【R18】Hide and Seek

Nuit Blanche

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踏み出す一歩1

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 何度も差し出される手を振り払っていた。深く沈み込んで、救いの手を無視していた。

『隠れてねぇで飛び出せば必ず受け止めてやるから』

 遼はそう言ってくれたが、今、希彩が受け止めて欲しいと思うのは、きっと違う人間なのだ。

『足を踏み出す手伝いはしてあげる。俺がどこまでも手を引いてってあげるから』

 光希はそう言った。
 その言葉がどこまで本気だったのか、まだ疑っているのは信じたいからだ。
 今も嘘になっていないことを願うのは――


「俯かない!」

 咲子の鋭い声に希彩は顔を上げる。

「背筋伸ばす!」

 ぴしっと姿勢を正してみるが、気恥ずかしさがある。
 咲子が早く決着をつけたがり、昨日の内に打ち合わせは済ませている。そして、今、朝から最終チェックを受けているのだが、希彩には公開処刑にも等しい行為だった。
 光希がするのとは違い、咲子は希彩の前髪を編み込んでピンで留めた。リップクリームを塗り、希彩はひどくドキドキしていた。
 光希はまだ来ていない。

「うーん、スカートがちょっと長いのよねぇ、少し折っちゃう?」
「え、えっと……」

 咲子は希彩を壁際に立たせ、じっと上から下まで舐めるように見ている。それから腰に手が伸びてきた。

「ひゃっ!」

 くすぐったさに希彩は声を上げていた。咲子はスカートを折るのではなく、あからさまに希彩の腰を触っていた。

「やっぱり細いわねぇ」
「咲子、それ、ただのセクハラだから!」
「顔がエロオヤジになってるから!」
「あら、ひどいわね」

 手が離れ、周りが止めてくれたことに希彩は安堵する。
 咲子がどんな顔していたかは希彩には見えなかったのだが。

「ボタンも1個くらい開けちゃっても……ぐへへ」

 変な笑い声が聞こえたかと思えば、今度は胸元に手が伸びてきて希彩は周囲の視線を痛く感じ始めていた。

「お、おい、藤村!」

 慌てたように咲子を呼ぶのは遼である。
 希彩が咲子と同時にそちらを見ると、彼は手招きをしている。咲子を呼んでいるようだ。

「無視。あっちに用はないわ」

 咲子はすぐに顔を背け、すぐに手がまた希彩へと伸びてくるのだが――

「おい、藤村! てめぇ、無視してんじゃねぇぞ!」

 無視された遼はひどく怒っているようだ。

「うるさい、あんたはお呼びじゃないのよ!」
「来い!」

 遼がズカズカとやってきたかと思えば無理矢理咲子を引っ張って行く。
 そうして少し離れたところで何か話しているのだが、希彩には聞こえない。

「あんたはお父さんか!」

 突然、咲子が叫ぶ。
 何のことかと首を傾げる希彩の元に咲子は戻ってくるが、遼の顔を見れば納得していないのがわかる。

「お前らは朝っぱらから何をしてるんだ?」
「えー、円には関係ないし」

 呆れている様子の遼だが、咲子は彼に話す気はないようだ。
 けれども、希彩は彼に謝らなければならないと思った。彼とのことも、いずれ解決しなければならないのなら、それは今なのかもしれない。

「あ、あの、遼君。無視したりしてごめんなさい……えっと……」

 勇気を持って口にするものの、言葉は続かなかった。じっと見られて希彩の体は竦む。

「俺のため、じゃなさそうだな」
「もちろん。だから、しっし!」

 希彩の代わりに咲子が答え、遼を追い払おうとする。

「お前、俺のことが嫌いか? 俺は何だ? 虫か?」
「どこかに殺虫剤ないかしら」
「お前は俺を虫として殺したいのか!」

 それは、いつも通りとも言えるやりとりで、見ているのが面白くて希彩はクスクスと笑みを零す。堪えることができなかった。そうしていると、くるりと振り返った咲子と目が合ってしまう。

「そうよ。スマイルスマイル! そのまま!」

 どうやら咲子の指導は続いていたらしい。

「薄々感じてはいたんだが……邪魔したらどうなるんだ?」
「昔から言うじゃない。人の恋路を邪魔するやつなんて死ねばいいわよね」

 物騒なことを言い続ける咲子は本当に遼を何だと思っているのか。

「大体、お前の立ち位置は何なんだ!」
「あたし? あたしはベッタリひっついてくれるような可愛い妹がほしかったのよ!」

 ぎゅっと咲子に抱き締められて、希彩はどうしたらいいのかわからなくなる。少し苦しいほどだ。

「だから、悪い虫は追い払うし、恋は応援するのよ! だって、素敵じゃない!」
「応援するなら、希彩を殺そうとするな、馬鹿」

 遼が咲子を引き離し、希彩はほっと呼吸をする。

「まあ、それが希彩の選択なら俺が責めることはできねぇな」
「ごめんね、遼君」

 寂しげに言う遼に希彩は申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、やはり彼を選ぶことはできないのだ。

「まあ、落ち着いたらまた話そうぜ。な?」
「うん」

 笑いかけてくる遼に希彩の中の恐怖はなくなっていた。

「良い傾向ね」

 咲子に頭を撫でられ、それが希彩にはひどく嬉しかったが、勝負はまだこれからである。

「問題は……あいつね」

 咲子が目を細めた先に光希がいた。教室に入ってくるところだが、今日の彼は一人ではなかった。

「光希、ねぇ、光希……!」

 東野が焦れたように光希の腕を引く。
 希彩と話した時よりも高い、媚びるような声が教室に響いた。

「あー、うん、何?」

 光希はどこか上の空で、その目は彼女を見ていないようだ。

「聞いてなかったの?」
「何か言ってた?」
「もうっ! 今度私達と一緒に遊びに行こうって話」
「全然聞こえてなかった。興味もないし」

 光希は本当に興味がなさそうに鬱陶しげに自分の席に向かおうとしている。
 だが、東野は納得していない様子で、不満げなのが遠目にも明らかだ

「光希、絶対変よ。前なら遊んでくれたでしょ?」
「かもね」
「そんなに、あの子がいいの?」

 自分のことだろうか。希彩はドキリとした。

「俺に付き纏わないでくれる?」
「光希のバカ!」

 東野は怒り任せに叫び、自分の席へと戻るようだ。その途中でくるりと希彩を睨む。それはお前のせいだと言わんばかりだった。

「マジでバカだよな、あいつ」

 遼は光希を指さしてゲラゲラと笑い出す。
 光希には聞こえていないのだろうか。反応こそしないが、機嫌が悪いのは明らかだった。
 今、勝負するのはありえない。咲子もそう思うはずだと希彩は同意を求めるように彼女を見るが、その口角は吊り上がり、視線は東野へと向けられていた。

「相手にされないのに、必死だこと。諦めが悪いわね」

 明らかな挑発に希彩はドキドキして様子を窺う。できることならば咲子の背中に隠れてしまいたいほどに剣呑な空気が漂っている。

「何よ?」

 東野が睨むのは咲子ではなく希彩だ。決して希彩が咲子に言わせているわけでもない。希彩が言ったと思っているわけでもないのだろうだが、あくまで敵視しているのは希彩だけなのだろう。
 それでも、咲子は続ける。

「今から白黒付けようと思って」
「白黒?」
「ってことで、希彩。あんたの逃げ場はなくなったわよ。はい、ゴー!」

 何を勝手に決められているのだろうか。
 希彩が戸惑う間に咲子は希彩の背後に回り、肩を掴んで押す。押されるがまま進んで、光希の側まで行くとトンと背中を叩いて咲子が離れる。

「玉砕しても俺がいるから安心しろよ!」

 遼まで何を言い出すのか。
 後に退けなくなった希彩のすぐ目の前には光希がいて、席に座ろうとしている。彼は希彩を見ようともしない。
 踏み出せば、本当に手を引いてくれるのだろうか。不安になりながら希彩は自分を奮い立たせる。やるしかないのだ。
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