13 / 18
○13 悪魔の罠と決戦の時。
しおりを挟むアクアート伯爵家主催のパーティーを開くことにした。
名目は交流会。多くの知人に招待状を送りつけた。
アレキサンドにも、その実家にも。
そして、ヒロインことミンティーにも、だ。
実質、彼女とは知り合っていない。
なので『ミンティー嬢とはお会いしたことはありませんが、噂のこともありますし、我が家の交流の場である夜会で誤解をときましょう』という内容を彼女を引き取ったサライト伯爵家に送りつけた。
ミンティーも私と同じ転生者。原作と違う私の動きに気付いて、悪い噂を流すという手を打ってきた彼女の動きも注意している。
私ではなく、ゼノヴィスの使い魔だけど。
また私の殺害を企てていないか、気を張っているのだ。
アレキサンドとミンティーの方で、しっかり見張りをつけている。その点も注意して、私もゼノヴィスから決して離れないことに決めていた。また悲劇が起きても、一緒に戻れるように。
準備万端の夜会の日を迎えた。
明るい赤生地に金のラメが散りばめられたドレスに身を包んだ私は、緊張でいっぱいの胸を撫で下す。
主催者になってもらった両親と挨拶をすると、参加者の貴族達はキョロキョロと視線を彷徨わせる。
わかりやすい。『謎の貴公子』は来ていないのかと、捜しているのだ。
すでに、私の新しい婚約者ではないかと疑惑の噂が広がり、”ならアレキサンド達が言っているのはなんだ?”という疑問が湧いているらしい。
私達の愛憎劇は、今夜のディナーのように注目を集めていた。
そうして、アレキサンドの一家がやってきた。
一斉に突き刺さる多くの視線。
ピリピリした雰囲気の両家の挨拶。
「ディナ……」
「こんばんわ、クリストン侯爵令息」
「っ……」
アレキサンドが声をかけるから、扇子で口元を隠して、そっぽを向く。
すげなくされて、赤面して震えるアレキサンドに、前回の最期が過って、真後ろに控えるゼノヴィスに飛びつきたくなった。必死にその場に立って、大丈夫大丈夫と言い聞かせる。
この距離ならゼノヴィスが守ってくれるし、私だって色々護身を備えた。十全よ!
今夜だけは、アレキサンドを煽って煽ってやるんだから!
私の態度に、アレキサンドが袖にされていると、周囲はコソコソと囁き出す。
聞こえているのか聞こえていないのか、睨みつけるアレキサンドの背中を押して、クリストン侯爵夫妻は次の挨拶者に場所を譲った。
恐らく、離れたところでクリストン侯爵は、アレキサンドを責め立てるに違いない。それが彼を追い込む起爆剤になるだろう。
やがてやってきた宿敵、ヒロイン。
ふんわりした白金髪と垂れ目の青い瞳。原作のヒロインは家族の不幸によって男爵令嬢から伯爵令嬢になって、健気で王都に馴染むよう心掛ける中で、婚約者のいる侯爵令息に恋してしまう葛藤に苦しむ子だが。
転生者である彼女は進んで嵌めていくスタンスなので、ただの腹黒である。
悪評で周囲を誘導して護衛騎士に切らせるような策士だからね。知ってんだからな。庇護欲ある美少女の見た目に騙されんっ!
そんな怯え切った様子で前に来るとは、その喧嘩買ったわ!
「初めてお会いしますわね。私はディナ・アクアート伯爵令嬢です」
先手必勝。”初めて”と言い放って、カーテシーを披露。
「酷いですわ、アクアート伯爵令嬢……何故初めてだなんて、嘘を?」
反撃をするミンティー。被害者ぶるの、ホント上手いわね。
あくまで、嫌がらせを受けている被害者ぶりたいなら、初対面認識されてはマズいもの。
「あら? 先ずは挨拶をしてくださいませ。自己紹介をしたら、自己紹介しないと」
礼儀でしょ、と微笑む。
「ええ、そうですわね。正式な自己紹介は、初めてでしたね。ミンティー・サライト伯爵令嬢です」
そうくるか。”改めての正式な自己紹介”に持ってきたミンティーは、カーテシーを返す。
「おかしなものですよね。こうして初めて会ったというのに、私があなたに嫌がらせをしたという噂が広まっているのですよ。婚約者と何かあるわけでもないのに、どうしてかしら」
「そんな! アレキサンドと、本当に何もないのですよ! 何度も言っているのに!」
婚約者の話題に入って、ミンティーが仕掛けた! だがしかし、しくったな!
「まあ! クリストン侯爵令息とは、名前で呼ぶ仲なのですか? 仲がよろしいことで」
普段の習慣でつい名前呼びとか初歩的なミスね!
グッと一瞬歪んだ顔が無様よヒロイン! おーほほほっ!
耳をすませている貴族達が、私が家名呼びをしているせいで、余計勘ぐるわよ!
「私がクリストン侯爵令息と想い合っている婚約者同士なら、噂通り嫉妬してしまうかもしれませんが、あいにく私達は両家の政略的な婚約で結びついているの」
どうせならここで”婚約解消の申し出をしているのに”と言いたいところだけど、両家に溝を作るなと両親から視線の圧がかかるので、我慢してあげる。
今。ここでは。ね。
「嘘をつけ!!」
そこで割って入るのは、聞き耳を立てていたアレキサンドだ。
「オレ達、想い合っていたはずだろ!」
なんてほざくので、溺愛悪魔から冷気感じます!! やめて!
自分が爆発するならまだしも、別のところを起爆するのやめて!
