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短編
生贄メリーと真っ赤なドラゴン
しおりを挟むこの試験前のドキドキはまずい。落ちる不安でいっぱいだ。
年二回行われるという魔法使いの資格を得る試験に参加することになってしまったのは、つい二ヶ月前。前日に期末試験範囲を徹夜でやるおバカさん状態に等しい。
何故なら私は元は異世界の住人で、この世界は私にとって未知の世界なのだからだ。
ベッドで寝ていたはずが気が付けば、白い羽織りを身に纏い、神殿らしき場所に舞い降りていた。呆然と閑散とした神殿を眺めていた私に声をかけてきたのは、近くを通りかかった男性。魔法使いルーヴェスト。
美しい男性。年齢は聞いてないけれど、私より少し上の二十代半ばくらい。テレビ越しで観るようなイケメン俳優のように顔が整っていて、眼差しも微笑みも優しい。深紅の長い髪はいつも一つに束ねていて、優美な人。
彼は、私を助けてくれた。
私は千年生きたとされる赤きドラゴンの生贄のために召喚されたらしい。食べられるために、他所の世界から連れてこられてしまったのだ。
人々は赤きドラゴンに生贄を捧げなければ滅ぼされてしまうと恐れている上に、生贄の者を人扱いしない傾向が強いという。食べられるための存在だから。召喚されただけではなく、万が一逃げても老いることない不老の呪いがかかっている。肌は陶器のように白く、髪は白銀になってしまった。目の色も灰色。それは赤きドラゴンに捧げるおまけ。不老の捧げ物。
人間とも言えない存在になった私でも、こうして守ってくれているのが、魔法使いルーヴェストさん。目の色も彼とお揃いの赤に、魔法で変えてもらった。
白兎のような容姿で私は、魔法使いの資格を得ることになった。
幸い魔法使いの国と呼ばれる国で、魔法使いの資格を得られれば魔法使いとしての商売が出来るとされる。その魔法使いの資格は、いわば身分証明書にもなる。だから、私はあたかも最初からこの国の住人ですよと言わんばかりに、その身分証明書を得るしかない。
他国生まれのルーヴェストさんも独学で魔法を学んだ。そして魔法使いの資格を得られるくらい誰でも参加できる試験なのだ。問題は受かるかどうか。私の身を守るものを得るためとはいえ、基礎から試験範囲までを二ヶ月で教え込まれた私の自信はない。
母子家庭で母親の苦労を間近で見ていた私は、出席数が足りていれば高卒を得られる甘い定時制高校に通って、大学は諦めた。あまり勉強も熱心にしたことはなく、試験もこんなにも緊張をしたのは初めてだ。
なんて言っても自分の命に関わっている。そして、魔法だ。魔法の試験だ。ファンタジーは大好物だ。映画も小説もファンタジーものが好き。仕事の合間によく味わった。
そんな魔法を自分で出来るようになって感激だったし、それなりに真剣に熱心に取り組めた。始まる前からそう評価するのは、試験は別の話になるからだ。
いくらなんでも二ヶ月で詰めて、試験合格なんて出来ない。基礎を筆記試験で受けて、普通レベルと少し難関レベルの魔法の実技試験を数個。あいにく私は天才ではなかった。
それどころか、火をつける初歩的な魔法で緊張のあまり火は大きすぎて不死鳥の如く壁を這ってあわや大惨事の火事に発展させてしまい、その場で失格を下された。もちろん、魔法試験官の人が消してくれて死傷者はゼロ。私は心傷。
トボトボと魔法試験会場の塔の階段を下りていくと、下に深紅の姿を見付けた。
「ルーヴェスト師匠!」
「メリーさん」
申し訳ない気持ちでいっぱいで駆け寄る。振り返った師匠は優しい微笑みをよこしてくれた。
私は芽里だけれど、メリーと呼ばれてる。子どもの頃はクリスマスが近付く度にからかわれて嫌だった名前だった。でも彼の優美な声で呼ばれるのはとても好き。
「落ちましたっ! ごめんなさい!」
「そうなのですか……メリーさんなら受かると思ったのですが、残念でしたね」
眉毛をハの字にして残念がってくれた師匠は、気を取り直して微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「ごめんなさい、試験代も支払ってもらってしまって……」
「あなたを守るためです。謝る必要はありません」
「次回なら、合格してみせます!」
「えぇ、きっと合格するでしょう。メリーさんは才能がありますし、熱心に学んでいました。成果は出るでしょう」
穏やかに言ってくれる師匠は、どこまでも信じてくれている。今回は裏切ってしまったけれど、次回は期待に応えてみせると拳を固めた。半年後ならしっかり準備が出来て、余裕で合格出来るはずだ。むしろ余裕綽々。
「帰りましょう」
「はい」
紳士的に差し出された手に、自分の手を重ねて繋いだ。私よりも大きくて男らしい手。まるで恋人同士のように歩くのは、私が生贄だとバレないため。街に溶け込むように、平然を装う。
慣れた行為だけれど、少しドキドキと胸が高鳴る。不安による気持ちの悪くなるものではなく、心地いい喜びからくるものだった。
一目見て、美しい彼に一目惚れをした。一緒にいて、優しい彼に恋をした。彼の微笑みを見ているだけで、私も微笑んでしまう。私はこの人が好きだ。心穏やかな彼のそばにいることが好きだ。
私は出来ることなら、元の世界に戻りたい。残念なことに送り返す魔法はないというけれど、心配をしている人達が気がかり。私は食べられてしまうために、召喚された。それに食べられるべきだという考えの人ばかりで溢れている国にいる。命の危機がある世界は大好きなファンタジーだけれど、居られない。
でも彼のそばにいたい気持ちを天秤にかけると、もちろんその気持ちが勝つ。
「……ルーヴェストさん。もう何度目の質問かわかりませんが、どうして私によくしてくれるのですか?」
魔法の商売をしている師匠の元で、住まわせてもらって店の手伝いをしつつ魔法を教えてもらった。試験代も車の免許試験と同等の値段。養ってもらってばかり。
私は世界の平和のために食べられてしまう生贄。
それも人扱いされない。不老で不気味なほど真っ白。
「何度目の質問でしょうか……。私はメリーさんに手を差し伸べました。救うために守るために、です」
クスリ、と優雅に笑ってルーヴェスト師匠はお決まりになった答えを返してくれた。私を救うと決めて手を差し出したのだから、それを貫いてくれる。
「ルーヴェストさん、好きです」
私は次のお決まりになった告白をする。背の高い彼を覗き上げていれば、彼はどこか悲しげな笑みになった。
「ありがとうございます、メリーさん」
私も好きです、の返しは今まで一度ももらっていない。同じ気持ちだと言ってもらえたことがない。不思議と不安にならないけれど、気になって仕方なかった。
「迷惑なんですね……私の気持ち」
ちょっと悲観的な女の発言をしてみる。
「え? 何故そう思うのですか?」
心底わからないといった様子で驚かれた。私の方が驚いてしまう。悲しげな笑みとさっきの言葉は、無意識ということでしょうか。無意識に私の想いを迷惑に思っているのかもしれない。ルーヴェストさんは優しいから。
「少し一人で散歩してきます。先に帰っていってください」
「でも、メリーさん」
「大丈夫です」
敬礼のポーズをして明るく笑う。地元民のふりをして、正体に気付かれないようにする。手を離す。いつも心細く感じる瞬間だ。
迷いのない足取りで、煉瓦で続く道を一人で進む。
人通りの多い通りを抜けて、街から出た。広々とした草原を歩き、巨大な岩山に行き着く。岩山には中に入れる道があって、そこをくぐって行けば開けた場所に出れる。出れるより、入れるが正しい。岩山の中だ。上はドーナツのように穴が開いて、光が差し込む。灰色の岩には、苔がこびりついているけれど、清々しい空気。
大きな魔法の練習にいいと連れてきてもらった場所だ。
