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♰02 美しい人。
しおりを挟む与えられた部屋の白いドレッサーの鏡で確認したところ、やはり私は若返っていた。
そのまま高校時代の姿に戻ったような姿をしている。
艶やかなほど漆黒の長い髪は、胸の下まで伸びている。
やや焼けた健康的な肌は、若さ故のつやつやがあった。
チャーミングポイントの大きな瞳の周りを囲う長い睫毛は、ふさふさ。
瞳の色は、チョコレートブラウン。
昔の私を写真で見ているかのようだった。
でも、昔よりも可愛い気がする。
自分を可愛いと思えるのは、中身は大人になったからだろうか。
昔は周りより目立つ容姿の自分が苦手だった。もっと言えば、嫌いだったのだ。
しかし思い返せば、私のモテ期だった。それでも告白してくれる男子の想いは、理解出来ず断っていたっけ。
大人になって、私は昔の方が可愛かったなんて思うようになった。というか、「二十代から下り坂」という体育の教師の言葉を思い知るようになったのだ。体力は落ちるが、脂肪がよくつく。運動を心がけなければ、あっという間に太ったのだ。恐ろしい、老いとは恐ろしい。
身震いして、私は身体を見下ろす。
太腿やふくらはぎはふっくらしているが、くびれているお腹はすっきりしている。二の腕も、ほっそりした印象。
なかなか理想的な体型だと思う。
若いっていい。
必要最低限の衣服が与えられ、朝昼晩と食事が運ばれる。本当に、衣食住が与えられた。
魔導師グラー様は、私のことを気にかけているみたいで、ほぼ毎日のように部屋を訪ねてきては不便はないかと聞いてくれる。
私は色々と話を聞きたかったけれど、多忙だろうから、聖女に関する本や魔法の本を読ませてほしいと頼んでみた。
だから、毎日のように本を持ってきてくれたのだ。この世界の言葉を理解出来ているから、文字も難なく読める。
今まで現れた聖女の特徴は、美しい女性ばかりだったようだ。本にある挿絵には、長い髪の女性が多い。
人並外れるほどの巨大な魔力は清らかで、美しい生命も生み出すと記されている。ある聖女は戦争を終わらせ、ある聖女は世界中を豊作にした。だから、今回の聖女にも、何かしらしてもらいたいと思っているらしい。
魔導師グラー様の話によれば、あのミルキーブラウン髪の美女は、レイナという名で二十歳だそうだ。聖女の力を存分に使えるように、魔法を学んでいる最中らしい。
果たして、本当に彼女は、この世界に何かをもたらすのだろうか。
聖女に関する本をざっと読んだが、どこにも若返りのことは書いてなかった。若返った聖女はいなかったのか、あるいは明かしていないだけか。
聖女召喚の現象に、ついての記載はない。
どういう原理で異世界が繋がり、そして人間を通すのか。わからないだろうが、ちょっとくらい調べたい。
何故、私は若返ったのか。
自分が聖女だと名乗り出た自信満々なレイナはどうなんだろうか。私より年上だったりするのだろうか……尋ねたいところだが、レイナと会うのは難しいだろう。
仮にも聖女として扱われているのだ。それに魔法を覚えるのに忙しいはず。
私は私で独学で魔法を学ぶことにした。魔法の仕組みを理解し、聖女召喚の現象について仮説でもいいから立ててみたかったのだ。
本を読むのは、基本的に部屋だった。なので部屋にこもりっきり。
けれど、たまには外の空気を吸った方がいいと、部屋を掃除してくれる使用人のピティさんが言うので、庭園まで案内してもらう。
ピティさんは、真っ赤な赤毛の髪を結っていて、明るく笑う女性だ。私と同い年くらいだけど、若返っている私は敬語を使う。
「ピティさん。聖女様には、やはり会えませんかね?」
「難しいでしょうね」
「ですよね」
例え、会えたとしても、ちゃんと会話が出来るか疑わしい。あの勝ち誇った鼻笑い。最悪な第一印象通りなら、会ってもらえない可能性が高いだろう。
廊下の前方から人が歩いてくることに気付くと、ピティさんは足を止めて頭を軽く下げた。
最初から廊下の隅を歩いていた彼女の後ろに移動して、道を開けておく。
横切って去るのは、とても美しい男性だった。小柄すぎる私にはかなりの長身に思える。
肌は色白なのに、髪は真っ黒。襟足の長い髪は、漆黒だ。一番目に留まったのは、瞳だ。男性にしては長すぎる睫毛の下には、ルビーレッドの瞳。
そのルビーレッドの瞳が、私を捉える。
私もその瞳を追った。
不思議そうに、見つめながらも、過ぎ去る男性。
私は真っ赤な瞳が、不思議で見つめてしまった。流石、異世界。あんなに妖しくて鮮やかな赤い瞳の持ち主がいるなんて。
「あの方は、怖い方です」
いなくなると、ピティさんが口を開く。
「グラー様と似た服を着てましたが……魔導師ですか?」
グラー様は、豪華な装飾が施されたマントを肩にかけて、軍服にも似た黒い衣服を着ていた。その軍服似の黒い衣装を、先程の男性も身に纏っていたのだ。軍人と言われた方が、しっくりきそうな体格だったけど。
「はい、魔導師様ですが、決して関わってはいけません。怖い方ですから」
ピティさんはそれだけを答えると、歩き出した。
怖い人。恐れているから、目を合わせないように頭を下げていたのだろう。
じゃあ、不思議がってもしょうがないか。私はガン見してしまったのだ。どう怖い人なのかはわからないけれど、次、すれ違う時は、目を背けた方が無難そう。
居候の身だ。トラブルは避けたい。
「……あれ? 聖女様では?」
「え?」
階段をぐるぐると下りていくと、窓の向こうにその姿を見付けた。
ピティさんも、同じ窓を覗く。
一階ぐらい下の先、庭園らしき花や緑が広がる場所に、ミルキーブラウン色の長い髪の女性が歩いていた。くるくるにカールさせていて、桃色かかったドレスを着ている。間違いなく、レイナだろう。
一人ではない。当然だろう。聖女様を、一人で歩かせるわけにはいかない。
レイナのそばにいたのは、陽射しで金髪がキラキラとしている男性のようだ。
話をしながら、散策しているみたい。
「コーカ様。また日を改めましょう。王弟殿下であるヴィアテウス様と聖女レイナ様が散策中のようです」
「王弟殿下? あの方が?」
あの金髪キラキラの男性が、王弟殿下。
「国王陛下と歳が離れていて、今年二十歳になりました。婚約を望む女性が後を絶たないほど、人気があるお方です。本当に美しい方なのですよ。きっと、聖女様もその魅力に当てられているかもしれません」
ピティさんが本当に美しい方なんですよ、と言いながら微笑む。
微笑むと言うか、頬を緩ませずにはいられないって様子。
そんなに魅力的なのか。ここからでは、顔が見れないのが残念。
さっきすれ違ったルビーレッドの瞳をした男性も、なかなか美しいけれど、それを超えるほどなのだろうか。
まぁ、私が関わることのない人だろう。同じ城に暮らしていても、お会いは出来ない。別にいいけれど。
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