召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう

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第八章

対極

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 アルフェンは、右目を押さえながら目の前にいる「少女」を見た。
 黒い髪の自分に対し、少女は純白のロングヘアだった。
 赤い目の自分に対し、少女は空のように青い目だった。
 右手が巨大化している自分に対し、少女は左腕が巨大化していた。
 漆黒の表皮に血管のような赤いラインが入った禍々しい右腕の自分に対し、純白の表皮に青いラインが入った神々しい左腕を少女は持っていた。
 男の自分に対し、相手は女の子だった。

「…………」
「ふふっ、なーんか似てるよね?」

 アルフェンは右目を押さえていた手を外す。
 右目の自分、左目の少女。その【目】だけは同じだった。
 少女ことニュクス・アースガルズは、アルフェンを見てにっこり笑う。

「ねぇ、キミの名前教えて? ジャガーノートの少年♪」
「…………」
「あれれ、無視? ……寂しいなぁ。ちょっとくらい会話を楽しもうよ」
「……アルフェン・リグヴェータ」
「アルフェンね。じゃあ、あたしのことはニュクスでいいよ。っと……おお?」

 のんきにアルフェンと喋っていたニュクスは、ダモクレス、リリーシャ、ヴィーナスに包囲された。さらに、騎士たちが剣を抜き、残りの英雄たちも恐ろしい空気を纏い始める。
 すると、ガブリエルが前に出て言う。

「ニュクス・アースガルズ」
「ん? ……あれれ、きみって確かガブリエルだっけ? そんな可愛かったっけ?」
「あなたも、ずいぶんと若々しくなりました。年老いた姿だったのに……」
「ん、作り直しただけ。もちろん、中身は全く変わってないよ」
「そうですか。ところで……ここがどこかわかっているのですか?」
「知ってる。故郷だよね……うん、いい匂い。故郷の香りだ……ごめん、パンの匂いするね。キッチン近いの? お腹減ってきた」

 ニュクスは、あははと笑いながら頭を掻く。
 緊張感がなかった。だが、誰一人油断していない。
 雰囲気だけでわかった。目の前にいるニュクス・アースガルズは本物だ。
 ダモクレスは、拳を握り締める。

「言っておくが、姿形を変えようと容赦せんぞ。今度こそ完全消滅させちゃる!!」

 ダモクレスは、隻腕ということを忘れそうなくらい力強い。
 すると、アルフェンの近くにいたウィルは、『ヘッズマン』をニュクスに突き付けながら言う。

「……妙だ」
「え……」
「あの自信だ。見ての通り、魔帝にとってここは敵地もいいところだ。英雄たちが勢揃い、完全包囲されて逃げ場がない……なんだ、あの余裕は」

 ニュクスは、完全に囲まれているのにけらけら笑っていた。
 姿形を見れば、その辺にいる女の子と変わらない。
 逃げ場なんてないこの状況。どうするのか。
 すると、動くに動けずにいた国王が口を開く。

「魔帝ニュクス・アースガルズ。あなたの望みはなんだ?」
「お? あんたが王様かぁ。あたしの望みは単純明快! この世界を召喚獣のものにするために、人間たちには滅んでもらいたいのよ」
「……それは無理だ。人間を絶滅させるわけにはいかない」
「だよねー? だから、戦うしかないじゃん」
「そうだな。だが、あえて言おう。この状況、あなたはもう詰んでいる」
「んー……」

 二十一人の英雄、S級の、全員がB級クラスの兵士たち。
 ニュクスはにっこり笑って言った。

「いやー、詰んでるのはキミたちだよん?」
「なに───……っづぅ!?」

 ニュクスの左目が輝いた瞬間、この場にいるアルフェンを除いた全員が真っ蒼になり跪ずく。
 
「なっ……おいウィル!? フェニア、サフィー、アネル……おい!?」
「っぐ、あ……」
「あ、ぅ……」
「ぅ……こ、これは」

 王も、サンバルトもメルも、二十一人の英雄たちも、S級たちも、壁際にいる兵士たちも、全員が真っ蒼な状態で胸を押さえ、ガチガチ震えていた。
 アルフェンだけが、無事だった。
 ニュクスは、アルフェンを見て言う。

