24 / 42
第二章
侵食される日常 7
しおりを挟む
「わぁ、凄いですね。カフェのみたいで。家でこんなに豪華なランチが食べられるなんて嬉しいです」
ダイニングテーブルに運ぶのを手伝ってくれた晃は並んだ料理に目を丸くしている。
オムライスの他にはサラダとスープを作ったのだが、簡単なものだ。こんなにも喜ぶとは思っていなかった紗菜は彼が満足してくれるのかどうか不安で仕方がなかった。家族以外の異性に食べてもらうことも初めてである。
しかし、何よりも彼の希望であったケチャップのハートを上手に描くことはできなかったのだ。
「ハート、失敗しちゃって……」
「先輩が俺のために頑張ってくれただけで嬉しいですけど、きっと何回も描けば上手になりますよ」
料理を撮影しながら言う晃はフォローしているつもりなのだろう。本当の恋人に言われたならば嬉しかったかもしれないが、何度もこんなことがあるのだと思えば紗菜の気はどこまでも重くなる。これっきりであってほしかった。
そんな紗菜の心情を知ってか知らずか晃は続ける。
「次はパスタ、ハンバーグ……いや、和食も捨て難いですね」
今日このまま帰ることができるのかさえもわからないというのに、次のことなど紗菜には考えられなかった。晃の口に合うのかもわからない。
「そんなことを考えてると目の前の愛情たっぷりオムライスが冷めちゃいますね」
そこに愛情がないことは彼が一番よく知っているのではないか。何も言えないまま紗菜はこれから判決を言い渡されるような気持ちだった。
「いただきます」
きちんと挨拶をしてスプーンを握る晃に紗菜はゴクリと息を呑む。
たった一切れの卵焼きとはわけが違うのだ。紗菜にとってはこの結果で今日の自分の処遇が決まるような妙な緊張感があった。既に見た目で減点されているつもりになっているからこそ尚更である。
「あぁ……美味しいです」
パクリと一口食べた晃の表情はすぐに綻んだ。まずは第一段階を突破したようでほっとしながらも紗菜はまだ落ち着けずにいた。
「先輩も食べてくださいよ、温かい内に」
そう言われてしまっては食べないわけにもいかなかった。紗菜は晃の物より小さく作ったオムライスを見つめる。食欲が全くないわけではない。オムライスに罪はないのだ。
小さく「いただきます」と呟いてスプーンを握って紗菜は確かにオムライスへと伸ばしたはずだった。
「こんなに美味しい物を作れるなんて紗菜先輩はいいお嫁さんになれますね」
にこにこと笑みを浮かべる晃に悪意はなかったのだろう。
しかし、そう言い放たれた瞬間、紗菜の手からスプーンが滑り落ちていた。カシャンと音を立てて床に転がったスプーンを紗菜は慌てて拾おうとしたが、晃が立ち上がる方が早かった。彼はすぐにキッチンに代わりを取りに行く。
「ご、ごめんなさい……」
「動揺しちゃって可愛いですね」
新しいスプーンを受け取りながらも紗菜は居たたまれなかった。彼の言葉を素直に喜べるはずがない。
この関係がいつまで続くのかもわからない。終わった後で普通の恋愛ができるのかもわからない。紗菜には不安しかないのだ。当たり前に思い描いていた淡い未来は彼のせいで黒く塗り潰されてしまった。
「そうだ、次の休みは一緒に食器買いに行きましょう? ペアの食器がほしくなっちゃいました。調理器具も先輩が使いやすい物を買っていいですから」
「えっ……」
突然の提案に戸惑いを隠すことなど紗菜にはできるはずもなかった。
それではまるで本当の恋人のようではないか。彼はこの関係をいつまで続けようと言うのか。食器や道具とは不要になれば簡単に捨てられるものだろうか。それとも違う誰かと使うつもりなのだろうか。
「って言うか、一緒に住みません? 毎日紗菜先輩の手料理が食べられたら、きっと幸せだと思うんです」
「そ、そんなことできるわけないでしょ……!」
更なるとんでもない提案に紗菜は思わず声を上げていた。彼は何を言っているのだろうか。
学生という身分で同棲などできるはずがない。こうなると、先日、監禁などと言っていたのも強ち冗談でもないのかもしれない。彼と住むことは紗菜にとっては軟禁としか思えない。そこから自由がなくなれば監禁だ。
「じゃあ、先輩が卒業したら俺と一緒に暮らしましょう? 進学ですか? 近いところですか?先輩が通いやすいところに引っ越してもいいですよ。もちろん、家賃は全額俺持ちでいいので」
矢継ぎ早の質問に紗菜は答えることができずに俯いた。
彼もまた学生であり、年下だというのにその金は一体どこから出てくるというのか。湧いてくるものだとでも思っているのか。こんなマンションで一人暮らしをしているのだから彼の家は裕福なのかもしれない。
そもそも、大学生になってもまだこんな関係を続けるつもりなのか。卒業するまでというのならまだ耐えられたかもしれない。それでも一年以上ある。否、紗菜はそこまで続くとも考えてもいなかったのだ。
結局、晃が嬉しそうに食べる料理の味が紗菜にはまたわからなくなってしまった。
綺麗なハートを描ける日はきっと来ない。そう思っていたかった。いつか来るはずの終わりだけが紗菜にとって救いなのだから。
