合いで宣言したとおり、イーニアス殿下をしっかりと教育なさっているのだわ。
「余興か……。イーニアスよ。朕にもちょっとした余興を見せてもらいたい」
そんな最中、この温かい空気を壊すような言葉を発した者がいた。
「ちちうえ……?」
戸惑うイーニアス殿下に、皇帝はこう言った。
「朕に、お前の魔法を見せよ」
「陛下! お待ちくださいっ、イーニアスはこれから魔力コントロールを学ぶのです。今ここで魔法を使えなどと、無茶苦茶ですわ!」
皇后様が慌てて皇帝と殿下の会話に入り込む。
「うるさい! 朕は皇帝ぞ! お前たちは朕の言うことを黙って聞いていればいいのだ!!」
「魔力が暴走したら、どうなさるおつもりです!!」
「魔力の暴走? ふんっ。それならば、あそこにディバイン公爵がいる。万が一の時は、あやつが止めてくれるだろう。なにせ、帝国最強と言われているのだしな」
皇帝は階段の上から旦那様を見下ろし、馬鹿にするように笑うと、イーニアス殿下に向き直った。
「イーニアス、お前は今日、祝福を受けた。ならば魔法を使えるようになったということだ。朕は息子の魔法が見たい。見せてくれるな」
「陛下!!」
「……はい。ちちうえ」
「イーニアス!?」
イーニアス殿下が頷くと、皇帝はニヤッと笑って階段を下りてくる。そして、わざとらしくマントをはためかせながら旦那様の前を通り、皇帝用の椅子にドカリと座って足を組んだ。相変わらず好感が持てない態度だ。皇后様は、今日も厚めにお化粧をしているが、それでも隠し切れないほど表情が険しくなっている。
「皇帝陛下は一体なにをお考えなのだ……」
「イーニアス第二皇子は、今日祝福を受けたばかりだろう……」
「魔力コントロールの勉強もまだの子供に、魔法を使わせるなどと……っ」
この場にいる貴族たちも騒然としている。皇帝派の面々すら、さすがに戸惑っているようだった。
「旦那様……、イーニアス殿下は大丈夫でしょうか……」
魔法なんて使ったことがない子供がいきなり魔法を使えば、最悪、コントロールできなかった体内の魔力が一気に外に排出され、その際の爆発的なエネルギーによって周辺が吹き飛んでしまう可能性がある。
魔力量によっては、この会場どころか、皇宮すら危ういかもしれないのよ。
それに、イーニアス殿下ご自身も魔力が枯渇し、数日目覚めないということもありうる。
だからこそ、祝福を受けた翌日から、魔力コントロールを教わるというのに……。皇帝は一体なにを企んでいるの!?
「帝国の太陽に拝謁いたします」
「……うむ」
突然、旦那様が陛下の前に出て挨拶を始めたので、私とノアも慌てて後ろで礼を執る。
「畏れながら、皇帝陛下に奏上いたします」
「なんだ」
「皇后陛下のおっしゃるとおり、イーニアス第二皇子はまだ魔力コントロールすら習っておられない。となれば、万が一魔力暴走が起きた時に、御身が危険に晒されます」
「……だから、ディバイン公爵、そなたが守れと言っている」
「もちろん、陛下はお守りいたします。が、この場にいる貴族はどうなるのでしょうか」
「む……」
皇帝が貴族たちに目を向ける。「陛下!!」と皇帝派の筆頭である、皇后様の父親からも声が上がった。
「……うむ、ではこうしよう。魔法防壁が張れる者を呼んで参れ」
その言葉に、貴族たちがどよめいた。
「陛下!!」
「うるさい!! うぬらは朕の言うことを黙って聞いておればいいのだ!!」
珍しく、皇帝派にもキツく当たる陛下に、皆が戸惑っている。
結局、皇城所属の優秀な魔法使いがやってきて、様々な魔法で防壁を作ったのだけど……
「アスでんか……」
皆が部屋の端に退避し、ぽっかりとあいた空間に一人佇むイーニアス殿下。そんな殿下を、ノアはじっと見ていた。
心配よね……
「旦那様、イーニアス殿下は大丈夫かしら……」
「……仮に魔力暴走が起きても、本人にそこまで危険はない」
『魔力が枯渇しないように、ボクらがフォローしてあげるから大丈夫だよ!』
『フォロー!』
『ガンバルー!!』
公爵様と妖精たちの言葉に少しだけ安心するが、それでも、あの小さな皇子様に少しでも危険があるとなれば、不安は尽きない。皇后様もさぞご心配なさっているだろう。
皇帝の隣で、イーニアス殿下をじっと見つめている皇后様。その拳は微かに震えている。
「おかぁさま、アスでんか、だいじょぶよ」
「え?」
突然のノアの言葉に、呆気に取られる。
無事(?)に祝福の儀が終わり、このあとは一旦解散して、着替えてから夜の誕生パーティーに参加するのだが……
「相変わらず素敵ですこと……」
「あれが、ディバイン公爵のご子息?」
「そっくりですのね!」
「奥様って確か、あの噂の? イメージと違っていて驚きましたわ……」
「あのドレス、もしかして金木犀をイメージされたのかしら」
「素敵なドレスだわ~」
私たちの周りでコソコソ囁く貴族たちに圧倒される。今回は正統なお血筋である皇子、イーニアス殿下の祝福の儀ということもあって、地方の貴族も参列している。
主役のイーニアス殿下が退場してから、視線とヒソヒソ声がすごいのだ。
ここに来る際も、馬車に乗っている時から注目の的だったし、馬車から降りたら、人混みが割れて自然と道が作られたのよね。あれは怖かったわ。
「旦那様、早く出ましょう」
「ああ」
こういう時、公爵で良かったって思えるわよね。早々に場を離れられるから。
そう考えていた時。
「――これは、ディバイン公爵」
「……ダスキール公爵」
教会を出たところで突然、四十代後半くらいの男性に話しかけられた。
ダスキール公爵……って、オリヴィア側妃の父親じゃない!?
旦那様は無表情で、瞳は氷のように冷え切っており、初めて会った時に感じた威圧感のようなものを醸し出していた。私は、ノアをそっとドレスの後ろへ隠す。
「久しぶりですな」
「なにか用がおありか」
「ハハッ、相変わらずのご様子。お若い奥様をもらったと聞きましてね。ご挨拶でもしようかと思って声をかけてみたのだが……」
ダスキール公爵は私をチラリと見たあと、旦那様に視線を戻す。
「お美しい奥様をもらわれたのですな」
「……イザベル、挨拶を」
滅茶苦茶嫌そうな雰囲気を出す旦那様に促され、ドレスの裾を持ち上げる。
「テオバルドの妻、イザベル・ドーラ・ディバインと申しますわ」
「これは麗しい奥様だ。私はタラント・チュアン・ダスキール。ダスキール公爵家の当主だ」
オリヴィア側妃の父親だけあり、とても美形だわ。旦那様には及ばないけれど。側妃のピンクブロンドの髪と、琥珀色の瞳は父親に似たのね。お顔は……、あまり似ていらっしゃらないから、お母様似なのかしら。
「ウチの次女をディバイン公爵の後妻にどうかと話していたのだが、断られるだけはある」
……一言多い方ですわね。
旦那様を見ると、思ったとおり眉間に皺が寄っていた。
『なぁんか、嫌な感じだね』
『イヤー!』
『モヤモヤー!!』
妖精たちも嫌がっているわ。やっぱりノアは隠しておいた方がいいみたい。
「では我々は失礼させていただく」
「おや、ディバイン公爵家の小さな後継者には挨拶させてもらえないのですかな?」
嫌な感じの笑みを向けるダスキール公爵に、旦那様の眉間の皺がますます深くなる。
ノアを、あまりこういう癖のある大人と接触させたくないのだけど……、そういうわけにもいかないわよね。
「……失礼した。ノア、挨拶を」
「はい!」
旦那様に元気にお返事をし、ノアは私の後ろから出てきて背筋を伸ばし――
「でぃばいんこおしゃくけ、ちゃくなんの、ノア・きんばりー・でぃばいん、です」
ハキハキとご挨拶したではないか。
なんて賢く可愛らしい息子なの!
「小さなディバインの後継者。もしかしたら、私は君の親戚になる可能性もあるからね。よろしく頼むよ」
はぁ!? まさか自分の娘に子供が生まれたら、ノアに嫁がせるとか!?
