4 / 4
カレンの下僕
しおりを挟む◆ ◆ ◆
カレン=ロロアナ侯爵令嬢は十五歳の時、奴隷を買った。
カレンの専属だった侍女が何らかの粗相をして、激昂した彼女は侍女にひどい折檻をして追い出してしまった。
その後、いくら厚遇だとしてもその苛烈な性格の相手をしたい使用人は見つからず、後任選びに侯爵家当主は頭を痛めていた。
そんな頃、カレンは偶然と気まぐれで二歳年下の奴隷を買う。
奴隷ならば何があってもいいだろう。使い捨てのような感覚で侯爵家当主は側に置くことを許した。
――僕は本当に幸運だ。こんなにも素敵な方に仕えることができるのだから。
ケネスは本心から幸せを感じて、毎日を過ごしていた。
カレンは真面目で、真っ直ぐだ。
確かに言葉は鋭く突き刺さるが、間違ったことは何も言わない。
癇癪持ちで、苛立ちから手が出てしまうことはあるが、それは彼女の言葉や意図を察することのできない者が悪いのだ。
だから、カレンの魅力が分からない婚約者の目は節穴だ。
どれほど性格が合わないのだとしても、別の誰かに惹かれ不貞を犯すなんて許しがたい。
彼女に相応しい紳士はいくらでもいる。
カレンの時間は有限だ。彼女の大切な時間を無駄なものにするなんて傲慢である。
カレンはケネスにだけ、不可思議な前世の話を教えた。
それ自体が物語のようだったけれど、カレンが苦しそうに語るから、本当に起こりうる未来なのだと感じた。
――どうしたら、お嬢様の力になれるのだろう?
思いあぐねていると、侯爵家当主がカレンの身を守ることに繋がるのならばと、護身術を学ぶ機会を与えてくださった。
ケネスには身体を動かすことが向いていた。元々運動神経がよかったのだろう。
訓練する時間はカレンに仕えられなくてつらかったが、彼女を守る力が欲しくて耐えた。
そうしていくうちに、奴隷時代の知人と再会した。
裏社会を生きる者と接触するのは憚れたが、カレンを守る手段になるかもしれないと、なるべく懇意にしておいた。
学んだ護身術はいつの日からか別の技術へと変わっていき、それらが役に立った瞬間は最高に嬉しかった。
カレンの、毅然とした強い意思を感じさせる瞳から、一筋の涙が伝った瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
――こんなにもつらい思いをさせる婚約者など、お嬢様には不要だ。
カレンは優しいから、殿下の身に起きた惨事に胸を痛めていた。そんなところも最高に愛しい。
――どれほど憎くても憎みきれないのは、お嬢様の心が正しく美しいからだ。貴女は自身を悪い奴のように評するが、真の悪人は、悪事と理解しながら不貞を犯す男や、婚約者のいる男に股を開く女のことを言うのです。
カレンの計画した第一王子への報復は、復讐なんて表現をできないくらい、生優しいものだった。
彼女はケネスに自分を抱くよう命令した。
女神のように敬っている存在を汚すなんてできない。
取り乱すケネスの頬を、カレンは苛立ち強く打った。
カレンの役に立ちたい。
ケネスは本心からそう思っているのに、抵抗をして、彼女の手を痛めさせてしまった。
――でも、あんな奴の汚いものに触れるなんてだめだ。男としての矜持を壊してやりたいなら、僕が切り落として差し上げます。
当然ながら、そんなことをカレンに提案することはできなかった。彼女の考えを優先し、それを為し得る事以上に価値のあることなどない。
初夜のあと、第一王子との婚姻は彼が公爵位を賜り、居城の用意が整うまで同居はしない形になった。
幸い、カレンはあの営みでは妊娠しなかった。
ケネスは心底安堵した。己の子種を彼女の中で育むなんて許されない。
彼女の身体で快感を得た自分自身を罰したいくらいなのに、これ以上の罪を重ねたら、カレンのそばで生きていくことすら許せなくなる。
カレンに触れた罰としてケネスは己の手を傷つけたけれど、彼女はそれを察してケネスを咎めた。
――罰を与えることも許してくれない。なんて優しく酷い方なのだろう。
カレンは口調こそ厳しいのに、誰に対しても心は非道になりきれない。そんなところがケネスの焦燥を煽る。
「私は何をしたかったのかしら。望む形を手に入れたはずなのに、虚しいだけだわ」
――あなたが悪役だなんて嘘だ。きっと物語の『カレン』様も、悪役に仕立て上げられたのだ。
ケネスの思いなど伝わるわけがない。カレンは己を責める言葉を紡ぎ続けた。
「殿下の身に起こった、あの酷い出来事だけで溜飲を下げるべきだったのよ」
婚姻に際しての王家との取り決めや、カレンが彼に対してしたこと。
それだけで婚約者に対する報復としてはじゅうぶんだったと彼女は悲しそうに目を伏せた。
新しい住まいでの生活が始まり、日を追うごとにカレンの夫となった男はやつれていく。
公爵としての最低限の職務をこなし、食事時に顔を合わせると淡々と用件のみを口にするだけだ。
そんな姿を間近で見せられるせいで、カレンは心が塞ぐのだろう。
――ああ、あの男、邪魔だな。
カレンの心を煩わせるだけの存在なら、いっそ消してしまいたい。
実体だけであればすぐにでも行動できるのに。
カレンの想いの中にいる男を、消すことまではできない。
――早く、お嬢様の心の中から消え失せろ。
ケネスは胸奥で彼女の夫を罵り、優しい笑顔を浮かべて、カレンの傍らに跪いた。
103
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
婚約破棄された私はカエルにされましたが、悪役令嬢な妹が拾って舞踏会で全部ひっくり返します
まぴ56
恋愛
異世界貴族の私は、婚約者に捨てられ――口封じに“蛙”へ。
声も出せず噴水の縁で震える私を拾ったのは、嫌味たっぷりで見下すように笑う妹のミレイだった。
「汚らしいお姉さま――わたくしが連れ帰って、たっぷり苛めて差し上げますわ」
冷たく弄ぶふりをしながら、夜な夜な呪いの文献を漁るミレイ。
やがて迎える、王も出席する大舞踏会。ミレイの千里眼が映す“真実”が、裏切り者たちの仮面を剥ぎ取っていく――
呪いが解ける条件は、最後のひと押し。
姉妹の絆が、ざまぁと逆転を連れてくる。
【完結】夢見たものは…
伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。
アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。
そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。
「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。
ハッピーエンドではありません。
世話焼き幼馴染と離れるのが辛いので自分から離れることにしました
小村辰馬
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、エリス・カーマインに転生した。
幼馴染であるアーロンの傍にに居続けると、追放エンドを迎えてしまうのに、原作では俺様だった彼の世話焼きな一面を開花させてしまい、居心地の良い彼のそばを離れるのが辛くなってしまう。
ならば彼の代わりに男友達を作ろうと画策するがーー
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる