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07 千年の竜。

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「キュウ~」

 レウがなんとも情けない声を出す。
 減速したらしい。
 巨大なドラゴンの後ろまで追いついたが、近付きたくないようだ。

「怖いの? レウ」

 そりゃ、自分を一飲み出来そうなドラゴンに、怯えもするだろう。

「大丈夫よ。私がついてる」

 そっと顔に手を伸ばして撫でる。
 レウを食べさせたりはしない。全力で応戦する。
 でもその前に、話し合えるなら、話したい。

「レウ、隣に行って」
「キュウン」

 返事をしたレウは、加速して、巨大なドラゴンの顔まで近付いてくれた。

「あのー! そこのドラゴンさん!!!」

 大声を上げて、声をかけてみる。
 聞こえていないのか、ドラゴンから反応はない。

「そこの立派なドラゴンさんー!!!」

 めげずに、もう一度話しかけた。
 もしかして通じていない?
 レウは私が生み出したから通じるだけで、普通ドラゴンには言葉が通じないのだろうか。魔法で伝えてみようと考えた時、キョロッと目が動いた。
 瞳は、琥珀色だ。

「ん? わしに話しかけているのか?」

 人間のような声が返ってきたので、驚いてしまう。
 老人みたいな声だ。

「そう! 私はアイナ! この子はレウ!」

 とりあえず、自己紹介から始める。

「わしはキリアだ。どうして人の子と……レウドラゴンではないか? はて、レウドラゴンは絶滅したはず……それに瞳の色がレウドラゴンとは違うな」
「あ、この子は私が召喚したドラゴンで、レウドラゴンを元に作ったの」
「ふむ、そうか。それで、何故また人の子がこんなところにいる?」
「いるも何も……ここは人間の王がいる国の中よ?」

 なんで不思議がっているのだろうか。

「何? ここはエンダーテイルの国なのか?」
「そうよ」
「しまった。もうここまで来てしまったのか」

 少し、減速するキリアと言う名のドラゴン。
 レウも同じ速度を保つ。

「ちょっと遠くまで空中散歩をしていただけなのだが、考え事をしていてうっかりエンダーテイルに入ってしまったのか」

 うっかりで国境を越えてしまったのか。このドラゴン。

「アイナよ。すまんかったな。人の子達が怖がっているに違いない。我は帰ろう」
「そうね。あなたみたいに立派なドラゴンが来たら、皆、怖がってしまうわ」

 想像はつく。避難したりしていそう。

「声をかけてくれてありがとう。人の子と喋ったのは何年ぶりだろうか」
「私もキリアさんみたいな立派なドラゴンと話せて嬉しいわ」
「はっはっはっ! 愉快な少女だな! また会いたい。わしは千年のドラゴンと呼ばれている。普段は千年山にいるから、いつか遊びに来てくれ」

 巨大なドラゴンが笑うと空気が震えた。
 千年山か。覚えておく。そう伝えた。
 キリアは旋回すると、後ろの方角へ飛んでいく。

『ドラゴンと戦わなかったね』
『そうね、戦わなかったわね』

 残念そうな声を出す神様夫婦。
 無害なドラゴンと戦っても、しょうがない。

「あ、レウ。下に行って、街が見えた」

 街がもう間近にある。
 レウに頼むと急降下したので、キャーと楽しい悲鳴を上げた。
 ジェットコースターを思い出す。流石に手放しは危険だからやらないけども。
 地上に降り立ち、ミニレウになってもらってから、フードを深く被った。
 そして、街に入る。
 街の名前は、サーファリだったはず。
 テイル川の横にある街は、閑散としていた。人が見当たらなくて、しーんとしている。
 ガネット街と比べると静かすぎた。昼間は人集りで満ちていたもの。
 やっぱり、キリアに気付いて、避難したとか?
 それにしては、早すぎる気もする。
 街の奥に進むと、やっと人を見付けた。
 噴水広場らしきそこに、人々は集まってガヤガヤしている。
 なんの騒ぎだろうか。私は近付いて、会話を聞き取ろうとした。

「本当なんだって! ヒクッ! 信じてくれ!!」

 噴水の縁の上に立つ猫背の男が、声を上げる。少女の身長で、かろうじて見えた。
 鼻から頬まで真っ赤にしているし、今にも噴水に落ちそうなほどヨロヨロしている彼はどうやら酔っているみたい。

「ありゃ千年のドラゴンに違いねぇ!! ヒクッ! 同じ白いドラゴンを連れてたから、子どもと狩りにでも来たんだ!! 早く、ヒクッ! 逃げた方がいい!!」

 やはりキリアが目撃されていたのか。しかも、レウまで。

「しかも、子どものドラゴンは、赤髪の少女を乗せてたんだ!!」

 げ。私まで見たのか。私はフードを深く被った。
 でも周りの人々は、バカらしいと言う。

「本当だ! この望遠鏡で見たんだ! 信じてくれよ!! ヒクッ!!」

 茶色の望遠鏡を掲げる酔っ払いの男。盛大にしゃっくりしていては、信憑性がない。

「もう黙ってくれ、サック。混乱を煽るな」

 同じく噴水の縁に立つ男性が宥める。

「確かに千年のドラゴンが、この街に向かってきたが、旋回して引き返した!! 危険はもうない!」

 そう声を上げて、皆に告げる男性。
 やや焼けた肌。黒い髪と茶色の瞳。キリッとした太い睫毛。逞しい筋肉がついた両腕を露出した格好。堂々とした態度と、周りの人々が安堵して胸を撫で下ろす様子からして、この街の代表か何かだろうか。

「解散してくれ!」

 男性がそう言えば、人集りは徐々に散っていく。

「本当に見たんだって! ヒクッ! 信じてくれよ、サム!」
「千年のドラゴンが、少女を連れているわけないだろう」

 サムと呼ばれた男性は、酔っ払いの男にそう返す。

「魔物かもしれないだろ! 人の姿をした魔物が操って、エンダーテイルに攻め込んできたのかも!」
「サック。ドラゴンは引き返した。千年のドラゴンを操るほどの魔物がいるわけがないだろう。いたとしたら、魔王くらいだ。酔いを覚ませ」

 聖女の次は、魔物扱いか。
 思わず、苦笑を零してしまう。
 というか、魔王がいる世界なのか。でも最果ての村でも魔物の被害はないみたいだし、別に魔王と戦争をしているような状況ではなさそう。
 どんな魔王なんだろうか。今度調べてみよう。
 まずは、今夜泊まる宿を探そうか。
 私も散っていく人々に紛れて、宿を探した。
 噴水広場のすぐに宿屋の看板を見付ける。二階建ての宿の二階の角の部屋を取った。
 早速入った私は、マントを脱いで、長く赤い髪を三つ編みに束ねる。
 下ろしたまま歩いていたら、あの酔っ払いが騒ぎ出すかもしれない。一応事情聴取をされては、身元確認の出来ない私はどうなることやら。
 いざって時は神の化身を名乗るけれど、ここまで噂は届いているかどうかわからない。あ、魔力の入った小瓶を見せれば、多少は信じてもらえるだろうか。
 念のために、別のドレスに着替える。薄オレンジ色のシンプルなドレス。村娘みたいだ。
 これでさっきとは印象が変わっただろう。
 でももう一度マントを羽織って、フードを被る。そのフードの中に、ミニレウは入り込んだ。
 もぞもぞと這いずり回るものだから、くすぐったい。
 きゃっきゃっとしながら、私は部屋を出る。
 ちょっと散策してから、夕食をいただく。
 空を見上げてまだドラゴンの襲撃を心配している人々が何人かいたけど、それでもキリアが戻ってくることはない。
 私は宿の部屋のベッドで眠った。

 翌朝は、薄いカーテンから射し込む陽の光で目覚める。
 ベージュを基調として、重ねたヒラヒラのスカートは桃色。村娘風。三つ編みをして、マントを羽織り、宿を出た。
 向かうのは、市場だ。活気のある市場の通りは、賑わっていた。
 林檎から、見たことないような色と形の果物が、ずらりと陳列。ガネット街より、豊富に見えた。

「旬だよ、お嬢ちゃん」

 豊満な体型の女性が、勧めてきたのは、ゴツゴツした茶色の皮に包まれた果物だ。掌に収まるほどの小ささ。それをサクッとナイフで切れ目を入れて、つるんと皮を向けば、白い身が出てきた。差し出されたので、受け取って、一口かじり付く。

「んー! 甘酸っぱい!」
「一袋、買っておくれよ!」
「買った!」

 一口で気に入った私は、一袋購入。わりと高級な果物らしく、ギルポと言う名の果物は銀貨一枚分だった。宿で前払いしたもののお釣りで出た金貨を支払って、麻袋を担ぐ。そんなに重くはない。二キロ程度だろうか。人気がいないところで、収納しよう。
 フードの中のレウにも、与えて市場を歩いていく。
 一つ食べ終えたレウは、もう一つくれと言わんばかりに頬ずりをしてきた。おかげでフードが外れる。

「ほら、もう一つあげる」

 麻袋から一つ取り出して、爪を立てて剥いたギルポを渡す。
 レウは喜んで「キュウ!」と鳴いた。
 精肉店で足を止めて、なんの肉かと眺めていれば、騒がしさに気付く。

「ドラゴンは来たのかと聞いている!!」

 男性が一人、声を張り上げていた。
 問い詰められているのは、昨日の酔っていた男。名前は確かサック。
 昨夜も飲んだらしく、頭を押さえて気持ち悪そうにしている。
 掴みかかっているのは、ブラウン色の髪が外ハネしている青年だ。黒のマントを羽織っている彼は背が高くて、尖った八重歯が口から見えた。黄色い瞳が、サックを睨み付けている。

