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第六章――学園は燃えているか
第37話 地上の命運を賭けて
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鼻を鳴らして、ニザナキはもう一度両手を振りかざした。
「切り拓け――一角の艫!」
霊素の放射光が針のように鋭い傘状の障壁を描き出す。またしても噴き出してきた暗黒が障壁の一突きに暴かれて拡散していく。
魔法の傘の下に滑り込んだアシュの背後で、巨大なゲル状の闇が弾けた。
「うっわ、あっぶなー!! というかこれ、ねえ、どうするのよアレクサンドラ先輩?」
「……作戦中ですわ。エルダーと呼んでいただけますこと?」
顔を隠せなくなった仮面を捨てながら、アレクサンドラは嘯いた。光の傘を覆う虚無の汚泥を見上げながら、滑らかな眉間にしわを寄せる。
「まったく……ここまで追い込まれると、もう焦りも感じませんわね」
「……すみません」
アレクサンドラは首を振る。長いブルネットが雨に濡れて重苦しい。
「いいえ。力不足は全員の問題ですわ。ケーテ、状況は?」
『さっきの霊素暴走で全員が戦線復帰。でも、保護対象者一名が感染――隠滅対象に切り替わりました。学園施設の被害状況は甚大、封鎖力場も崩壊しています』
口に広がる苦いものをセシュナは噛み殺した。
アレクサンドラは面白くもなさそうに、薄っすらと笑う。
「学園には、突如襲来した嵐龍が寝返りを打ったとでも報告しておけばいいでしょう。敵の状態は?」
『イザベラ・デステとヒルデ・ロタロフィオ――両名が融合し、“結実”。走査齟齬値が危険域を振り切ってます。“女王株”と同等に達するまで、時間はかかりません』
ケーテは冷静に、事実を並べていく。
『それから、“女王株”の走査齟齬値も上昇中。多分、“結実”と共鳴して活性化してるのかも。固定結界の出力が警戒域を突破しそうです』
アレクサンドラの細い息。
「皆さん聞こえまして? どうやら二人目の『女王』が、姉を起こそうとしているみたい」
「……二つの“女王株”が、更に融合する?」
ミロウが問うと。
「もしかすると、わたくし達の文明も終わるのかもしれませんわね。五千年前の古代文明と同様に」
アレクサンドラの答えはほとんど投げ遣りだった。
セシュナは彼女の横顔を見つめて――それが冗談でないことを理解した。
そして決意する。
「……もう一度、やらせてください。アレクサンドラさん。彼女達を元の姿に戻すんです」
視線を光る傘の向こうに浮かぶ暗黒へと戻す。
不意に差した雷光が、その威容を灰色の雲に浮かび上がらせた。
「今度はどうするつもりですの?」
「……さっきの霊素暴走をぶつけるんです。あの二人だけに向けて」
黒い球体を指差して、セシュナは言った。
「……結果はもう出てるのではなくて?」
「みんなの“開花”は回避できたんですよ。イザベラさんとヒルデ会長を救えなかったのは、多分、出力の問題だと思うんです――違う? ニザナキ君」
「だから、君付けやめい言うとるやろ」
不機嫌にぼやくニザナキを、アシュがにやにやと眺めながら。
「何照れてんの。ツンデレ?」
「黙れ埋めんでクマ女。そもそもワイら魔法使いの使う魔法ってのは技術や。こぼれたミルクは戻せても、シチューをミルクには戻せん。さっきみたいな、本質を失ったものを復元するのは単なる奇跡。人間のワザと違う。そもそも同じ現象がもう一度起こせるかも分からんのに、結果まで保証できるかいな」
珍しく弱気な回答に、一言返したのはミロウだった。
「やってみた方が早い」
アレクサンドラが溜息を漏らす。
「地上の命運を懸けるにしては、随分と大雑把な結論のように聞こえますわね」
「……しゃあないやろ。他にもっとエエ方法があったら、幾らでも提案したる」
障壁に火花が散る。限界が近いのだろう。ニザナキの表情も険しくなっていく。
ミロウの黒い瞳が真っ直ぐにセシュナを見た。
「今、ティンクルバニア市を覆ってる嵐の精霊を、起こすから。その霊素を利用して」
「嵐を、精霊に……ミロウさん、そんなこと出来るの?」
「やったことない。でも、やるしかない」
ミロウは断言した。
セシュナは頷くと、その場に立つ四人の顔を見つめる。
「――みんな、いい?」
全員が頷き返してくれた。
「できることをやるしかありませんわね――セシュナさんとミロウさんは防御と集中を! ニザナキさん、アシュさん、時間を稼ぎますわよ!」
「オッケー、まかせといて!」
「結界解いた後はまかせるからな、セシュナ――行くでッ、三、二、一ッ!」
ニザナキが紡いだ光の傘は解け――再び暗黒の海が押し寄せてきた。
セシュナは翳した手の先に意識を集める。
それはそのまま輝きとなり、紋様となり、世界を書き換えていく。
