【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました

みっきー・るー

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 翌日の朝、朝食の席につくと、食卓には何種類もの美味しそうなパンが並んでいた。

「毎朝こんなにたくさんの種類を焼くの?」 

 給仕を担当してくれている侍女は、戸惑いながらも笑顔で答えてくれる。

「いいえ、普段は二種類です。奥様の好みが分からないので、料理長たちが色々仕込んでいたようです」
「なんだか申し訳ないわね……」
「どれがお好みだったか、ぜひお聞かせください。きっと彼らも喜びます」
「ええ。もちろんよ」

 微笑みを返すと、侍女はうっすらと頬を赤らめる。
 夫と言葉を交わすこともなく、気まずい朝食になるかと思ったが、意外にも楽しい。
 昨夜の夕食時も使用人たちはとても優しく気遣いに溢れていた。

(彼女たちとは、上手くやっていけそうな気がするわ)

 どうしても実家の地位の高さから、他人の裏を疑うような癖があるけれど、それを気にする必要のないくらい、人柄の良い者ばかりだ。

「ペレーネ」

 美味しいパンをご機嫌に味わっていると、夫が名を呼んだ。
 つい、むっとして視線だけ向けると、彼は困惑している。

「何かご用でしょうか?」
「朝食後、休憩を挟んでから、僕と共に坑道へ行きませんか?」
「領地内で発見された鉱山のことでしょうか?」
「はい」

 婚姻の条件が採掘支援と精霊の発見のため、一応の案内をしなくてはいけないと考えたのだろう。

「承知いたしました」
「現地には馬車では行けません。共に馬で――お嫌かもしれませんが、僕と同じ馬に乗り、参りましょう」

 しれっと使用人の前で、新婚の夫婦が不仲だと示唆する発言をされた気がする。
 この屋敷の使用人たちも、アーファ様に別の婚約者がいたことは承知しているだろう。もしかしたら、裏では色々と噂されているかもしれない。
 今更どう思われても平気だが、少しだけ仲良くなれる気がしていたから嫌われるのは残念だ。
 私は手に持っていたパンを皿に置いて、夫を見据えた。

「お気遣いはいりません。私は乗馬を嗜んでいますから、自分で馬に乗り走らせることができます」
「えっ」

 その場にいる者たちは皆、絶句してしまった。
 王弟の娘である公爵令嬢が馬に乗れるなんて、予想外だったのかもしれない。

「私の馬をご用意ください。そうですね……初めての子は私を怖がるかもしれませんから、大人しい子がいいです」
「あ……ああ、それは可能ですが……」
「なにか?」
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ。実は私、男装して馬のレースに出たことがあります」

 王都で馬のレースというと競馬である。
 アーファ様は驚愕のあまり目を剥く。

「惜しくも次点でしたが、もっと練習を重ねれば首位も狙えたはずです」
「練習はしないでください」

 アーファ様は強い口調でそう告げた。

「危ないですから、絶対に駄目です」

 私は彼から顔を背けて朝食を再開する。
 そんな私の態度に苛立ったのか、夫は深く息を吐いた。

 ◇

 質素に見えるけれど機能的な一張羅の乗馬服に着替えて、私は用意された馬のもとにやってきた。
 門扉の前で、馬の手綱を握る馬番の青年と目が合う。

「奥様、かっこいいですね!」

 あまり年の変わらない馬番の青年は砕けた態度で褒めてくれる。
 後方に控えていた侍女が驚いて止めようとしたが、私はその動きを制した。

「でしょう。使わないかと思ったけど、持ってきてよかったわ」
「たしかに貴族の奥様が乗馬をされる話は聞いたことがないですね」
「そうよね。貴族でも女性騎士くらいよ」
「奥様は騎士も似合いそうですね!」
「自分でもそう思うわ」

 私の答えがツボに入ったのか、彼は顔を背けて笑い悶えている。侍女は少々不快なのか顔を顰めていて、その対比が楽しくて、つい笑ってしまう。

「盛り上がっていますね」

 感情を押し込めるような低い声が会話に割り込んだ。私の背後から、同じく乗馬服に着替えたアーファ様が現れる。
 馬番の青年は慌てて笑みを引っ込めて、お辞儀をした。

「何を話していたのですか?」
「女性騎士について話しておりました」
「……話が見えないのですが……」
「そんなことよりも、そろそろ出発しますか?」

 会話を続けるのが面倒で私は早々に移動を切り出す。
 アーファ様は私の気持ちを察したようだ。わずかに眉を寄せて首肯を返した。

「一人で乗れますか?」
「だから、お気遣いなく」

 私にあてがわれた馬は気質の穏やかな扱いやすい馬だった。楽々と馬上に乗ると、周囲の驚く顔が視界の端に映る。
 アーファ様と視線が合ったけれど、私はすぐに顔を背けた。


 その後、私たちは護衛に挟まれる形で現地へと馬を走らせた。
 頬を撫でる風が、なんだか気持ち悪い。

(少しずつ空気が淀んできているのね。早く精霊を見つけたほうがよさそう……)

 何百年も加護を受けてきた反動だろう。精霊が故意に退けていたものが一気に押し寄せている状態だ。
 脳裏によぎったのは、新参者の私を優しく迎えてくれた屋敷の者たち。
 家族とこの領地に暮らす者ばかりだ。困窮させることだけは避けたい。
 王弟である父は、万が一に備え、幼少期から帝王学を学び育ってきた。
 いまだにその精神は揺らがず、『権力を持つ王族や貴族は、その力を民のために使わなくてはならない』といつも語っていた。
 だから、私もそうでありたい。

 ◇ 

 アーファ様の治める領地は、ほとんどが標高の低い丘陵地帯に囲まれている。その中に今回発見された鉱山がある。
 途中で休憩を挟み、馬を一時間ほど走らせると、木々や花々が咲き誇る森の中に目的の場所があった。
 坑道の入り口は柵に囲われ、父が派遣した公爵家の騎士団に所属する者たちが警備にあたっている。

(お父様ったら本気ね……)

 商魂たくましい父の姿が思い浮かび、内心で苦笑する。
 馬を繋いで坑道の入り口に近づくと、中からひんやりとした空気が漂ってきた。
 今まで駆けてきた自然豊かな光景が、一気に無機質なものに変化した気がして戸惑う。

「暗い場所は苦手ですか?」

 アーファ様は、入り口を凝視する私が不安を感じていると思ったようだ。

「いいえ。大丈夫です」

 坑道の入り口は木製の支柱と石造りのアーチで支えられている。むき出しの岩肌には、等間隔に明かりが灯されていた。

「では、参りましょう」

 アーファ様が先導し、私たちは坑道の中へと進んでいく。

(こんな暗い場所で襲われたら、ひとたまりもないわ……)

 領主とその妻が連れ立って来る場所ではない気がした。

 ――護衛たちが裏切っていたら? 

 公爵家の騎士が派遣されているとはいえ、彼らも買収されているかもしれない。
 アーファ様が直々に案内する必要なんてないのに、領主として甘いのではないだろうか。

(……私も考えなしについてきているのだから、人のことを言えないわね……)

 父が派遣した騎士たちは、そういうことも加味して選ばれた信頼できる者たちのはずだ。
 そもそも、私専属の護衛は古い付き合いだ。彼の人柄も熟知している。
 普段ならこんな不安は感じないのに、暗くて湿った空気が疑念を煽り、落ち着かない。
 足下に転がる大小さまざまな石を端に転がしながら、アーファ様の後ろをついていくと、彼は目的の場所に到着したようで足を止めた。
 そして、手持ちのランプを持ち上げる。

「ここの部分だけ色が違っているのが分かりますか?」

 橙色の明かりに照らされた岩壁は、確かに他の場所とは色が異なっている。
 頷くと、アーファ様はそこを金槌とチゼルを用いて数回叩き、ぼろりと小さな塊が大地に落ちた。

「これはサファイアの原石です」

 彼は転がった原石を拾い上げて、私に差し出す。

「こういう箇所が坑道内のあちこちにあります。この山には他にも洞窟があるので、あるいは……」

 アーファ様の態度だけでは期待しているのか、憂いているのか判断がつかない。
 あえて黙っていると、彼は微苦笑を浮かべる。

「太陽の下で見ると青色がよく分かりますよ。外に出たら再度ご覧ください」
「はい、そういたします」
「ここで鉱石を見つけたのは僕です」
「アーファ様が……?」
「ここの洞窟は、普段なら誰もが存在を知っているような場所です。探し物をしている際、崩れた岩の中に鉱石が交じっているのを見つけました。試しに削ってみたところ発見に至ったのです」
「……運がよろしいのですね……」
「はい。幸運でした」

 こんなところを探すくらいだから、きっと探していたのはレセプタクルだろう。
 消えた精霊のせいで領地は衰えていくのに、領地を繁栄させる貴重な鉱石を見つけるなんて皮肉だ。

「そのときに見つけたサファイアを結婚指輪に用いました。僕にとっては人生を変える石であり、結婚も同じですから」

 左薬指で光る、小さなサファイアが埋め込まれた指輪。

(渡す相手は私ではなかったはずなのに、という意味かしら?)

 アーファ様の言葉の裏を読もうとして、なんだか馬鹿馬鹿しい心地になる。

「ペレーネ?」

 無言になったせいか、アーファ様は心配するような声をよこす。
 私は彼を無視して周囲を見回した。
 とりたてて何を見たらいいのか分からない。
 この場所から鉱石が採れるという事実を覚えておけばいいのだろうか。

(どうせ、採掘関係に妻が出しゃばることなんてないのだし……)

 そう卑屈になって地面に視線を落とした瞬間、普段は感じない異様な気配が足首に絡まった。

「どうしましたか?」

 岩壁に触れて奥へと続く坑道の先を見つめる。そのまま、少しだけ奥へと歩を進めた。

「ペレーネ?」

 振り返ると不思議そうな表情の面々が、私を見つめている。

「いいえ……、なんでもありません。そろそろ戻りましょうか?」

 後ろ髪を引かれる思いを感じながら、私は来た道を引き返した。
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