右手を軽く一振りする。目に見えないベールを広げるイメージをして、魔力を放つ。
「我を守りし風よ、淡然たる守り風、我忘れぬ」
そして呪文。風の魔法。そよ風が吹けば、ふわりと身体が浮かんだ。風に支えられて仰向けになる。こうして上を眺めることが好きだ。夢の中で自由に飛ぶように、ふわふわとふわふわと漂う。
上から注ぐ光は温かみのある橙色に見えた。浮いたまま、それを浴びる。
瞼を閉じれば、赤一色。赤きドラゴンは、ルビーのように真っ赤な身体をしているらしい。そしてとても大きい。岩山の中はかなりの広さだけれど、ここは入りきれないだろう。山のように巨大で、人間なんて一口サイズだと聞いた。
そんな赤きドラゴンは、ここ何年も姿を見た者はいないらしい。山のように大きなドラゴンなのに、だ。だからこそ、私は食べられずに済んだ。どうやら私の前に召喚された人も、逃げ果せたらしい。
ドラゴンはどこに行ったのだろうか。千年も生きたドラゴン。そして、生贄を食べれなかったら、大暴れするのだろうか。
そんな時、自ら命を差し出せない。でも、ルーヴェスト師匠の命がかかっているのならば、考えてしまう。
そんなルーヴェストさんは、一体私をどう考えているのだろうか。どう思っているのだろう。心の底では、想ってくれているのか、そうでないのか。
私が好きだと言うと、どうして悲しげな笑みになるのだろう。
どうして好きだと返してくれないのだろう。
ーー好きではないから?
そこまで考えが及んだ瞬間、衝撃を食らった。風を支えに浮いていた身体が、岩壁にぶつかって落ちる。
「いった……」と額を押さえて起き上がる。押さえた手がぬるりとしたかと思えば、手が血に濡れた。見たら起き上がっていられなくなって、横たわってしまう。
「やっぱりな! 魔法で目の色を変えてるが、動揺して灰色に戻ってる! 赤きドラゴンの生贄だな!」
見れば男が数人いた。霞んでしまうけれど、魔法試験の
参加者だろう。目の色を変える魔法は、激しい動揺で一瞬戻ってしまうと注意されていた。火事騒ぎの一瞬、目の色が灰色に戻ったのを見られてしまったんだ。
本当に人扱いされない。疑惑だけでいきなり攻撃されてしまうなんて。
横たわったまま上を見る。こんな時でも酷いほど美しい輝きがあった。こんなにも美しい世界なのに、ここで生きることが許されないのだと思うと悲しみに呑み込まれた。
けれどもただ一人だけが、許してくれた。私を救ってくれて、守ってくれて、居場所をくれたルーヴェストさん。あなたがいるから、この世界を生きたい。
そう思えることが幸せだから、涙が溢れてしまう。
意識は、純黒に染まった。
次に目を覚ましたのは、鋭い咆哮のような声と悲鳴が耳に届いたからだった。赤だ。瞼を開いていても赤が見えた。ルビーだ。真っ赤なルビー。透けて見えそうな艶やかなルビーの身体が、岩山の中で窮屈そうに縮こまっている。それでも足りなくて、岩山が軋む。欠片が落ちてきて私の腰に当たった。痛い。
赤きドラゴンがいた。それでも私はまた意識を手放してしまう。
「メリーさん。メリーさん」
優しい声に呼ばれて、もう一度目を覚ました。
「メリーさん。今怪我を癒します」
ルーヴェストさんの心配している顔。掌が翳されれば、ふわりと光が灯る。キラキラと星のように瞬く淡い光は、ほんのり虹色を帯びている。
魔法陣を浮かべて頭に発動する魔法。体の怪我や痛みを治す治癒の魔法だ。
「あの人達は……?」
「前頭葉に魔法をかけてあなたの記憶を消しました」
なんかすごいことを言ってる気がする。
起き上がって見てみれば、岩山の入り口に彼らは倒れていた。
「少し懲らしめました……」
「……」
ルーヴェストさんは悲しみの色を帯びた笑みで、私の額を撫でる。私はやっとその笑みの理由を知った。
「師匠が、赤きドラゴンなのですね」
「……はい」
ルーヴェストさんが、赤きドラゴン。
