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24 おねだり。
しおりを挟む「そろそろ、我々は帰らせていただきましょう。ハナさん」
肩にそっとエリュさんの手袋をした手が置かれた。
「あ、そうですね……帰らなくちゃ」
「なんだ。一晩明かしてもいいのだぞ」
「いえ、兄が心配してしまうので。この森で朝を迎えたいのは山々ですが」
この森で朝焼けを見るのも素敵だろうけれど、へーリーさんにちゃんと帰ってくるように言われている。
「レイヴと散策しに来るといい」
「はい、そうします。あ、レイヴはどうする? 残る?」
「ああ、もう少し話してからハナの元に戻ろう」
「わかったわ」
レイヴを残して、私達はシーヴァ国の城に帰ることにした。
温かな空間を眺めてから、立ち上がる。ふわふわした感覚がするからよろけてしまう。でも、エリュさんが支えてくれた。
ノットが黒い杖を取り出す。転移魔法の道具だ。
「今日は宴に参加させていただき、誠にありがとうございました」
「うむ」
「ではまた来ますね」
黒い杖をノットが振れば、魔法陣が現れて、白いモヤが渦巻きながら私達を包み込む。そのモヤが晴れれば、城のゲートにいた。
まずはへーリーさんに帰ってきたことを報告しにいく。
「楽しかったですか?」
「はい! 精霊の森は綺麗でした……今度散策する許可をいただけました」
「それはよかったですね。楽しめたのなら何よりです」
へーリーさんに、いい子いい子と頭を撫でられた。
護衛は私の部屋までと言って、ノットもエリュさんも部屋の前まで送ってくれる。酔ってフラフラしていたので、当然のように心配したのだろう。
「水飲んで大人しく寝ていろよ。おやすみ」
ノットは部屋の前に到着するなり、さっさと引き返していった。
「おやすみ、ノットさんー」
私はへらへらしながら、手を振る。
それからエリュさんと向き合った。
「今日はお付き合いしてくださり、ありがとうございました。エリュさん」
「とんでもありません」
「えへへ、本当にありがとうございます」
首を左右に振るエリュさんの手を握って、にへらと笑みを溢す。
そうすれば、エリュさんは頬を赤らめた。
「……ハナ、さん」
「? なんですかぁ? エリュさん」
ご機嫌な私は、エリュさんの手をユラユラと揺らす。
あれ、放すタイミングを見失ったぞ。
そう思って視線を落としていれば、エリュさんが一歩、こちらに歩んだ。そしてもう片方の手で、私が背にしていた扉を開いた。
そっちを振り返って、前を向いた瞬間。
ちゅ。
額に、エリュさんの唇を重ねられた。
「っ……おやすみなさい、ハナさんっ」
「……」
そう言って私を部屋の中に押し込むと、扉を閉じるエリュさん。
私は部屋の中で立ち尽くす。そしてちょっとポッと熱くなっている額を、両手で押さえた。
「……」
くるり、くるり、くるり。回ってみれば、よろけてしまってベッドに倒れた。いい感じにくらりと世界が回って、うとうとしてしまう。
しばらく目を閉じていたけれど、水を飲まなきゃと思い出して起き上がった。
置いてあるポットの水をコップ一杯分、飲み干す。
するとリースさんが部屋を訪ねてきてくれたので、着替えを手伝ってもらった。コルセットの締め付けから解放された私は、ぐっすりとベッドで眠る。
朝。すっきり目覚めて、起き上がれば、大きなレイヴが部屋を占領していた。朝から、ひともふりさせてもらう。
「おはよう、レイヴー」
「んぅ……」
「まだ眠いの? 寝てていいけど、人の姿になって」
バタバタと無数の黒い羽根の風が巻き起こると、人の姿のレイヴがベッドに横たわる。気持ち良さそうにベッドに身体を沈める姿を見て、私は朝の支度をした。
今日はスカイブルーのドレス。青のケープをつけて、覚醒したレイヴとへーリーさんの部屋を訪ねようと部屋を出ると脳裏に浮かんだ。
エリュさんに、額にキスをされたこと。
「……あの、リースさん」
ベッドを整えてくれているリースさんを振り返る。
「なんでしょう。ハナ様」
「私、昨夜……」
何を訊こうとしたのだろうか。