「アルフェン、お勉強の時間です!」
「お前、みんなに何しやがった!?」
「せっかちさんだなぁ。話を聞いて。まず、あたしとキミの目に宿ってる『第三の瞳マクスウェル』の能力はなんでしょうか?」
「何? ……能力って、経絡糸や生気の流れを見たり、召喚獣の世界に干渉する能力……」
「はずれ。まぁ間違っていないよ。でも、それはあくまで付属品……真の能力は『生気干渉』なの。つまり、この眼はね、この世界と召喚獣の世界にある生気を自在に操れる。ほら、見てごらん?」
「……ッ!?」

 アルフェンは、右目でウィルを見た。
 全身に回っている経絡糸。さらに、薄ぼんやりとした生気が体内を循環している。
 だが、妙だった。

「……なんだこれ。生気の流れが……遅い?」
「そ。ここにいる人たちの生気の流れをいじってみました~♪ 生気は血と同じ、体内を巡っている大事な物。その流れを滅茶苦茶にしたら……どうなると思う?」
「……お前」
「今は生気の流れを乱しただけ。生気の流れを完全に止めちゃったり、逆流させてみたらどうなると思う……? ふふ、もうわかったでしょ? 生きている限り・・・・・・・あたしには勝てない・・・・・・・・・。昔はこの目を使うと肉体への負担がヤバヤバだったのよ。でも、作り替えたこの身体ならそう負担は感じない」

 アルフェンは右手をニュクスへ向けた。

「今すぐ、みんなを戻せ!!」
「そう。あたしと戦えるのは、同じ目を持つキミだけ。ふふふ、遊んであげる♪」

 アルフェンは右手を握り、叫ぶ。

「奪え───『ジャガーノート』!!」
「献上せよ───『ドレッドノート』」

 禍々しき右腕と、神々しき左腕が巨大化する。
 誰一人動けない中。アルフェンとニュクスの戦いが始まった。

 ◇◇◇◇◇◇

 アルフェン対ニュクスの戦いが始まろうとした瞬間、今まで黙っていた魔人がキレた。

「テメェェェェェェ!? て、テメェェェェェェ? おいお前、我が主に……て、てて、テメェだと!? ここ、こここのががががガキィィィィィィィィーーーーーーッ!?」
「ベルゼブブ。おすわり」
「はっ」

 ベルゼブブは壁際に移動して座った。
 ニュクスは「あはは」と笑う。

「ごめんね。あの子、忠誠心すっごく高くてさー」
「『獣の一撃ジャガーブレイク』!!」

 だが、そんなことに構うアルフェンではない。
 右手を握り、『硬化』を付与、ニュクスに向かって思いきり伸ばす。
 拳は恐ろしい速度で伸び、ニュクスを叩き潰し、さらに『硬化』で存在そのものを固め停止させようとする。
 ニュクスは、アルフェンの拳を避けなかった。
 左手を巨大化させ、五指を広げる。

「えいっ♪」
「なっ───」

 アルフェンの右手は、ニュクスの左手にあっさり止められた。
 さらに───付与した『硬化』が消えた。再び硬化を纏わせても、すぐに霧散する。
 ニュクスは、アルフェンの右手を握り潰そうと力を込める。アルフェンは五指を無理やり開くと、ニュクスの左手とがっちり握り合うような体勢になった。

「お、力比べ?」
「こ、のっ……っがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!」

 アルフェンは歯を剥き出し、全力でニュクスの手を握りつぶそうとした。
 さらに、腕を伸縮させ引き寄せる。原理はわからないが『硬化』が効かない。なら、直接生身を殴れば何か変わるかもしれない───そう考えての行動だった、が。
 
