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○12 悪魔の甘い猛攻。
しおりを挟む小説のヒロインとヒーローが逢瀬を順調に重ねている一方で、私も悪魔と濃厚な甘い時間と触れ合いを過ごしてしまっている。
婚約者同士、他の相手と心を通わせている破綻状態。
婚約解消をすればいいのに、未だに承諾してくれない婚約者。婚約解消の申し出は、保留中だ。
かろうじて婚約者同士の交流で設けているお茶会も参加してくる面の厚さには、ほとほと呆れる。
まぁでも、これで心置きなく、復讐が出来るってものよ。
……正直、復讐への集中力は乏しくなっている。
なんと言っても、悪魔の甘い猛攻を受け続けているから、復讐劇より恋愛劇に夢中だ。
でもちゃんと、しっかり復讐をしないと。きっちりヒロインを返り討ちにしないと、私は死に戻りをまたしてしまうのだから。
だから……ゼノ。
甘い猛攻は、控えて……。
そう直接言えない私は、結局、今夜もゼノヴィスの口付けを受け入れてしまうのだけど。
そうこうしている間に、ヒロイン・ミンティーが悪い噂を流し始めた。
親戚に引き取られて伯爵令嬢となったミンティーは、王都に来たばかりで不慣れ。偶然知り合ったアレキサンドが親切にしているだけなのに、私がそれに嫉妬しているという噂だ。
仕掛けは、簡単。人脈を作るミンティーは、アレキサンドに親切にしてもらっているが、私はそれが気に入らないようだ……と不安げに話すだけ。
他人の不幸は蜜の味。じわりと広がる悪い噂の出来上がり。
会ってもいないが、被害者ぶる彼女は有利に誘導が出来るのだろう。
一回目で上手くやっていたのを、私は知っている。
原作知識もあって、上手く立ち回れる転生者なのだ。
アレキサンドも心を寄せるミンティーを簡単に信じるし、想い人が被害者だということで、こちらを敵とみなす。
不可解なことに、自分を棚に上げて、浮気と疑ってかかって虐げる悪女だという口ぶりで友人に愚痴るという。
準備は整った。
こちらも、動く時だ。
もっさり従者に扮したゼノヴィスは、どこからか夜会の招待状を入手してくれた。
夜会用ドレスで着飾った私をエスコートするのは、前髪を上げた煌びやかな貴公子に扮したゼノヴィス。
久しぶりに夜会に参上した私と、謎の貴公子のゼノヴィスに注目は大いに集まった。
昼はもっさりした従者、夜は煌びやかな貴公子のゼノヴィス。
ギャップの破壊力がすごい。
それに悶えるのは私だけで、夜会の参加者はゼノヴィスの美貌に見惚れている。
主催者に久しぶりの挨拶をして、エスコートをするゼノヴィスに問われても。
「彼の紹介は、またいずれ」
と、意味深にのらりくらりとかわす。
こうして、私は謎の美青年を連れて、夜会へ出没することになった。
ふらりと現れて、主催者に挨拶し、ダンスがあれば踊って、フラッと帰るだけ。
私とアレキサンド。婚約者同士、違う異性を連れてパーティーに参加する。
お互い浮気を公言するかのような行動。
一つ違うのは、アレキサンドとミンティー側は私の悪い噂を流していること。
私は矛盾した行動をしているというのに。どうして拗れているのか。その問いに、当人は答えられない。
アレキサンドから『一体誰と夜会に参加している!?』という手紙が送りつけられたが、華麗にスルーして、婚約者交流会のお断りの手紙を送るだけ。
面会謝絶。居留守を使い、かわし続けた。
家族からもどういうことかと問い詰められた。
一体誰なんだと問われるけれど、すぐそばにいる従者ゼノヴィスだと、誰も気付かない。
これも、認識阻害の魔法のおかげだ。
「彼はクリトリス侯爵令息の代わりにエスコートをしてくださるとある紳士です。クリトリス侯爵令息だって、他の令嬢をエスコートしているそうですよ。夜会だけではなく、お茶会にも、カフェにも観劇にも」
にこり、と笑顔で返す。
「言いましたよね。私が見た悪い夢」
笑顔で威圧すれば、気圧された様子の家族。
婚約者が心変わりして私を捨てる悪い夢が、実現した。
「婚約解消は、まだなんでしょうか?」
責められるなら、先ずはアレキサンドだろう。その意味合いを込めての笑み。
オロオロしつつ、父は「催促する」と言った。
ここまでは、前回と同じ流れだ。
悪い噂を流すミンティーに対抗して、従者のゼノヴィスを連れて回った。それも想い合っていると見せつけて。
今回は、従者のゼノヴィスではなく、『謎の美しい貴公子』だということが、キーだ。
「アクアート伯爵からの抗議に、あのクズ婚約者はクリストン公爵に『誤解がある、やり直すチャンスをください』だってさ」
使い魔で偵察してくれたゼノヴィスが、教えてくれた。
何が誤解がある、だ。
呆れ果てて、ゼノヴィスの胸に顔を埋めて抱きつく。
「拗れてるってことにして、なんとか時間稼いで、ディナの有責にしたいんだろうね。どこまで自分を正当化したいクズだ。ヒロインもヒロインで、君を悪役にすることで祝福されるべき主役になりたいんだろう。欲深いのは勝手だけど、それにディナを巻き込まないでほしいな」
私の頭を撫でてあやしてくれて、すりすりと頬擦りしてから髪の柔らかさを味わうように指に絡めるゼノヴィスの声は甘くて優しい。
「大丈夫、ディナ。絶対に守る。オレがそばについているよ」
そう不安を取り除こうとしてくれるのは、前回はここで追い込みすぎて、逆上したアレキサンドに殺されたからだ。
どこまでも正当化したアレキサンドと、祝福されるべき主役になりたいミンティーにとって、悪役にしなければならない私への攻撃が怖い。
今度は死ねない。殺されたくない。死に戻りくない。
例え、死に戻ってしまっても。
せめて、絶対にゼノヴィスから離れたくない。
「ずっとそばにいて、ゼノ」
私は初めて、自分からゼノヴィスに唇を重ねた。
驚いたように目を見開いたけれど、重ね返すと、ちゅっとリップ音を立てて吸い付く。
「愛してるよ、ディナ。絶対に放さない」
私を安心させてくれる愛の言葉を囁く悪魔は、二重の黒い瞳孔の金色の瞳はギラリと熱く光らせた。
ゼノヴィスの両手が髪を整えるように頭を撫でていたけれど、耳を塞いでくる。そのまま、ねっとりと舌をねじ込む深いキスをされた。
大人しくそれを受け入れていたけれど、やけに口の中の水音が響くことに気付く。
ちゅっ。くちゅり。ちゅぱ。くちゃ。
絡みつく舌が立てる水音が、塞がれる耳に木霊している。
うそ、なにこれ。
「んっ、ふっ……んんっ」
「ん♡」
やめてほしいと言う暇もなく、口の中が蹂躙された。
手を離そうと手首を掴んでも、びくともしない。されるがままだ。
ゼノヴィスが満足するまで耳を塞ぐキスを受けていたら、終わった時には、くたり。
腕の中に抱き留めている私の耳に、今度は舌を這わせてきたゼノヴィスは、今夜は耳責めをする気らしい。
「初夜も、もうすぐだね……ディナ♡」
濡れてしまった耳に熱い吐息を吹きかける声には、期待しか感じなかった。
だから、ゼノヴィス……。
甘い猛攻は……控えて…………。
言ったところで、きっと、溺愛してくれるこの悪魔は、止まってくれないのだろうとは思った。
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