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「お貴族様、旦那様、俺に夫人と使用人を襲うように金で釣ったんは、この、侯爵様さ。ポーケッタ侯爵だよ、へへ」


シエルは耳を疑った。証言を真逆にひっくり返すなんてとても信じられない。周囲もそうなのだろう。シンと静まり返った後、水が噴出するように一斉に喋り始めた。シエルも誰にともなく声を張り上げてしまった。が、喧騒の中でも一際際立つポーケッタ侯爵の声でかき消された。


「何を申した、この罪人がっ!!バカにも程がある!!なぜ、こんな、土壇場で、そんな根も葉もない嘘をついたっ」


顔を真っ赤にさせて怒り狂う侯爵は、恐ろしいというより、滑稽だった。手足をばたつかせ暴れる様が大きな赤ちゃんが駄々を捏ねているようにしかみえない。


「止めぬか、ポーケッタ侯爵。貴族の品位がおちる。それにその罪人が今話したことは事実であろう。妻が襲われたあの日、なぜ妻は夜遅いにも関わらず、無理に帰宅したのかずっと疑問に思っておった。調べて、私は我が目を疑ったよ。ポーケッタ侯爵、貴方が嘘をついて妻を帰宅させたんだろう?私が大怪我をしたと」
「なっ、ま、まさか」
「どういう事だね、ポーケッタ侯爵。君とドレーン伯爵は旧知の仲ではないか。それを裏切ったというのか?」


真っ青になって、わなわな震えながら2人の顔を交互に見るポーケッタ侯爵。サバラン王子はぐっと眉間に皺を寄せて成り行きを見守っている。


「お2人は私を嵌めるのか!」
「何をおっしゃいますか。私が自分の妻に怪我をおわせるとでも?大事な娘を犯人に仕立てられ、黙っていられる親はこの世にいないでしょう」
「娘?妾の子を貴方が、大事にしているだと?笑い話にもなりませんな」


お父様は、黙って私に向かって歩み寄ってきた。一瞬、振り向いてステッキを振った。


「シエルは、妾の子ではありませんよ」


禍々しい深紫の光が飛び出し、シエルは思わず目をつぶった。体が奇妙な感覚に襲われ、顔の毛穴ひとつ1つから熱が放出されたかのように火照った。体がふっと軽くなったのを感じ、目を開ける。と、空気がざわついていた。全員の顔に衝撃が走っている。


「あの、」
「な、どういう事だ!ドレーン!この娘は、ナハルなのか?!」
「だから申し上げたでしょう。私と妻の子供である、貴族の娘だと」
「ふ、双子なのか?!あの不吉な悪魔の子っ」
「そんな些末なことはどうでもいいではありませんか。私がなぜシエルを妾の子と偽っていたか、それは、守るためですよ、貴方のように古い価値観に捕らわれた危険な輩から。その為に魔法をかけて、人々からの見え方を変えていたのです」
「は?」


シエルはお父様の行動の意図が全くわからなかった。なぜ急に双子だと認めたのだろうか。訳が分からない。


「・・・・・・話が逸れているが、ドレーン伯爵。其方の妻を彼が襲撃した証拠はあるのかね?」


ビオレソリネス公爵だ。襲撃事件以外のことはどうでもいいと言わんばかりの口調だ。お父様は深く頷いた。


「嘘をついた場面にいた使用人複数人から証言を得ています。それに、殺し屋を雇った際に取をした店の主人も証言してくれています。言い逃れ出来るとは思えません」
「残念だったよ、ポーケッタ侯爵。私は其方を信用していたというのに・・・・・・。それでは、その罪のないお嬢さんの裁判を中止せねばならんだろう。私は失礼するよ」


喚くポーケッタ侯爵を護衛が取り囲み、縛り上げた。ビオレソリネス公爵は自分の馬車に乗り込むと直ぐに出発していった。


「さて、こんな所で申し訳ありませんが、サバラン王子。ナハルが殿下にとんだ失礼を働いたとか。誠に申し訳ございませんでした」
「あぁ、ハニー二王国の王族と結婚すると聞いたが」
「えぇ、彼女の自分勝手には私も困っています。何でも貴方様の剣に惚れたように、その男の剣に惚れてしまったようでして・・・・・・」


(え、サバラン王子の剣にナハルは惚れたというの?いつ剣術なんて見たのだろう)


「もし、差し支えなければ、殿下がシエルと結婚してくださるならこれほど光栄なことはございません。ご存知の通り、この子は、妾の子として育てており貴族との付き合いもありません。更に、今回の騒動で貰い手は現れないでしょう。ナハルの代わりと言ってはなんですが、引き受けてくださいませんか?」


深く頭を下げるお父様。どんな表情をしているのか、シエルは見たくて堪らなかった。厄介払いなのか、それとも、本当に私のことを想ってくれているのだろうか。この期に及んでまだ淡い期待を寄せていることに気がついて、胸が傷んだ。


落ち着いて考えれば、お父様は私を人ではなく、都合のいい道具としてしか扱ってない。だから、私をナハルの代わりになんて言えるのだ。しかし、これは、サバラン王子に失礼に当たるのではないだろうか。


ちらりと彼を見るも、何の表情も見て取れなかった。だが、断るだろうと分かっていた。メリットがないのだから。


「全てが片付いたら、考えてもいいだろう」
「まことでございますか!非常に嬉しく思います」
「あぁ、また後日話をしよう。一旦彼女の身は私が預かる。ジルバ、行くぞ」
「はっ」


こうして、私の逃走劇は幕を閉じた。状況をあまり呑み込めていないまま、サバラン王子達に連れられてその場をあとにした。まさか、向かった先がお城だとは思ってもおらず、その豪華さに悲鳴をあげたのはいうまでもない。


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