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涙が奏でる哀歌・嘆きの魔王トリステッツァ⑪/今、開かれる
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トリステッツァは、今目の前で何が起きたのか、理解できなかった。
八咫烏は言った。『魔王聖域』展開、と。
それは、デスゲイズも同じだった。
想定外にもほどがある。八咫烏が───ロイが、何をしたのか。
ロイは両手を合わせ、少しだけずらして『印』を結ぶ。
展開されるのは、ロイを中心に半径百メートルもない、大地に純白のラインが走り、淡く発光する世界。
「さぁ───一分以内に、ケリを付けようか!!」
ロイが両手を広げた瞬間、光が半円形のドームとなり、トリステッツァの『聖域』から隔離された空間となる……そして、ついに叫んだ。
『ば……馬鹿な!?』
トリステッツァだ。
これが現実だった。
魔族の、魔王にしか展開できない『魔王聖域』を、人間の八咫烏が展開した。
『これ、は……な、なんの、冗談だ!?』
ロイの中で、デスゲイズが困惑したように叫ぶ。
意味が理解できない。何をどうすれば、ロイが『魔王聖域』を展開できるのか。
「エレノア!! ユノ!! ロセ先輩!! スヴァルト先輩!! サリオス!!」
「「「「「───!!」」」」」
五人の身体が淡い光に包まれた瞬間、負傷が全快した。
失った腕が生え、破れた服も戻り、意識が覚醒する。
「な、なに、これ……!? うそ、とんでもない力が湧いてくる!!」
エレノアが立ち上がり、八咫烏を見た。
「やれ、エレノア!! 俺を信じろ!!」
「ええ───……疑ったことなんて、ないけどね!!」
『───ぬっ!?』
光に包まれたエレノアは、バーナーブレードを手にトリステッツァに接近。
「えっ」
『は!?』
エレノアが消えた瞬間、トリステッツァの目の前にいた。
互いに唖然とする。
どう見ても、エレノアの身体能力が爆増していた。
『な、なんだこの違和感は───……か、身体が、重い!?』
「よくわかんないけど!! 『灼炎楼・九重』!!」
九連続斬り。
トリステッツァが防御するが、その防御があっさり弾かれた。
『何ぃ!?』
「噓ぉ!?」
エレノアは驚愕していた。
追撃で、さらに剣を振るうが、トリステッツァは避けることができず、バーナーブレードで焼かれ、斬り刻まれた。
『わ、我の動きが……に、鈍い!? か、身体が、動かん!!』
「マジで? よぉぉぉっし!! みんな、やっちゃおう!!」
「ああ!! じゃあオレだぁぁァァァァァ!!」
光に包まれたサリオスの連続斬りが、トリステッツァを刻んで吹き飛ばす。
吹き飛んだ方向には、ロセがいた。
「じゃあ次は、私かなぁ!!」
ブンブンブンと、独楽のように大戦斧を手に回転するロセ。
普段の数倍近い回転速度。ロセはそのままトリステッツァに突っ込んでいく。
『この……ッ!!』
「『地帝スパイラルアタック』!!」
『ぐ、ぉぉぉぉぉっっ!?』
回転に巻き込まれ、トリステッツァはズタズタに引き裂かれ地面を転がった。
そして、転がった先には、鋸剣を構えニヤニヤ笑うスヴァルトがいた。
「いらっしゃぁぁ~い……」
『ぬ、っぐ……!?』
ギャイィィィィィィィン!! と、鋸剣が回転する。
そのまま、トリステッツァの頭に鋸剣を突き刺し、刃を回転させた。
『ぐ、ッギャァァァァァァァ!?』
「ひゃぁぁっはっはっはっははぁぁぁ!! なんか知らんが気分いいぜぇ!? テメーがクソ弱く見えやがる!! なぁなぁ!! 楽しいなぁオイ!!」
『ぐがぁ!?』
そのまま、トリステッツァを蹴り飛ばす。
ただの蹴りが、恐るべき一撃となりトリステッツァを吹き飛ばした。
その先に立つのは、ユノ。
「わたし……今、すっごく力が湧いてくる」
チャクラムを両手に構え、ユノは静かに舞う。
そして、飛んできたトリステッツァに向け、舞うように連撃を叩き込んだ。
「『氷華連撃』!!」
『っぎぃ、ッやァァァァァァ!?』
連撃が凍り付き、トリステッツァの身体が砕ける。
トリステッツァは地面を何度も転がり、ロイの前で止まった。
震える身体を起こすと、八咫烏が……口から吐血した瞬間だった。
『ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……』
『き、貴様……く、ハハハハハっ!! やはり負担が大きいようだな。人間が『魔王聖域』を展開するだと!? ふざけおって……その命、ここで刈り取ってくれるわ!!』
『っぐ……』
八咫烏は、弓を構えるが、手が震えていた。
トリステッツァの全身から魔力がみなぎる。
『理解したぞ……この聖域の能力!! この聖域、我の力を削り、聖剣士の力を底上げする聖域だな!?』
『ご名答……ぅ、っぐ』
八咫烏は、胸を押さえていた。
そして、ネタばらしをする。
『これが俺の『魔王聖域』……『聖剣覇王七天虚空星殿』だ』
ピキピキと、仮面に亀裂が入っていく。
もう間もなく、一分が経過しようとしていた。
◇◇◇◇◇◇
『聖剣覇王七天虚空星殿』
ロイが作り出した『魔王聖域』で、その能力は『聖剣士の能力値を七倍に上げ、聖剣士へ敵意を向ける者の能力値が七割減、聖剣士への攻撃が七割減になり、聖剣士の攻撃力が七倍になる』という、聖剣士の敵にとって恐るべき聖域だ。
なぜ、ロイが発動できたか?