「おーえす、おーえす♪」
「ッ!?」

 ニュクスは、ピクリとも動かなかった。
 ケラケラ笑い、楽しそうにアルフェンの手を握っている。
 そして、ゆっくり、ゆっくりと腕を引き戻していく。

「なっ、噓だろっ!?───っこ、この!!」

 逆に、アルフェンが少しずつ引かれていく。
 足を踏ん張りっても駄目だった。ずるずる、ずるずると引かれて行く。

「うふふ。パワーはあたしのが上だね」
「っぐ……このっ!!」

 アルフェンは一瞬だけ握る力をゆるめ、思いきり手を引いた。
 すると、手がすっぽ抜ける。ようやくニュクスと離れた。
 アルフェンは一瞬だけ視線を外す。右手を伸ばし、壁際に並んでいる黄金の燭台を掴んで硬化。そのままニュクスに向かって投擲する。

「おっと危ない」

 ニュクスは半歩だけずれて燭台を躱した。だが、アルフェンの狙いは違う。
 燭台を投げると同時に足に力を込め走る。アネルほど速くはないが、それでも寄生型の身体能力からのダッシュは人間をはるかに上回る。
 一瞬でニュクスの懐まで潜り込み、右手を突き出した。

「おらっ!!」
「ほっ、あぶなっ!?」
「だりゃぁぁぁぁ!!」

 一撃目が躱された。だが、アルフェンは止まらない。
 ダモクレスから習った格闘術を総動員し、ニュクスを徹底的に追い詰める。
 だが、アルフェンの拳、蹴りは全て躱された。
 
「ふふ、スピードもあたしが上かな?」
「───ちっ」

 アルフェンは右の五指を開き、ニュクスに向かって薙ぐ。
 近距離からの薙ぎを難なく躱したニュクスだが、アルフェンは嗤う。

「『停止世界パンドラ』!!」

 薙いだ空間が停止する。
 ニュクスは面白そうに笑う。そして、薙いだ空間に左手を添えた───次の瞬間。

「えっ……」
「はい、消えた」

 『停止世界パンドラ』の硬化が消えた。
 間違いなく、完璧に消え失せた。
 アルフェンは動揺を見せず、ニュクスと距離を取って構える。

「消えちゃった……なーんて考えてる?」
「…………」
「ふふ。ジャガーノートが『王の力』を持っているように、ドレッドノートも『女王の力』を持っているのさ」
「女王……」
「そ。召喚獣の世界には『王』と『女王』が存在する。あたしが初めて召喚したジャガーノート、そして二番目に召喚したドレッドノート」

 ニュクスはアルフェンの右手を指さす。

「召喚獣の王ジャガーノート。彼は、あらゆる召喚獣の能力を完全に消去する『終焉世界アーカーシャ』を持っている。対して召喚獣の女王ドレッドノートの持つ能力『我儘な法律ローズハート』の一つに、『能力の無効化』があるの」
「能力の……無効化?」
「うん。ジャガーノートは能力そのものを消しちゃう。でも、ドレッドノートは能力の効果を消す」

 つまり、硬化だけじゃなく召喚獣の能力はニュクスに通用しない。
 アルフェンはごくりと唾を飲み込む。

「昔はけっこう制約あって使いにくい力だったのよねぇ~……でも、作りなおしたこの身体なら、この眼を合わせてけっこう無茶できるの。ふふ、いいでしょ?」
「…………」

 アルフェンは、歯を食いしばって首を振る。
 気合を入れ、再び走り出して跳躍。五指を開き、右手を巨大化させる。
 そして、上空から思いきり叩き付けるように振り下ろした。
 
「能力が通用しないならブッ叩けばいい!! 『獣の大地爆砕インパルス・ディザイア』!!」
「その通り。でも……忘れてない?」

 上空から迫る右手に、ニュクスは言う。
 そして、左手を構え───嗤った。
 
「あたし、受けだけの女じゃなくてよん♪ 『ジャガーブレイク・・・・・・・・』」
「───っ!?」

 巨大化した拳がアルフェンの右手を弾き飛ばし、そのままアルフェンに突き刺さる。
 アルフェンは巨大な拳に押され、壁に叩き付けられた。

「が、っはぁ!?」
「うんうん。イイ技だね、まぁ叫んでるだけでただのパンチだけど……気合入る名前だわぁ」
「あ、がっ……」

 ニュクスは、ため息を吐く。

「もうちょっと頑張ってよ。あたし、久しぶりの運動でテンション上がってきたんだし……う~ん、キミにもっとやる気を出してもらうには?……あ、いいこと考えた」

 ギョロリと、ニュクスの左目が光る。
 最初に目を付けられたのは、苦し気に呻く一人の兵士だった。
 ニュクスが兵士を軽く見ると、兵士はガタガタ震え、口から血の泡を吐きだし、耳、鼻、眼と、身体中の穴という穴から血を垂れ流した。