「来てねーよ、ヒクッ! こっちに向かってたけどよ、急に引き返して、ヒクッ!」
「ああん!?」
「ひっ!」

 男性の凄みに、サックは怯えた。

「おい、やめないか」

 止めに入ったのは、あの筋肉モリモリの男性、サム。
 今日も筋肉のついた腕を露出した格好だ。
 長身の男性と並ぶと、やっぱりサムの方が大柄という印象。

「千年のドラゴンなら、途中までここに向かっていたが、引き返していった」
「……ちっ。無駄足だったか」

 舌打ちをする男性に、サムは問う。

「アンタ達、初めて見る顔だな。何者だ?」
「オレは狩人のイサークだ」

 どうやら、イサークと名乗る青年には連れがいるようだ。
 何人かの男性達が、サムを睨むように見える。

「狩人なんか、千年のドラゴンに勝てるかよ!」

 サムの後ろから、サックがやじる。
 ギロリとイサークと名乗る狩人達は睨んだ。
 怯えてサムに隠れるサック。

「そこら辺の狩人と一緒にしてもらっては困るな!」

 糸目の青年が、声を上げる。

「いずれ【最強】の称号を手に入れる! 狩人、イサーク団だ!」

 つり目の男性も声を上げた。
 若そうなのに、団長なのか。イサークって。

「うるせぇぞお前ら!!」

 イサークが吠えるように声を轟かせた。

「「「へいっ!」」」

 身を引いて、イサーク団の団員は返事をする。
 団員は、見たところ四人いる。一人だけ無言だ。
 狩人か。その名の通り、狩りが仕事かな。
 あんな山のようなドラゴンをどうやって狩るつもりだったのだろう。
 自信はありそうだから、やっぱり魔法が使えるのかな。

「馬を走らせて来たのに……。宿はどこだ?」
「噴水広場の向こうにある、看板がすぐに見えるぞ」
「そうか」

 イサークは教えてくれたサムにお礼を言うことなく、仲間を連れてその場から離れようとした。

「おい待てよ! まだ子どものドラゴンがいるかもしれねぇ! ヒクッ!」
「子どものドラゴン?」

 ギロリと、イサークの鋭い眼差しがサックに戻る。
 げ。それって十中八九、レウじゃないか。

「そうだ、千年のドラゴンが連れていたんだ! 赤髪のっ」
「よせ、サック。ドラゴンは来ていない」

 サムは、もう一度言う。
 けれど、何を思ったのか、イサークは「おい、街の外周辺を確認してこい」と団員に命じた。

「特に川だ。見付けたら宿に来い。オレは部屋を取る」
「はい!」

 狩人はレウを探しに向かってしまう。
 迂闊にレウを元のサイズに戻せなくなったな。
 まぁいい。一日捜索していればいないと判断して帰っていくだろう。
 私はもう一日か二日滞在して散策をし、次の旅の準備をする。

「お嬢ちゃん、買わないなら退いてくれないか?」

 精肉店の男性がしびれを切らしたみたいだ。

「買います! このお肉はなんのお肉ですか?」

 保存の魔法をかけて、収納するつもりなので、一応種類を尋ねる。
 そのうち干し肉や果物に飽きるだろうから、料理する時のためだ。
 塩と香味料を買って、人が見ていない路地裏で、チャックを下ろすように異空間を開けて、ギルポやお肉などを放り込む。そしてチャックを上げるように閉めた。
 宿に戻り、私はマントの裏ポケットにしまった【この世の美しいもの図鑑】を開いて確認する。結局、市場を練り歩いても、人間じゃない種族はお目にかからなかった。
 千年のドラゴンと知り合っただけでも、よしとしようか。
 ガチャ。
 ドアを開いて気付く。
 あ。部屋、間違えた。
 角部屋に行き着く前に、手前の部屋を開いてしまったのだ。
 本を見ていたせいで、うっかり。
 その部屋にいたのは、マントを脱いだイサークだった。
 ギョッと目を見開いたイサークの頭にはーーーー
 さっきは確かになかったはずの獣耳は、髪とお揃いのブラウン色。

「あー……間違えました、ごめんなさい」

 素直に謝って、一礼する。
 そんな私の手を掴み、イサークは部屋の中に引きずり込んだ。
 なぬ!?
 なんのつもりだと、イサークを見上げれば、彼は私を睨み下ろしていた。

「見たな!?」

 獣耳が、尖った気がする。
 どうやら、それは見てはいけないものだったようだ。


 
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