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魔界貴族公爵クリスベノワの『討滅城』⑨/愛の矢

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 新たな力、大罪権能『色欲』による『野伏形態レンジャーフォーム』へ変わったロイは、かつて行った狩りを思い出す。

 それは、貴重な高級肉『白銀兎シルバーラビット』を狩った時のこと。
 噂では、十年に一度しか繁殖せず、非常に憶病で警戒心が強いため、人前に現れることはここ数百年なかったという、伝説の兎肉。
 そのシルバーラビットが、ティラユール家の裏山に現れた。
 存在を知っていたロイは歓喜し、約二キロ離れた場所から狙撃しようと弓を構えたが、弓を構えた瞬間、シルバーラビットがロイの方を向き、逃げようとした。
 シルバーラビットは、二キロ離れたロイの弓に、気付きかけた。
 慌てて弓を下ろし、全力で気配を消した。
 シルバーラビットの警戒は解け、葉っぱをむしゃむしゃ食べ始めた。
 遠距離では気付かれる。なら、あえて接近する。
 ロイは、羽虫よりも薄い気配で接近する。それでも、シルバーラビットの警戒は鋭く、ようやく一キロ接近した時には最大級の警戒をしていた。
 もっと、自然に同化せねば。
 もっと、もっと……ロイは、気配を殺し過ぎて自分が死ぬレベルまで呼吸数を、心音を、体温を殺して接近。半径二百メートルまで近づき、ようやく弓を構えることができた。
 そして───……仕留めた。

(あの時と同じ)

 体温が低くなり、ステルス効果に加え、心音も、呼吸音も消えかける。
 命すら危うい状況。
 だが、ロイは気配を消す。

「───ん? んん?」

 クリスベノワは、急に険しい顔になった。
 ロイが消えたことに、驚いていた。

「諦めるかァァァァァッ!!」

 サリオスを完全に無視。
 ロイを探そうと周囲を探るが……いない。
 
「何なのだ、奴は」
「うおぉぉっ!!」
「ええい、喧しい!!」
「ブガぁっ!?」

 軽く押され、サリオスは吹き飛び、壁に叩き付けられた。
 壁に亀裂が入るほどの威力。だがクリスベノワはサリオスなど視界に入っていない。いつ、どこで
、どのタイミングで心臓を狙われるかわからなくなった今、狙うべきは七聖剣士ではなく、『八咫烏』になった瞬間であった。
 遊びはもう終わり。クリスベノワは、本気で『狩る』ために動き出す。

「どうやら、遊びの時間は終わりのようです。きみたちには悪いが───……これにて終幕!!」

 クリスベノワは、収納から『剣』を取り出す。
 それは、かつてベルーガが持っていた『魔剣』と同じだ。
 魔力を吸収する効果のある『魔剣エーテルイーター』という、『忘却の魔王』ササライが持たせた武器であった。
 ベルーガから得たデータで、強化改修した魔剣をエレノアに突き付ける。

「『制限』───……『この場で、剣を振るうことは不許可』、『この場で魔法を使うことは不許可』、『聖剣の能力を行使するのは不許可』」
「「「ッッ!!」」」

 こうしてエレノアたちは、この場に三人だけしかいることができず、炎を無効化され、氷を無効化され、光を無効化され、剣を振るうことができず、魔法を使うことができず、能力も使えなくなった。
 七つの制限により、ただ聖剣を持つことしかできない。
 エレノアたちを、確実に葬るためだけの制限が、牙を剥く。

「くっ……剣が、重いっ!!」

 どうにもならない状況。
 クリスベノワは、エレノアの前にゆっくり歩いてくる。

「まずは、きみからだ。せめてもの慈悲───……苦しまぬよう、一刀両断にしてやろう」
「ぐ、こ、この……ッ!!」

 ギリギリと歯を食いしばるが、剣が重い。
 このままでは両断される。死ぬ。
 クリスベノワが剣を振りかぶり、エレノアに向けて振り下ろした───……次の瞬間。

『守れ!!』
「ッ!!」
「───何ぃっ!?」

 エレノアの身体が軽くなり、聖剣が持ち上がった。
 聞こえてきたのは、八咫烏……ロイの声。
 
『やれ!!』
「ッッ!! 『灼炎楼しゃくえんろう十二神将じゅうにしんしょう』!!」

 一瞬でバーナーブレードを展開、驚愕するクリスベノワの身体に、十二の斬撃を叩き込む。
 そして、ユノも動いた。
 両手にあるのはチャクラム。そのリングは、しっかりと凍り付いている。
 ダメージよりも、『制限』が無効化されている事実がクリスベノワには信じられなかった。

「『氷華蓮ひょうかれん石楠花シャクナゲ』!!」

 接近し、両手に持ったチャクラムで踊るように斬りつける。
 傷口が凍り、クリスベノワの顔が歪む。
 そして、真横。
 双剣を構えたサリオスが、魔力操作で身体強化をしながら突っ込んできた。
 クリスベノワが眼を見開くが、もう遅い。

「高速連刃!! 『シャイニング・スラッシャー』ァァァァァッ!!」
「ぬぅゥゥゥゥゥッ!!」

 魔剣で防御するが、いくつか深く斬り込まれた。
 致命傷ではないが、油断した。
 魔族の『核』が無事なら、身体はいくらでも再生する。だが……ダンジョンの『核』と融合したこと、『制限』により膨大な魔力を消費したことで、クリスベノワの再生力が相当なレベルで落ちていることに、クリスベノワはたった今気づいた。
 そもそも、何が起きたのか?
 魔力を探るが、『制限』が解除されたわけでもない。
 
「まさか───……」

 もう、可能性は一つしかない。
 八咫烏。奴が、何かを仕掛けたのだ。

 ◇◇◇◇◇◇

(───……ある意味、助かったな)

 ロイは、玉座の裏に座り込んで動けなかった。
 胸を押さえ、胸の内を這いまわるような悪寒に耐えていた。

『どうだ? 『色欲』の力───……愛の力は』
(二度と使いたくない……って言ったら?)
『ククク、それはそれで』

 ロイは、短弓を見る。
 つい先ほどクリスベノワに向けて放った『矢』の効果……それを、恐ろしく感じた。

 大罪権能『色欲ラスト』の力。それは───……《愛》。
 
「『全てを君に捧げたいクレイジー・エレジー』の矢……これを喰らったら、対象の能力全てを、俺が受けることになる……とんでもない狂った力だ」

 つまり、クリスベノワの能力による効果は、全てロイが肩代わりする。
 仮に今、クリスベノワが自分を回復させる能力を使ってもロイが回復する。逆に、クリスベノワが自分を殺そうとする能力や魔法を使っても、ロイが死ぬ。
 愛により、自分の全てをロイに捧げる。『色欲ラスト』の力は愛。
 今、『制限』の全てをロイが肩代わりしている。今のロイは聖剣を振ることも、魔法を使うことも、能力を行使することもできない状態だ。空間内にあるクリスベノワの能力全てが、ロイに向いている。
 おかげで、エレノアたちが『制限』から解放された。

『色欲は愛の力。ククク、他にも面白いことができるが……お前がどう悪用しようが、我輩は何も言わん』
「…………」

 愛の力。
 愛の力は偉大、なんて聞いたことがある。
 もしかしたら、ロイが思い描くことなら何でもできるかもしれない。
 だが、弱点もある。

「狙撃向きじゃない。少なくとも、百メートル以内に近づかないとな」
『……十分だろうが』

 さらに、『色欲』の矢はダメージを受けない。クリスベノワに刺さった矢は、痛みもなくクリスベノワに吸収されていた。
 クリスベノワは、エレノアたちを拘束しようと魔法を放つ───……が、魔法自体は発動したが、エレノアたちが拘束されることはなかった。

「───ッぐ!?」

 代わりに、ロイの身体が動かなくなった。
 肩代わり。
 エレノアたちを守るにはうってつけの力だが、ロイにはかなり厳しかった。
 自らの意志で解除も可能だが、もう少し。

「おのれぇぇぇぇぇ!! 何が起こっている!? くそ、八咫烏の仕業だな!?」
「いける!! 殿下、ユノ、一気に攻める!!」
「ああ!!」
「うん!!」

 サリオスは長槍を、ユノは鞭剣形態に。
 エレノアは『熱線砲』形態に変形させ、火力を溜め始めた。
 エレノアが何をするのか察した二人は、互いに頷き合いクリスベノワに接近する。

「輝け、『ルミナス・ブレイク』!!」
「舞え、『氷華蓮ひょうかれん八重霞ヤエガスミ』!!」

 槍の連続突き、鞭剣による連続斬りを魔剣で辛うじて受け流すクリスベノワだが。

「これで、終わりぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ぬぅゥゥゥゥゥッ!!」 
 
 炎聖剣から放たれた熱線が、クリスベノワの魔剣と正面から衝突する。
 クリスベノワは歯を食いしばる。
 油断。いや……自分に不備はなかった。
 八咫烏による、得体の知れない攻撃で乱され、そこを素人同然のガキ三人に付け込まれた。そして今、敗北寸前まで追い込まれている。
 始めから『制限』などかけず、ただ殺すだけでよかった。
 パレットアイズのために『遊んだ』ことで、追い込まれた。

「く、そ、ガァァァァァァッッッ!!」
「ッッ!! ま、だ、ま、だぁぁぁぁぁぁっ!!」

 すると、エレノアの背中を、剣を放り投げたユノとサリオスが支える。
 熱線を魔剣で防御するクリスベノワは、耐えていた。 
 この力に耐え、一気に接近して首を狩る。
 今は、耐える。人間のが耐久力、体力ともに低いので問題ない───……はず、なのだが。

「───ッ、っがぁ!?」

 胸に衝撃。
 下を見ると、鏃が見えた。
 鏃に刺さっているのは、クリスベノワの心臓から飛び出した『核』……自分と、ダンジョンの核だった。

「なっ……」

 クリスベノワの身体が、青く燃え始める。
 後ろを首だけ振り返ってみると……八咫烏が、右手の短矢を向けていた。

「三分経過───……俺の、俺たちの勝ちだ」
「ぬ、ぁ、っが……く、そ、ガァァァァァァ!! この、クリスベノワが、パレットアイズ様の側近が……あぁぁ、パレットアイズ様ァァァァァッ───……ッッ!!」

 クリスベノワが完全に燃え尽き、消滅した。
 エレノアの熱線も消え、残ったのは……粉々に砕け散り、消滅した魔剣の残滓だった。

「……か、った」

 サリオスがポツリと言うと、三人はその場に崩れ落ちた。
 こうして、魔界貴族公爵クリスベノワは討伐された。
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