「そのような可能性はない。我々は急いでいるので失礼する」
旦那様はその言葉をぶった切ると、私の腰を抱き、ノアの手を握って歩き出した。ノアもこの時ばかりは前を向き、ダスキール公爵を見ようとはしなかった。
「……ふんっ、そんなことを言っていられるのも今のうちだけだ。オリヴィアは次期皇帝を産むのだから、いずれダスキールはディバインを凌駕するだろう。その時は、ディバインも私が手に入れてみせる……!」
『って、アイツが言っていたよ』
『ワルー!』
『タクランデルー!!』
馬車の中での妖精のリークに、乾いた笑いが漏れる。
「旦那様、やはり中立派は、オリヴィア側妃の御子を皇帝にできる自信があるように思われてなりませんわ。もしかして、イーニアス殿下になにかする気なのではなくって?」
「アスでんか、わたちがまもるの!」
ノアが私の話を聞いて、可愛いお顔を凛々しく変え、高らかに宣言する。
しまった! ノアの前で話すことではなかったわ。
ノアはカッコ可愛いけれど、子供にこんなことを教えてしまうなんて!
慌てて口を両手で塞ぎ、ノアの様子を窺うと、旦那様がノアに話しかけた。
「そうだな。皇太子となるイーニアス殿下を守るのは、いずれお前の役目になるだろう」
「はい!」
「しかし、今はまだ力が足りぬ。お前は自身をしっかり磨くのだ」
「……はい」
まぁ……。あの旦那様とノアが、ちゃんと父子をしているわ。
『ねぇねぇ、前にテオバルドが言っていた悪魔だけど、教会にはそんな気配なかったよ? 皇宮や皇城も調べた方がいい?』
『スパイ!』
『スパイ!!』
妖精たちは一体なんの話をしているの!?
「……また邸に戻ってから話そう」
私に向けてか、妖精に向けてか、旦那様はそう言ったあと黙り込んでしまった。
馬車に揺られ邸に戻ると、旦那様とお話しする間もなくメイドたちによってお化粧を落とされ、お風呂に入れられて、エステ隊にお肌を整えられる。
旦那様とお話ししなくてはならないのに……
「あの金木犀のドレスは、ご家族の肖像画を描く時にもう一度ご着用いただきますので、トルソーに着せておいてください」
ミランダがそう指示しているのが聞こえ、小首を傾げる。
「肖像画?」
「旦那様が先日、絵師のアーノルド様にご依頼なさいました」
「え、そうなの?」
ミランダを鏡越しに見ていると、メイドに「奥様、パックをいたしますので目を閉じていただけますでしょうか」と言われた。
「あ、ごめんなさい」
慌てて目を閉じる。
肖像画のことは気になるけど、お肌のお手入れの邪魔をしてはダメよね。
髪のトリートメントや、全身のお肌のお手入れ後、今度は別のトルソーに着せられた夜用のドレス一式が運ばれてくる。
一言で言えば『星の降る夜』のようなドレス。
アフターヌーンドレスとは異なり、プリンセスラインで華やかだ。スカート部分が総レースで、黒っぽいが、真っ黒ではなく、青や紫が混ざったような幻想的な色合いで、裾に向かうにつれ、白銀のグラデーションになっている。まるで宝石をちりばめたようにキラキラしているその様は、まさに星空のようで、メイドの皆がうっとりしているではないか。
あら? あれは……本物の宝石だわ。小さなダイヤがちりばめてあるみたい。旦那様、一体ドレスにどれだけお金をかけたのかしら……
アフターヌーンドレスといい、かかった金額を考えると顔面蒼白になる。
「はぁ~。奥様は本当に深く愛されているのですねぇ」
夢見るように息をつくメイドたちに、「そ、そう思う?」と恐る恐る聞く。
私の勘違いじゃないのよね?
「もちろんです!! アフターヌーンドレスのモチーフになっていた金木犀の花言葉は、謙虚、気高い人、そして……」
「「初恋!!」」
キャーッと、メイドたちは大盛り上がりだ。ミランダが注意しているが、私は、やっぱりそうなのかしら!? と一人ドキドキしていた。
……あら? このドレス、旦那様とノアと、私の髪色じゃなくて? きっとそう。旦那様は、私たちの髪色をドレスにしてくださったのだわ!!
「わたくしを……、想ってくださっているの?」
クゥゥ……
その時、子犬の鳴き声のような音が私のお腹から鳴って、恥ずかしさに赤面してしまう。
そういえば、お昼ご飯を食べていなかったわ……。私の身体は、ときめきよりも美味しいご飯を求めているみたい。
「すぐに軽食をご用意いたします」
素早くメイドたちが動き出す。
「あ、旦那様とノアにも軽食を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
旦那様から贈られたドレスを着るのは、軽食のあとになりそうだわ。
SIDE 皇帝
「イーニアスは火の神の加護を授けられたのか!?」
「私はまだ、イーニアス殿下のお姿を見ておりませんので、なんとも……」
「えーい! 使えん奴め!! イーニアスが火の神の加護を受けねば、朕の計画が台なしになるのだぞ!」
なにが『悪魔』だ、教会にも入れぬくせに! 全く役に立たぬ小蝿ではないか! 朕がこれほど欲しているというのに!!
「今すぐ確認してくるのだ!」
イーニアスが火の神の加護さえ授かっていれば、長年朕を馬鹿にしていた奴らの鼻を明かすことができるのだ。
「……かしこまりました」
早く。早く、イーニアスの身体を乗っ取って――
「違う……っ。朕は、そんなことをのぞんで、はいなぃ……っ」
う……っ。あ、頭が……いた……っ。イーニアス……っ。
「イーニアスは朕の大事な……」
「おいおい、なんでオレの力が解けかかってんだ? まさか教会に行ったからか……」
頭に、靄がかかっているようだ……。朕は、なにをして……
「チッ、面倒臭ぇなぁ。お前はオレのおもちゃなんだから、最後までこの遊びに付き合ってくれねぇと面白くねぇだろ」
ぞっとするような冷めた声……、この声は……っ。
「ったく。しゃーねぇなぁ」
頭に誰かの手が……!? ぅあ、頭が痛い……っ。割れそうだ!! 痛い……っ。
「ぅぐっ。……っ。ゃめて、くれ……っ」
「お前は、あの可愛い皇子サマをオレの――に育てないといけねぇんだよ」
「朕は……、イーニアスを――」
◆ ◆ ◆
一流のオーケストラが音楽を奏でている。盛装に身を包んだ紳士はシャンパンのグラスを傾けながらビジネスの話をし、華やかなドレスを着た貴婦人たちは笑い合う。皇后様の計らいで、今日の夜会では飲食をするもしないも自由らしい。おかげで毒の心配をする必要がないのは助かる。念のため、ノアにも会場で出ているものには口をつけず、喉が渇いたら腰のベルトホルダーに入れている小さなタンブラーから飲むよう言い含めておいた。あまりお行儀がいいとは言えないが、命には代えられない。
「ディバイン公爵家の皆様ですわ」
「ご家族でお揃いにしたアフターヌーンドレスも素敵でしたけれど、夜の装いも素敵ですわね~」
「金木犀の意匠のドレスだったのでしょう? わたくし見られなかったのです! 悔しいですわっ」
「公子様が腰に巻いている、素敵なアクセサリーはなにかしら? 衣装に馴染んでいて格好いいですわね」
「本当、不思議なアクセサリーですわ」
私は旦那様のエスコートで、ノアの歩みに合わせてパーティー会場をゆっくり移動する。
私たちの前方を行くノアは、落ち着いて前を見て歩いていた。
「私の夜の女神、聞いてもいいか」
「旦那様、夜の女神だなどと、恥ずかしいですわ。なにがお知りになりたいのでしょうか?」
私のドレスが夜空なら、旦那様とノアは白銀に輝く二つの月だろう。なにしろ二人は、お揃いの服を着用しているのだから。
旦那様はすごく高そうな白銀のテールコートとスラックスを身につけており、中のベストはシャンパンゴールドで、テールコートの裾からチラ見せしているところがまたオシャレだ。生地の刺繍も同系色で、星や月の柄が描かれている。きっと私のドレスに合わせているのだろう。
体格は細マッチョなのに、腰が細く引き締まっているから、テールコートがよく似合っているわ。
ノアもお揃いだが、こちらは通常丈のジャケットにレースタイを合わせ、夜の女神の意匠が施されたカメオを付けている。
パンツは子供らしくハーフパンツで……っ、すごく可愛い! なによこれっ、王子様じゃない!? 可愛い王子様!!
「ノアの腰に付けている、あのアクセサリーは一体なんだ?」
「あれは、ベルトホルダーといって、物を収納して持ち運べるのです。今日は、あの中にノアの飲み物を入れておりますのよ」
「ほぅ……。白の革でできているのか。服に合わせた柄も入っているからか、馴染んでいるな」
「そうですわね。やはりなにがあるかわかりませんもの。皇宮での飲食は控えたいですが、水分不足になってもいけませんでしょう。ですから、飲み物を持参したのですわ」
「そうか……。君も飲食はしないよう気を付けてくれ」
「はい。わかっておりますわ。旦那様も……その、気を付けてくださいまし」
言っているうちに恥ずかしくなり、顔をそらしてしまう。
なんだかこうして心配し合うのは、本当の夫婦のようで照れますわね。
しかし、旦那様からはなんの反応もない。私だけが舞い上がっていたのだわ、とますます恥ずかしくなってきた。深呼吸をしてから、平気なふりをして旦那様の方を見ると――
「……っ」
彼は愛おしいものでも見るように目を細め、見たこともない優しい笑みを浮かべていたのだ。
「だ、ど……っ」
『あれ美味しそう! ねぇ、あれ食べたい!』
『タベターイ!』
『ヨダレダラダラ!!』
妖精たち……、ブレませんわね。
「もうすぐ主役が登場しますわよ。少し我慢なさって」
『『『えー!!』』』
「帰ったら好きなスイーツを食べさせてやるから我慢しろ」
公爵様が、私の腰を引き寄せる。
『絶対だよ! ボクはアイスが入ったイチゴのクレープが食べたい!』
『プリン!』
『スフレパンケーキ!!』
「わかったから、少し黙ってくれ」
……公爵様、妖精を餌付けしておりますのね。
「ノア、こちらへいらっしゃい。もうすぐイーニアス殿下があの階段の上から出てこられますわ」
「はい、おかぁさま」
ノアは少し緊張しているみたいだわ。
私と旦那様の間にノアを挟むようにして立つ。今いるのは、この会場で皇族が現れる階段に一番近い場所だ。初めて参加する皇城でのパーティーに緊張しているノアの手を握り、微笑みかけると、ノアも小さな手できゅっと握り返してくる。
しばらくして音楽がやみ、階段上の空間に皇帝と皇后様、そして本日の主役であるイーニアス殿下が現れた。陛下の挨拶のあと、小さなイーニアス殿下が前に出てきて口を開く。
「ほんじつは、わたしのたんじょうパーティーに、よくきてくれた。かんしゃする。みなをたのしませる、よきょうもよういしているので、こよいは、たのしんでいってくれ」
小さな皇子の、堂々たるスピーチに皆が驚き、その聡明さを認識した瞬間だった。
この時会場にいた皆が思ったことだろう。『この方が、将来帝国を背負って立つのだ』と。
その思いは、イーニアス殿下に向けられた拍手喝采が物語っていた。ノアはそれに誇らしげな顔をし、旦那様もいつもより柔らかい瞳で拍手をしている。
皇后様は、旦那様との話し合いで宣言したとおり、イーニアス殿下をしっかりと教育なさっているのだわ。
「余興か……。イーニアスよ。朕にもちょっとした余興を見せてもらいたい」
そんな最中、この温かい空気を壊すような言葉を発した者がいた。
「ちちうえ……?」
戸惑うイーニアス殿下に、皇帝はこう言った。
「朕に、お前の魔法を見せよ」
「陛下! お待ちくださいっ、イーニアスはこれから魔力コントロールを学ぶのです。今ここで魔法を使えなどと、無茶苦茶ですわ!」
皇后様が慌てて皇帝と殿下の会話に入り込む。
「うるさい! 朕は皇帝ぞ! お前たちは朕の言うことを黙って聞いていればいいのだ!!」
「魔力が暴走したら、どうなさるおつもりです!!」
「魔力の暴走? ふんっ。それならば、あそこにディバイン公爵がいる。万が一の時は、あやつが止めてくれるだろう。なにせ、帝国最強と言われているのだしな」
皇帝は階段の上から旦那様を見下ろし、馬鹿にするように笑うと、イーニアス殿下に向き直った。
