【R18】私の下僕

みっきー・るー

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カレンの下僕

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 ◆ ◆ ◆

 カレン=ロロアナ侯爵令嬢は十五歳の時、奴隷を買った。
 カレンの専属だった侍女が何らかの粗相をして、激昂した彼女は侍女にひどい折檻をして追い出してしまった。
 その後、いくら厚遇だとしてもその苛烈な性格の相手をしたい使用人は見つからず、後任選びに侯爵家当主は頭を痛めていた。
 そんな頃、カレンは偶然と気まぐれで二歳年下の奴隷を買う。
 奴隷ならば何があってもいいだろう。使い捨てのような感覚で侯爵家当主は側に置くことを許した。

 ――僕は本当に幸運だ。こんなにも素敵な方に仕えることができるのだから。

 ケネスは本心から幸せを感じて、毎日を過ごしていた。
 カレンは真面目で、真っ直ぐだ。
 確かに言葉は鋭く突き刺さるが、間違ったことは何も言わない。
 癇癪持ちで、苛立ちから手が出てしまうことはあるが、それは彼女の言葉や意図を察することのできない者が悪いのだ。
 だから、カレンの魅力が分からない婚約者の目は節穴だ。
 どれほど性格が合わないのだとしても、別の誰かに惹かれ不貞を犯すなんて許しがたい。
 彼女に相応しい紳士はいくらでもいる。
 カレンの時間は有限だ。彼女の大切な時間を無駄なものにするなんて傲慢である。

 カレンはケネスにだけ、不可思議な前世の話を教えた。
 それ自体が物語のようだったけれど、カレンが苦しそうに語るから、本当に起こりうる未来なのだと感じた。

 ――どうしたら、お嬢様の力になれるのだろう?

 思いあぐねていると、侯爵家当主がカレンの身を守ることに繋がるのならばと、護身術を学ぶ機会を与えてくださった。
 ケネスには身体を動かすことが向いていた。元々運動神経がよかったのだろう。
 訓練する時間はカレンに仕えられなくてつらかったが、彼女を守る力が欲しくて耐えた。
 そうしていくうちに、奴隷時代の知人と再会した。
 裏社会を生きる者と接触するのは憚れたが、カレンを守る手段になるかもしれないと、なるべく懇意にしておいた。
 学んだ護身術はいつの日からか別の技術へと変わっていき、それらが役に立った瞬間は最高に嬉しかった。
 カレンの、毅然とした強い意思を感じさせる瞳から、一筋の涙が伝った瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ――こんなにもつらい思いをさせる婚約者など、お嬢様には不要だ。

  カレンは優しいから、殿下の身に起きた惨事に胸を痛めていた。そんなところも最高に愛しい。

  ――どれほど憎くても憎みきれないのは、お嬢様の心が正しく美しいからだ。貴女は自身を悪い奴のように評するが、真の悪人は、悪事と理解しながら不貞を犯す男や、婚約者のいる男に股を開く女のことを言うのです。

 カレンの計画した第一王子への報復は、復讐なんて表現をできないくらい、生優しいものだった。
 彼女はケネスに自分を抱くよう命令した。
 女神のように敬っている存在を汚すなんてできない。
 取り乱すケネスの頬を、カレンは苛立ち強く打った。
 カレンの役に立ちたい。
 ケネスは本心からそう思っているのに、抵抗をして、彼女の手を痛めさせてしまった。

 ――でも、あんな奴の汚いものに触れるなんてだめだ。男としての矜持を壊してやりたいなら、僕が切り落として差し上げます。

 当然ながら、そんなことをカレンに提案することはできなかった。彼女の考えを優先し、それを為し得る事以上に価値のあることなどない。
 
 初夜のあと、第一王子との婚姻は彼が公爵位を賜り、居城の用意が整うまで同居はしない形になった。
 幸い、カレンはあの営みでは妊娠しなかった。
 ケネスは心底安堵した。己の子種を彼女の中で育むなんて許されない。
 彼女の身体で快感を得た自分自身を罰したいくらいなのに、これ以上の罪を重ねたら、カレンのそばで生きていくことすら許せなくなる。
 カレンに触れた罰としてケネスは己の手を傷つけたけれど、彼女はそれを察してケネスを咎めた。

 ――罰を与えることも許してくれない。なんて優しく酷い方なのだろう。

 カレンは口調こそ厳しいのに、誰に対しても心は非道になりきれない。そんなところがケネスの焦燥を煽る。

「私は何をしたかったのかしら。望む形を手に入れたはずなのに、虚しいだけだわ」

 ――あなたが悪役だなんて嘘だ。きっと物語の『カレン』様も、悪役に仕立て上げられたのだ。

 ケネスの思いなど伝わるわけがない。カレンは己を責める言葉を紡ぎ続けた。

「殿下の身に起こった、あの酷い出来事だけで溜飲を下げるべきだったのよ」

 婚姻に際しての王家との取り決めや、カレンが彼に対してしたこと。
 それだけで婚約者に対する報復としてはじゅうぶんだったと彼女は悲しそうに目を伏せた。

 新しい住まいでの生活が始まり、日を追うごとにカレンの夫となった男はやつれていく。
 公爵としての最低限の職務をこなし、食事時に顔を合わせると淡々と用件のみを口にするだけだ。
 そんな姿を間近で見せられるせいで、カレンは心が塞ぐのだろう。

 ――ああ、あの男、邪魔だな。

 カレンの心を煩わせるだけの存在なら、いっそ消してしまいたい。
 実体だけであればすぐにでも行動できるのに。
 カレンの想いの中にいる男を、消すことまではできない。

 ――早く、お嬢様の心の中から消え失せろ。
 
 ケネスは胸奥で彼女の夫を罵り、優しい笑顔を浮かべて、カレンの傍らに跪いた。
 
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