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21 化身の鉄槌。
しおりを挟む私の防壁は間に合わなかった。
けれど、誰かが先に防壁を張ってくれたおかげで、マグマのような炎の息は、アントンさん達に降り注がなかったのだ。
一体、誰だ?
炎がなくなると、見えた。
アントンさんの隣に、風を纏ったように降り立つ男性がいたのだ。
装飾品の多いローブを身に付けた男性は、昨日目に留まった男性。青い色の髪が切り揃えてある髪型と美しい顔立ちの持ち主。
「化身様。どうぞ、目の前の魔物に集中してくださいませ」
男性は何故か私に向かって、にっこりと笑いかけた。
どうして知っているのだろうか。私が化身だって。
それは置いといて、目の前の魔物と向き合おう。
イサークが追いかけてきたが、飛び出した私はべレスの前にいる立ち位置にいた。
「お任せしました!」
私は自分の拳を、掌に叩き付けて握り締める。
「さぁ、覚悟はいいか? 馬面!!」
私の友だちを焼き焦がそうとした罪は重いぞ!
まぁべレスは狙ってなかったとは思うけれど。
それでも不安が過ぎったから、有罪とする。
だって私は、神の化身だもん!
「ぶっ飛べ!!」
まずは一発。魔力をぶつけているようなものだから、魔力弾で食らわせる、と言った方がいいか。
氷のついた足で、後退りしたべレス。流石にここまでの巨体をぶっ飛ばすには、もっと魔力が必要か。でも遊ぶつもりはない。
また炎を吹く動作に入った。
私は「風! 加速!」と唱える。風を纏い、べレスの馬面に接近した。
また誰かに被害が被らないように、顎を下から殴り付ける。アッパーカットだろう。
もちろん、素手ではない。魔力を武装した拳で、口を強制的に閉じさせた。
べレスは口の中で爆発したみたいで、痛みに悶えては、地面に降りた私を睨み付けた。
まだまだ。
「神の裁きと格好つけてみようか!」
ビッ、ビッ、と十字に宙を切る。
そうすればイメージ通りに、上空に白い光で出来た巨大な十字架が現れた。
「潰れろ!!!」
振り上げた手を、真っ直ぐに下ろす。
鉄槌を下すように、十字架は巨体のべレスに突き刺さった。
「ぐえっ」と僅かに火の粉を零したが、べレスは息絶える。
「ふぅ」
髪を掻き上げて、一息をつく。あまりいい空気ではなかった。
ねっとりと暑いし、鳥臭い。
「あ、なんかグラディさん達の見せ場、奪ってごめんなさい」
「いや……えっと……本当にレベル1なのか?」
「そう判定を受けましたけど?」
歩み寄るグラディさんに、私から声をかける。
あまりにも圧勝をしてしまったからなのか、グラディさんは納得いかない顔をした。
「ごめんなさい!!」
アリーさんは、アントンさん達の元に駆け寄って謝る。
「おい、アイナ……」
グルルと唸るイサーク。
イサークから離れたことを怒りたいのだろうか。
その前に、突如現れた男性が私の隣に立つ。かと思えば、傅いた。
「お会い出来て光栄です、神の化身アイナ様」
「ダレデスカ?」
あまりにも戸惑ってしまったので、カタコトになってしまう。
だって、どこから来たのやら。怪しいじゃん。
「ラティス! お前まさかずっと監視してたのか!?」
「人聞き悪い、見守っていただけですよ」
「見守っていたというより、耳を立てたんだろう!?」
ラティス。グラディさんがそう呼んだ。
「あの水晶玉を造った魔導師様ですか?」
「はい。申し遅れました。城の魔導師ラティス・リーリンと申します。アイナ様」
キラキラした眼差しを注いでくる彼は名乗った。
魔導師ラティス。ご本人と対面か。
「先程の神がかった魔法、とても素晴らしかったです。まさに、神の化身ですね。詠唱をしないのは、やはり必要がないからなのですか? 想像通りに魔力が形を変えていくのですか? 魔力はどのくらい所持なさっているのですか?」
私の右手を両手で包むと、魔導師ラティスは質問を休みなくしてきた。
深い海の底のような青い色の瞳には、好奇心しか見えない。
「ラティス! いきなり失礼だろうが!! すまん、アイナ様! こいつは魔法マニアでな……魔法なら全て知り尽くしていると言っても過言ではないってくらいの」
「それはすごいですね」
「とんでもない! 私はまだまだ未熟者……ぜひ、アイナ様の行使する魔法を全てこの目に焼き付けたいです!」
魔法マニアときたか。それはすごいと素直に感心していたら、まだキラキラな眼差しが注がれていた。
「まずは私の友達を救ってくださり、ありがとうございます」
手を握られたまま、私は頭を下げる。
「お礼には及びません、アイナ様。私は大事な姫様と騎士を救ったまでです」
あれ。アメーが姫だってことまで知っているのか。
そうか。アメーとアントンさんはこの人から隠れていたのだろう。城の魔導師と言ったし、当然のように顔見知り。
見てみれば、アメーの顔色が悪い。
「どこから現れたのですか?」
ルーシー街を出たばかり思っていたのに、いつからこの人はいたのだろうか。
「すまん、アイナ様。実は水晶玉と一緒に渡されていたんだ、これをな」
謝るグラディさんが見せてくれたのは、掌で持てる大きさの青い水晶玉。
「なんです?」
「ご存知ないのですね。これは対になる玉と交信ができる魔法をかけた優れものです」
「何が優れものだ! 盗み聞きをしてたんだろう!? ラティス!」
