聖女のおまけです。

三月べに

文字の大きさ
24 / 28

24 おねだり。

しおりを挟む



「そろそろ、我々は帰らせていただきましょう。ハナさん」

 肩にそっとエリュさんの手袋をした手が置かれた。

「あ、そうですね……帰らなくちゃ」
「なんだ。一晩明かしてもいいのだぞ」
「いえ、兄が心配してしまうので。この森で朝を迎えたいのは山々ですが」

 この森で朝焼けを見るのも素敵だろうけれど、へーリーさんにちゃんと帰ってくるように言われている。

「レイヴと散策しに来るといい」
「はい、そうします。あ、レイヴはどうする? 残る?」
「ああ、もう少し話してからハナの元に戻ろう」
「わかったわ」

 レイヴを残して、私達はシーヴァ国の城に帰ることにした。
 温かな空間を眺めてから、立ち上がる。ふわふわした感覚がするからよろけてしまう。でも、エリュさんが支えてくれた。
 ノットが黒い杖を取り出す。転移魔法の道具だ。

「今日は宴に参加させていただき、誠にありがとうございました」
「うむ」
「ではまた来ますね」

 黒い杖をノットが振れば、魔法陣が現れて、白いモヤが渦巻きながら私達を包み込む。そのモヤが晴れれば、城のゲートにいた。
 まずはへーリーさんに帰ってきたことを報告しにいく。

「楽しかったですか?」
「はい! 精霊の森は綺麗でした……今度散策する許可をいただけました」
「それはよかったですね。楽しめたのなら何よりです」

 へーリーさんに、いい子いい子と頭を撫でられた。
 護衛は私の部屋までと言って、ノットもエリュさんも部屋の前まで送ってくれる。酔ってフラフラしていたので、当然のように心配したのだろう。

「水飲んで大人しく寝ていろよ。おやすみ」

 ノットは部屋の前に到着するなり、さっさと引き返していった。

「おやすみ、ノットさんー」

 私はへらへらしながら、手を振る。
 それからエリュさんと向き合った。

「今日はお付き合いしてくださり、ありがとうございました。エリュさん」
「とんでもありません」
「えへへ、本当にありがとうございます」

 首を左右に振るエリュさんの手を握って、にへらと笑みを溢す。
 そうすれば、エリュさんは頬を赤らめた。

「……ハナ、さん」
「? なんですかぁ? エリュさん」

 ご機嫌な私は、エリュさんの手をユラユラと揺らす。
 あれ、放すタイミングを見失ったぞ。
 そう思って視線を落としていれば、エリュさんが一歩、こちらに歩んだ。そしてもう片方の手で、私が背にしていた扉を開いた。
 そっちを振り返って、前を向いた瞬間。
 ちゅ。
 額に、エリュさんの唇を重ねられた。

「っ……おやすみなさい、ハナさんっ」
「……」

 そう言って私を部屋の中に押し込むと、扉を閉じるエリュさん。
 私は部屋の中で立ち尽くす。そしてちょっとポッと熱くなっている額を、両手で押さえた。

「……」

 くるり、くるり、くるり。回ってみれば、よろけてしまってベッドに倒れた。いい感じにくらりと世界が回って、うとうとしてしまう。
 しばらく目を閉じていたけれど、水を飲まなきゃと思い出して起き上がった。
 置いてあるポットの水をコップ一杯分、飲み干す。
 するとリースさんが部屋を訪ねてきてくれたので、着替えを手伝ってもらった。コルセットの締め付けから解放された私は、ぐっすりとベッドで眠る。



 朝。すっきり目覚めて、起き上がれば、大きなレイヴが部屋を占領していた。朝から、ひともふりさせてもらう。

「おはよう、レイヴー」
「んぅ……」
「まだ眠いの? 寝てていいけど、人の姿になって」

 バタバタと無数の黒い羽根の風が巻き起こると、人の姿のレイヴがベッドに横たわる。気持ち良さそうにベッドに身体を沈める姿を見て、私は朝の支度をした。
 今日はスカイブルーのドレス。青のケープをつけて、覚醒したレイヴとへーリーさんの部屋を訪ねようと部屋を出ると脳裏に浮かんだ。
 エリュさんに、額にキスをされたこと。

「……あの、リースさん」

 ベッドを整えてくれているリースさんを振り返る。

「なんでしょう。ハナ様」
「私、昨夜……」

 何を訊こうとしたのだろうか。
 エリュさんが私にキスしたところは見ていない。誰も見ていないのだ。
 夢だったかもしれない。それくらいうろ覚えだ。

「いえ、なんでもありません」

 私は曖昧に笑って「お願いします」と一礼して、廊下を歩き出した。
 もしも夢じゃなかったら、あれはどういう意味だったのだろうか。
 この世界で額にキスはおやすみって意味かもしれない。
 いや、やっぱり夢だろう。だってあのウブそうなエリュさんが、そんな行動をするとは思えない。ああ、でもなんだか意を決したような強い瞳をしていた気がする。
 ぽけーっとしながら歩いていたら、カツンッと庭園の段差に躓いてしまった。