「なっ……お、おま、なに、を……」
「生気は血と一緒に体内を循環してるの。つまり、生気の流れを操れば、あんな風にグロイ死に方もできちゃうの……ふふ、次は誰にしよっかなぁ?」
「お、お前ッ!!」

 アルフェンはボロボロの状態で立ちあがる。
 だが、ニュクスが軽く小突くとすぐに倒れてしまった。

「はいはい。もっと頑張って! じゃあ次は───ああ、あっちにいる女の子にしよっか」
「───!?」

 ニュクスが見ていたのは、フェニアだった。
 フェニアの顔色がどんどん悪くなっていく。
 口から一筋の血が流れた瞬間、アルフェンはフェニアの呻きを聞いた。
 
「く、けっふ……あ」
「フェニア───」

 ゾワリと、アルフェンの中にどす黒い何かが芽生えた。
 それは、黒い力となってアルフェンを覆いつくし、嗤っていたニュクスの顔が驚きに染まった。

「テメェェェェェェーーーーーーッ!!」
「っ!? わおっ───すっご」

 完全侵食化したアルフェンの拳が、ニュクスの身体に突き刺さる。
 ニュクスは吹き飛ばされ、恐ろしい速度で壁に激突。
 硬化が付与された壁は破壊されることなく、ニュクスは衝撃をモロに受けた。

「っがっは!? げっほ、げっほ……あはは、うそでしょ? 打ち消せなかった……いったぁぁ~」

 そして、ジャガーノートの右目が赤と黄金に輝いた瞬間。この場にいた全員の息苦しさが解消された。
 ニュクスは「わぁお」と呟く。

「すっごぉ……あたしの『第三の瞳マクスウェル』を打ち破っちゃった」
「うおぉぉぉぉァァァァァァ!!」
「あっぶなぁ!?「主ィィィィィィィィ!!」

 ジャガーノートの拳がニュクスに突き刺さる瞬間、ベルゼブブがニュクスを抱いて回避する。
 ベルゼブブは、ボロボロになったニュクスに言う。

「主、ああ……お怪我を」
「大丈夫大丈夫。服はボロボロだけど怪我はないって」
「……おお、素晴らしい」

 ニュクスはベルゼブブから離れ、手をパンパンと叩いた。

「じゃ、今日は挨拶だけだからここまでね」

 ようやく動けるようになったのか、ダモクレスたちが蒼白な顔で立ちあがる。
 S級たちも、召喚獣こそ呼べないが立ち上がり、ニュクスを睨んでいた。
 アルフェンは、ジャガーノートを解除……正直、立っているので精一杯だった。
 ニュクスは、この場にいる全員に言う。

「さてさて。百日後、あたしはこの国を滅ぼします。大国アースガルズを落として、世界から人を一掃する第一歩とする。ふふふ、せいぜいあがいてごらん」
「なっ……」
「アルフェン。確信したよ、あたしと戦えるのはキミだけ……百日後、また会おうね」

 ニュクスは左手を背後に突き出すと、空間に亀裂が入る。
 亀裂が広がり、人が潜れるくらいの大きさになった。
 疲労で誰も動けず、声も出なかった。ただ見送るしかない。
 すると、ニュクスは思いついたように振り返り、軽い足取りでアルフェンの元へ。

「わたし、キミがすっごく気に入っちゃった……ふふっ」
「な───む!?」

 ニュクスは、アルフェンの口に唇を重ねた。
 アルフェンは動けなかった。口がそっと離れると、ニュクスはアルフェンの口に人差し指を当てて微笑む。

「ばいばーい♪」

 そう言って、手を振って去って行った。
 亀裂が閉じた後に残ったのは、静寂。
 そして、ほんのり冷たい、ニュクスの唇の味だった。
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