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16 不在の間の出来事

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「ゼ、ゼーリエ、どうしてこんなに朝早くに!?」
「はぁ。お嬢様がお帰りにならなかったからです!連絡をしようとは思わなかったのですか?私はとても心配したのですよっ。一体今までどこにいらっしゃったんです!?馬車に乗せてもらえなかったからといって、まさか、その辺の馬小屋で寝たり修道院で一晩中研究なさったりはしてないでしょうね?」
「はははっ。連絡すること自体をすっかり忘れていました・・・・・・」


笑って誤魔化そうとしたシエルにゼーリエは、目をくわっと吊り上げた。心配が怒りに結びついたようで、先程までより熱量が上がっている。
 

(うっ、正論過ぎて何も言い返せないわ)

 
疲れ果てている中、くどくどと説教をされても頭には入ってこない。半分聞き流しながらも、放り出した荷物を手に取り自室へ向かう。ゼーリエは当然ついてくる。


「そうですね、先に片付けましょうか。お嬢様、後で説教とお話がありますからね!時間を見つけて夕方にはお食事をお持ちしながら話すことに致します。それまではお休みくださいませ。旦那様には私から上手く誤魔化しておきましたから大丈夫でしょう」
「・・・・・・そう、ありがとう」


ゼーリエは、帰ってきたらすぐに寝れるように寝室を整えてくれていたようだ。シエルは、荷物を置くと、着替えを始めていく。すぐ後から入ってきたゼーリエは、いつの間にか水差しを持っていて、ベッドの横の小机に置いてくれた。そして、床に置かれた荷物の片付けをさっさと始めている。


「ねぇ、ゼーリエ、ナハルは何か言ってなかった?」
「いいえ、シエルお嬢様については何も仰っていませんでしたよ。ただ、非常に不機嫌なご様子で帰宅されて、少し、荒れていましたわ」
「・・・荒れた?」


ゼーリエは少し荒れたと言っているが、実際はとんでもなく暴れたのだろう。シエルは、ナハルのサバラン様への態度を思い出して苦笑いしてしまう。


(ナハルにとっては初めて思い通りにならなかった経験だろうな。暴れて何をしでかしたんだか)


「えぇ。帰って来て早々にサバラン様との婚約を解消したいと旦那様へ訴え出てました。さらにどこで知り合った方なのかは存じませんが、他国の王族と結婚したいとも」
「ちょっと待って、婚約?!正式に決まって・・・?」
「えぇ、ほとんど決定事項となっておりましたよ。つい2週間程前に顔合わせの場が決まったと伺っております。シエルお嬢様が他の使用人から聞いてる訳がございませんね・・・・・・」
 「えぇ、まあそれはどうでも良いわ。それより、なぜサバラン様との婚約が決まったのか知ってたら教えて」
「旦那様よりもサバラン様の後見人の方が乗り気で決まったそうです。大っぴらにいえることではございませんが、現在、王宮は財政難に陥っているようでして、旦那様からの資金援助が目的だと聞いております。旦那様も、王族との血縁関係を得られる機会は願っても得られないと大層お喜びでした」
「おうぞく?え、さ、サバラン様が?」
「第1王子でございますよ、ご存知ありませんでした?昨日お会いになられたのでしょう」


シエルの顔からさぁーっと血の気が引いていった。思わず、自分自身の体を抱きしめる。


(王子?!はぁ?!なら、どうしてあんなに少人数でいるのよ!あぁ、どうしよう、散々失礼を働いてしまったわっ!!)


内心悲鳴を上げまくっているシエルを他所に、ゼーリエは「少しでも見栄えの良くなるよう着替えが間に合って良かったわ」と満足気だ。


もしかしたら、ナハルが求婚しているという他国の王族にも既に会っている可能性に思い当たり、慌てて尋ねる。


「た、他国の王族っていうのは?」
「そこはまだ詳しくは・・・・・・。ただハニーニ国の王族の血筋にあたる方だと」


(ぬぉ、情報が少なすぎるわ!)


思いついてからの行動力が凄まじいナハルのことだから、既に手紙を送ったり根回しを始めたりしてるではないだろうか。


「はい。さっそく旦那様にお相手を紹介する段取りをなさったようですよ。ところで、シエルお嬢様はご結婚に興味はございますか?」
「け、っこん?いいえ、」

「そうでございますか・・・・・・。この家を出られる良い機会にはなると思いませんか?」


何かを耐えるような悲しい表情をするゼーリエ。その姿に、思わず手を止めてしまう。ゼーリエと2人きりでゆっくり話をするのは、随分久しぶりな事に気がついた。


いつの間にかゼーリエの目元には皺が刻まれ、クマもできていた。メイクも流行を押さえているようだが、落ち着いた色合いとなるようまとめてある。今までは最先端の流行を追いかけ、茶目っ気たっぷりにカラフルな衣装を身にまとっていたというのに。


 「ゼーリエ・・・・・・。」
「 申し訳ありません、出過ぎた真似をしてしまいましたね。また後で伺います。それでは、お休みなさいませ」
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