かつてデスゲイズは、パレットアイズとの戦いで『聖域』と展開した。
ロイとデスゲイズの心は繋がっており、デスゲイズが展開した『聖域』の術式が、ロイの中で残滓となり、違和感となって残っていたのだ。
その違和感を形にし、ロイなりに作り替え展開。
それが、ロイの『聖剣覇王七天虚空星殿』。
デスゲイズが答えに辿り着いた時、驚愕しかなかった。
『……恐ろしい、なんて言葉で済ませられん』
デスゲイズは、魂が震えた。
『勝てる……ロイなら、魔王に勝てる!!』
◇◇◇◇◇◇
ロイの聖域も無敵ではない。
聖域の維持には莫大な魔力が必要であり、さらに聖域を展開するための術式は人間に使えるような物ではない。全身の血管内に小さな棘付きの鉄球を入れ、血流に乗って転がるような激痛をロイは感じていた。
長くても一分が限界。
そして、展開中は全ての権能が使用不可。
基本形態である『狩人形態』のまま、何の力も籠っていない矢を、ロイは番えて射る。
弱体化したトリステッツァだが、この程度ではダメージはない。
『貴様を殺し、この聖域を解除すれば終わりだ!!』
『かもな。でも───……俺は、一人じゃない!!』
ロイは、八咫烏は叫んだ。
『頼む、エレノアァァァァァァ───ッ!!』
◇◇◇◇◇◇
エレノアは走った。
ロイが戦っている。
トリステッツァの弱体化はロイの仕業。
今、ロイがやられれば負ける。
それだけじゃない。ロイが死んでしまう。
「死なせない」
スヴァルトよりも、ロセよりも、サリオスよりも、ユノよりも。
誰よりも早く、エレノアは走った。
『頼む、エレノアァァァァァァ───ッ!!』
八咫烏が叫ぶ。
ロイが叫ぶ。
エレノアに助けを求めるんじゃない。共に戦う仲間としての叫びだ。
エレノアは、笑った。
「任せて───……」
炎聖剣が燃える。
これまでにないくらい、真っ赤に燃えて輝く。
「あたしが、斬る!! あたしが……あたしの剣が、魔王を断つ!!」
エレノアは、ロングソード形態の炎聖剣フェニキアを抜いた。
◇◇◇◇◇◇
「───……あれ? え!?」
剣を抜いた瞬間、エレノアは真っ白な空間に立っていた。
意味が解らず左右を見渡すと、何もない。
「な、なに、ここ……え、魔王は?」
『───……』
そして、エレノアのすぐ近くに……誰かが、立っていた。
それは、女性だった。
真っ白な髪、頭に生えた二本のツノ、柔らかな微笑をたたえ、エレノアに言う。
『誰かを想う気持ちは尊いわ。エレノア……あなたは資格を得た』
「え……」
『でも、ちょっとだけ早い……十秒だけ、力をあげる』
「……あなたは」
『ふふ。愛してるわエレノア……がんばってね』
女性は淡く微笑み、エレノアに向かって手を振った。
◇◇◇◇◇◇
炎聖剣フェニキアが輝いた瞬間、エレノアは理解した。
そして、剣を構え、叫ぶ。
「『鎧身』!!」
エレノアの全身が炎に包まれた。
そして、炎が消え、現れたのは───……エレノアの全身を覆う『全身鎧』。
肌の露出が一切ない、真紅の、鋭角な女性用全身鎧に身を包んだエレノアの姿だった。
『な……そ、その姿!?』
トリステッツァが驚愕する。
トリステッツァだけではない。サリオスたちも唖然とする。
「『炎聖剣鎧フェニキア・ブレイズハート』!! 七聖剣最終形態の力、喰らいなさい!!」
