【R18】肉食令嬢は推しの王子を愛しすぎている

みっきー・るー

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「婚約破棄⁉ 何を仰っているのですか!」

 大切な話があると言われ、父の執務室にて聞かされた話に、私は目を剥いた。
 件の日から五日目。熱も下がり、ようやく体調も万全になったが、寝耳に水の話に取り乱してしまう。

「セチア、落ち着きなさい」
 母に咎められ苛立ちのまま彼女を睨み、父へと視線を戻す。

「お父様。勝手にそのようなことをされては困ります」

「勝手なことではない。お前も婚約破棄を了承していると伝えてある。娘を虐げられて怒らない親はいないだろう」

「どうして勝手に了承するんですか! 私は了承していません! 何度も説明いたしました。少々、揉めたのです」

「傷を負うほど揉めるような事態が少々なわけないだろう!」

 声を荒げた父に肩が跳ねるが、ここで負けるわけにはいかない。

「お父様には関係ございません!」
「姉上、それは言い過ぎ」
 父の隣に立つイオからぴしゃりと責められた。
 この部屋には味方がいない。

「私はラーセ殿下をお慕いしております。彼が私を嫌にならない限り、婚約を継続いたします!」

「そんなこと許されるわけがないだろう! 結婚もしていないお前を傷物にされただけでも許し難いのに」

 父はそれ以上口に出しづらくなったのか、ごにょごにょと語尾を濁す。
 さすがにその反応は私も恥ずかしい。
 イオは呆れた表情で口を挟んだ。

「姉上。何故、異常な程にラーセ殿下を慕っているのですか? 洗脳でもされていますか?」
「失礼ね!」
「僕も今回の殿下の行いは酷いと思います。姉上、何もかもを許してしまうのは愛情と違うのでは?」
「……私だって今回のことは許していないわ。本人にもそれは伝える。でも婚約破棄はしたくない」

 イオは溜息をついて、父を見やる。
 どうにも話が平行線のまま進まない。

「お父様たちが普段から殿下を快く思っていないことは承知しております。でも私はラーセ殿下のことが好きです」
「お前は幼い頃から彼以外に見向きもしない。そういった感情も未熟なのだろう」
「不快な言い方をしないで下さいませ」
「彼は優秀だ」
「……? はい、その通りです」
 父は突然ラーセ殿下を褒めた。意味が分からず首を傾げてしまう。

「妾腹であるが故に酷い扱いを強いられたが、与えられている環境のみであそこまで成長された。賢く、貴族としての矜持も持っている。感情の隠し方も上手い」

「仰っている意味が分かりません」

「国を維持する王家が一番恐れなければならない事は、内側からの瓦解だ。小さな隙を狙う輩は幾らでも存在する。だからこそ色事には気をつけないといけない。それなのに、あの馬鹿な王は!」

 種をまき散らかす王に散々困らされている父は憤りをあらわにする。

「何らかを企む存在になるとお思いですか?」
「憎しみは消えないものだ。煽られればすぐに燃え盛る。彼にはその要素が十分にある」
「ラーセ殿下が憎んでいると?」

「人ではないかもしれない。環境や国の可能性だってある。お前もいつも言っているじゃないか。ラーセ殿下は何を考えているのか分からないと」

「そういう意味で言っているのではありません!」
「同じことだ。とにかく、この話はこれで終わりする」

「勝手に終わらせないで下さい! お父様は陛下の側近のお一人で、ラーセ殿下がどのように育ってきたかを知った上で、そのような酷いことを仰るのですね!」

 彼らは私の大きな声に顔を顰めた。
 身内だからこそ期待して裏切られた気になり、怒りが増していく。

「彼がどうして感情を表に出さないのか想像できませんか? 幼い子供が体の痛みから逃れる術もなく、心の痛みを誤魔化すことでしか己を守れなかったのだと、どうして思い至らないのですか!
 陛下や、陛下に仕える側近たちも皆それを知っていたくせに、幼い子供に手を差し伸べることもなく放置していたくせに、よくそんなことが言えますね! 軽蔑いたします!」

「姉上!」

 イオは鋭い眼差しと共に私の言葉を遮り小さく首を振った。父と母は表情を強張らせている。
 泣きたくない。
 私は目元に力を入れて深々とお辞儀をした。

「部屋に戻らせて頂きます」
 冷静でない状態で対話を重ねたところで、どうにもならない。
 あの日のラーセ殿下も同じだ。
 そして私も。

 父の執務室を出て足早に廊下を進むと、後ろからイオが追ってきた。
「姉上! お待ちください!」
 呼び止められても歩みを止める気にならず、振り返ることもせずに進み続けるが、イオは私の前に出て歩みを遮ろうとした。
「邪魔よ」
「姉上!」
「私はあなたと話すことなど何もないわ」

 部屋に着き、長椅子に腰かけるが、何故かイオも私の前に椅子を引き腰かけた。
「誰が入室を許可したかしら?」
「姉上、そのような意地悪を言わないで下さい」
 何が意地悪だ。むっとして顔を背ける。

「姉上の話をしていたのに、いつの間にか話題がすり替わっていました」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「父上にあのような言い方はよくないです」
「…………はあ。小言なら聞きたくない。今すぐ出て行って」

 イオは苦笑している。これではどちらが年上なのか分からない。
 
「姉上が仰っていたこと、父上もずっと考えておられたと思いますよ」
「…………?」
「あれだけ家族を大切にされている父上が、ラーセ殿下の生い立ちに心を痛めていなかったと思いますか? 手を差し伸べなかったのではなく、差し伸べられなかったのだと僕は思います」
「でも……!」
「姉上。同情と不信は違います」

 この弟は賢すぎて物言いが湾曲的過ぎる。

「もちろん姉上との婚約が決まった頃、父上も殿下の環境を救う一助になれたと考えていたと思います。けれどそれ以上は何も出来なかった。彼の生活の基盤はあまり変わらず、生育の中で得た知識、それによって生じた感情など、どのような形に成っているのか知る由もない。僕らはしがらみの多い貴族で、気を抜いたら足元を掬われます。姉上との婚姻後、彼がどのように動くのか不安にもなるでしょう」

「まるでお父様の考えが分かるかのように話すわね……」
「これでも僕はこの侯爵家の跡継ぎですよ」

 面白そうに笑う弟の姿に胸が痛む。性別によって私達は将来の道が異なる。
 イオは男で否応無しに侯爵家を継がなくてはならず、私のように好き勝手出来ない。

「それに何らかの原因があり揉めたとして、感情的に姉上を傷つけるような面があるようでは、父上と僕もその不信を深めるばかりです。婚姻後、殿下を唆す何かがあったら姉上はどうするのですか? 僕は姉上が幸せになれないのなら、今のうちに手を打つべきだと思います」

「イオ……」

 確かに今回ばかりは怖くて痛くて、最低だった。
 妊娠していたらどうしようと不安だったが、幸いにも月のものが来たため、やっと安心できたのだ。

「私ね、ラーセ殿下に初めて出会ったとき、私と同じだと思ったの」
「何をですか?」
「色々よ」
「意味が分かりません」

 イオは訝しげに眉を寄せている。
 私は転生して家族を得た。ずっと欲しかった、自分を愛し受け止めてくれる存在。

「私には愛情を与えてくれる家族がいて、そんな幸せを殿下にも分け与えたくなったのよ……」

 一人だけ幸せになったような罪悪感を抱いていた。
 ラーセ殿下がヒロインに出会ったなら、彼も幸せになれる。

「姉上?」

「私とラーセ殿下は幼い頃から一緒にいた腐れ縁みたいなものでしょう? いつか彼に運命の女性が現れるかもしれない。そうなったら身を引こうと思ったの」
「……まさか殿下にその話をされたのですか?」
「もちろんよ」

 イオは重いため息をついてしまった。

「常々、姉上は思い込みが激しいと思っておりましたが……でもそう思っておられるなら、今回の件は好機ではありませんか?」

「え?」

「姉上の仰る女性が現れてから身を引いては、姉上がおつらいだけです。今回のことを機に婚約破棄をしてしまえば、相手の有責になりますし、いい機会ですよ?」

「そ、それは……」

 確かにその通りだ。
 ずっとヒロインの姿を気にして、もやもやするくらいなら婚約破棄をしてしまった方が精神的にもいいだろう。

 でもヒロインが誰を選んだのか分からない挙げ句、ラーセ殿下から完全に離れる勇気もない。
 私が言葉を濁していると、イオは吹き出し笑い始めた。

「身を引くだなんて殊勝なことを言うから何事かと思いましたが、無理じゃないですか!」

「どうして無理だと思うのよ!」

「あれだけ父上に怒っていたくせに、どうして無理だと気が付きませんか?」

 呆れたように笑われて私は赤面してしまう。
 ラーセ殿下のことが大好きで、好きな人を悪し様に扱われた気がして父に苛立ったのだ。

「やはり無理かしら……」

「無理でしょうね。姉上の性格ですと体当たりして砕ければ、ようやく止まれるのでは?」

「それ、力業でしか止められない感じね。イオ。私が人の道を外しそうになったら全力で止めてくれる?」

「何をする気ですか!」

 イオは声を立てて笑い始める。何だかおかしくて、私もつられて笑った。
 次第に気持ちが落ち着いてきたのが分かる。
 
「……私、ラーセ殿下が大好きなの」
「存じております」
「婚約破棄なんてしたくないわ」
「父上を説得してください」

 そう言ってイオは仕方なさそうに眉を下げた。
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