説明をしてくれる魔導師ラティスに、グラディさんは青い水晶玉を押し付けた。
電話みたいな役割の他に、どうやら盗聴器にもなるみたい。
「ラティスが神並みの魔力を持った人材がいるかもしれないって言うんで、サムの手紙のことを話したらそれを持たされたんだ」
「これを目印に転移魔法を使わせていただきました。アイナ様は転移魔法を使ったことがありますか?」
「ないですね」
転移魔法って、あれだろう、テレポーテーション。
「魔導師ラティス様のランクは?」
「どうぞ、ラティスと呼んでください。あなた様と同じゴールドランクのレベル1ですが、それが何か?」
「そうですか……では、ラティス」
私は左手でラティスの額を魔力を込めてデコピンをした。
威力はイメージ通り。ラティスが倒れた。
「ゴールドランクのレベル1で、しかも依頼内容を盗み聞きしたのに、すぐに現れなかったのは何故? ラティス」
私は笑顔で問う。
「ゴールドランクの実力者を必要としていたと知っていて現れなかったのは何故? ラティス」
「!? ……それは……」
「答えなさい」
起き上がったラティスに、もう一度デコピンを食らわせた。
またひっくり返るラティス。
「っ! わ、私はただ」
「私の魔法が見たさに、待っていただけ……でしょう?」
魔法マニアと言われるくらいだ。
魔法を切望しているのだろう。
私が本領を発揮するまで待っていた。
「っ……はい。申し訳ありません」
「素直でよろしい」
ラティスが謝罪をしたので、許すことにする。
ラティスは額を押さえてむくれた。青年って感じの歳なのに、むくれると幼く見えてしまう。
私は、それから、と付け加えた。
「お詫びに、アメティスとアントンさんを無理に連れ戻すことはしないでください」
「……私は陛下に連れ戻すように命じられていませんので、それは構いませんが」
「ん? そうなんですか? てっきり、姫の捜索隊かと」
ラティスも私も一緒になって首を傾げてしまう。
家出中のアメーを捜索していたわけじゃない。
「あ、そう言えば神並みの魔力を持つ人材がいるって……どこで知ったのですか?」
ラティスはその捜索に当たっていたのだ。
「アイナ様のものであろう魔力の入った小瓶を押収しました」
「あ、金箔を詰めたような小瓶ですか?」
「それです」
オフショルダーの服の中から取り出した小瓶を見せれば、驚いた様子もなく頷いた。ラティスの言うことは事実らしい。
いつの間にか、王都まで私の魔力が売られていたのか。
イサークとグラディさん以外は、戦利品集めを始める。ハーピィの爪やべレスの蹄だろう。そう言えばべレスの首持って帰るって聞いたな。
「魔力の持ち主が囚われて、搾り取られていると推測をし、救出のために私が編成した部隊で迎えに行こうとしていたのです。情報収集の結果、ガネット街の男爵が怪しいと、向かっていた最中でした」
「ああ、はい。ガネット街のネーク男爵だったかな。その人に一ヶ月、囚われて搾り取られていました」
話を聞いたグラディさんが「なんて罰当たりな!」と青ざめた。
城の魔導師が動いたってことは王様の耳にも入って、決断が下されたのだろうか。やっぱり賢明な王様のようだ。
街一つを消せる魔力が出回っているのだから、放っておけなかったってこともあるのだろうけど、この国の貴族に悪い印象しか抱かなかった私は、改めようか。まぁ一人の貴族のせいだけれど。
「あ。そのネーク男爵は、一ヶ月は昏睡状態になる魔法をかけたので、起こさないでもらえます? 当然の罰を下したので」
すっかり忘れていたけれど、そういう魔法をかけた。
ラティスは、キラリと目を輝かせる。
「そんな類の魔法もかけられるのですね!」
この人、本当に魔法マニアのようだ。
「私の救出とか保護とかはいいので、目が覚めたらきっちりと然るべき処罰を下してください」
その辺は任せる。
「アイナ様は……これから冒険者として活動なさるおつもりですか?」
「ん? さぁね。私は自由に傍若無人に気の向くままに行動するつもり」
私はニヤリとして答えた。
「しかし、陛下の命令で保護するように言われています。一度城を訪ねてみませんか?」
「え? 王様と話すの面倒そうだから嫌だ」
ラティスの控えめな申し出を、はっきりと断る。
「そうですね……神の化身アイナ様が、そう仰るなら無理強いは出来ませんね」
しょんぼり。ラティスは引き下がった。
王都に向かうつもりだってことは黙っておこう。
「私は部隊の方に戻りますね。ネーク男爵の魔法……いえ、ネーク男爵を捕縛しに移動中でしたので」
眠りの魔法が気になって仕方ないようだ。キラキラな笑顔で誤魔化したよ、この魔法マニア魔導師。
「あ、この水晶玉はアイナ様が持っておいて」
「嫌」
「……そうですか」
青い水晶玉を私に渡そうとしたけれど、触ることも拒んだ。
そんな転送装置兼盗聴器なんていらない。
ラティスはしょげつつ、グラディさんに持たせた。
「オレだって嫌だ!!」と拒否を示したが、グラディさんに無理に持たせるラティス。
「ではまたお会いしましょう。アイナ様」
にこっと私にだけ挨拶をすると消えた。吸い込まれるように、水晶玉の中に消えてしまったのだ。
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