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しおりを挟む「お、お嬢様!」
次の日、叩き起されて寝不足の頭重感とふわふわとした意識がゼーリエの一言で吹っ飛んだ。
「え、お母様と使用人が襲われたですって?!お母様は一」
「えぇ、腕に傷をおっていますが、大した怪我ではなかったようです。使用人の方が酷い怪我をしています」
自分の主人が傷を負ったのに大した怪我では無いと言えるあたり、さすがゼーリエだとシエルは妙な所で感心していた。使用人は、いつも付き従わされているメルソーだろうか。メルソーには、まだ幼い子供が3人もいたはずだ。
「そう、その使用人はメルソーかしら。怪我は大丈夫なの?障害とかは残るような大きな怪我でないといいのだけど」
「旦那様が医者と魔法使いにも診させていたのでそんなに心配はいらないかと・・・・・・。それよりもお嬢様は、ご自分の心配をなさらないと!昨晩、どうして本館に行ったのです!」
(お父様が使用人に?)
シエルはお父様の使用人への寛大な対応には裏があるように思えて気になったが、ゼーリエの圧には負けてしまった。
「え、それは、その、少し調べたいことがあったの。ゼーリエはどうして私が本館に居たことを知っているのかしら?」
「どうしたも、こうしたもありません!!なぜ本の整理整頓を頼まれたなんてナハルお嬢様に嘘をついたのです?御屋敷ではもう大騒ぎです。何故だとおもいます?」
「何ででしょうねぇ」
嘘をついて屋敷にいたのは褒められたことでは無いが、大騒ぎになるほどでは無いだろう。首を傾げていると、ゼーリエは、我慢の限界だったらしい。今までで1番の怒鳴り声にシエルは、ベッドから飛び上がった。
「そんな呑気になさっているから、ハメられるのでございましょう!!お嬢様がよく使用されているドウィッシュの葉が、奥様と使用人が襲われた現場に、これみよがしに置かれていたんです!」
「へ?」
目を瞬く。そういえば、ドウィッシュの葉を持ち帰った記憶が無い。驚いて口を押えた時に落としたのだろうか。いや、ドウィッシュの葉を持ってお父様の部屋から出たかも曖昧だ。頭から血の気が引いていく。
ゼーリエのぎゅっと唇を引き結んだ顔を見て、シエルは、慌てて笑顔を取り繕う。
「ゼーリエ、そんなに心配しなくてもきっと大丈夫よ。ドウィッシュの葉なんて珍しくないでしょう?それに、ほら、私がお母様と使用人を襲う理由も、そんな能力もありませんから」
「・・・・・・お嬢様、貴方は本当にお人好しでいらっしゃいますね。理屈が通じると信じておられるんですね。はぁ、今すぐ着替えて準備をして下さい!」
そろそろショック状態から立ち直って、現実的な叱責が飛んでくると予測していたシエルは、クローゼットから、余所行きの服の中でも動きやすい物を既に選び出していた。
「言われなくても着替えているわよ。でも、一体何の準備をしたらいいのかしら?私は騒ぎが収まるまで、大人しく部屋から出ない方がいいのではなくて?」
てっきり、それを伝えにゼーリエはわざわざ来てくれたと思っていたのだ。ゼーリエの素早い動きに必死でついていきながら着替えをすませていく。
「何を仰っているんです!早く逃げなければなりませんよ!一旦捕まったら、もうこの家を出ることもどこかに逃げることも不可能だとお思いください」
「それはつまり、私が犯人だと確信されているわけね。ドウィッシュの葉以外にも何か証拠があるということかしら。だとしたら、一体何を・・・・・・」
手が止まったシエルからヴェールをいつの間にか取り上げていたらしく、顔を下に向けさせられたかと思う間もなくヴェールで視界を黒く覆われた。
「この黒い色なら、修道士が訳あって顔を隠していると思ってもらえるでしょう。万が一のために用意しておいて良かったわ」
「ゼーリエ、本当にありがとう。」
「お礼はいいから、荷物をまとめてくださいな。私は外の様子を見てきますから、いいですね、休んでる暇はありませんよ!」
しっかりと釘をさしてゼーリエは出ていった。1人部屋に残されたシエルは、最低限隠しておきたい研究のメモや羊皮紙をかき集めた。ベッドの上のお古のクッタクタマットレスをどかし、更に藁ボロ布やらをどけて、木の板を剥き出しにする。ネジの緩んでいる上板を軽く持ち上げて、手首が入るくらいのたわんでできた隙間に放り込んだ。そして元通りにベッドを整えていく。
シエルの使っているベッドフレームは、板が軋み、ネズミに齧られたのかボロボロだったのを、上から平らな板を張って誤魔化して使っている。外からは気づけない、まさに絶好の隠し場所だろう。
それが終わると、所持品をまとめたシエルは、幾つか手紙を書き始めた。カレーム先生と、ゼーリエ、そして街の人々へ向けて、自分が戻って来られなかった時にどうして欲しいか淡々と綴っていった。
これ以上ゼーリエには迷惑をかけられない。シエルは、彼女が戻って来る前に逃げることに決めていた。扉を開ける前に部屋を見渡した。
工房から帰ってきてからずっと住んでいた場所。はじめは蜘蛛は出るし、工房よりも古くて、おまけに何年も使われていなくて埃だらけだった。別館というより物置、廃墟と言った方が適切だったと思う。が、虐めてくる人が誰もいない自分だけの空間は、シエルにとって至福のひとときだった。
(どれだけ掃除しても綺麗にならなかった汚れで出来た模様にもなんだか愛着が湧いてきちゃって、目と鼻を落書きしたっけ。懐かしいわ)
気持ちが少し落ち着いた。シエルは、外から物音がしないのを確認して扉を開け、足音を響かせないよう外に出ていった。
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