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日常編⑭

第368話、フレキくんの一日

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 人狼族の少年フレキの朝は早い。

「ん~……ふぁぁ、朝かぁ」

 朝。日が昇り目が覚める。
 温室の手入れがあるため早起きだ。着替えてリビングに行くと、妹のアセナが朝食の支度を始めている。
 この村に来て二年ほど。アセナはフレキよりも早く起き、朝食の支度をしてくれる。

「おはよう、兄さん」
「おはようアセナ。じゃあ温室に行ってくる」
「はい。ご飯、準備しておきますね」
「うん。よろしく」

 フレキは外に出て朝の空気を吸い込み、大きく背伸びする。
 今日も薬師見習い……もう見習いではないがフレキが認めていない。としての一日が始まる。
 まずは、アシュトの家に向かう。すでに家の前にいた。

「おはようございます。師匠!!」
「おはようフレキくん。今日も元気だね」
「はい!! 今日も一日、よろしくお願いいたします!!」
「う、うん。あの、まだみんな寝てるから静かに……」
「す、すみません」

 フレキは頭を下げる。すると、小さな薬草幼女と黒いネコミミの少女、そして一メートルほどの小さな木が視界に入る。今ではもう顔なじみだ。

「おはようございます。マンドレイクさん、アルラウネさん」
「まんどれーいく」
「あるらうねー」
「ウッドさんもルミナさんも、おはようございます」
『オハヨウ、オハヨウ!』
「ん」

 ルミナは小さく頷き、スタスタと歩きだした。

「はやく行くぞ。さっさと終わらせてご飯にしたい」
「はいはい。じゃあみんな、行こうか」

 こうして、いつものメンバーで温室手入れが始まる。

 ◇◇◇◇◇◇

 温室手入れを終えて家に戻ると、ちょうど朝食が完成していた。

「兄さん、汗を拭いて手を洗ってくださいね」
「ああ。わかってる」

 言われた通りに身体を清め、アセナの朝食を完食する。
 妹の料理はとても美味しい。まだ十二歳なのに大したものだ。
 フレキは、片付けをするアセナの頭を撫でた。

「がうっ? な、なんですか?」
「いや、アセナには本当に助かってるよ。ありがとう」
「もう……いきなり撫でないでください、兄さん」
「あはは。じゃあ、ボクは薬院に行くよ。怪我したら必ず来るんだよ?」
「はい。わかっています」

 フレキは調合道具やメモが入った鞄を持ち、薬院へ。
 途中、欠伸をしながら歩くエンジュと合流した。

「ふあぁぁ~……おはようさん、フレキ」
「おはよう。エンジュ、温室の手入れサボっただろ」
「いや、なかなか起きれんのや……あ、そうだ!! フレキの家に住めば毎朝起こしてもらえるんとちゃう? あ、一緒のベッドならなおさら……」
「はいはい。それなら師匠のところに行きなよ」
「あん、なんかフレキが強うなったわぁ~」

 最初の頃は、こんな冗談でもドキドキしたが、さすがになれた。
 エンジュがフレキを男性として好いているというのは間違いない。同様にマカミもだが……フレキとしては、薬師として一人前になりたいという想いのが強かった。まぁ鈍感だった。
 薬院に入り、さっそく掃除を始める。この掃除はフレキの最初の仕事であった。

「エンジュ、窓ふきね」
「はいよー」

 モップ片手に床を磨き、テーブルを拭き、本棚を掃除し、アシュトが来る頃には掃除が終わる。
 見習いとして当然の仕事だとフレキは考えている。師匠に掃除などさせられないとも思っていた。
 アシュトが薬院に来ると、優しい笑顔をしてくれる。

「フレキくん、エンジュ、いつも掃除をありがとう」
「いえ。当然のことです!」
「そうやそうや! また美味しいお菓子くれるん期待してるでー!」
「お前は相変わらずだな……まぁいいけど」

 アシュトは苦笑し、さっそく仕事に取り掛かる。
 
「フレキくん、薬品棚のチェックを。エンジュは医療記録の整理を頼む」
「はい!!」
「ういー」

 几帳面なフレキは薬品棚のチェックを任されている。在庫をチェックし、足りない薬品をリストアップ。現在の備蓄素材を確認し、メモを取ってアシュトに報告する。
 アシュトは、製薬の準備をしていた。