(集中。今までとは違う――ニザナキ君のように。イメージを広げるんだ)
出来上がったのは空間の“境界”――壁を成すのではなく、黒い大海を斬り裂く一筋の光。
「う――おおぉぉぉぉぉっ」
雄叫びながら振り下ろす。
伸びる“境界”が音も無く闇を割り開き、道を創り出す。
暗雲に穿たれた黒い真円へ。
真っ先に駆け出したニザナキとアシュ。
迎え撃つように真円から滑り出してきたのは、巨大な黒い腕。止めどもない勢いで二人を叩き潰そうとする。
「――手伝って、ニザナキ!」
アシュが叫ぶ。ニザナキが応える。
「いったれアシュ! 圧し潰せ、万鈞の鎚っ」
彼が魔法を向けた先は――アシュ。
たちまち結集した霊素が、擬似的な重力となってアシュに覆い被さっていく。足が地中に埋まるほどの負荷でもアシュは不敵に笑い、滝のように襲いかかる闇に手を伸ばした。
「捕まえた、ぞっ」」
巨大な指先にしがみつき――仰け反りながら背後へと投げ放つ。
「どっせぇぇぇぇいっ!!」
擬似重力で倍加されたアシュの体重は、自身の二十倍はあろうかという巨大な腕を見事に引き抜いた。
手首から大地に激突した巨腕が、ぐらりと倒れ――引きずり出されるように、肩が、胸が、首が、頭が――巨躯の全てが、虚空から姿を見せた。
迫る巨影。
セシュナはすかさず跳んだ。ミロウとアレクサンドラを抱えて、影から逃れ――
然る後、轟音。
大聖堂を容易く叩き潰し、校舎を歪ませ、白亜の円塔ですら震わせる衝撃は最早地震だった。
「ようやったっ! クマ女!」
「ふふん。てか、クマクマうるさいよバカナキっ」
二人が引きずりだした黒い巨人は、確かに女性のようだった。“開花”よりも、ずっと形状が明確になっている。腕には甲冑の造形があり、膨らむスカートのようなパーツや、長く黒い髪には幾つかの羽飾りらしき部位もある。
それらは恐らく、彼女達の残滓なのだろう。
巨人――漆黒の”女帝”は、中庭どころか校舎の一部をも潰して大地に横たわっていた。
いつの間にかセシュナの腕をすり抜けたアレクサンドラが、外套から何かを取り出す。
いつもの傘型散弾銃とは違う、もっと短くて太い、銃というよりは砲のような。
「悪く思わないでくださいなッ」
炭酸水のコルクのような少し気の抜ける音を立てて飛び出した大きな弾は、巨人に触れた瞬間――火球となった。ダイナマイトもかくやという爆裂が、左腕の辺りを飲み込む。
巨躯が挙げる悲鳴は凄まじい。毛先までもがびりびりと震えた。
『こちらケーテ、クレイドルを中心に反響力場を展開。さっきの封鎖力場より頑丈だけど、その分内側に反響するから気をつけてね、ミロウ先輩!』
「好都合。精霊を集中させやすい」
念話に頷き、ミロウが印を結んだ。
銀の鳴子は嵐と地響きの中でも澄んだ音を奏でる。
『空疎。天岳。渦の中。見えぬままに』
「切り拓け――一角の艫!」
霊素の放射光が針のように鋭い傘状の障壁を描き出す。またしても噴き出してきた暗黒が障壁の一突きに暴かれて拡散していく。
魔法の傘の下に滑り込んだアシュの背後で、巨大なゲル状の闇が弾けた。
「うっわ、あっぶなー!! というかこれ、ねえ、どうするのよアレクサンドラ先輩?」
「……作戦中ですわ。エルダーと呼んでいただけますこと?」
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口に広がる苦いものをセシュナは噛み殺した。
アレクサンドラは面白くもなさそうに、薄っすらと笑う。
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ケーテは冷静に、事実を並べていく。
『それから、“女王株”の走査齟齬値も上昇中。多分、“結実”と共鳴して活性化してるのかも。固定結界の出力が警戒域を突破しそうです』
アレクサンドラの細い息。
「皆さん聞こえまして? どうやら二人目の『女王』が、姉を起こそうとしているみたい」
「……二つの“女王株”が、更に融合する?」
ミロウが問うと。
「もしかすると、わたくし達の文明も終わるのかもしれませんわね。五千年前の古代文明と同様に」
アレクサンドラの答えはほとんど投げ遣りだった。
セシュナは彼女の横顔を見つめて――それが冗談でないことを理解した。
そして決意する。
「……もう一度、やらせてください。アレクサンドラさん。彼女達を元の姿に戻すんです」
視線を光る傘の向こうに浮かぶ暗黒へと戻す。
不意に差した雷光が、その威容を灰色の雲に浮かび上がらせた。
「今度はどうするつもりですの?」
「……さっきの霊素暴走をぶつけるんです。あの二人だけに向けて」
黒い球体を指差して、セシュナは言った。
「……結果はもう出てるのではなくて?」
「みんなの“開花”は回避できたんですよ。イザベラさんとヒルデ会長を救えなかったのは、多分、出力の問題だと思うんです――違う? ニザナキ君」
「だから、君付けやめい言うとるやろ」
不機嫌にぼやくニザナキを、アシュがにやにやと眺めながら。
「何照れてんの。ツンデレ?」
「黙れ埋めんでクマ女。そもそもワイら魔法使いの使う魔法ってのは技術や。こぼれたミルクは戻せても、シチューをミルクには戻せん。さっきみたいな、本質を失ったものを復元するのは単なる奇跡。人間のワザと違う。そもそも同じ現象がもう一度起こせるかも分からんのに、結果まで保証できるかいな」
珍しく弱気な回答に、一言返したのはミロウだった。
「やってみた方が早い」
アレクサンドラが溜息を漏らす。
「地上の命運を懸けるにしては、随分と大雑把な結論のように聞こえますわね」
「……しゃあないやろ。他にもっとエエ方法があったら、幾らでも提案したる」
障壁に火花が散る。限界が近いのだろう。ニザナキの表情も険しくなっていく。
ミロウの黒い瞳が真っ直ぐにセシュナを見た。
「今、ティンクルバニア市を覆ってる嵐の精霊を、起こすから。その霊素を利用して」
「嵐を、精霊に……ミロウさん、そんなこと出来るの?」
「やったことない。でも、やるしかない」
ミロウは断言した。
セシュナは頷くと、その場に立つ四人の顔を見つめる。
「――みんな、いい?」
全員が頷き返してくれた。
「できることをやるしかありませんわね――セシュナさんとミロウさんは防御と集中を! ニザナキさん、アシュさん、時間を稼ぎますわよ!」
「オッケー、まかせといて!」
「結界解いた後はまかせるからな、セシュナ――行くでッ、三、二、一ッ!」
ニザナキが紡いだ光の傘は解け――再び暗黒の海が押し寄せてきた。
セシュナは翳した手の先に意識を集める。
それはそのまま輝きとなり、紋様となり、世界を書き換えていく。
(集中。今までとは違う――ニザナキ君のように。イメージを広げるんだ)
出来上がったのは空間の“境界”――壁を成すのではなく、黒い大海を斬り裂く一筋の光。
「う――おおぉぉぉぉぉっ」
雄叫びながら振り下ろす。
伸びる“境界”が音も無く闇を割り開き、道を創り出す。
暗雲に穿たれた黒い真円へ。
真っ先に駆け出したニザナキとアシュ。
迎え撃つように真円から滑り出してきたのは、巨大な黒い腕。止めどもない勢いで二人を叩き潰そうとする。
「――手伝って、ニザナキ!」
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「いったれアシュ! 圧し潰せ、万鈞の鎚っ」
彼が魔法を向けた先は――アシュ。
たちまち結集した霊素が、擬似的な重力となってアシュに覆い被さっていく。足が地中に埋まるほどの負荷でもアシュは不敵に笑い、滝のように襲いかかる闇に手を伸ばした。
「捕まえた、ぞっ」」
巨大な指先にしがみつき――仰け反りながら背後へと投げ放つ。
「どっせぇぇぇぇいっ!!」
擬似重力で倍加されたアシュの体重は、自身の二十倍はあろうかという巨大な腕を見事に引き抜いた。
手首から大地に激突した巨腕が、ぐらりと倒れ――引きずり出されるように、肩が、胸が、首が、頭が――巨躯の全てが、虚空から姿を見せた。
迫る巨影。
セシュナはすかさず跳んだ。ミロウとアレクサンドラを抱えて、影から逃れ――
然る後、轟音。
大聖堂を容易く叩き潰し、校舎を歪ませ、白亜の円塔ですら震わせる衝撃は最早地震だった。
「ようやったっ! クマ女!」
「ふふん。てか、クマクマうるさいよバカナキっ」
二人が引きずりだした黒い巨人は、確かに女性のようだった。“開花”よりも、ずっと形状が明確になっている。腕には甲冑の造形があり、膨らむスカートのようなパーツや、長く黒い髪には幾つかの羽飾りらしき部位もある。
それらは恐らく、彼女達の残滓なのだろう。
巨人――漆黒の”女帝”は、中庭どころか校舎の一部をも潰して大地に横たわっていた。
いつの間にかセシュナの腕をすり抜けたアレクサンドラが、外套から何かを取り出す。
いつもの傘型散弾銃とは違う、もっと短くて太い、銃というよりは砲のような。
「悪く思わないでくださいなッ」
炭酸水のコルクのような少し気の抜ける音を立てて飛び出した大きな弾は、巨人に触れた瞬間――火球となった。ダイナマイトもかくやという爆裂が、左腕の辺りを飲み込む。
巨躯が挙げる悲鳴は凄まじい。毛先までもがびりびりと震えた。
『こちらケーテ、クレイドルを中心に反響力場を展開。さっきの封鎖力場より頑丈だけど、その分内側に反響するから気をつけてね、ミロウ先輩!』
「好都合。精霊を集中させやすい」
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追記:2025/09/20
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