「ハナ」
「あ、ありがとう。レイヴ」

 レイヴがサッと受け止めてくれたので、転倒は免れる。

「大丈夫ですか? ハナ様」

 前方から来たのは、セドリックさんだ。
 嫌なところを見られてしまった。恥ずかしい。
 すっかり板についたのほほんの笑みを出す。
 後ろには、ノットにランスロット、それにリクの姿があった。

「皆さん、お揃いで。おはようございます」
「おはようございます、ハナ様」
「おはようー」
「おはようございます、探索任務ですよ」
「え? また任務ですか?」

 どうやら任務のお誘いに来てくれたらしい。

「レイヴが手伝ってくれたら、百人力ですね!」

 私はレイヴの腕を取った。
「いい?」と首を傾げて見る。
「それが主の命なら」とレイヴは返す。

「水の都、アークアに行きます。へーリーアンサンス様に許可をいただきましょう」
「水の都?」

 あれ、それ最近聞いた覚えがあるぞ。頬に指先を食い込ませた。
 ノットを見ると、思い出す。昨夜精霊オリフェドートがうっかり口を滑らせたものだ。

「えっとそれって、よくないのでは? オリフェドート様は忘れろって言ってだじゃないですか」
「正確な場所を聞いたわけじゃないだろ、水の都の盗賊の根城を突き止めた」
「なおさらいけないのでは!?」
「シーヴァ国の最果てで昔、盗賊がいたんだが、恐らくそこだろう」
「だからだめなのでは!?」

 ぐいぐいとノットに背中を押されて、へーリーさんの部屋に移動していく。

「だめなんかじゃないだろう。オレ達は国民が奪われた財宝を取り返すだけだ」

 そうだけれども。

「口を滑らせたオリフェドートが悪い。酒が入ると口が軽くなるのは昔からだ。こうなったら、あの人間の少女と争うなとラクレインが言っていたぞ」

 レイヴ曰く大丈夫そうだ。
 ローニャちゃんと争うなんてとんでもない。

「あ、ノットさんは、獣人傭兵団と会いたくって調べ上げたのですか?」
「……別に」

 間があった。本当のところはどうだろうか。
 クスクスと笑ってしまう。

「盗賊の根城? だめですよ。そんな場所にハナさんを行かせられません」

 へーリーさんがぴしゃりと言ったものだから、ガーンとショックを受ける。

「い、行きたいんです!」
「だめですよ。盗賊の根城には罠が付きものです。罠が魔法ならそのケープであなたのことは守れますが……罠が魔法のものとは限らないのですよ。それに十三番隊は信用出来ません」

 異世界の水の都を見てみたいし、ローニャちゃんにも会いたいし、もふもふ傭兵団にお目にかかりたい。
 しかし、第十三番隊は押し黙ってしまう。信用がないのは痛い!

「……ふっ」

 ならば、使うしない。
 私の奥の手を!

「お願いします!!」

 私は両手を合わせて、上目遣いをした。

「おねだりしてもだめですよ」
「お願いします、ヘーリーお兄様!!」
「……っ!!」

 だめ押しに目をうるっとさせて、お兄様呼びをする。私の奥の手だ。
 この時のためにお兄様呼びをとっていたと言っても過言ではない。
 効果覿面で、ヘーリーさんは胸を押さえた。
 儚げな妹のお兄様呼びは、妹を溺愛したいヘーリーさんには効果的だろう。
「し……仕方ないですね。それでは……ちょっと待ってください。身を守る魔法のお守りをいくつか作るので」
「ありがとうございます! お兄様!」
「ぐっ」

 ときめくヘーリーさん。お兄様呼び、強し。
「なんだ、この茶番は」とノット達はちょっと引いていた。


 
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

オマケなのに溺愛されてます

浅葱
恋愛
聖女召喚に巻き込まれ、異世界トリップしてしまった平凡OLが 異世界にて一目惚れされたり、溺愛されるお話

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱
恋愛
同級生に生活をめちゃくちゃにされた聖川心白(ひじりかわこはく)は、よりによってその張本人と一緒に異世界召喚されてしまう。 「聖女はどちらだ」と尋ねてきた偉そうな人に、我先にと名乗り出した同級生は心白に偽物の烙印を押した。そればかりか同級生は異世界に身一つで心白を追放し、暗殺まで仕掛けてくる。 命からがら逃げた心白は宮廷魔導士と名乗る男に助けられるが、彼は心白こそが本物の聖女だと言う。へえ、じゃあ私は同級生のためにあんな目に遭わされたの? そうして復讐を誓った心白は少しずつ力をつけていき…………なぜか隣国の王宮に居た。どうして。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

処理中です...