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学校にて
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翌日、わいわいガヤガヤと賑わっている休み時間の教室。
そんな楽しげな空気の中、俺はいつにも増して憂鬱な気分で自分の席に座っていた。
もちろんその原因は、昨日のモンキー殺人未遂の一件だ。
「あいつほんと無茶苦茶だよな……」
俺はそんな言葉をぼそりと漏らすと、何事も無かったかのように今日も変わらず一人優雅に読書に勤しんでいる白峰の方をジトりと睨む。
結局昨日はお店の商品を壊してしまって責任を感じた白峰の「私が買い取るわよ」という発言をきっかけに、「そこまでする必要はないって」という俺との主張の相違からバトルが勃発。
もちろん人百倍にプライドが高く負けず嫌いな白峰が折れることなどなく、ヤツはあろうことか無理やりレジでクレジットカードを通して諭吉一枚分以上はするモンキーを強行購入してしまったのだ。
それどころか購入したら購入したで今度は「私はいらないから」の一点ばりで、何故か俺にモンキーを渡してこようとする始末。
そしてそんな可哀想な運命を辿ってしまったモンキーはというと。
「いやこんなのどうやってアイツに渡せばいいんだよ……」
俺は机の横にかけている鞄のチャックを少し開けると、中を覗き込みながら思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
視線の先に映るのは昨日致命傷を負ったはずのお猿が一匹、もげた右腕が完治した状態で鞄の隙間からちらりと顔を出している。
親父のやつ、余計なこと言いやがって……。
心の中でそんなことを愚痴ると、俺は大きなため息を吐き出した。
ことの事情を知った親父が、「翔太が直して白峰ちゃんに渡してあげなさい」と言ってきたせいで、昨夜必死になって俺がお猿の緊急手術をするハメになってしまったのだ。
まさか北欧生まれのモンキーと共に登校することになるとは思わなかったが、こんなものを持っていることを他の生徒にでも見られたらやっかいだ。ここは早いところ白峰にこっそりと渡して――。
「あっ、わたしその人形知ってる!」
急に背後から明るい声が聞こえてきて、俺は思わず「うぉっ」と声を上げてしまう。
そして慌てて振り返った瞬間、後ろに立っていた人物を見てさらに目を見開いた。
「み、水無瀬さん……?」
動揺する俺の視線の先、そこにいたのは金色の髪と青い瞳が眩しいくらいに美しい女の子、水無瀬姫奈だった。
なんで? なんで水無瀬さんが俺なんかに話しかけてきたんだ??
あまりに突然の出来事に、俺の思考は完全に停止してしまう。
そりゃそうだ。相手はあの白峰と並ぶほどの美少女で、それこそ北欧神話から抜け出してきた女神さまかのような美貌の持ち主。
心の準備もないままいきなり話しかけられたら、いくら普段接客業をしている俺とはいえコミュニケーションをどう取ればいいのかわからない。
けれども相手はというとそんな俺のあわあわとした様子など気にすることもなく、マイペースな口調で話しを続ける。
「えーと、たしかその人形ってカイ……」
「……カイ・ボイスン」
そう、それっ! と俺がぼそりと答えた言葉に対して花が咲いたかのようにニコッと笑う水無瀬さん。ヤバいなこの子、笑顔が眩しすぎだ!
快人のやつこんなハイレベルな女の子とこの前昼飯食ってたのかよ。と、ついどうでもいいことで奴の凄さを実感してしまった。というよりまさか自分以外にこの人形を知っている生徒がいることに驚きだったが、その疑問の答えを水無瀬がすぐに口にする。
「懐かしいなぁ、おばあちゃん家にもその人形が飾ってあったよ」
「おばあちゃん家?」
ふいに相手の口から出てきた言葉を聞いて、俺はつい聞き返した。
「うんっ。わたしのおばあちゃんはデンマークの人だからこういう雑貨とか集めるのが好きなんだ」
「ほらこんな感じ」と話しながらスマホをいじっていた水無瀬さんがその画面をひょいと俺の方へと向けてきた。
「こ、これはッ!」
向けられたスマホの画面を見て、俺は思わず目を見開く。何故ならそこに映っていたのは、明らかに日本とは違う北欧ならではのハイセンスな家の写真だったからだ。
「マジかよこれ、ダイニングセットが全部ヴィンテージものでテーブルの上に吊ってる照明がルイスポールセンとかオシャレすぎるだろ。それにリビングに置かれているこの椅子ってBKFのキャンパス生地タイプか? しかも隣にあるソファってもしかしてアイラ―センの――」
話している相手が水無瀬さんだということも忘れて、俺はつい夢中になっていつもの口調で独り言を呟いてしまう。
するとそんな俺を見て、今度は水無瀬さんの方が目をパチクリとさせる。
「萩原くんってけっこうインテリアに詳しいんだね」
「ああ、家がインテリアショップやってるからな」
「そうなの!?」
さらりと答えた俺の言葉に対して、水無瀬さんが何やら嬉々とした声を上げた。
「じゃあもしかしてこの椅子とかも知ってる? 去年の夏にデンマークに行った時におばあちゃんがわたしのために買ってくれた椅子なんだけど」
「ああ、アリンコチェアか。もちろん知ってるよ。俺の店にも色違いが置いてあるしな」
「へぇ、これって他の色もあるんだ。言われてみればおばあちゃんの家の二階にも違う色があったかも」
その時のことでも思い出しているのか、水無瀬さんはその綺麗な青い瞳を輝かせながらうんうんと一人頷いている。
「デンマークは人を家に招くことが多い文化圏だからな。こういうスタッキングできる椅子は重宝すると思うよ」
「たしかに! おばあちゃん家に行くと近所の人とか親戚とか集まってよくホームパーティーしてるもん」
俺の話しにポンっと手を叩いて納得げな表情を浮かべる水無瀬さん。
ああ、なんという奇跡。まさか学校でこんなにもインテリアの話しで盛り上がることができる相手がいたなんて。しかも水無瀬さんは本場デンマーク事情を知っているので、これはかなり貴重な話しがたくさん聞けるぞ!