私は呆然としながら、ルーヴェスト師匠の頬にそっと触れる。人間の肌だ。今まで疑ったことなんて一度もない。
精霊や幻獣などの存在は人間に近い姿に変身できると学んだけれど、あくまで近い姿。完全に人間の姿にはなれない。完璧に変身できる存在は、獣と人間の姿を生まれた時から持つとされる獣人族ぐらいだという。
「魔法を学んで、この姿になれました」
魔法を学んだ成果の賜物だと、ルーヴェストさんは答えた。
「私は……最初から人間の生贄など望んでいなかったのに……それでも受け入れてしまったのです。もう二度生贄が召喚されないようにと、あの神殿の魔法を解いた瞬間、あなたが現れてしまったのです」
ルーヴェストさんが、頬に触れる私の手に自分の手を重ねる。それはとても慎重で優しい手付きだった。
「……恐ろしいですか? 私は人を食べたことがあります。もう過去のことではありますが……私が赤きドラゴンだと知って、恐ろしくなったのですか?」
悲しみの笑みの理由。それはルーヴェストさんが隠していた正体を知らなかったから。赤きドラゴンだと知らなかったから。私を食べる存在だったと、私が知らなかったから。
知ってしまったら、変わってしまうと思っていたからだった。
それなら私はと、笑みで告白をする。
「私はルーヴェストさんが好きです」
赤きドラゴンであっても、人を喰らったとしても、今のルーヴェストさんが好きだということに変わりはない。
一目見て、美しい彼に一目惚れをした。一緒にいて、優しい彼に恋をした。彼の微笑みを見ているだけで、私も微笑んでしまうほど好き。私はこの人が大好きだ。心穏やかな彼のそばにいることがとても好きだ。ドラゴンの姿だって素敵だと私は思う。
「私もメリーさんが好きです。あなたの笑顔に癒されるのです」
初めて好きだと言ってもらえた。心から微笑んで、言ってくれた。
それが嬉しくて笑みが溢れるのに、涙がポロポロと落ちる。嬉しくて嬉しくて、涙まで溢れる。
「大好きです、ルーヴェストさん」
「はい、私もです。メリーさん」
両腕でルーヴェストさんにぎゅっと抱きつく。ルーヴェストさんは、背中に腕を回して優しく抱き締め返してくれた。私を包んでくれる優しさ。
「帰りましょう」
「はい」
ドラゴンの姿を見て気を失った男性諸君は放っておいた。当然の報い。手を繋いで、歩いてルーヴェストさんの店に帰った。
ルーヴェストさんの魔法商売は主にまじないのアクセサリー。だから、アクセサリーで溢れているお店。上からもたくさんぶら下がっている。お守りから呪いまで幅広く取り扱っているし、普通にお洒落としても使えるもの。
私も作ったりまじないをかけ直す手伝いをするけれど、主に接客の方を手伝いっている。
「ただいま、トリー」
店番をしてくれていた鳥によく似た生き物。首元はふわふわの羽毛は真っ白。でも全体的に緑。鳥のような顔と翼を持つけれど、身体も尻尾も猫にそっくり。じゃれつき方も、そう。頬をすりすり、身体も擦り付けて尻尾を絡ませる。可愛い子。
抱き上げようとしたけれど、先にルーヴェストさんが抱え上げてテーブルに乗せた。それから私と向き合う。
「改めまして、試験お疲れ様でした」
「落ちてしまいましたが……」
申し訳ないと苦笑を零していると、ルーヴェストさんの手が私の手を取った。
「半年後の次の試験は必ず受かってみせます」
「はい、メリーさんなら受かります。それまで私が……いえ、いつまでも私が守ります」
そう言ってルーヴェストさんが私の手の甲に口付けをする。びっくりしたけれど、嬉しい。でもちょっと歓喜あまって、私から一歩近付く。それから背伸びをして、唇を重ねた。
離れれば目を見開いたルーヴェストさんの顔。それが徐々に赤く染まる。真っ赤。
「守ってくださいね。私の真っ赤なドラゴンさん」
私は悪戯っぽく笑った。
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