生贄メリーと真っ赤なドラゴン

三月べに

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出逢い編

出会い。

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 ベッドで寝ていたはずが気が付けば、白い羽織りを身に纏い、神殿らしき場所に舞い降りていた。
 夢だと思った。洞窟の中に広々と閑散とした石の神殿。座り込んで呆然としても夢から覚めそうにない。自分を見てみれば真っ白だった。白に染まってしまったみたいに病的な白い肌。セミロングの黒髪も、艶めく白銀に変わった。
 背には神殿。目の前にはぽっかりと膨大な空間が開いている。それは遥か上まで続き、その上からは光が注がれていた。目の前に巨大な光の柱があるように見えて、美しかった。

「大丈夫ですか?」

 それを眺めていた私に声をかけてきたのは、美しい男性。テレビ越しで観るようなイケメン俳優のように顔が整っていて、優しい眼差しの持ち主。深紅の長い髪は後ろで一つに束ねている。黒いローブを身につけていた。
 彼は、私に手を差し伸べる。
 私は何もわからないまま、手を重ねた。

「戸惑っているでしょう。これは夢ではありません。ここは、あなたが生まれ育った世界と異なる世界です。ここは生贄を召喚する神殿……あなたは赤きドラゴンの生贄に選ばれてしまったのです」

 私は食べられるために、他所の世界から連れてこられてしまった。そして帰り方はないと言われた。
 この世界の人々は、特にこの国サイグリーンの人々は赤きドラゴンに生贄を捧げなければ滅ぼされてしまうと恐れているという。だから生贄を捧げている。

「赤きドラゴンは千年生きてたと言われています。そのドラゴンは何年も前から姿を見せていません……不幸中の幸いですね。逃げましょう。私の名前はルーヴェストです」

 ルーヴェストと名乗る男性に連れられて、私は彼の家ま行った。移動は魔法。彼は、地面に白い光で円を作り出した。それに乗れば、瞬く間に光に包まれる。
 光が消えると、私はアクセサリーショップらしき店の真ん中にいた。首飾りとブレスレットが棚に並んで、ドリームキャッチャーのようなデザインの飾りも上からぶら下がっている。

「私はまじないの魔法商売をしていて、ここは店であり家です。部屋を用意します。こちらへ」

 どうやらここにあるアクセサリー全てが魔法の類らしい。説明してくれたルーヴェストさんは、私の手を引いてカウンター裏へと連れていってくれた。
 奥には、小さなリビングルームらしく、食器棚にキッチン、そしてベージュの丸テーブルと椅子がある。質素だけれど、どこか温かみのある空間に思えた。
 そのまた奥へ行くと階段がある。そこを登ると、二階には四つの部屋のドアがあった。ルーヴェストさんは手前から右の部屋のドアを開ける。

「客人用として用意していた部屋を使ってください。好きに使って構わないです」
「はい……ありがとうございます」

 シングルサイズのベッドが真ん中に一つ。チェストが一つ、机が一つある。部屋のサイズはワンルームほど。リビングルームを同じく質素だ。立ち尽くして見回す。

「……大丈夫ですか?」
「え、ええ、はい」
「……本当ですか?」

 ルーヴェストさんはもう一度問う。なんとも言えなくて、私は顔を歪めてしまった。

「表に出して取り乱してないですが、まだ受け入れられないでしょう?」
「いえ……受け入れてますよ」

 私は答えて、ベッドに腰を下ろす。

「不幸は慣れっこですから……」

 私は小学生の頃に親が離婚した。母が私を含む三人の子どもを引き取り、育ててくれた。私はせめて長女として母の負担にならないように様々なことを我慢した。授業参観日は当然来ない。中学生の修学旅行もパス。高校は費用の少ない定時制を選択し、大学も行かなかった。私だけでも自立しようと働いて一人暮らしをして、もう二十三歳。
 それは仕方のない不幸だから、受け入れた。悲しくなんかない。仕方のないことだったのだから。
 これもそうだ。仕方のないことだと受け入れるしかない。

「苦労してきたのですね……」

 黙りこくった私の手を、ルーヴェストさんは優しく撫でた。

「まだ、辛い事実があります。聞きますか?」

 もう二度と帰れないという事実以外にも、あるらしい。私はコクリと頷く。

「この国の人間は生贄の者を、人扱いしない傾向が強いです。明るみになれば、なにをされるかわかりません。なので赤きドラゴンの生贄だということも、異なる世界から来たことも他言してはいけません」

 私は息を飲んだ。人扱いされないものがどういうものかはわからない。でも食べられるだけの存在。酷い扱いをされてしまうのだろう。

「容姿が白になったと気付いているでしょう。それは不老の呪いがかかっているせいです。逃げても、生贄の証だとわかるように……赤きドラゴンの捧げる魔法の一つです」
「不老の……生贄なのですか……」
「そういうことです。……お辛いでしょう」

 それもまた受け入れるしかない事実。ルーヴェストさんは悲しげな顔をして私を見つめた。その優しげな眼差しが、悲しみを込み上がらせて泣いてしましそうになった。瞼をギュッと閉じて、涙は堪える。

「……どうして、ルーヴェストさんは私を助けてくださるのですか? そもそも、どうしてあそこにいたのですか?」

 赤きドラゴンの生贄の場にたまたま通りかかったとは言うまい。この国の人間ではないという口振りも気になって、私は訊ねた。

「私は元々この国の人間ではないです。だから生贄には……反対なのです。あの神殿は魔法で定期的に異なる世界から人間を召喚します。私はそれを解こうと思い行ったのです。成功をしましたが……少し遅く、あなたが召喚されてしまいました」

 私が召喚された魔法はもうない。生贄はもう二度と召喚されない。私が最後だった。

「申し訳ありません。もう少し早ければ……あなたがこんな目に遭うこともなかったのです」
「ルーヴェストさんが謝らないでください。ルーヴェストさんが召喚したわけではないのですから」

 そう言えば、ルーヴェストさんは眉を下げて悲しげな表情になる。紅い瞳が私をまだ優しく見つめた。

「私はあなたを救いたくて手を差し伸べました。だから助けます」
「……ありがとうございます……ルーヴェストさん」


 あまりにも優しい声に、また泣いてしまいそうになる。優しい人と出会えたのは不幸中の幸いだった。

「でもよかったのですか? 生贄の魔法を解いてしまって……国が滅ぶかもしれませんよ」

 他国の人間だから恐れていないのかもしれないけれど、本当に赤きドラゴンが怒ってしまったらと心配になる。私はあの膨大な空間にやっと収まるほどの巨大なドラゴンが、大暴れするところを見たくない。

「それなら心配ないでしょう。あなたより以前に召喚された生贄の者の一人が逃げ果せたと噂があります。ドラゴンも姿を見せていません。きっと大丈夫ですよ」

 そうルーヴェストさんは優しい微笑みで言い退けた。
 つまり、この国の人が勝手に生贄を必要としているだけで、実際は必要のないことなのでしょう。
 私は嫌な風習のある異世界の国に来てしまったということ。

「お名前を聞いてもいいですか?」
「あ、芽里です」
「メリーですか」

 めり、です。言おうと思ったけれど、小さい頃にクリスマスが近付く度に「メリークリスマス」と男子達にからかわれた思い出が蘇ってしまった。嫌な記憶だけれど、この世界だとメリーの方がしっくりくるみたい。それに不思議とルーヴェストさんの呼び方は嫌ではなかった。

「では、お世話になります。ルーヴェストさん」
「はい、メリーさん」

 こうして私は、魔法使いルーヴェストさんの家にお世話になることになった。


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