「それなのに、ディナ! 君は『謎の貴公子』にエスコートされて夜会に参加しているじゃないか! ただならぬ仲だと噂だ! 申し開きはあるのか!?」
自分を棚に上げる奴って、ホントむかつくよね。
心を通じて、キスもしているくせに。
私もそうなので問い詰めないけれども、そもそも私も浮気状態なのは、お前が婚約解消に承諾してくれないからですがー!? と言ってやりたい。その言葉は、呑み込む。
「あら、それを言うなら、あなたもこちらの令嬢をエスコートしたじゃないですか。それについての申し開きはあるのですか?」
あくまで他人行儀の言葉遣いで、しれっと言い返す。
「ああ! 君が嫌がらせをするから、交流会のエスコート役をお詫びにしたんだ! 王都に来たばかりで、新しい友人として人脈作りを手伝ったまで。疚しいことは断じてない!」
おお。堂々と嘘をつく。私は正しいと威風堂々と主張する。
清廉潔白の男主人公。その実、ただの大嘘つきの浮気男。
「おかしいですわね。今夜が初対面だというのに、どうやって私は彼女に嫌がらせをするというのです? それに証拠なんてありますか? 一体どんな嫌がらせを?」
優雅に微笑んで、会話の主導権をしっかり握って尋ねる。
「証拠だと! ミンティーがそう証言している! 本当に会ったことがなければ、嘘の証言をする理由があるか!?」
「そうですね。例えば、婚約者のあなたに横恋慕しているからでしょうか? 妥当な理由では?」
にっこにこの私と、苦そうに顔を歪ませる二人。
心当たりあるでしょ? ね? ね?
「だいたい、私、社交界への参加はついこの間まで休んでいたのですよ。一体いつ、サライト伯爵令嬢と会ったのでしょうか?」
ん? と穏やかぶって尋ねる。
知り合ってもいないのに、どうやって会って嫌がらせをするんだか。
小癪なヒロインは、当然用意していた。それは原作にあった嫌がらせシーンだからだ。
悪役令嬢の友人が、ヒロインがアレキサンドの出会いを目撃して、告げ口する。それで悪役令嬢は釘をさすのだ。
どこでこう言われた、と主張するヒロインことミンティーは、口元を僅かに上げた。
「そうですの」と私が平然と相槌を打てば、解せないと顔を歪める。
「それで、サライト伯爵令嬢はその嫌がらせを、知り合ったばかりの方々に相談したのですわね?」
「え、ええ……」
私の余裕な態度に、訝しげに見てくるミンティー。
「酷いですわ。私は、あなたと会っていないのに」
「だから、嘘をつかないでください!」
「私は会っていない証明は出来ないけれど、あなたは会ったのならその証明が出来ますよね? その場で会ったという目撃証言を提示してください」
「っ……!」
ないは、証明出来ない。でも、あるなら、証明してみろ。
原作なら、告げ口した友人が同席したけれど、実際その告げ口する友人は告げ口すらしていない現実。ない証言は引き出せまい。
「いませんっ。他にいなかったのです!」
「では、二人きり? そんなはずはありませんわ。だって私達は貴族令嬢でしてよ? あなたも私も、おともがついていたはず。あなたか、私のおともの証言をください」
証言なんてないでしょ。目を細めて見据える。
その圧に悔しげに顔を歪めたミンティーには、嫌がらせを受けた事実はないのだから、証明させられない。原作でも、特定のメイドも従者も描写されていないのだ。当てずっぽうは、危険。
「そもそも、私は少し前まで静養していたのですよ。息抜きに出歩く時は、過保護におともがいつもついてきていましたわ」
「! そ、その従者がいました! 確かにいました!」
おっと、当てずっぽうに出た!
もっさりした従者ゼノヴィスを指名! 愚か!
「まあ! そうでしたの! こちらの従者は、雇ったばかりですから、事細かにその日あった出来事や業務を日誌につけていたのですよ。何日の何時でしょう? 言ってくだされば、その日同行していたおともを特定して証言が取れるかもしれませんわ!」
「っ!」
はいはい! 墓穴! 顔が青いわよ! ヒロイン!
「君の味方では知らぬ存ぜぬを通すかもしれないじゃないか!」
アレキサンドが庇うが。
「でも、日誌は証拠になりますわ。出掛けていたかどうか、本当に会っていたかどうかも、確かめられるじゃないですか。確かめようともしないなんて……疚しい気持ちがあるんじゃなくて?」
どうせ疚しい気持ちがあるんでしょ? ほれほれ、と挑発を匂わせる。
ブツリと青筋を立てるアレキサンドは、どうやら上手くやったようだ。
「『謎の貴公子』と疚しいことがあるのは、君だろう!?」
再びの『謎の貴公子』だ。
「その『謎の貴公子』なら、ここにいますよ」
「なんだと!?」
キョロッと二人だけではなく、両親も他の貴族も、周囲を見回した。
「私がクリストン侯爵令息と懇意にしている令嬢に嫌がらせをしているという悪い噂が立っているから、彼に守ってもらっていたのですよ。紹介しますね。従者のゼノヴィスです」
「「は……?」」
二人して間抜けな声。
でもすぐに驚愕の声を上げることになる。
ゼノヴィスは分厚い眼鏡を外すと同時に、弱い認識阻害の魔法を解き、前髪を掻き上げて美貌を見せつけた。
令嬢達は黄色い悲鳴を零し、多くの人達が「おおっ」と小さく声を零す。
「ディナお嬢様に拾っていただき、誠心誠意お仕えさせていただいている従者のゼノヴィスです。度々、エスコートを務めておりました」
胸に手を当てて、恭しく一礼するゼノヴィス。
従者にエスコートしてもらっていましたが、それが何か?
と、私もゼノヴィスも、驚愕で顔色を悪くする二人をほくそ笑んで見た。
ヒロインとヒーローの前に、悪役令嬢と悪魔は立ちはだかる。
今宵は決戦の時!
159
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる