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17 水晶玉。
しおりを挟むその夜。ルヴィンスに会えるように、と念じたけれども、彼の夢の中に入ることは出来なかった。
まぁしょうがない。こういう日もあるだろう。
私は大して気にしなかった。
またアメーの部屋にお泊りさせてもらったから、朝起きたら一緒に支度をする。今日は、昨日買った前開きドレスを着た。
「あなたが、いてくれてよかったです」
今日もパン屋さんで焼き立てを購入して、手頃なベンチを探して歩いていたら、そうアントンさんに声をかけられる。
「従者とは言え、年頃の女の子のドレスを着させられませんよね」
「それもですが」
私が笑わせようとしたのだけれど、アントンさんは無表情のままアメーをしっかり見張っていた。アメーはダレンと話しつつ、パンにかじりついている。
「対等な関係でいてくれる友人は、初めてです。純粋に友だちでいてくれる人は」
「そうなんですか?」
「あなたと同じく、素性を隠していることには気付いているでしょう。詮索せずにいてくださり、誠にありがとうございます」
私と同じく、か。
「あなたが何者であれ、対等な友人のままでいてくださることを願っています」
私は、微笑むだけにしておく。
アメーは王都の貴族だってことを隠していると思う。
アントンはただの旅人ではないと気付いているけれど、私が敵ではないってことも、理解してくれている。
私の素性を知っても、対等のままでいてくれるだろうか。
私が神の化身だと知っても。ダレンも、アメーも。そうだといいな。
イサークは態度を変えなかったけれど、萎縮してしまうだろう。普通は。
「アメー様!」
ふと、前方を見たアントンが、フードを被った。
それから、アメーにもフードを被らせる。そして、道の隅に行く。
私が前方を見れば、馬に乗った一行が来る。
他の人々も、馬のために道を開けた。
私とダレンは、身を潜めたアメ達の前に立って、馬の一行を見送る。
一際美しい男性が、目に留まった。
深い青い色の髪が、切り揃えてある男性は、装飾品が多いローブを身に纏っている。見た目からして、魔導師って感じだ。
その中に、ルヴィンスがいないか。探してみた。
でも白金髪と青い瞳の美男はいない。
颯爽と馬の一行は、過ぎ去った。
今の一行に知り合いでもいたのだろうか。
王都から、追ってきたのかもしれない。
俯いたアメーは、あまり顔色が良くなかった。フードを押さえている彼女を見て、私も深くフードを被ることにする。フードの下で目を合わせて、にっこりと笑った。
「……」
ホッとしたように、アメーも笑みになる。
大丈夫と込めて背中をさすってあげながら、歩みを続けた。
「どうやら水晶玉が届いたようですね」
アントンさんが言った。
もしかして、ついでに水晶玉を届けて、アメーの捜索をしているのだろうか。それにしては、街を走る速度が素早かった気がする。街をくまなく探すつもりはないのか。
別の街を、目的地にしているようにも思えた。
首を傾げていると、ダレンが「ギルドに行こう!」と急かす。
そうだった。整理券をもらったのだから、並んでおこう。
それにしても、ダレンは全然気付いていないようだ。追っ手に怯えているアメーに気付いてあげてほしいけれど、まだ明かせないようだから、しょうがないか。
アメーと腕を組み、ギルド南支部に向かった。
すでに行列が出来ている。私達のような若者が目立つ。それに冒険者らしき人達も並んでいた。どうやら、昇格目的の人達のようだ。そんな冒険者達は、若者達をニヤニヤしながら見ていた。
「若かりし頃を思い出すなぁ」
そう漏らしている声を耳にする。
誰もが経験した道だと、和気あいあいと話していた。
逆に若者達は、緊張した顔付きをしている。
私の前に整列しているダレンとアメーなんて、ガチガチに緊張していることが目に見えていた。少しして、行列が進んでいくと、水晶玉に触れた若者達が目の前を横切る。しょんぼりした肩。見たところ、失格だったようだ。
腰には短剣があった。それなりに戦ってきたつもりだったのだろう。ちょっと汚れていた。でも、それでも冒険者に値しなかったようだ。水晶玉はそう答えを出した。
「次、頑張れよ!」
「めげんな!」
声をかける冒険者達。
依頼や換金の方の列に並んでいる冒険者達も、励ましの声をかけては、ゲラゲラと笑った。
あれだな。高校受験とか受かった人達と、これから受ける人、落ちた人みたい。
前に並ぶダレンとアメーは、少々青い顔をしていた。
自分も失格になるのではないかと、不安になっているもよう。
「大丈夫。シャンとして」
私はダレンとアメーの背中を、ドーンと叩いた。
私に水晶玉の基準はわからないけれど、戦闘能力があることは私にもわかる。ゴールドランクにはなれないと思うけれど、合格して晴れて冒険者になれるはずだ。
「自信持って」
笑みで元気付ければ、コクリと二人は頷いた。
そう言う私だけ、落とされたりして。
神の化身でも、冒険者として認められるだろうか。測定不能が出たら、お腹を抱えて笑う。
ダレン達の前に並ぶ冒険者は、思っていた昇格にはなれず「ゴールドになれねーっ!」と嘆いた。
ようやく、窓口のお姉さんが見える。アントンさん並みに無表情。黒髪でパッツンボブ。
「整理券を拝見します。はい。お名前と出身は?」
「ダレンです。出身はガーナ村です」
「では注意事項はお読みになりましたか?」
「はい」
注意事項の立て札が、二つくらいあった。要は、水晶玉に必要以上の魔力を込めるなってこと。光石をつける要領で触れるだけ。
あとはダグを渡されたら、それは肌身離さず持つことと書いてあった。難易度別に分かれている依頼を受けるためには、それを掲示しないといけないという。窓口でする説明を省くための立て札だ。
「水晶玉に触れてください」
カウンターには水晶玉が置かれていた。
占い師が使う道具として想像していたけれど、それよりちょっと大きめだ。抱えたら、重そう。
ダレンが触れた。
覗いてみると、銀色の輝き。そして1という数字が浮かんだ。
「シルバーランク、レベル1です」
シルバーランクのレベル1か。
幸先いいスタートなんじゃないかな。
「シルバーダグを発行します。登録料金は金貨一枚です」
「はっ、はい!」
発行されるダグと登録の料金が、かかるのか。
無事にダグを受け取ったダレンは大事そうに持ちながらも、次に水晶玉に触れるアメーを見た。
「アメーです。出身は王都アークアテイルです」
アメティスとは、名乗らないのか。フードも被ったまま。
愛称でも、登録可能みたいだ。結構緩いと思った。
ちょっと震えた手で、アメーは水晶玉に触れる。
水晶玉に浮かんだのは、銀色の輝きと1という数字。
「シルバーランク、レベル1です」
「っ!」
「シルバーダグを発行します」
嬉しそうなアメーが、ダレンと私に目を向ける。今にも叫びたそうだ。人目がなければ、喜んで私達に抱き付いたのではないだろうか。
思わずダレンに抱き付いてもいいんだよ?
「おい! 水晶玉が壊れてるんじゃないのか!?」
「いきなりシルバーランクなんておかしいじゃねーか!!」
野次が飛ぶ。
「この水晶玉は、魔導師ラティス・リーリン様がお造りになられたものです。それを疑うのですか?」
無表情のお姉さんが淡々と告げれば、野次は止んだ。そしてざわめいた。
どうやら、有名な魔導師の名前のようだ。
「あの魔導師ラティスが直々に?」と口にする。
「次、整理券を」
「あ、はい」
ついに私の番が来た。
ギルド内は静まり返ってしまい、水晶玉の注目度が最高に達している。
うわ。緊張してきた。どうしよう。測定不能とか、不合格とか、はたまた壊したりしたら。
「名前は、アイナ。出身はサファリ街です」
「注意事項は読みましたか?」
「はい」
「では触れてください」
目の前にした水晶玉に、自分が映る。
ルビーレッドの三つ編みを垂らした美少女。
さぁ。水晶玉よ。神の化身をどう判定する!?
右手を、水晶玉に触れた。光石に触れるように、魔力を纏わせた手で。
すると、金色の輝きが放たれた。
「ご、ゴールド!?」
そう声を上げたのは、無表情だったお姉さんだ。
驚愕して、私と水晶玉を交互に見た。
それから、ゴホンと咳払いをする。気を取り直したようで、改めて水晶玉を覗き込む。
「ゴールドランク、レベル1……です」
ゴールドランクと出たかぁ~。
ホッとしたと同時になんか残念感が拭えない。
ゴールドランク、レベル3なら、納得出来た。
神の化身だもの。
でもやっぱり実戦経験がないからだろうか。その点を引かれて、ゴールドランク、レベル1という結果を出したのだろう。
水晶玉、結構やりおる。
「……ゴールドダグを発行します」
「はい、お願いします」
アイナと彫られたゴールドダグを差し出された。
レベル1も、ちゃんと書いてある。
これで私は冒険者だ。
「おかしいだろっ!!!」
ポカンとしているダレンとアメーにピースを向けようと思っていたら、怒号が飛んできた。
「いきなりゴールドランク!? 壊れてるに決まってるだろ!! こちとら一年も経験積んでんのにシルバーのまま! 絶対にありえねぇよ!!」
さっきゴールドになれないと嘆いていた冒険者だ。
シルバーとゴールドの壁は高いもよう。
「先程も言いましたが、この水晶玉は」
「壊れてんだよ!!」
有名な魔導師が創造したものと言おうとしたお姉さんの言葉を、冒険者は遮った。年季の入ったおじさん。アントンと同じくらいの歳だろうか。年齢もあって焦っているのだろう。でも、きっとシルバーランクがこの人の限界なのではないか。
おじさんシラフ? シラフなら、もう冒険者やめた方がいいんじゃない? 自分の限界と相手の力量もわからないなら、やめた方が賢明だと思うよ。私と一戦交えて引導を渡してあげようか?
なんて挑発の言葉を、なんとか飲み込んだ。
別の立て札には、ギルド内の喧嘩は禁止と書いてあった。
私から挑発して喧嘩に発展したら、せっかくもらったゴールドダグを没収されてしまうかもしれない。ここは無視だ。
「おい! もしかして、てめぇ魔力をありったけ注いだのか!? それでまぐれな判定が出たんだな!? どのダグを受け取るんじゃ……ぎゃあ!!」
無視を決めていたけれど、おじさん冒険者はいちゃもんをつける。
そんな中、悲鳴に変わった。
振り返ってみれば、手を押さえておじさん冒険者は痛がっている。
「あ。すみません。私に危害を加えようとすれば防壁魔法が発動します」
突き指でもしたのかな。最悪、折れたかも。
私が悪びれずに原因を教えれば、周りがざわめいた。
「なんだって……? そんな防壁魔法なんてあるのか?」
「聞いたことないわ、そんな魔法」
疑われている。
これ、私が危害を加えたと思われちゃう?
「でも呪文を唱えたようには見えなかったぞ」
「ええ、確かに」
あ。大丈夫そう。
「冒険者アイナさんは呪文を唱えていません」
目の前にいた窓口の無表情お姉さんも、私が危害を加えていないと証言してくれた。
冒険者アイナさんだって。冒険者だぁ。わーい。
ゴールドランクは、ゴールドのダグ分の料金がかかるそうで、金貨二枚を要求された。全然へっちゃらなので、支払う。
「くそう! 表に出ろ!」
痛がっているおじさん冒険者は、まだ懲りないらしい。
しょうがない。表に出て引導を渡すか。
なんて思っていたら、無表情お姉さんが驚いた顔をした。その視線は私達に向けられていない。
「いい加減にしないと、出禁だぞ。ゲイル」
屈強な男の人が現れて、そう告げた。輪郭から顎にかけて髭があって、なんだか鬣みたい。ライオンって印象を抱いたけれど、獣人だったりしないかな。髪と髭はオレンジ色。
一緒に来た連れの藍色の長い髪の女性が、治癒魔法をかけて指を治す。白を基調にしてオレンジ色のラインがあるローブを着ている辺り、魔法使い。白いローブだから、白魔法使いって感じ。
「ギルマス……! でもよ!」
ギルマス。つまりはギルドマスター。
このギルドで、一番えらい人だろう。
「お前が努力していることは知っている。だが、水晶玉の判定は間違っちゃいない。お前の実力はシルバーランクのレベル3なんだよ。認めることも、実力のうちだぞ」
「っ!」
諭すように強く告げたギルマス。
治癒が終わるなり、おじさん冒険者はギルドを飛び出していった。
「冒険者アイナ」
「はい」
おじさん冒険者を見送ると、ギルマスは私と向き合う。
濃いオレンジ色の瞳は、警戒心が滲んでいた。
「ちょっと話せないか? 応接室に来てくれ」
「はい、いいですよ」
冒険者になって、早速ギルマスにお呼び出しをされてしまった私は、特段動揺することなく、ついていくことにする。
ダレンとアメーを見れば、心配そうな眼差しを送ってきた。
大丈夫、と込めて笑みを送り「待っててね」とだけ伝える。
ギルマスと白魔法使いについていき、換金窓口の隣にある階段を上がった。
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