そんなことを思い一人テンションが上がっている時だった。今度は教室後方から「おーい、姫奈!」と水無瀬さんの友人の女の子が手を振り声を上げた。
「あっ、由香に呼ばれたからちょっと行ってくるね」
「お、おう」
くそぅ、せっかくデンマーク文化についてあれこれ聞いてみようと思ったところだったのに!
途中で邪魔が入ってしまいそんなことを悔しがっていると、「今度萩原くんのお店にも行ってみるね!」と水無瀬さんは天使のような微笑みを浮かべながら友人がいる方へと向かっていく。
ふむ、その素敵な笑顔に免じて今日のところは勘弁してやろう。
などと上から目線でそんなことを思っていると、俺が水無瀬さんと楽しげに話していた為か、他のクラスメイトたちが何やら物珍しそうな視線をこちらへと向けてきていた。
そしてその中の一人、先ほどまで静かに読書をしていたはずの白峰までもが何故か冷め切った視線を俺に向けていることにも気づいたのだが、関わると何だかヤバそうなので俺はあえて気づかないフリをして残りの時間を過ごしたのだった。
そんな楽しげな空気の中、俺はいつにも増して憂鬱な気分で自分の席に座っていた。
もちろんその原因は、昨日のモンキー殺人未遂の一件だ。
「あいつほんと無茶苦茶だよな……」
俺はそんな言葉をぼそりと漏らすと、何事も無かったかのように今日も変わらず一人優雅に読書に勤しんでいる白峰の方をジトりと睨む。
結局昨日はお店の商品を壊してしまって責任を感じた白峰の「私が買い取るわよ」という発言をきっかけに、「そこまでする必要はないって」という俺との主張の相違からバトルが勃発。
もちろん人百倍にプライドが高く負けず嫌いな白峰が折れることなどなく、ヤツはあろうことか無理やりレジでクレジットカードを通して諭吉一枚分以上はするモンキーを強行購入してしまったのだ。
それどころか購入したら購入したで今度は「私はいらないから」の一点ばりで、何故か俺にモンキーを渡してこようとする始末。
そしてそんな可哀想な運命を辿ってしまったモンキーはというと。
「いやこんなのどうやってアイツに渡せばいいんだよ……」
俺は机の横にかけている鞄のチャックを少し開けると、中を覗き込みながら思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
視線の先に映るのは昨日致命傷を負ったはずのお猿が一匹、もげた右腕が完治した状態で鞄の隙間からちらりと顔を出している。
親父のやつ、余計なこと言いやがって……。
心の中でそんなことを愚痴ると、俺は大きなため息を吐き出した。
ことの事情を知った親父が、「翔太が直して白峰ちゃんに渡してあげなさい」と言ってきたせいで、昨夜必死になって俺がお猿の緊急手術をするハメになってしまったのだ。
まさか北欧生まれのモンキーと共に登校することになるとは思わなかったが、こんなものを持っていることを他の生徒にでも見られたらやっかいだ。ここは早いところ白峰にこっそりと渡して――。
「あっ、わたしその人形知ってる!」
急に背後から明るい声が聞こえてきて、俺は思わず「うぉっ」と声を上げてしまう。
そして慌てて振り返った瞬間、後ろに立っていた人物を見てさらに目を見開いた。
「み、水無瀬さん……?」
動揺する俺の視線の先、そこにいたのは金色の髪と青い瞳が眩しいくらいに美しい女の子、水無瀬姫奈だった。
なんで? なんで水無瀬さんが俺なんかに話しかけてきたんだ??
