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「お二人は何をなさっているのですか」
ええ、私もそう思います。
ラーセ殿下の低い声を耳にしても、リッド殿下は顔色一つ変えない。
「あれの真似をしていたんだ」
彼は目視で私たちが散々眺めていた男女を示す。二人は幸せそうに身を寄せ、手は恋人つなぎだ。
ラーセ殿下は彼らを一瞥し、そして視線をこちらに戻す。
「セチアは僕の婚約者です。人目がありますので、誤解を招く行動はお控え下さい」
「ああ、悪かった」
珍しく咎めるような口調だ。リッド殿下は椅子から腰を上げて、ぽんと私の頭に手を乗せた。
「じゃあな」
リッド殿下は宿舎に戻り、無言のラーセ殿下と二人取り残されてしまった。
気まずい。
視線を持ち上げるとラーセ殿下と目が合う。端正な顔に刻まれた眉間の皺が深すぎて怖い。
ラーセ殿下は私から視線を外し、リッド殿下が腰かけていた椅子に座った。
何を話したらいいのか分からない。
沈黙が長く感じる程に居心地が悪い。
ラーセ殿下は焚火を見つめている。
綺麗な人。儚げで、不器用な愛しい人。
これ以上を求めてはいけないと何度も思う。
私が貴方を好きだから、貴方は私を好き。
私が何度も貴方を好きだと言うから、自らへの好意を失わない手段の一つとして、私を選んでくれているのだとしたら、これほど歪な関係はない。
ふとラーセ殿下の膝上の手が、震えていることに気が付いた。夜風が肌を撫で寒いのかもしれない。
「殿下、寒いですか? これをお使いください」
私は立ち上がり、膝にかけていたショールを差し出す。
「……何故そう思った?」
「手が震えていらっしゃいますわ。昼間、池の水にも浸かっておられたので、これ以上身体を冷やしてはなりません」
ラーセ殿下はショールを受け取ろうと手を伸ばしたが、ぴたりと動きを止めた。
「殿下?」
「寒くないから、それはいらない」
ふいと顔を背けられてしまった。
普段からラーセ殿下のそっけない態度には慣れている。それなのに何故だろう。僅かに苛立ちが湧いた。
私は手にしていたショールをぎゅっと握りしめる。
「駄目です」
「え……? うわ、セチア!」
私は勢いよくラーセ殿下の首周りにショールを巻き付けていく。突然の行動に彼は狼狽えているが、すぐに私は手を離した。
ラーセ殿下はショールをもこもこと巻き付けられ、鼻から上だけを露わにした姿で呆気にとられている。
「風邪を召したらどうするのですか!」
「気にし過ぎだ……」
「殿下のことであれば、何であっても気になります。気になる点を羅列致しましょうか?」
「う、それは言わなくていい……」
じろりと睨むように見返すと、ラーセ殿下は怯んだ。
「すぐ我慢してしまうのはよくありません。何よりも大切な御身ですよ」
「我慢なんてしていないし、そんな風に思っているのは君だけだ」
また不機嫌そうに顔を背けられた。ご機嫌斜めは継続中のご様子だ。
私があからさまな溜息をつくと、ラーセ殿下はびくりと身じろぎ、私を若草色の瞳に映す。
揺れる碧玉が愛しい。
「殿下は反抗期ですか? 私はこんなに大きい子を持った覚えはありません」
「こ、子供扱いをするな! それに君は僕の母とは似ても似つかない! 母上はこんな乱暴に……巻いたりしない」
ラーセ殿下は眉を寄せて、首周りを覆うショールに顔をうずめてしまう。
なに、この可愛いお姿。
私はラーセ殿下の眼前に膝をついた。そっと彼の手を取ると指先が冷えている。
「一体何処にいらしたのですか。私、殿下を捜したのですよ」
「……セチアは兄上と話している方が楽しいのだろう」
「はい?」
ラーセ殿下を見上げると不満そうにこちらを見ている。
「だから夕食は部屋でとっていた」
「はい?」
「セチア、顔が怖いぞ……」
何を言っているのだ、このお方は。
学園の生徒たちが束の間の自由を謳歌しているような夜に、一人で夕食をとっていただと?
