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日常編㉑

第622話、雨のレイン=ブラック

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 喧嘩をして、シオンとルミナは仲良くなった。
 仲良くなった……というか、なんというか。シオンに『母性』のようなものが出てきた。ルミナを甘やかしたり、一緒に風呂入ったり、一緒に寝たり……距離が近い。
 ルミナも、普通に受け入れてるし。いきなりの変化にちょっと戸惑う。
 何気なくディミトリに相談してみると。

「黒猫族は孤独な種族です。ですが、ごくまれに別個体同士で行動を共にすることもあるようです。その際、年上の黒猫族に母性のようなものが現れる、と聞きました」
「今回のケース、そのままだな」
「ええ。互いに認め合うことで、親愛が生まれたのでしょう。やはり同族というわけですな」

 つまり、シオンはルミナの母親みたいになったわけか。
 シオンもまだ十六歳。母性が出るには早い……種族特有の現象かな?
 ま、猛獣みたいに喧嘩するよりはいい。
 
「それはそれとして、アシュト様。最近の支店はどうですか?」
「繁盛してるよ。村で一番のカーフィー専門店だ」
「それはそれは。フフフ……嬉しいですな」

 ディミトリはカーフィーを啜る。
 ちなみに、今いる場所は俺の屋敷の裏庭だ。最初はルミナもいたんだけど、ディミトリが現れるなりどこかに行ってしまった。
 俺もカーフィーを飲む……うん、うまい。この苦みがたまらん。

「アシュト様。実は希少なカーフィー豆を手に入れまして。セントウ酒十本でどうです?」
「十本かぁ……」

 セントウの木。その気になれば数を大量に増やせるけど、セントウ酒の価値が下がるから、現状は一本のままなんだよね。やっぱり、最初に村でできたお酒は大事にしたい。
 でも、俺の個人ストックに十本くらいはある。

「───……よし、買った!!」
「ありがとうございます!!」

 揉み手をするディミトリ。
 希少なカーフィー……どんな味なんだろう?

 ◇◇◇◇◇◇

 ディミトリから高級カーフィーをもらい、セントウ酒を納品した。
 そして、俺の手には高級カーフィーの入っている筒がある。
 
「さすが高級カーフィー、入れ物も高そうだ」

 木製で、動植物の彫り物がされた筒だ。
 そこに、『レイン=ブラック』と書かれている。
 豆は綺麗な白。焙煎すると黒くなるのが特徴なんだが、この豆は焙煎しても白いらしい。
 このままでも食べれそうなお菓子にも見える。だが、香りは立派なカーフィーだ。
 
「……ん?」

 筒の中に、注意書きがあった。
 広げてみると、『レイン=ブラック』の産地や生産者の悪魔族、こだわりなどが書いてある。
 そして、気になる一文が。

「……このカーフィーは、『雨の日に』淹れて飲むと深みが増します、か」

 まさか、天候指定とは。
 アイスで飲むのがウマイとか、砂糖を入れないで飲めとかの指定はあったけど、天候は初めてかも。
 チラッと外を見ると、太陽が燦々と輝いていた。
 俺は部屋を出て、リビングで読書しているエルミナの元へ。

「おーいエルミナ、ちょっといいか?」
「ん、なーに?」
「あのさ、雨っていつ振る?」
「雨?」

 エルミナは窓を開け、ふわりと風を浴びて人差し指を立てる。
 それから数秒、眼を閉じ……開けた。

「二日後に大雨ね。そういや、メージュたちが農園のブドウにカバーかけてたわ」
「ブドウは雨に弱いからなあ」
「そーね。で……なんで雨?」
「いや、カーフィー」
「……?」
 
 俺はエルミナに説明すると、「なーんだカーフィーかぁ」と興味を失った。
 エルミナはカーフィーが嫌い、シェリーはやや苦手、ミュディは砂糖とミルクを入れればなんとか、クララベルは苦いから嫌いと、うちではあまり好まれない。
 ココロやシルメリアさんも苦手だし、子供たちは呑めないし……やっぱり、あいつしかいない。
 俺は、屋敷の図書室で読書をしているローレライの元へ。

「……あら、アシュト? どうしたの」

 図書室。ここには、俺やローレライが集めた本が大量にある。
 村の蔵書とは違う、完全に趣味の本だ。
 俺はビッグバロッグ王国から持って来た医学書や植物図鑑、薬学の本など。ローレライはジャンル問わず大量の本が並んでいる。数は二千冊くらいかな……ローレライの本が七割くらいを占めているけど。
 ローレライは、カーフィーを飲みながら読書をしていた。
 髪をまとめ、眼鏡をかけているのがとても知的に見える。騎士のゴーヴァンも、気配を殺して部屋の隅に控えていた。
 さっそく、レイン=ブラックの説明をすると、ローレライは喜んだ。

「雨の日に飲むカーフィーなんて、とても素敵。ぜひ飲んでみたいわね」
「じゃあ決まり。せっかくだし、雨を感じながら飲みたいな。屋敷の庭にある東屋で飲もうか」
「ええ、じゃあ楽しみにしてる。あ……ねぇ、二人きりもいいけど、お友達を呼んでいい?」
「友達? いいけど……」

 ローレライの友達か……誰だろう?

