見習い占い師 美琴の事件簿

藤沢はなび

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事件簿1

占い 猫zu

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「これに……乗るんですか?」
 超高級外車のオープンカーを目の前に呆然とする美琴。


 おおよそ数分前、
「じゃあ、急ぎましょうよ!!!」
と美琴が声を荒らげたあとは、2人で駅員さんに謝って改札を出してもらった。
 そしてお互い早歩きで無言のまま、紀人が車を止めている駐車場へと向かった。

 その間何度も何度も美琴は紀人を視た。
 だが、彼は私に対して犯罪的なやましい気持ちは一切無いこと、嘘はついていないこと、それは確実に伝わってくるのだった。

 よく考えれば、なんでミュージカルに間に合わないって分かったんだ、と今更感だだ漏れの思いも巡らせていた。
 彼も私と同じなのか、いやそうしか有り得ないと。
 チラッと一瞬彼を視ても、今現在の彼の気持ちは『無』であった。

 ――無ってなに。どういうことよ……。

 またもや涼しい風が吹いてるかのような微笑を浮かべている。
 気持ち悪。
 と思った矢先に駐車場に着いたのだ。

 そして今に繋がる。
「これに……乗るんですか?」

「うん。ほら」
 紀人は慣れた手つきでドアを開け美琴が座ったのを確認すると、これまた慣れた手つきでゆっくりとドアを閉めた。
 こりゃあ女慣れしていそうだ。
 これは普通に見てわかる。

 本当に乗ってしまったが、これは本当に大丈夫なのかという不安な気持ちを他所に、紀人は美琴の隣、運転席に座った。

 エンジンがかけられ、いよいよもう逃げ場はないと胸の鼓動が嫌な方向に高鳴っている美琴に、紀人は1枚の名刺を無言で差し出した。
 怪訝な顔で、汚いものでも受け取るように人差し指と親指でつまみ取る美琴。
 車はゆっくりと動き出した。
 開けてもなんらおかしくはない性格なのに、何故かオープンカーの屋根は閉じている。

 受け取った名刺に視線を移した。

「占いサロン…猫ズ。…ふじわらのりと…」

 以下、白けた表情で名刺を見つめる美琴の感想である。

 ――猫ズって……。この人センス皆無?


「そう。俺一応オーナー」
「占い、ですか」
「そうそう。君をスカウトしたい」

 まるで当たり前の事を言うかのように言いのけた紀人だが、美琴はその眉間のしわを戻す事もせず、心の中で彼を3度見した。

「嫌なんですけど」

「君、名前は?」
「浅井です」
「フルネーム」
「浅井美琴です」
「美琴。今君無職でしょ?」

 美琴は言葉を詰まらせた。
 それは紛れもない事実であるからだ。
 そして無職になった理由は真に自分勝手な理由だから余計に腹が立っているのだ。見事言い当てた紀人に。
「あの、いちいち人のプライバシー侵害しないでください」

 切羽詰まったようにも聞こえた声色に紀人はとどめをさす。
「それは君にも言える」
「――は?」

「俺は生まれつき透視ができてしまう。分からない事は視れば大体分かってしまう。でもそれは実につまらないことなんだよ」
「まぁ、そのことに関しては分からなくもないですけど?」
 美琴の記憶から様々な苦労が引き出され、思い出すだけでも疲れがどっと溜まる。

「そしてプライバシーの侵害、君もしているじゃないか。あの中年の男性……」

「あれは……!だって、線路に飛び込む1歩手前だったし。しかもちゃんと、助け出がこれからある事を知ったのに見過ごせっていうんですか?」
 私にとってこの感覚は特別ではない。
 普通なのだ。
 普通に目の前に線路に飛び込もうとしている人がいたら止める。それをやったまで。まぁ、多少強引だったかもしれないけれど……。

「いやいや、それは君のエゴ。俺たちは無意識に人の詮索をしてしまう。心のSOSを受け取ってしまう。その発信全てに応えていたら疲弊してしまう」
 君こんな事も知らないのか? と当たり前を言ってのける紀人に美琴の歪んだ表情は更に歪む。

「はぁ。まぁ」

「SOSを言いに来た人だけ助ける。プライバシーを侵害出来るこの力を使って喜ばれる職業。はい、それはなーんだ?」

 内心、紀人も必死であった。
 美琴には悟られていないが、こんな逸材放っておけないと、多少強引でウザがられてもいいから手に入れたい強い気持ちに駆られていた。
 美琴におじさんの件を責めていたが、ブーメランもいい所である。


 逆らうのも面倒くさかった美琴は紀人の思惑通りの言葉をぼそっと言う。
「……占い、ですか?」
「そうだ!」
 紀人の周りだけパァっと明るくなった。周りだけ。

「ちなみに、稼げる。時給は4、5000円と言った所かな」
「……私がお金になびくとでも思っているんですか?」

 美琴の眉がピクっと動くのを紀人は見逃さなかった。
「ああ。だって君は大学を中退してバイトも辞めて無職だ。育ててくれた祖父母……に申し訳ないとは思わないのか?」

「最低。どこまでも覗いてくるなんて」

「そこは……すまない。わざとでは無いんだ。分かりたくなくても分かってしまうんだよ」

 紀人はもちろんわざと覗いた。
 そういう表情とを見せておくのも交渉の知恵である。
 まぁ美琴には通じないだろうが。と紀人が思った通り、
 わざとらしく申し訳なさそうな顔をするどうしようもない嘘に美琴は気付いていた。

 ――絶対にわざとだ……完全に黒だ! なんなんだ!!

 と紀人の想像通りに見破り、フラストレーションが溜まる美琴。

 悪くはない話だと理解している美琴は、軽く深呼吸したのち
「……とりあえず、検討はさせてもらいます」
 と窓の外に視線をうつした。

「分かった。良い返事を期待してるよ」

「あの、ひとつ。聞いてもいいですか?」
 美琴はひとつ彼に試してみたい事があったのだ。

「ああ。なんでも聞いて」
「なんで猫ズ? ダサくないですか?」
「だ、ださい…!? 俺は、猫が好きなんだ。名前を変える気はないから」
 今までピクリとも動かなかった紀人の眉が一瞬微かに動いたのを美琴は見逃さなかった。
「ああはい、分かりました」
 美琴の思った通り、紀人は天をも突き破るほどプライドは高く、一言で簡単に、簡潔に誰でも分かるようにいえば、変人だということが分かった。
 紀人は見た目で得してる。きっと紀人自身もそれを理解しているのだろう。



 そんなこんなで、悲惨な無駄話をしていれば、いつの間にか劇場まであと少しの所に来ていた。

「送っていただきありがとうございます」
 確かに変人でしょうもない人であったが、彼がいなければ美琴はやっと取れた長崎虎之助出演のミュージカルに間に合う事が出来なかったのだ。
 とりあえず彼に対するなけなしの好感度を絞り出し、感謝の意を伝えた。


「君の助けを求めている人が沢山いる。君の力はきっと誰かの役に立つ。天職だよきっとね、俺が言うんだから間違いない。ミュージカル楽しんで!」

 車のドアを閉じる直前、紀人との別れの言葉は美琴の胸を突き刺した。
 ――踏み出す1歩目が躊躇われるほどには。

 しかしすぐに長崎虎之助への想いが勝り、チケット片手に無心で劇場へ駆け出した美琴。





「計画通り♪」
 1人車の中で紀人は呟き、上機嫌でオープンカーの屋根を開けた。


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