想像しただけで胸が痛い。
「何故そんなことをするのですか!」
「う、声が大き……」
「そういう場合は私をお呼びください! 殿下と夕食を共に出来るなら、火の中であっても喜んで参りますわ!」
「例えだよね?」
「当たり前です!」
斜め上からの返答に苛々してしまう。
「ふふっ、セチアなら本当に火の中に入りそうだ」
「そこは笑うところではありません」
目尻を下げ、楽しげに笑う姿に胸が締め付けられる。
ラーセ殿下の表情が変わるだけで、こんなにも感情をかき乱されるのだ。
「殿下。嫉妬して頂けるのは嬉しいのですが、そういう事は本当におやめください。想像しただけで悲しい気持ちになります」
「……っ!」
ラーセ殿下はぶわっと頬を朱に染めた。焚火のせいで、より一層赤く見えてしまう。
「……いつも君は余裕だな」
「そうですか?」
「僕は余裕がない。だから不安になる」
「私も不安になりますよ」
「……きっと僕の方が重症だ」
そこは張り合うところだろうか。
ラーセ殿下は指先を包む私の手に視線を向けた。温まってきた彼の指先が、私の指の腹を撫でる。
愛しい人のもたらす小さな刺激一つで、私の鼓動は早鐘を打ち始め落ち着かない。
もしかしたら、私を選んでくれるかもしれない。
そんな期待が湧くけれど、ラーセ殿下に相応しいヒロインは私ではないという確信がある。
ゲーム上では、ラーセ殿下からヒロインに惹かれていた。あのラーセ殿下がヒロインに心を動かされる瞬間があったということだ。
きっと彼の心に澱となって溜まっている傷が、流れていくような出来事だったはず。
それなのに私の身勝手な想いを優先して、大切な機会を失わせてはいけない。
私はラーセ殿下の指先が温まったことを確認して、そっと手を離した。
「そろそろ私も部屋に戻ります。殿下、きちんと温かくして寝てくださいね」
「だから子供扱いをするな」
ラーセ殿下の不愉快そうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を見て、私は笑う。
出会った頃に比べたら表情が豊かになった。
こんな表情を見られるようになったのは、私が相手だからだと自惚れても許されるだろうか。
「セ、セチア!」
突然ラーセ殿下は狼狽え、私の頬に触れた。
「殿下?」
濡れた感触が頬を撫でる。
そこでようやく私は自分が泣いていることに気が付いた。
ラーセ殿下は心配そうに、私の頬を指の背で拭ってくれる。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「い、いえ、驚かせてしまい申し訳ありません。煙が目に入ったようです」
自分でも何故涙が流れたのか分からない。
ラーセ殿下の手から逃れ、目元をごしごしと袖で拭う。
「では失礼いたします」
早々に礼をして、駆け足で宿舎へと戻った。
ええ、私もそう思います。
ラーセ殿下の低い声を耳にしても、リッド殿下は顔色一つ変えない。
「あれの真似をしていたんだ」
彼は目視で私たちが散々眺めていた男女を示す。二人は幸せそうに身を寄せ、手は恋人つなぎだ。
ラーセ殿下は彼らを一瞥し、そして視線をこちらに戻す。
「セチアは僕の婚約者です。人目がありますので、誤解を招く行動はお控え下さい」
「ああ、悪かった」
珍しく咎めるような口調だ。リッド殿下は椅子から腰を上げて、ぽんと私の頭に手を乗せた。
「じゃあな」
リッド殿下は宿舎に戻り、無言のラーセ殿下と二人取り残されてしまった。
気まずい。
視線を持ち上げるとラーセ殿下と目が合う。端正な顔に刻まれた眉間の皺が深すぎて怖い。
ラーセ殿下は私から視線を外し、リッド殿下が腰かけていた椅子に座った。
何を話したらいいのか分からない。
沈黙が長く感じる程に居心地が悪い。
ラーセ殿下は焚火を見つめている。
綺麗な人。儚げで、不器用な愛しい人。
これ以上を求めてはいけないと何度も思う。
私が貴方を好きだから、貴方は私を好き。
私が何度も貴方を好きだと言うから、自らへの好意を失わない手段の一つとして、私を選んでくれているのだとしたら、これほど歪な関係はない。
ふとラーセ殿下の膝上の手が、震えていることに気が付いた。夜風が肌を撫で寒いのかもしれない。
「殿下、寒いですか? これをお使いください」
私は立ち上がり、膝にかけていたショールを差し出す。
「……何故そう思った?」
「手が震えていらっしゃいますわ。昼間、池の水にも浸かっておられたので、これ以上身体を冷やしてはなりません」
ラーセ殿下はショールを受け取ろうと手を伸ばしたが、ぴたりと動きを止めた。
「殿下?」
「寒くないから、それはいらない」
ふいと顔を背けられてしまった。
普段からラーセ殿下のそっけない態度には慣れている。それなのに何故だろう。僅かに苛立ちが湧いた。
私は手にしていたショールをぎゅっと握りしめる。
「駄目です」
「え……? うわ、セチア!」
私は勢いよくラーセ殿下の首周りにショールを巻き付けていく。突然の行動に彼は狼狽えているが、すぐに私は手を離した。
ラーセ殿下はショールをもこもこと巻き付けられ、鼻から上だけを露わにした姿で呆気にとられている。
「風邪を召したらどうするのですか!」
「気にし過ぎだ……」
「殿下のことであれば、何であっても気になります。気になる点を羅列致しましょうか?」
「う、それは言わなくていい……」
じろりと睨むように見返すと、ラーセ殿下は怯んだ。
「すぐ我慢してしまうのはよくありません。何よりも大切な御身ですよ」
「我慢なんてしていないし、そんな風に思っているのは君だけだ」
また不機嫌そうに顔を背けられた。ご機嫌斜めは継続中のご様子だ。
私があからさまな溜息をつくと、ラーセ殿下はびくりと身じろぎ、私を若草色の瞳に映す。
揺れる碧玉が愛しい。
「殿下は反抗期ですか? 私はこんなに大きい子を持った覚えはありません」
「こ、子供扱いをするな! それに君は僕の母とは似ても似つかない! 母上はこんな乱暴に……巻いたりしない」
ラーセ殿下は眉を寄せて、首周りを覆うショールに顔をうずめてしまう。
なに、この可愛いお姿。
私はラーセ殿下の眼前に膝をついた。そっと彼の手を取ると指先が冷えている。
「一体何処にいらしたのですか。私、殿下を捜したのですよ」
「……セチアは兄上と話している方が楽しいのだろう」
「はい?」
ラーセ殿下を見上げると不満そうにこちらを見ている。
「だから夕食は部屋でとっていた」
「はい?」
「セチア、顔が怖いぞ……」
何を言っているのだ、このお方は。
学園の生徒たちが束の間の自由を謳歌しているような夜に、一人で夕食をとっていただと?
想像しただけで胸が痛い。
「何故そんなことをするのですか!」
「う、声が大き……」
「そういう場合は私をお呼びください! 殿下と夕食を共に出来るなら、火の中であっても喜んで参りますわ!」
「例えだよね?」
「当たり前です!」
斜め上からの返答に苛々してしまう。
「ふふっ、セチアなら本当に火の中に入りそうだ」
「そこは笑うところではありません」
目尻を下げ、楽しげに笑う姿に胸が締め付けられる。
ラーセ殿下の表情が変わるだけで、こんなにも感情をかき乱されるのだ。
「殿下。嫉妬して頂けるのは嬉しいのですが、そういう事は本当におやめください。想像しただけで悲しい気持ちになります」
「……っ!」
ラーセ殿下はぶわっと頬を朱に染めた。焚火のせいで、より一層赤く見えてしまう。
「……いつも君は余裕だな」
「そうですか?」
「僕は余裕がない。だから不安になる」
「私も不安になりますよ」
「……きっと僕の方が重症だ」
そこは張り合うところだろうか。
ラーセ殿下は指先を包む私の手に視線を向けた。温まってきた彼の指先が、私の指の腹を撫でる。
愛しい人のもたらす小さな刺激一つで、私の鼓動は早鐘を打ち始め落ち着かない。
もしかしたら、私を選んでくれるかもしれない。
そんな期待が湧くけれど、ラーセ殿下に相応しいヒロインは私ではないという確信がある。
ゲーム上では、ラーセ殿下からヒロインに惹かれていた。あのラーセ殿下がヒロインに心を動かされる瞬間があったということだ。
きっと彼の心に澱となって溜まっている傷が、流れていくような出来事だったはず。
それなのに私の身勝手な想いを優先して、大切な機会を失わせてはいけない。
私はラーセ殿下の指先が温まったことを確認して、そっと手を離した。
「そろそろ私も部屋に戻ります。殿下、きちんと温かくして寝てくださいね」
「だから子供扱いをするな」
ラーセ殿下の不愉快そうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を見て、私は笑う。
出会った頃に比べたら表情が豊かになった。
こんな表情を見られるようになったのは、私が相手だからだと自惚れても許されるだろうか。
「セ、セチア!」
突然ラーセ殿下は狼狽え、私の頬に触れた。
「殿下?」
濡れた感触が頬を撫でる。
そこでようやく私は自分が泣いていることに気が付いた。
ラーセ殿下は心配そうに、私の頬を指の背で拭ってくれる。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
「い、いえ、驚かせてしまい申し訳ありません。煙が目に入ったようです」
自分でも何故涙が流れたのか分からない。
ラーセ殿下の手から逃れ、目元をごしごしと袖で拭う。
「では失礼いたします」
早々に礼をして、駆け足で宿舎へと戻った。
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