 ◇◇◇◇◇

 二日後、エルミナの言った通り、大雨だった。
 早朝は滝のようなあ雨だったが、お昼を過ぎた頃には多少落ち着いた。今日は一日ずっと降っているらしい。
 さっそく庭の東屋へ。

「どうも、アシュト村長」
「にゃあー」
「って、リザベル。あとミュアちゃんも……?」

 リザベルだった。
 ローレライはすでに座っている。ミュアちゃんはリザベルの隣にいた。
 まさか、友達って。

「さ、アシュト村長座ってください。せっかくの雨、今なら最高の『レイン=ブラック』が飲めますよ」
「お、おお。まさか、お前が淹れるのか?」
「ええ。かわいい助手と一緒に」
「にゃうう」

 ミュアちゃん、いつの間に助手に。
 ローレライの隣に座ると、ミュアちゃんがカーフィー豆を挽く道具を出す。
 レイン=ブラックの缶を開け、リザベルは匂いを嗅ぐ。

「ん……素晴らしいですね」
「にゃあ、ミル」
「はい、ありがとうございます。お湯の用意を」
「にゃああー」

 二人の息はピッタリだ。
 リザベルがミルで豆を砕き、ミュアちゃんがリザベルの用意した魔導具でお湯を沸かす。
 すると、リザベルはミルで豆を砕きながら言う。

「雨の水分が豆に馴染み、香りとコクがさらに深まっていくのがわかりますね」
「そ、そうなのか?」
「確かに……いい香り。豆の状態時よりも、いい香り」
「さすがローレライ様。違いのわかる女、ですね」
「お前は何を言ってんだ……?」

 お湯が沸き、ミュアちゃんはカップを温める。
 リザベルは、豆を挽く手を止める。温めたカップにフィルターをセットし、豆を投入。
 そして、ゆっくり静かにお湯を入れ始めた。

「「おぉぉ……」」

 思わず、ローレライと声が揃ってしまう。
 雨の音、湿気がカーフィーに混ざり合い、豊潤なカーフィーの香りが俺の鼻を刺激するぅ……嗅いだらわかる。美味いやつやん!!
 リザベルはお湯を注ぎ終え、ミュアちゃんに向かって頷く。
 ミュアちゃんも頷き、カップを俺とローレライの元へ置いた。

「さ、どうぞ」
「あ、ああ……な、なんか緊張してきた」
「わ、私も……」

 ローレライと顔を合わせ、カップを持ち上げる。
 そして、一口……───ぅわぁ、すっごぉ。

「……うまい」
「おいしい……」
「これ、本当に雨のおかげだってわかる。すごい……」
「今まで飲んだカーフィーで、一番の味……」

 と、ミュアちゃんがお茶請けを出す。真っ黒いチコレートケーキだ。
 フォークで切り分け、ケーキを食べる……うわ、見た目真っ黒なケーキなのにすっごく甘い。
 カーフィーを飲むと、口の中の甘さがカーフィーの苦さと合わさり、なんとも言えない味。

「おいしい……もう、それしか出てこないわね」
「ああ、うまい」

 すると、いつの間にか自分の分を注いだリザベル、ミュアちゃんが座る。
 ミュアちゃんのは砂糖とミルクがいっぱいで、リザベルのはブラックだ。
 ミュアちゃんは、ケーキをもぐもぐ食べ始める。

「にゃうう、おいしいー」
「ふぅ……久しぶりに飲みましたが、やはりレイン=ブラックは絶品ですね」
「……そういえば、二人はいつの間に仲良くなったんだ?」
「にゃあ。カーフィーをお店に買いに行ったら、リザベルがおやつくれるの」
「なるほどな」

 『ディミトリの館』は、最初こそ総合用品店だったけど、今はカーフィー専門店になっている。村で飲まれるカーフィーの全てが、あの店で買ってるやつだ。
 ミュアちゃんもよくお使いに行くし、仲良くなったんだろう。
 ま、俺も三日に一度は買いにいくけどな。最初は苦くて飲めたもんじゃないカーフィーだけど、今はカーフィーないと落ち着かないんだよな。

「リザベル、おかわり頼んでいいか?」
「ええ、もちろん」
「待って。今度は私が淹れてみるわ。ふふ、面白そう」
「いいね。じゃ、ローレライの分は俺が淹れるよ」
「にゃあ、わたしもやりたいー」
「ふっふっふ。私を超える味は出せないと断言しましょう」

 雨のカーフィータイム。たまには、こんな雨の日も悪くないね。
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