上 下
17 / 69

17 身代わり

しおりを挟む
そそくさと退室していくゼーリエを呼び止めようとして、やめた。一気に色んなことが起きすぎて、頭が痛い。ベッドに入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。


勝手に目が閉じ、身体はどんどん寝る体勢に入っていく。しかし、脳はゼーリエの話を整理しようと抗っているように思える。


(ナハルの代わりに結婚させられるのだろうか。もし、そうなるとしたら、素早く逃げる準備を・・・・・・)


薄れていく意識の中で、いつまでも「結婚」の2文字が頭にこびりついていた。






シエルは、乱暴に扉を叩く音で目を覚ました。どうも寝てすぐ叩き起された気がする。頭はどんよりと重く、身体は痺れていて、温かな泥に深く沈み込んでいるようだった。シエルが布団を引っぱりあげるのと同時に、扉を開ける音がした。


「シエルお嬢様、起きてくださいませ!寝ている場合ではございません!さぁ、早くっ」
「う、うぅ~ん」


痺れを切らしたゼーリエに揺すり起こされ、仕方なく目を薄く開く。眩しさに目がチカチカする。手で顔を覆いながら、ゆっくりと体を起こす。


(眩しいわね。いま何の鐘が鳴った頃かしら)


「・・・・・・お嬢様、またお布団を頭まで被って寝ましたね?せっかくの綺麗な髪の毛がボサボサにはねておられます」
「真っ先に言うことがそれなの?」
「呆れてる場合ではございませんよ!ご令嬢として身だしなみはいかなる時もっ」
「ゼーリエ、寝室には使用人しか入ってきませんよ!!」
「結婚なさったらそうも言っておられませんよ!旦那様がナハルお嬢様の婚約破棄を認める方向で動き始めました。ドレーン伯爵家の面目を保つために、旦那様はシエルお嬢様をナハルお嬢様の代わりとして結婚させると、そう仰っているんですよ!」


眠気が一瞬で吹き飛んだ。寝ている間に急展開に事が進むとは思ってもみなかった。落ち着こうと、水差しからコップに水を注いで飲み、部屋を歩き回る。


「お父様は何を考えていらっしゃるのかしら。どうしてナハル婚約破棄を認めることにしたのでしょう。そもそも伯爵家の娘が王族と結婚なんて不相応と謗りをうけるのに、更に替え玉をしようだなんて、考えがおかしくなくて?!」
「ですから、双子のシエルお嬢様を婚約者とするのでしょう」
「私とナハルでは双子とはいえ似ていません!それに私は大概的には妾の娘でしょう」


シエルの言葉にゼーリエが一瞬傷ついたような痛ましいような顔をした。私の視線に気づくと、ゼーリエは何かを飲み込んだ表情のまま話を続けた。


「・・・・・・旦那様がシエルお嬢様と明後日の夕食後に会いたいと仰っております」
「そう」


お父様の要望は絶対だ。話し合いが明後日となると、時間的猶予はあまり無い。それまでに逃げられる準備を出来るだけ進めなければならない。


(一体どうやって時間を稼ごうかしら)


婚約者として正式に紹介するには時間がかかるはずだ。いかにしてそれを先延ばしに出来るかが結婚から逃れられる鍵となるだろう。


部屋を行ったり来たりして考えを巡らせていたシエルは、ゼーリエの言葉に立ち止まった。


「シエルお嬢様、確認でございますが、ご結婚なさるつもりはないのですね?たとえ冷徹だと噂されるお方でも、王族で見た目も麗しく、ドレーン伯爵家にずっといるよりも大切にして貰える可能性がある縁談でも嫌なのでございますね?」
「えぇ、私は家にも誰かにも縛られたくありません。いま結婚をするつもりはありませんし、たとえ結婚するとしても誰かの、ナハルの身代わりなどに嫌です。お父様の意向に背いてどれだけ酷い仕打ちを受けようと、家を出てどれだけ酷い生活になろうと、自分で道を切り開く覚悟は既にあるのです」


ぐっと顔を上げ、ゼーリエをまっすぐ見つめる。唯一家の中で、自分を気にかけてくれた家族とも言える存在。少しでも心配をかけぬよう、胸を張る。暫くの間、見つめ合った。


「お嬢様は、私が思っているよりもずっと強く立派に成長されていたのですね・・・・・・。昔は 『もう嫌よぉ。どうして私ばかりなの!ねぇゼーリエ、どうにかしてちょうだいっ!』とお嬢様は泣いてばかりで、私はどうにか笑わせようとカラフルな格好をしたり、おやつをこっそりあげたり、色々と手を尽くしましたが、一向に泣き止んでくださらなくて、いつも、いつもっ、どうにも出来ない自分が情けなく、お嬢様のことを思うと、胸が張り裂さけそうで、せめて結婚相手だけは、素晴らしい人を見つけてあげたいと・・・・・・」
「ゼーリエ・・・・・・」


涙を流すゼーリエに驚きながらも駆け寄り、肩を抱く。人を慰めたことなどないシエルは、今までして貰ったように優しくさすることしか出来なかった。



ここ最近、ゼーリエが顔を合わせる度に、結婚相手にこの人はどうかと進めてきたり、外へ出かける時は、忙しいのにわざわざ別館へ来て可愛らしい格好となるよう整えてくれていたりと、口喧しかった訳が、やっと分かった。


(てっきりゼーリエが私を追い出そうと動いていると思っていたわ。私はなんて馬鹿なのでしょう!)


 お父様やナハルに逆らえば、この地域では生きていけない。だから、これはゼーリエのもう庇えないという意思表示だと捉えて、修道院でシスターとなる道や、魔道具士として働く道を模索していたのだ。


「ゼーリエ、ごめんなさい。私、てっきり・・・・・・」
「追い出したがっていると思われたんでしょう?ふふ、お嬢様らしいです」
「そうかしら?あ、ゼーリエ、今回もお父様から何も言うなと言われていたのではないの?大丈夫なの、その」
「大丈夫でございますよ。私は強うございますから。シエルお嬢様、取り乱して申し訳ありませんでした。さぁ私の事はどうでも良いことです!時間もありませんし、シエルお嬢様が今後どうなさりたいのかお聞かせ頂けませんか?」


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】雲母君のペットになりたい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:115

日ノ本の歴史 始まりの話

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:13

VRゲームの世界から出られない話

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

エガオが笑う時〜最強部隊をクビになった女戦士は恋をする〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:292pt お気に入り:8

とある特殊治療と、その顛末。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:390

フィリピン放浪記

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

君に何度でも恋をする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:114

処理中です...