* * *
ダイニングテーブルに運ぶのを手伝ってくれた晃は並んだ料理に目を丸くしている。
オムライスの他にはサラダとスープを作ったのだが、簡単なものだ。こんなにも喜ぶとは思っていなかった紗菜は彼が満足してくれるのかどうか不安で仕方がなかった。家族以外の異性に食べてもらうことも初めてである。
しかし、何よりも彼の希望であったケチャップのハートを上手に描くことはできなかったのだ。
「ハート、失敗しちゃって……」
「先輩が俺のために頑張ってくれただけで嬉しいですけど、きっと何回も描けば上手になりますよ」
料理を撮影しながら言う晃はフォローしているつもりなのだろう。本当の恋人に言われたならば嬉しかったかもしれないが、何度もこんなことがあるのだと思えば紗菜の気はどこまでも重くなる。これっきりであってほしかった。
そんな紗菜の心情を知ってか知らずか晃は続ける。
「次はパスタ、ハンバーグ……いや、和食も捨て難いですね」
今日このまま帰ることができるのかさえもわからないというのに、次のことなど紗菜には考えられなかった。晃の口に合うのかもわからない。
「そんなことを考えてると目の前の愛情たっぷりオムライスが冷めちゃいますね」
そこに愛情がないことは彼が一番よく知っているのではないか。何も言えないまま紗菜はこれから判決を言い渡されるような気持ちだった。
「いただきます」
きちんと挨拶をしてスプーンを握る晃に紗菜はゴクリと息を呑む。
たった一切れの卵焼きとはわけが違うのだ。紗菜にとってはこの結果で今日の自分の処遇が決まるような妙な緊張感があった。既に見た目で減点されているつもりになっているからこそ尚更である。
「あぁ……美味しいです」
パクリと一口食べた晃の表情はすぐに綻んだ。まずは第一段階を突破したようでほっとしながらも紗菜はまだ落ち着けずにいた。
「先輩も食べてくださいよ、温かい内に」
そう言われてしまっては食べないわけにもいかなかった。紗菜は晃の物より小さく作ったオムライスを見つめる。食欲が全くないわけではない。オムライスに罪はないのだ。
小さく「いただきます」と呟いてスプーンを握って紗菜は確かにオムライスへと伸ばしたはずだった。
「こんなに美味しい物を作れるなんて紗菜先輩はいいお嫁さんになれますね」
にこにこと笑みを浮かべる晃に悪意はなかったのだろう。
しかし、そう言い放たれた瞬間、紗菜の手からスプーンが滑り落ちていた。カシャンと音を立てて床に転がったスプーンを紗菜は慌てて拾おうとしたが、晃が立ち上がる方が早かった。彼はすぐにキッチンに代わりを取りに行く。
「ご、ごめんなさい……」
「動揺しちゃって可愛いですね」
新しいスプーンを受け取りながらも紗菜は居たたまれなかった。彼の言葉を素直に喜べるはずがない。
この関係がいつまで続くのかもわからない。終わった後で普通の恋愛ができるのかもわからない。紗菜には不安しかないのだ。当たり前に思い描いていた淡い未来は彼のせいで黒く塗り潰されてしまった。
「そうだ、次の休みは一緒に食器買いに行きましょう? ペアの食器がほしくなっちゃいました。調理器具も先輩が使いやすい物を買っていいですから」
「えっ……」
突然の提案に戸惑いを隠すことなど紗菜にはできるはずもなかった。
それではまるで本当の恋人のようではないか。彼はこの関係をいつまで続けようと言うのか。食器や道具とは不要になれば簡単に捨てられるものだろうか。それとも違う誰かと使うつもりなのだろうか。
「って言うか、一緒に住みません? 毎日紗菜先輩の手料理が食べられたら、きっと幸せだと思うんです」
「そ、そんなことできるわけないでしょ……!」
更なるとんでもない提案に紗菜は思わず声を上げていた。彼は何を言っているのだろうか。
学生という身分で同棲などできるはずがない。こうなると、先日、監禁などと言っていたのも強ち冗談でもないのかもしれない。彼と住むことは紗菜にとっては軟禁としか思えない。そこから自由がなくなれば監禁だ。
「じゃあ、先輩が卒業したら俺と一緒に暮らしましょう? 進学ですか? 近いところですか?先輩が通いやすいところに引っ越してもいいですよ。もちろん、家賃は全額俺持ちでいいので」
矢継ぎ早の質問に紗菜は答えることができずに俯いた。
彼もまた学生であり、年下だというのにその金は一体どこから出てくるというのか。湧いてくるものだとでも思っているのか。こんなマンションで一人暮らしをしているのだから彼の家は裕福なのかもしれない。
そもそも、大学生になってもまだこんな関係を続けるつもりなのか。卒業するまでというのならまだ耐えられたかもしれない。それでも一年以上ある。否、紗菜はそこまで続くとも考えてもいなかったのだ。
結局、晃が嬉しそうに食べる料理の味が紗菜にはまたわからなくなってしまった。
綺麗なハートを描ける日はきっと来ない。そう思っていたかった。いつか来るはずの終わりだけが紗菜にとって救いなのだから。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる