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事件簿1
必然の出会い
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「こんにちは。お嬢さん」
――お嬢さん? 何だこの不審者は。
さっきまで自分が不審者だった記憶は脳内から抹消した模様の美琴。
電車に乗遅れた不機嫌も相まって、眉間にありったけの皺を寄せて目の前の男を思いっきり睨みつけ……たかった。が、美琴には出来なかった。
「なんで……」
美琴は腑抜けた声で驚きを露わにした。
スラッと伸びた背、程よく筋肉をまとった肉体(つまり美琴のタイプである細マッチョ)、少し癖のある巻き毛、あっさりとはしているが確実に整っている顔立ち。
そして何が1番驚いたって、目の前の男からは何も視えないということ。
いや、何となくは分かる。性格とか、こう色々身辺とか危うそうだなというのは。だが、彼の心が視えないのだ。本質が、人生が、未来が、過去が。
この時美琴が抱いた感情。
それは興味と、好奇心と、圧倒的感動だった。
「驚いたような顔をしてるね。いや、どっちかといえば感動なのかな」
薄気味悪い微笑みを浮かべてはいるが、当の本人はこれがイケていると思い込んでいるのだからちょっと面白い。
「いや、ちょっと何言ってるか分からないですね」
それでも美琴は精一杯眉をひそめようとするのだが、その表情は何だか猫が怒っているようにも見えて可愛いと感じる紀人。
そしてまた、紀人も美琴に対して興味を抱いていた。
言っておくが性的な意味ではない。心の底から湧き出る純粋な興味だ。この子の霊視能力は際立って高い。放っておけば永田町に消えてしまうかもしれない逸材。こんな純粋にときめく気持ちは、31年間生きてきて二度目のことだった。
車に乗っていたら突然尿意を催して良かったと、紀人は心の底から幸せを感じるのだった。
「ミュージカル、間に合わないんでしょ?」
紀人は美琴の肩にかかる小洒落た小さなショルダーバックに視線を移した。そして本人がイケていると思い込んでいる、まるで彼の周りにだけ涼しい風が吹いてるかのような微笑みをまたもや浮かべる。
「あ」
美琴はこの腹立つ不審者のせいで一瞬忘れていたが、悔しくもこの不審者のおかげで思い出した。どう足掻いても開演には間に合わないということに。
「だ、から、なんですか?」
ショルダーバックを両手で抱え込み、目の前の不審者から守ろうとした。何を守ろうとしたのかは美琴自身にもよく分かっていない。
「送るよ。劇場まで」
「……」
紀人と美琴の間に体感数百年とも感じる数秒が流れた。そしてそれをやぶったのは美琴の発したひと事。
「……え?」
こんな都合の良い話があるわけが無い。だが紀人の心は嘘をついてはいない事は、分かりたくなくても分かってしまう美琴。さらに戸惑った。
「君は俺が嘘を付いているか付いていないかくらいは分かるはずだ。俺は怪しくはないし、むしろ君と話がしたい。もちろん、ちゃんとしたね」
紀人は美琴がついてくる事は分かっていた。彼女はどんな表情を見せてくれるのだろうか、とこのくだらない駆け引きもゲームのように楽しんでいた。
我ながら性格悪いなという事も思わなくはないが、面倒だから俺は性格悪くないと言っておこう。異論は認めない。俺の事を貶していいのは俺だけだ。というのがいい加減な紀人のモットーだった。
「……間に合いますか?」
一方の美琴は紀人のことを理性ではまだ疑っていた。
「開演時間には間に合うよ。絶対に。保証する。間に合わなかったら百万円あげてもいい」
両手を軽く広げ颯爽と言い放つ紀人をジーッと視つめた。
この人は嘘をついて……いない。何度視ても同じ結果だった。ああとても残念だ。電車さえ乗り過ごさなければこんな不審者極まりない人についていかずに済んだのに。まぁオジサンが元気ならいいか……。私は誰も恨まない。ああくそう。
しかしネチネチと恨み節を心の中で唱えるそばで、美琴は紀人の怪しい雰囲気と同時に、この人の心が視えない理由が気になって仕方なくもあった。
そして吹っ切れたように声を荒らげる。
「じゃあ、急ぎましょうよ!」
――お嬢さん? 何だこの不審者は。
さっきまで自分が不審者だった記憶は脳内から抹消した模様の美琴。
電車に乗遅れた不機嫌も相まって、眉間にありったけの皺を寄せて目の前の男を思いっきり睨みつけ……たかった。が、美琴には出来なかった。
「なんで……」
美琴は腑抜けた声で驚きを露わにした。
スラッと伸びた背、程よく筋肉をまとった肉体(つまり美琴のタイプである細マッチョ)、少し癖のある巻き毛、あっさりとはしているが確実に整っている顔立ち。
そして何が1番驚いたって、目の前の男からは何も視えないということ。
いや、何となくは分かる。性格とか、こう色々身辺とか危うそうだなというのは。だが、彼の心が視えないのだ。本質が、人生が、未来が、過去が。
この時美琴が抱いた感情。
それは興味と、好奇心と、圧倒的感動だった。
「驚いたような顔をしてるね。いや、どっちかといえば感動なのかな」
薄気味悪い微笑みを浮かべてはいるが、当の本人はこれがイケていると思い込んでいるのだからちょっと面白い。
「いや、ちょっと何言ってるか分からないですね」
それでも美琴は精一杯眉をひそめようとするのだが、その表情は何だか猫が怒っているようにも見えて可愛いと感じる紀人。
そしてまた、紀人も美琴に対して興味を抱いていた。
言っておくが性的な意味ではない。心の底から湧き出る純粋な興味だ。この子の霊視能力は際立って高い。放っておけば永田町に消えてしまうかもしれない逸材。こんな純粋にときめく気持ちは、31年間生きてきて二度目のことだった。
車に乗っていたら突然尿意を催して良かったと、紀人は心の底から幸せを感じるのだった。
「ミュージカル、間に合わないんでしょ?」
紀人は美琴の肩にかかる小洒落た小さなショルダーバックに視線を移した。そして本人がイケていると思い込んでいる、まるで彼の周りにだけ涼しい風が吹いてるかのような微笑みをまたもや浮かべる。
「あ」
美琴はこの腹立つ不審者のせいで一瞬忘れていたが、悔しくもこの不審者のおかげで思い出した。どう足掻いても開演には間に合わないということに。
「だ、から、なんですか?」
ショルダーバックを両手で抱え込み、目の前の不審者から守ろうとした。何を守ろうとしたのかは美琴自身にもよく分かっていない。
「送るよ。劇場まで」
「……」
紀人と美琴の間に体感数百年とも感じる数秒が流れた。そしてそれをやぶったのは美琴の発したひと事。
「……え?」
こんな都合の良い話があるわけが無い。だが紀人の心は嘘をついてはいない事は、分かりたくなくても分かってしまう美琴。さらに戸惑った。
「君は俺が嘘を付いているか付いていないかくらいは分かるはずだ。俺は怪しくはないし、むしろ君と話がしたい。もちろん、ちゃんとしたね」
紀人は美琴がついてくる事は分かっていた。彼女はどんな表情を見せてくれるのだろうか、とこのくだらない駆け引きもゲームのように楽しんでいた。
我ながら性格悪いなという事も思わなくはないが、面倒だから俺は性格悪くないと言っておこう。異論は認めない。俺の事を貶していいのは俺だけだ。というのがいい加減な紀人のモットーだった。
「……間に合いますか?」
一方の美琴は紀人のことを理性ではまだ疑っていた。
「開演時間には間に合うよ。絶対に。保証する。間に合わなかったら百万円あげてもいい」
両手を軽く広げ颯爽と言い放つ紀人をジーッと視つめた。
この人は嘘をついて……いない。何度視ても同じ結果だった。ああとても残念だ。電車さえ乗り過ごさなければこんな不審者極まりない人についていかずに済んだのに。まぁオジサンが元気ならいいか……。私は誰も恨まない。ああくそう。
しかしネチネチと恨み節を心の中で唱えるそばで、美琴は紀人の怪しい雰囲気と同時に、この人の心が視えない理由が気になって仕方なくもあった。
そして吹っ切れたように声を荒らげる。
「じゃあ、急ぎましょうよ!」
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