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 次の週に、また圭介は奈恵にメールを出した。文面は同じものだ。
「ママが居る」
「パパもママも居る」
「ママが居る」
 そんな言葉で、奈恵はただずっと、圭介を拒絶した。
 奈恵の返信が真実のことを言っているのかどうか、それは圭介にも確信が無い。嘘をついて、拒絶するようになったのだろうか。そんなことを、疑った。

 どうして、と奈恵は思う。
 毎週木曜日くらいに、定期便のように圭介から週末の予定を尋ねるメールが届く。
 それでも断ると、圭介はそれ以上の強制はしない。断りのメールへの返信も無い。だからといって、電話を掛けてくることも無い。
 圭介に返信した内容は、すべて本当のことだ。
 その日は期末試験の前だった。夜にメールが来た。
  暖房を止めていた部屋で吐いた溜息が白い。指先が凍えるように冷たくなっていた。
 この土曜は、父も母も朝から夜まで留守になる。
 十月に圭介と会ったときから数えれば、両親揃っての不在は二ヶ月ぶりになる。
(嫌、怖い……)
 二ヶ月の間、断り続けた。
 もしかして、圭介が怒っているのではないかと奈恵は怯えている。

 週明けからはテストだ。むしろ、それを理由に断っても良いのではないか。
 もし父も母も居ると嘘を言って、母と仲のよい伯母の口から嘘が露見したとしたら、その後の圭介がどれほど怒るかわからない。
 赤の他人だったらそうして嘘を吐いて遠ざけてしまっても良い。だが、奈恵と圭介はいとこだ。親戚関係の慶弔時には、ほとんど確実に顔を合せることになる。切るに切れない血縁がある。一日を避ける事が出来ても、いずれは会う。
 送信、とボタンを押した。
 手が震える。ひどい後悔に襲われている。

 圭介は入浴した後に、奈恵の返信を見た。
「土曜日は朝から夜の七時くらいまで誰もいない」
 久々の答えだ。しばらくその画面をじっと見つめる。笑いだしたくなるような気持ちで、携帯を上に放り投げて受け取った。
(さて……)
 と圭介は土曜日に出かけることの言い訳を考えた。

 この二ヶ月ほどは、奈恵が断わってきていたために、病院でのリハビリや、医師にもようやく許可された範囲でのランニングなどに精を出してきた。まだ本格的な練習などには加われないが、平日にはグランドの片隅で、リハビリがてらのトレーニングに努めている。
 激しい運動は止められているものの、日常生活には支障がないほどには、脚も回復している。二ヶ月前の事を思うと、我ながらよく奈恵のところまで行ったと思わざるを得ない。
 わずかな時間だった。だが、良かった。
 慌ただしかったために、楽しんだような気はしない。ただ鬱屈を放出しただけだったかもしれない。

 朝から居ないと言う奈恵の返事を、圭介は朝から来て良いと読んだ。
「何時から?」
 と返信した。
「ママは八時に出かける。パパはもっと早い」
 奈恵のメールには絵文字も付いていない。可愛い物が好きであろう年頃だと思うのだが、色合いのない文字だけで返事が来る。用は足りるから構わないのだが(素っ気ないな)とは思う。だが圭介自身も文字だけしか送っていないのだから、あいこであろう。
「九時ごろ行く」
 それで、メールのやり取りは終わりになった。

 家には部活に行くと伝え、部には親戚の用事があると言った。少なくとも後者は、完全な嘘ではない。奈恵はいとこで親戚には違いない。
 私鉄の電車に揺られてながら、親戚の用か、と笑いそうになって口元を押さえた。

 奈恵は母親を見送ってから、シャワーを浴びている。髪を濡らさないようにして身体だけ洗う。ボディシャンプーが良い香りだった。
 浴室から出て、バスタオルで肌を拭う。シャワーに温められて薄く血の色が透けていた。脱衣場の洗面台にある大きな鏡を見る。映っている奈恵は、奈恵の目から見ても醜いほうではないと思う。
 可愛い、好きだ、という言葉をかけられた事はあまりない。
 年配の女性からは可愛いと言われる事はある。同じ年頃の男の子からは、言われた記憶があまりない。

 唯一、それを聞いたのは圭介からだった。奈恵を裸にして、その身体に触れながら、戸惑う奈恵をなだめるように彼は言っていた。
 言い訳だ。奈恵は俯いた。圭介が奈恵に優しいのは、その時だけだ。彼が好きなのは奈恵の身体だけだ。圭介が求めているのは奈恵の秘所に彼を入れることだけだ。そんな風に思えてならない。
 二ヶ月前に会った時もそうだ。夏の時もそうだった。
 奈恵の困惑を圭介は知らないような顔をして、ただ奈恵の身体を支配するだけだ。
 気持ちが良いと言いながら。
 触れられてしまえば、いやらしいような声が奈恵の唇から洩れる。呼吸が早くなって、身体も熱くなる。腿の間を、その反応が濡らしていく。奈恵の身体が圭介を迎えようとしているのがわかる。それが、身体には気持ちが良いことなのだと、知ってしまっている。

 それでも、奈恵は怖い。
 いけないことをしている意識があるのに、圭介が入ってくるといっそう身体が熱くなって何もかも解らなくなるくらいになる。
 その感覚が、怖い。
 声をあげて、いやらしく身体を揺さぶって、圭介を迎えている。意識が遠いのに、それを覚えている。思いだすと恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
 奈恵は服を着込んだ。ゴムで束ねた髪を下ろす。肩甲骨の上の方まで髪がある。ずいぶん伸びたようだ。
 もうすぐ圭介が来る。玄関を開けるときには裸ではいられない。
 
 インターホンが鳴った。
 ジャージの上下にウィンドブレーカーを着こんだ圭介が居る。
「よう……」
 カラフルなストライプのマフラーに半ば埋もれるようにして、少しはにかんだような顔を見せていた。
 奈恵は無言で圭介を迎え入れて、施錠した。俯いて唇をかみしめている。
「ねえ、圭ちゃん」
「ん?」
 当たり前のように玄関で靴を脱ぎながら、のん気な声で圭介が返事をした。
 それ以上の言葉を奈恵は継げない。
 小さな声でおじゃましますと言いながら、圭介はすたすたと階段を上がって行く。玄関のたたきの上で、奈恵はそれを眺めた。当然のように圭介は奈恵の部屋に行こうとしている。

「何やってんだ、奈恵? 来いよ」
 戸惑うように圭介を見上げる奈恵を不思議そうに見ている。
 当たり前のように圭介は奈恵に来いと言う。ドアを開けてから、一言も話などしていない。わかってはいる。圭介が奈恵の家に来るのは話をしに来るわけではない。
「……足は?」
「普通の事は普通」
 奈恵、と圭介がもう一度呼んだ。少し苛立ちが混じっていた。

 奈恵の部屋に入ってすぐ、圭介は足元にバッグを投げ出して窓のカーテンを引き、上着を脱ぎ捨てた。
 後に部屋に入ってきた奈恵を引き寄せて唇を重ねる。ニットと保温素材のカットソーの中に手を入れて、胸に触った。
「へぇ……」
 感触が違う。
「お前、ブラ着けたの?」
 何も言わない奈恵の立ったままの身体から服を引き上げて頭から抜いた。白いレースの可愛らしいブラジャーが、ささやかな膨らみを覆っている。それをずり上げて、中の蕾に触れる。
「はぁ……」
「なんかエロくていいな」
 胸の上に下着をわだかまらせたまま、その下の小さなふくらみに圭介は吸いついた。揺らぐ奈恵の背中を支えて、左右のふくらみに交互に吸いつき、舌先で乳首をつつく。
 圭介のしぐさに合わせて奈恵が小刻みな声を上げた。

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