「師匠。アルォエクリームと腹痛薬、火傷軟膏、鼻炎の薬の在庫が少ないです。それと、薬品用の小瓶も在庫が少なくなっています。あとは包帯です。昨日、クジャタの電撃を浴びたドワーフさんに殆ど使っちゃいました」
「うん。包帯の交換は明日だから、今日中にいっぱい作ろうか。あとは何を優先して作ればいいと思う?」
「えーっと……あ、火傷軟膏!!」
「正解。雷を浴びたドワーフは全身に軽い火傷を負っている。雷は高熱で直接炎に触れるより危険なんだ。普通は死ぬけどドワーフは火傷ですんじゃうところがすごいけどね……」
「なるほど。覚えておきます! 雷は火傷を引き起こす……」

 フレキはメモを取る。
 アシュトの知識は深くて広い。以前に来たエルフのシャヘルも同様だが、いくら勉強をしても追いつける気がしない。少なくとも、フレキはそう考えている。
 
「じゃあフレキくん、火傷軟膏とアルォエクリームの製薬を任せるよ。俺は包帯と腹痛薬を作るから」
「はい。あの、鼻炎の薬は?」
「んー、在庫は少ないけどまだあるから大丈夫。それに、昨日渡した鼻炎の薬は七日分あるから、追加があるのは最低でも七日後。新規の鼻炎患者さんが来ても対応できるよ」
「え……あ、あの、鼻炎の薬を渡した患者さん、全員覚えてるんですか?」
「ん、まぁね。村の住人にどんな薬を渡したのかは、一応覚えてるんだ。医療記録も書かないといけないしね」
「…………」

 さすがのフレキも、その日、誰にどんな薬を渡したのかは全て把握していない。
 医療記録はそのためにあるし、どんな薬をいつ渡したかを見れるから覚えておく必要はない。住人の医療記録は全て保管してあるし、名前や種族ごとに分けたのは他でもないフレキだ。
 だが、アシュトは全てを覚えていた。
 謙虚で優しいアシュトは自慢したり誇ったりしない。それが普通で当たり前なのだ。
 やはり、フレキの師匠はすごい。

「師匠……やっぱりすごいです!!」
「え? ああ、あはは」

 褒められるのに慣れていないアシュトは、曖昧に笑う。
 
「よし。仕事にかかろうか」
「はい!!」

 薬を造りながら質問し、学び、メモを取る。
 住人が日々増えているため、怪我人や病人は毎日来る。
 初めて見る症状も少なくはない。そのたびにアシュトが対応し、フレキは後ろで学ぶ。こうした経験を積み、立派な薬師としての一歩を踏み出すのだ。
 もちろん、フレキだけではない。

「村長、これは縫った方がええで」
「やっぱりそうか……エンジュ、任せていいか? 勉強させてくれ」
「ええよ。フレキもよーく見とき」

 建設中に落下した悪魔族の男性だ。落下時に釘に引っ掛けたらしく出血している。
 押さえ、薬を塗って包帯を巻くだけでは足りない。エンジュが魔獣の体毛から作った縫合糸を用い、縫合手技を行うことになった。
 アシュトもまた、学んでいる。フレキはアシュトの横顔を見て、自分と同じということに気が付いた。

「なるほど……等間隔に縫うのがこんなに美しいなんて」
「さすがエンジュですね……ダークエルフの医療技はすごい」
「そ、そんなに褒めるなや!!」
「あいだだだっ!?」

 褒められて有頂天になったエンジュが、悪魔族男性の腕に針を突き刺した。

 ◇◇◇◇◇◇

 夜になり、仕事が終わった。
 後片付けを終え、簡単に掃除をする。

「よし、今日もお疲れ様。二人とも、明日もよろしくな」
「はい!!」
「ういーっす。じゃあウチ、ハイエルフたちの飲み会あるんで帰るわー」

 エンジュは嬉しそうに帰った。どうやらこれから浴場で飲み会があるらしい。
 フレキも挨拶し、薬院を後にした。
 家に帰ると、アセナが夕飯の支度を終えたところだった。

「おかえりなさい。兄さん、夕飯できましたよ」
「ただいま。すぐに手を洗ってくるよ」

 今日は肉野菜炒めとスープカレーだ。
 人狼族のコメと一緒に食べるスープカレーは絶品で、人狼族の村でも大ブームだ。
 
「アセナ、今日は何をしたんだい?」
「今日はお裁縫を。ミュディさんのところでライラとお仕事をしました。ふふ、このエプロンの刺繍、わたしがやったんですよ?」
「へぇ……うまいじゃないか」
「えへへ」
「食事が終わったらお風呂に行こう。明日も仕事だし、ゆっくり疲れを取らないとね」
「はい。兄さん」

 フレキの薬師修行は、まだまだ続く。
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