「イーニアス、お前は今日、祝福を受けた。ならば魔法を使えるようになったということだ。朕は息子の魔法が見たい。見せてくれるな」
「陛下!!」
「……はい。ちちうえ」
「イーニアス!?」
イーニアス殿下が頷くと、皇帝はニヤッと笑って階段を下りてくる。そして、わざとらしくマントをはためかせながら旦那様の前を通り、皇帝用の椅子にドカリと座って足を組んだ。相変わらず好感が持てない態度だ。皇后様は、今日も厚めにお化粧をしているが、それでも隠し切れないほど表情が険しくなっている。
「皇帝陛下は一体なにをお考えなのだ……」
「イーニアス第二皇子は、今日祝福を受けたばかりだろう……」
「魔力コントロールの勉強もまだの子供に、魔法を使わせるなどと……っ」
この場にいる貴族たちも騒然としている。皇帝派の面々すら、さすがに戸惑っているようだった。
「旦那様……、イーニアス殿下は大丈夫でしょうか……」
魔法なんて使ったことがない子供がいきなり魔法を使えば、最悪、コントロールできなかった体内の魔力が一気に外に排出され、その際の爆発的なエネルギーによって周辺が吹き飛んでしまう可能性がある。
魔力量によっては、この会場どころか、皇宮すら危ういかもしれないのよ。
それに、イーニアス殿下ご自身も魔力が枯渇し、数日目覚めないということもありうる。
だからこそ、祝福を受けた翌日から、魔力コントロールを教わるというのに……。皇帝は一体なにを企んでいるの!?
「帝国の太陽に拝謁いたします」
「……うむ」
突然、旦那様が陛下の前に出て挨拶を始めたので、私とノアも慌てて後ろで礼を執る。
「畏れながら、皇帝陛下に奏上いたします」
「なんだ」
「皇后陛下のおっしゃるとおり、イーニアス第二皇子はまだ魔力コントロールすら習っておられない。となれば、万が一魔力暴走が起きた時に、御身が危険に晒されます」
「……だから、ディバイン公爵、そなたが守れと言っている」
「もちろん、陛下はお守りいたします。が、この場にいる貴族はどうなるのでしょうか」
「む……」
皇帝が貴族たちに目を向ける。「陛下!!」と皇帝派の筆頭である、皇后様の父親からも声が上がった。
「……うむ、ではこうしよう。魔法防壁が張れる者を呼んで参れ」
その言葉に、貴族たちがどよめいた。
「陛下!!」
「うるさい!! うぬらは朕の言うことを黙って聞いておればいいのだ!!」
珍しく、皇帝派にもキツく当たる陛下に、皆が戸惑っている。
結局、皇城所属の優秀な魔法使いがやってきて、様々な魔法で防壁を作ったのだけど……
「アスでんか……」
皆が部屋の端に退避し、ぽっかりとあいた空間に一人佇むイーニアス殿下。そんな殿下を、ノアはじっと見ていた。
心配よね……
「旦那様、イーニアス殿下は大丈夫かしら……」
「……仮に魔力暴走が起きても、本人にそこまで危険はない」
『魔力が枯渇しないように、ボクらがフォローしてあげるから大丈夫だよ!』
『フォロー!』
『ガンバルー!!』
公爵様と妖精たちの言葉に少しだけ安心するが、それでも、あの小さな皇子様に少しでも危険があるとなれば、不安は尽きない。皇后様もさぞご心配なさっているだろう。
皇帝の隣で、イーニアス殿下をじっと見つめている皇后様。その拳は微かに震えている。
「おかぁさま、アスでんか、だいじょぶよ」
「え?」
突然のノアの言葉に、呆気に取られる。
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート
☆書籍化 2026/2/27コミックス3巻、ノベル8巻同時刊行予定☆
ノベル8巻刊行前に8巻に掲載される番外編を削除予定です。何卒よろしくお願いいたします】
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。