あまりに突然の出来事に、俺の思考は完全に停止してしまう。
そりゃそうだ。相手はあの白峰と並ぶほどの美少女で、それこそ北欧神話から抜け出してきた女神さまかのような美貌の持ち主。
心の準備もないままいきなり話しかけられたら、いくら普段接客業をしている俺とはいえコミュニケーションをどう取ればいいのかわからない。
けれども相手はというとそんな俺のあわあわとした様子など気にすることもなく、マイペースな口調で話しを続ける。
「えーと、たしかその人形ってカイ……」
「……カイ・ボイスン」
そう、それっ! と俺がぼそりと答えた言葉に対して花が咲いたかのようにニコッと笑う水無瀬さん。ヤバいなこの子、笑顔が眩しすぎだ!
快人のやつこんなハイレベルな女の子とこの前昼飯食ってたのかよ。と、ついどうでもいいことで奴の凄さを実感してしまった。というよりまさか自分以外にこの人形を知っている生徒がいることに驚きだったが、その疑問の答えを水無瀬がすぐに口にする。
「懐かしいなぁ、おばあちゃん家にもその人形が飾ってあったよ」
「おばあちゃん家?」
ふいに相手の口から出てきた言葉を聞いて、俺はつい聞き返した。
「うんっ。わたしのおばあちゃんはデンマークの人だからこういう雑貨とか集めるのが好きなんだ」
「ほらこんな感じ」と話しながらスマホをいじっていた水無瀬さんがその画面をひょいと俺の方へと向けてきた。
「こ、これはッ!」
向けられたスマホの画面を見て、俺は思わず目を見開く。何故ならそこに映っていたのは、明らかに日本とは違う北欧ならではのハイセンスな家の写真だったからだ。
「マジかよこれ、ダイニングセットが全部ヴィンテージものでテーブルの上に吊ってる照明がルイスポールセンとかオシャレすぎるだろ。それにリビングに置かれているこの椅子ってBKFのキャンパス生地タイプか? しかも隣にあるソファってもしかしてアイラ―センの――」
話している相手が水無瀬さんだということも忘れて、俺はつい夢中になっていつもの口調で独り言を呟いてしまう。
するとそんな俺を見て、今度は水無瀬さんの方が目をパチクリとさせる。
「萩原くんってけっこうインテリアに詳しいんだね」
「ああ、家がインテリアショップやってるからな」
「そうなの!?」
さらりと答えた俺の言葉に対して、水無瀬さんが何やら嬉々とした声を上げた。
「じゃあもしかしてこの椅子とかも知ってる? 去年の夏にデンマークに行った時におばあちゃんがわたしのために買ってくれた椅子なんだけど」
「ああ、アリンコチェアか。もちろん知ってるよ。俺の店にも色違いが置いてあるしな」
「へぇ、これって他の色もあるんだ。言われてみればおばあちゃんの家の二階にも違う色があったかも」
その時のことでも思い出しているのか、水無瀬さんはその綺麗な青い瞳を輝かせながらうんうんと一人頷いている。
「デンマークは人を家に招くことが多い文化圏だからな。こういうスタッキングできる椅子は重宝すると思うよ」
「たしかに! おばあちゃん家に行くと近所の人とか親戚とか集まってよくホームパーティーしてるもん」
俺の話しにポンっと手を叩いて納得げな表情を浮かべる水無瀬さん。
ああ、なんという奇跡。まさか学校でこんなにもインテリアの話しで盛り上がることができる相手がいたなんて。しかも水無瀬さんは本場デンマーク事情を知っているので、これはかなり貴重な話しがたくさん聞けるぞ!
そんなことを思い一人テンションが上がっている時だった。今度は教室後方から「おーい、姫奈!」と水無瀬さんの友人の女の子が手を振り声を上げた。
「あっ、由香に呼ばれたからちょっと行ってくるね」
「お、おう」
くそぅ、せっかくデンマーク文化についてあれこれ聞いてみようと思ったところだったのに!
途中で邪魔が入ってしまいそんなことを悔しがっていると、「今度萩原くんのお店にも行ってみるね!」と水無瀬さんは天使のような微笑みを浮かべながら友人がいる方へと向かっていく。
ふむ、その素敵な笑顔に免じて今日のところは勘弁してやろう。
などと上から目線でそんなことを思っていると、俺が水無瀬さんと楽しげに話していた為か、他のクラスメイトたちが何やら物珍しそうな視線をこちらへと向けてきていた。
そしてその中の一人、先ほどまで静かに読書をしていたはずの白峰までもが何故か冷め切った視線を俺に向けていることにも気づいたのだが、関わると何だかヤバそうなので俺はあえて気づかないフリをして残りの時間を過ごしたのだった。
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