エリュさんが私にキスしたところは見ていない。誰も見ていないのだ。
夢だったかもしれない。それくらいうろ覚えだ。
「いえ、なんでもありません」
私は曖昧に笑って「お願いします」と一礼して、廊下を歩き出した。
もしも夢じゃなかったら、あれはどういう意味だったのだろうか。
この世界で額にキスはおやすみって意味かもしれない。
いや、やっぱり夢だろう。だってあのウブそうなエリュさんが、そんな行動をするとは思えない。ああ、でもなんだか意を決したような強い瞳をしていた気がする。
ぽけーっとしながら歩いていたら、カツンッと庭園の段差に躓いてしまった。
「ハナ」
「あ、ありがとう。レイヴ」
レイヴがサッと受け止めてくれたので、転倒は免れる。
「大丈夫ですか? ハナ様」
前方から来たのは、セドリックさんだ。
嫌なところを見られてしまった。恥ずかしい。
すっかり板についたのほほんの笑みを出す。
後ろには、ノットにランスロット、それにリクの姿があった。
「皆さん、お揃いで。おはようございます」
「おはようございます、ハナ様」
「おはようー」
「おはようございます、探索任務ですよ」
「え? また任務ですか?」
どうやら任務のお誘いに来てくれたらしい。
「レイヴが手伝ってくれたら、百人力ですね!」
私はレイヴの腕を取った。
「いい?」と首を傾げて見る。
「それが主の命なら」とレイヴは返す。
「水の都、アークアに行きます。へーリーアンサンス様に許可をいただきましょう」
「水の都?」
あれ、それ最近聞いた覚えがあるぞ。頬に指先を食い込ませた。
ノットを見ると、思い出す。昨夜精霊オリフェドートがうっかり口を滑らせたものだ。
「えっとそれって、よくないのでは? オリフェドート様は忘れろって言ってだじゃないですか」
「正確な場所を聞いたわけじゃないだろ、水の都の盗賊の根城を突き止めた」
「なおさらいけないのでは!?」
「シーヴァ国の最果てで昔、盗賊がいたんだが、恐らくそこだろう」
「だからだめなのでは!?」
ぐいぐいとノットに背中を押されて、へーリーさんの部屋に移動していく。
「だめなんかじゃないだろう。オレ達は国民が奪われた財宝を取り返すだけだ」
そうだけれども。
「口を滑らせたオリフェドートが悪い。酒が入ると口が軽くなるのは昔からだ。こうなったら、あの人間の少女と争うなとラクレインが言っていたぞ」
レイヴ曰く大丈夫そうだ。
ローニャちゃんと争うなんてとんでもない。
「あ、ノットさんは、獣人傭兵団と会いたくって調べ上げたのですか?」
「……別に」
間があった。本当のところはどうだろうか。
クスクスと笑ってしまう。
「盗賊の根城? だめですよ。そんな場所にハナさんを行かせられません」
へーリーさんがぴしゃりと言ったものだから、ガーンとショックを受ける。
「い、行きたいんです!」
「だめですよ。盗賊の根城には罠が付きものです。罠が魔法ならそのケープであなたのことは守れますが……罠が魔法のものとは限らないのですよ。それに十三番隊は信用出来ません」
異世界の水の都を見てみたいし、ローニャちゃんにも会いたいし、もふもふ傭兵団にお目にかかりたい。
しかし、第十三番隊は押し黙ってしまう。信用がないのは痛い!
「……ふっ」
ならば、使うしない。
私の奥の手を!
「お願いします!!」
私は両手を合わせて、上目遣いをした。
「おねだりしてもだめですよ」
「お願いします、ヘーリーお兄様!!」
「……っ!!」
だめ押しに目をうるっとさせて、お兄様呼びをする。私の奥の手だ。
この時のためにお兄様呼びをとっていたと言っても過言ではない。
効果覿面で、ヘーリーさんは胸を押さえた。
儚げな妹のお兄様呼びは、妹を溺愛したいヘーリーさんには効果的だろう。
「し……仕方ないですね。それでは……ちょっと待ってください。身を守る魔法のお守りをいくつか作るので」
「ありがとうございます! お兄様!」
「ぐっ」
ときめくヘーリーさん。お兄様呼び、強し。
「なんだ、この茶番は」とノット達はちょっと引いていた。
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