手乗りドラゴンと行く異世界ゆるり旅  落ちこぼれ公爵令息ともふもふ竜の絆の物語

さとう

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第三章 地歴の国アールマティ

六滅竜『地』のヘレイア②

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 へレイアは、研究所に戻り、四体の魔獣を培養液ポッドに入れて観察していた。
 ポッドの数は五……四つに魔獣、一つには裸の少女が入れられていた。
 へレイアはニヤリと笑う。

渾沌コントン窮奇キュウキ檮杌トウコツ饕餮トウテツ……」

 四つの培養液には、アールマティ王国を騒がせた『四凶』の魔獣が浮かんでいる。
 全て仮死状態で生きている。身体中に鎖が巻き付いた状態で、四体とも極限まで弱っていた。
 そして、最後の一つ……培養液に浸された一人の少女。
 まだ十歳ほどで、髪が腰まで伸び、両手と両足の爪が数十センチも伸びた状態だ。まるで、生まれてから一度も、爪も髪も切ったことがないような姿である。
 
「私の可愛い、アナヒタちゃん……むふふ」

 へレイアは、培養ポッドを手でさする。
 すると、壁にある『眼』がゆっくり開き、ミドガルズオルムが言う。

『……そんなにその子が可愛いんかの?』
「当然。私の可愛い娘だからねぇ」
『やれやれ……まさか、自らの『命』を培養し、全く新しい『命』を作り出すとは。へレイア……お前は人間だが、人間を越えている。お前が死んだ後、間違いなく神はお前を許さないじゃろうて』
「どうでもいいよ。人間なんて肉の塊だ。魂なんて不確かなモノ、私は信じてないし」

 へレイアはどうでもいいのか、培養ポッドを撫でながら笑う。
 すると、ミドガルズオルムは大きなため息を吐き、目を閉じる。
 そして……もう一度目を開くと、目からポロリと小さな塊が落ちた。

「ん、なにこれ?」
『儂の命の一部を結晶化させた物。まあ、『ドラゴンスフィア』と名付けようか……その結晶じゃ。儂の血よりもドラゴンの『濃度』が高いモノじゃ。実験をするなら、それを使え』
「え、なにそれ? ミドガルズオルム……あなた、急にどうしたの?」
『……愚かな人間に力を与えると、どういう結果になるか見たいだけじゃ。ああ、それと……ドラゴンスフィアは命の結晶。使えば、お前の寿命が二十年減ると思え』
「ふーん。面白いじゃん」

 へレイアは迷わず、ドラゴンスフィアを手に取った。
 
「じゃ、使わせてもらうよ。んふふ……いよいよ、人の力でドラゴンを作る時が来たぞー!!」
『……やれやれ』

 どのような結果になろうと、人間は愚かだ。
 ミドガルズオルムはそう結論付け、大きな欠伸をして目を閉じた。

 ◇◇◇◇◇

 へレイアが培養ポッドに魔力を流すと、四体の『四凶』がポッド内で高速回転し、身体がゴキゴキとねじれていく。
 悲鳴も断末魔もない。四体の魔獣は紐のように細くなると、そのままポッドの中でバラバラになり、培養液に溶けていく。
 そして、培養液の色が変わった。赤青黄緑の四色へと変化する。

「培養完了。じゃ、アナヒタちゃんのポッドへ移動!!」

 アナヒタ……へレイアの『クローン』である少女の培養液に、四色の培養液が混ざりあう。
 すると、培養液の色が真っ黒に変わり、アナヒタの姿が見えなくなった。
 そして……へレイアは、ドラゴンスフィアを手でポンポン投げ、培養ポッドの中に入れる。

「ドラゴンスフィア注入……さあ、どうなるかな?」

 培養液の色が白く変わり、どんどん少なくなっていく。
 まるで、アナヒタが培養液を吸収しているのか、アナヒタの髪色が金色に変わり、身体がゴキゴキと伸びていく。
 十歳ほどの身体が、十六歳ほどに成長……髪がさらに伸び、爪も伸びた。
 へレイアは、子供のように笑みを浮かべ、実験の結果を眺めている。