『お、の、れぇぇぇぇぇぇっ!!』
トリステッツァはロイではなく、エレノアに向かって走り出す。
大鎌を構えて振り、エレノアも形状変化し装飾が変わった炎聖剣フェニキアに炎を纏わせる。
『死ねァァァァァァ───!!』
「炎聖剣奥義!! 『灼炎楼・神素戔嗚尊』!!」
大鎌と炎聖剣が真正面から衝突。
青い魔力と、真っ赤な炎がぶつかり合う。
『ぬ、ぉぉぉぉぉっっ!!』
「だぁぁァァァァァりゃぁぁァァァァァァッ!!」
だが───エレノアが、押していた。
そして、トリステッツァの大鎌が砕け散り、炎聖剣がトリステッツァを両断。
トリステッツァの心臓部分から青い炎の塊が現れ───青い宝石が落下した。
『ば、かな……』
トリステッツァが、人の姿に戻る。
そして、青い炎に全身が包まれていた。
魔族としての死が……目の前にあった。
「死ぬ、のか」
「……ええ」
エレノアの鎧が解け、元に戻る。
逃げず、トリステッツァと向き合った。
「ああ……我は、死ぬのだな。どうしてだろう……涙が、出ない」
「気付いたけど……あんたさ、誰かのためだけにしか泣けないのよ。自分のために流す涙はないの?」
「…………」
トリステッツァは、空を見上げる。
聖域が解け、青空が広がり……トリステッツァを照らした。
「眩しいな……ああ、おかしなことだが……我は、泣いて死ぬより、笑顔で死ぬ方がいいと、思ってしまった……」
そう呟き、トリステッツァは笑って消滅した。
こうして、『嘆きの魔王』トリステッツァは、討伐された。
八咫烏は言った。『魔王聖域』展開、と。
それは、デスゲイズも同じだった。
想定外にもほどがある。八咫烏が───ロイが、何をしたのか。
ロイは両手を合わせ、少しだけずらして『印』を結ぶ。
展開されるのは、ロイを中心に半径百メートルもない、大地に純白のラインが走り、淡く発光する世界。
「さぁ───一分以内に、ケリを付けようか!!」
ロイが両手を広げた瞬間、光が半円形のドームとなり、トリステッツァの『聖域』から隔離された空間となる……そして、ついに叫んだ。
『ば……馬鹿な!?』
トリステッツァだ。
これが現実だった。
魔族の、魔王にしか展開できない『魔王聖域』を、人間の八咫烏が展開した。
『これ、は……な、なんの、冗談だ!?』
ロイの中で、デスゲイズが困惑したように叫ぶ。
意味が理解できない。何をどうすれば、ロイが『魔王聖域』を展開できるのか。
「エレノア!! ユノ!! ロセ先輩!! スヴァルト先輩!! サリオス!!」
「「「「「───!!」」」」」
五人の身体が淡い光に包まれた瞬間、負傷が全快した。
失った腕が生え、破れた服も戻り、意識が覚醒する。
「な、なに、これ……!? うそ、とんでもない力が湧いてくる!!」
エレノアが立ち上がり、八咫烏を見た。
「やれ、エレノア!! 俺を信じろ!!」
「ええ───……疑ったことなんて、ないけどね!!」
『───ぬっ!?』
光に包まれたエレノアは、バーナーブレードを手にトリステッツァに接近。
「えっ」
『は!?』
エレノアが消えた瞬間、トリステッツァの目の前にいた。
互いに唖然とする。
どう見ても、エレノアの身体能力が爆増していた。
『な、なんだこの違和感は───……か、身体が、重い!?』
「よくわかんないけど!! 『灼炎楼・九重』!!」
九連続斬り。
トリステッツァが防御するが、その防御があっさり弾かれた。
『何ぃ!?』
「噓ぉ!?」
エレノアは驚愕していた。
追撃で、さらに剣を振るうが、トリステッツァは避けることができず、バーナーブレードで焼かれ、斬り刻まれた。
『わ、我の動きが……に、鈍い!? か、身体が、動かん!!』
「マジで? よぉぉぉっし!! みんな、やっちゃおう!!」
「ああ!! じゃあオレだぁぁァァァァァ!!」
光に包まれたサリオスの連続斬りが、トリステッツァを刻んで吹き飛ばす。
吹き飛んだ方向には、ロセがいた。
「じゃあ次は、私かなぁ!!」
ブンブンブンと、独楽のように大戦斧を手に回転するロセ。
普段の数倍近い回転速度。ロセはそのままトリステッツァに突っ込んでいく。
『この……ッ!!』
「『地帝スパイラルアタック』!!」
『ぐ、ぉぉぉぉぉっっ!?』
回転に巻き込まれ、トリステッツァはズタズタに引き裂かれ地面を転がった。
そして、転がった先には、鋸剣を構えニヤニヤ笑うスヴァルトがいた。
「いらっしゃぁぁ~い……」
『ぬ、っぐ……!?』
ギャイィィィィィィィン!! と、鋸剣が回転する。
そのまま、トリステッツァの頭に鋸剣を突き刺し、刃を回転させた。
『ぐ、ッギャァァァァァァァ!?』
「ひゃぁぁっはっはっはっははぁぁぁ!! なんか知らんが気分いいぜぇ!? テメーがクソ弱く見えやがる!! なぁなぁ!! 楽しいなぁオイ!!」
『ぐがぁ!?』
そのまま、トリステッツァを蹴り飛ばす。
ただの蹴りが、恐るべき一撃となりトリステッツァを吹き飛ばした。
その先に立つのは、ユノ。
「わたし……今、すっごく力が湧いてくる」
チャクラムを両手に構え、ユノは静かに舞う。
そして、飛んできたトリステッツァに向け、舞うように連撃を叩き込んだ。
「『氷華連撃』!!」
『っぎぃ、ッやァァァァァァ!?』
連撃が凍り付き、トリステッツァの身体が砕ける。
トリステッツァは地面を何度も転がり、ロイの前で止まった。
震える身体を起こすと、八咫烏が……口から吐血した瞬間だった。
『ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……』
『き、貴様……く、ハハハハハっ!! やはり負担が大きいようだな。人間が『魔王聖域』を展開するだと!? ふざけおって……その命、ここで刈り取ってくれるわ!!』
『っぐ……』
八咫烏は、弓を構えるが、手が震えていた。
トリステッツァの全身から魔力がみなぎる。
『理解したぞ……この聖域の能力!! この聖域、我の力を削り、聖剣士の力を底上げする聖域だな!?』
『ご名答……ぅ、っぐ』
八咫烏は、胸を押さえていた。
そして、ネタばらしをする。
『これが俺の『魔王聖域』……『聖剣覇王七天虚空星殿』だ』
ピキピキと、仮面に亀裂が入っていく。
もう間もなく、一分が経過しようとしていた。
◇◇◇◇◇◇
『聖剣覇王七天虚空星殿』
ロイが作り出した『魔王聖域』で、その能力は『聖剣士の能力値を七倍に上げ、聖剣士へ敵意を向ける者の能力値が七割減、聖剣士への攻撃が七割減になり、聖剣士の攻撃力が七倍になる』という、聖剣士の敵にとって恐るべき聖域だ。
なぜ、ロイが発動できたか?
かつてデスゲイズは、パレットアイズとの戦いで『聖域』と展開した。
ロイとデスゲイズの心は繋がっており、デスゲイズが展開した『聖域』の術式が、ロイの中で残滓となり、違和感となって残っていたのだ。
その違和感を形にし、ロイなりに作り替え展開。
それが、ロイの『聖剣覇王七天虚空星殿』。
デスゲイズが答えに辿り着いた時、驚愕しかなかった。
『……恐ろしい、なんて言葉で済ませられん』
デスゲイズは、魂が震えた。
『勝てる……ロイなら、魔王に勝てる!!』
◇◇◇◇◇◇
ロイの聖域も無敵ではない。
聖域の維持には莫大な魔力が必要であり、さらに聖域を展開するための術式は人間に使えるような物ではない。全身の血管内に小さな棘付きの鉄球を入れ、血流に乗って転がるような激痛をロイは感じていた。
長くても一分が限界。
そして、展開中は全ての権能が使用不可。
基本形態である『狩人形態』のまま、何の力も籠っていない矢を、ロイは番えて射る。
弱体化したトリステッツァだが、この程度ではダメージはない。
『貴様を殺し、この聖域を解除すれば終わりだ!!』
『かもな。でも───……俺は、一人じゃない!!』
ロイは、八咫烏は叫んだ。
『頼む、エレノアァァァァァァ───ッ!!』
◇◇◇◇◇◇
エレノアは走った。
ロイが戦っている。
トリステッツァの弱体化はロイの仕業。
今、ロイがやられれば負ける。
それだけじゃない。ロイが死んでしまう。
「死なせない」
スヴァルトよりも、ロセよりも、サリオスよりも、ユノよりも。
誰よりも早く、エレノアは走った。
『頼む、エレノアァァァァァァ───ッ!!』
八咫烏が叫ぶ。
ロイが叫ぶ。
エレノアに助けを求めるんじゃない。共に戦う仲間としての叫びだ。
エレノアは、笑った。
「任せて───……」
炎聖剣が燃える。
これまでにないくらい、真っ赤に燃えて輝く。
「あたしが、斬る!! あたしが……あたしの剣が、魔王を断つ!!」
エレノアは、ロングソード形態の炎聖剣フェニキアを抜いた。
◇◇◇◇◇◇
「───……あれ? え!?」
剣を抜いた瞬間、エレノアは真っ白な空間に立っていた。
意味が解らず左右を見渡すと、何もない。
「な、なに、ここ……え、魔王は?」
『───……』
そして、エレノアのすぐ近くに……誰かが、立っていた。
それは、女性だった。
真っ白な髪、頭に生えた二本のツノ、柔らかな微笑をたたえ、エレノアに言う。
『誰かを想う気持ちは尊いわ。エレノア……あなたは資格を得た』
「え……」
『でも、ちょっとだけ早い……十秒だけ、力をあげる』
「……あなたは」
『ふふ。愛してるわエレノア……がんばってね』
女性は淡く微笑み、エレノアに向かって手を振った。
◇◇◇◇◇◇
炎聖剣フェニキアが輝いた瞬間、エレノアは理解した。
そして、剣を構え、叫ぶ。
「『鎧身』!!」
エレノアの全身が炎に包まれた。
そして、炎が消え、現れたのは───……エレノアの全身を覆う『全身鎧』。
肌の露出が一切ない、真紅の、鋭角な女性用全身鎧に身を包んだエレノアの姿だった。
『な……そ、その姿!?』
トリステッツァが驚愕する。
トリステッツァだけではない。サリオスたちも唖然とする。
「『炎聖剣鎧フェニキア・ブレイズハート』!! 七聖剣最終形態の力、喰らいなさい!!」
『お、の、れぇぇぇぇぇぇっ!!』
トリステッツァはロイではなく、エレノアに向かって走り出す。
大鎌を構えて振り、エレノアも形状変化し装飾が変わった炎聖剣フェニキアに炎を纏わせる。
『死ねァァァァァァ───!!』
「炎聖剣奥義!! 『灼炎楼・神素戔嗚尊』!!」
大鎌と炎聖剣が真正面から衝突。
青い魔力と、真っ赤な炎がぶつかり合う。
『ぬ、ぉぉぉぉぉっっ!!』
「だぁぁァァァァァりゃぁぁァァァァァァッ!!」
だが───エレノアが、押していた。
そして、トリステッツァの大鎌が砕け散り、炎聖剣がトリステッツァを両断。
トリステッツァの心臓部分から青い炎の塊が現れ───青い宝石が落下した。
『ば、かな……』
トリステッツァが、人の姿に戻る。
そして、青い炎に全身が包まれていた。
魔族としての死が……目の前にあった。
「死ぬ、のか」
「……ええ」
エレノアの鎧が解け、元に戻る。
逃げず、トリステッツァと向き合った。
「ああ……我は、死ぬのだな。どうしてだろう……涙が、出ない」
「気付いたけど……あんたさ、誰かのためだけにしか泣けないのよ。自分のために流す涙はないの?」
「…………」
トリステッツァは、空を見上げる。
聖域が解け、青空が広がり……トリステッツァを照らした。
「眩しいな……ああ、おかしなことだが……我は、泣いて死ぬより、笑顔で死ぬ方がいいと、思ってしまった……」
そう呟き、トリステッツァは笑って消滅した。
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