「どうかなどうかな? でもでも~……おかしいなあ。なんで『人』の姿のままなんだろ? 素体は私だけど、似ても似つかない容姿になっちゃうし……私としては、もっと魔獣の形に変異すると思ってたんだけど~」

 へレイアは、興味を失ったように言う。

「失敗かぁ。ま、いいデータは取れたかな」

 そう言い、ポッドにある『廃棄』のスイッチを押した。
 すると、ポッド内が高熱になり、アナヒタの身体が真っ黒く炭化し……最後にはボロボロの炭となり、砕け散った。
 そして、ポッドの底が開くと、そのまま地下にあるゴミ処理場へと廃棄される。

「ま、失敗は付き物だし、次に活かせばいっか」

 へレイアは、すでにアナヒタのことを忘れ、新たな『アナヒタ』を作るべく実験を始めるのだった。

 ◇◇◇◇◇

 消し炭になった『アナヒタ』は、炭となった欠片がジワジワ動き、小さな塊となっていた。

『…………』

 生きていた。
 四凶の生命力、そしてミドガルズオルムの『ドラゴンスフィア』と、六滅竜へレイアの生命力。それらが混ざりあい、たとえ消し炭になり自我が消えても、『それ』は動いていた。
 
『…………』

 アナヒタが捨てられた『ゴミ処理場』は、へレイアが捨てた『失敗作』が無数に廃棄されていた。
 焼却処分が主な処理の方法で、消し炭になった物もあれば、そのままの状態で廃棄され腐った肉もある。
 へレイアは、それらを取り込み、少しずつ進化を始めた。

『…………』

 ゴミ処理場がある地下は、定期的に『鉄砲水』により全てが流れるようになっている。
 理由は不明だが、定期的に地下水が勢いよく流れ、全てを近くの運河に押し流してしまうのだ。
 へレイアは、その仕組みに目を付け、ゴミ処理場を地下に設置。捨てた失敗作が溜まらないよう、鉄砲水で押し出すような仕組みを完成させた。
 そして……鉄砲水が全てを押し流し、アナヒタはゴミ処理場から一気に押し流された。

『…………』

 道中、何度も岩にぶつかり、鉄砲水に混ざった魚などの『命』を喰らい、廃棄された死骸の全てを吸収し……アールマティ王国で最も広大な運河、『光雅紗運河こうがしゃうんが』に押し流された。

『…………ァ』

 ゲル状になったアナヒタは全てを吸収……自分が覚えている『形』へ、無理やり変わる。
 ヒト、『アナヒタ』だった形。
 生命を吸収したことで、ドラゴンスフィアが活性化する。
 四凶の生命力が、失った身体を再構成する。
 覚えているのは、『アナヒタ』だった自分の姿。

『ワ、タシ……』

 『少女だった何か』がゆらりと立ち上がる。
 形は『アナヒタ』だった。でも、中身が絶望的に違った。
 肌には張りやツヤがある。だが、その瞳は世界を映しつつも、なんの情報も与えてこない。
 アナヒタは、自分の名前すら知らない。
 一歩、歩を進めると……泥の感触が脳を刺激する。
 そして、足に何かが当たった。

『…………』

 それは、捨てられたゴミだった。
 店の看板、廃材、錆びた鉄……『光雅紗運河こうがしゃうんが』に流れ着くゴミ。
 中にはボロきれや、よくわからない濡れた本などがあった。
 アナヒタは、落ちていた本、看板、文字の羅列がある布などを目で追った。

『タ、ろ、マ……て、ぃ』

 読めたのは、この文字。
 文字を読んだことで、アナヒタの脳が刺激される。
 ドラゴンスフィアが活性化し、急激に脳が『知識』を求める。
 そして、アナヒタは最初に読んだ文字を、もう一度見た。
 自分の口を動かし、人の声で。

「タロー……マティ」

 アナヒタは決めた。
 この時、自分を定義した。

「タローマティ」

 もう、アナヒタではない。
 この瞬間、四凶を、へレイアを、ドラゴンスフィアを吸収した新たな生命体。
 魔龍タローマティ……へレイアが望み、廃棄した『人が作り出したドラゴン』が、アールマティ王国に現れた。
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