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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣
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◇
翌日、リーゼロッテは王城の入口で、迎えの馬車に向かっていた。義父が迎えをよこすといったが、ジークヴァルトが公爵家の馬車を用意してくれたようだ。
ジークヴァルトに手を引かれ、その後ろをエラがついて来る。
目に留まった馬車は、ダーミッシュ家のものよりも豪華なものだった。さすが公爵家といった繊細な作りで、フーゲンベルク家の馬の家紋がさりげなくあしらわれている。
馬車の後ろに、馬を引いた騎士が三人待っていた。道中の護衛にと、こちらもジークヴァルトが公爵家から用意してくれたらしい。ただ、そのうちのひとりは、王命でしばらくリーゼロッテの警護につく王城の騎士とのことだった。
ジークヴァルトに礼を取る護衛たちの中で、真っ直ぐこちらを見ている細身の騎士に目が留まる。
体の大きい若い男と壮年の男の間に挟まれたその騎士だけが、王城騎士の制服を纏っていた。他の二人は公爵家の護衛のようだ。
近づいていくと王城の騎士は、長い真っ直ぐな髪をポニーテールにした女性騎士だということに、リーゼロッテは気がついた。その女性騎士の片目には眼帯がつけられている。
「姉上」
ジークヴァルトのその言葉に、横にいたリーゼロッテの目が丸くなる。
(姉上……、ってヴァルト様のお姉様!?)
リーゼロッテは、あわてて彼女に礼を取った。ジークヴァルトの姉なら、それはすなわち公爵令嬢である。伯爵家の令嬢であるリーゼロッテが、ぶしつけな態度をとっていいはずもなかった。
「あら、その娘がヴァルトの婚約者なの?」
すいとリーゼロッテの顔をすくい、女性騎士はリーゼロッテを上向かせる。
黒髪のジークヴァルトとは違って彼女はダークブラウンの髪だったが、青い瞳がジークヴァルトそっくりだった。眼帯が目に入るが、その美しい顔に見つめられて、リーゼロッテはその頬を赤く染めた。
「まあ、なんて可愛らしいの。ジークヴァルトにはもったいないわ」
そう言ってリーゼロッテをその胸に抱きしめる。騎士服に身を包んでいたが、その胸は柔らかくリーゼロッテの頬を包んだ。
(お姉さま……!)
何かいけない世界に足を踏み入れそうで、リーゼロッテは宝塚の男役のような方だと、そんなことを思った。
ふいに手を引かれ、彼女から引き離される。
気づくとリーゼロッテは、今度はジークヴァルトの腕の中にいた。こちらはごつごつしていて、あまり居心地はよくない。リーゼロッテは、ちょっぴり残念に思った。
「もう、男が焼きもちを焼くなんてみっともない」
「ダーミッシュ嬢が困っている」
「あきれた、ホントに甲斐性がない男ね! ごめんなさいね、不肖の弟で」
女性騎士に顔を覗き込まれ、リーゼロッテは挨拶もしていないことに気がついた。
上位貴族の許しなしに、こちらから名乗るのはルール違反だったが、これだけ気安く話かけられているなら大丈夫だろう。そう思ったリーゼロッテは、ジークヴァルトの腕をやんわりと解くと、優雅なしぐさで淑女の礼を取った。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。リーゼロッテと申します、お義姉さま」
礼を取った姿勢のまま、しばしの沈黙が訪れた。なかなか返答がないことにリーゼロッテは戸惑いつつも、そのままじっと待ってみる。
(もしかして姉呼ばわりは早まったかしら……)
内心冷や汗をかきながら、無理な姿勢に体がプルプルし始めたとき、女性騎士は青い片目を見開いて、「かっ」と大きな声を上げた。
怒らせてしまったのかと体を震わせたリーゼロッテは、次の瞬間には、再び女性騎士の腕の中にかき抱かれていた。すりすりと頬ずりまでされている。
「かわいー! 何この娘、可愛すぎるわ。持って帰りたい、いいかしら?」
「いいわけあるか」
ジークヴァルトがあきれたように言い、再びリーゼロッテを奪い返した。
「ああん、もう、心の狭い男ね! そんなんじゃリーゼロッテに嫌われるわよ!」
姉弟のやり取りにリーゼロッテは呆然としていたが、後ろで控える他の騎士たちはその様子を黙って見守っている。とりたてて珍しい光景ではないということだろうか。
「ああ、ごめんなさいね。わたしはアデライーデ。ジークヴァルトの姉よ。一応は公爵令嬢だけど、今は騎士として働いているわ」
「アデライーデ様」
ようやく名前が知れてリーゼロッテは、アデライーデに淑女の微笑みを向けた。
「食べちゃいたいわ」
アデライーデが目をらんらんとさせて言うと、顔をしかめたジークヴァルトがリーゼロッテをその背に隠すように腕を引いて移動させた。
「もう、ジークヴァルトは職務に戻りなさい。ここからはわたしの管轄よ」
そう言うとアデライーデは、リーゼロッテの前に跪いて、恭しく騎士の礼を取った。
「王の勅命により、リーゼロッテ様の護衛を任されましたアデライーデ・フーゲンベルクにございます。あなたをお守りいたします……この命に代えても」
アデライーデはリーゼロッテの白い手を取り、その指先に口づけを落とした。
リーゼロッテの頬がぽっと染まる。
同時に、ジークヴァルトの口から小さく舌打ちがもれた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。子供の頃からの文通相手は初恋の人・ジークフリート様だと思っていたわたし。ダーミッシュの領地に帰って今までの手紙を確かめてみたのだけれど……。何がどうしてこうなったの~!?
次回第18話「愛しい人へ」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
翌日、リーゼロッテは王城の入口で、迎えの馬車に向かっていた。義父が迎えをよこすといったが、ジークヴァルトが公爵家の馬車を用意してくれたようだ。
ジークヴァルトに手を引かれ、その後ろをエラがついて来る。
目に留まった馬車は、ダーミッシュ家のものよりも豪華なものだった。さすが公爵家といった繊細な作りで、フーゲンベルク家の馬の家紋がさりげなくあしらわれている。
馬車の後ろに、馬を引いた騎士が三人待っていた。道中の護衛にと、こちらもジークヴァルトが公爵家から用意してくれたらしい。ただ、そのうちのひとりは、王命でしばらくリーゼロッテの警護につく王城の騎士とのことだった。
ジークヴァルトに礼を取る護衛たちの中で、真っ直ぐこちらを見ている細身の騎士に目が留まる。
体の大きい若い男と壮年の男の間に挟まれたその騎士だけが、王城騎士の制服を纏っていた。他の二人は公爵家の護衛のようだ。
近づいていくと王城の騎士は、長い真っ直ぐな髪をポニーテールにした女性騎士だということに、リーゼロッテは気がついた。その女性騎士の片目には眼帯がつけられている。
「姉上」
ジークヴァルトのその言葉に、横にいたリーゼロッテの目が丸くなる。
(姉上……、ってヴァルト様のお姉様!?)
リーゼロッテは、あわてて彼女に礼を取った。ジークヴァルトの姉なら、それはすなわち公爵令嬢である。伯爵家の令嬢であるリーゼロッテが、ぶしつけな態度をとっていいはずもなかった。
「あら、その娘がヴァルトの婚約者なの?」
すいとリーゼロッテの顔をすくい、女性騎士はリーゼロッテを上向かせる。
黒髪のジークヴァルトとは違って彼女はダークブラウンの髪だったが、青い瞳がジークヴァルトそっくりだった。眼帯が目に入るが、その美しい顔に見つめられて、リーゼロッテはその頬を赤く染めた。
「まあ、なんて可愛らしいの。ジークヴァルトにはもったいないわ」
そう言ってリーゼロッテをその胸に抱きしめる。騎士服に身を包んでいたが、その胸は柔らかくリーゼロッテの頬を包んだ。
(お姉さま……!)
何かいけない世界に足を踏み入れそうで、リーゼロッテは宝塚の男役のような方だと、そんなことを思った。
ふいに手を引かれ、彼女から引き離される。
気づくとリーゼロッテは、今度はジークヴァルトの腕の中にいた。こちらはごつごつしていて、あまり居心地はよくない。リーゼロッテは、ちょっぴり残念に思った。
「もう、男が焼きもちを焼くなんてみっともない」
「ダーミッシュ嬢が困っている」
「あきれた、ホントに甲斐性がない男ね! ごめんなさいね、不肖の弟で」
女性騎士に顔を覗き込まれ、リーゼロッテは挨拶もしていないことに気がついた。
上位貴族の許しなしに、こちらから名乗るのはルール違反だったが、これだけ気安く話かけられているなら大丈夫だろう。そう思ったリーゼロッテは、ジークヴァルトの腕をやんわりと解くと、優雅なしぐさで淑女の礼を取った。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。リーゼロッテと申します、お義姉さま」
礼を取った姿勢のまま、しばしの沈黙が訪れた。なかなか返答がないことにリーゼロッテは戸惑いつつも、そのままじっと待ってみる。
(もしかして姉呼ばわりは早まったかしら……)
内心冷や汗をかきながら、無理な姿勢に体がプルプルし始めたとき、女性騎士は青い片目を見開いて、「かっ」と大きな声を上げた。
怒らせてしまったのかと体を震わせたリーゼロッテは、次の瞬間には、再び女性騎士の腕の中にかき抱かれていた。すりすりと頬ずりまでされている。
「かわいー! 何この娘、可愛すぎるわ。持って帰りたい、いいかしら?」
「いいわけあるか」
ジークヴァルトがあきれたように言い、再びリーゼロッテを奪い返した。
「ああん、もう、心の狭い男ね! そんなんじゃリーゼロッテに嫌われるわよ!」
姉弟のやり取りにリーゼロッテは呆然としていたが、後ろで控える他の騎士たちはその様子を黙って見守っている。とりたてて珍しい光景ではないということだろうか。
「ああ、ごめんなさいね。わたしはアデライーデ。ジークヴァルトの姉よ。一応は公爵令嬢だけど、今は騎士として働いているわ」
「アデライーデ様」
ようやく名前が知れてリーゼロッテは、アデライーデに淑女の微笑みを向けた。
「食べちゃいたいわ」
アデライーデが目をらんらんとさせて言うと、顔をしかめたジークヴァルトがリーゼロッテをその背に隠すように腕を引いて移動させた。
「もう、ジークヴァルトは職務に戻りなさい。ここからはわたしの管轄よ」
そう言うとアデライーデは、リーゼロッテの前に跪いて、恭しく騎士の礼を取った。
「王の勅命により、リーゼロッテ様の護衛を任されましたアデライーデ・フーゲンベルクにございます。あなたをお守りいたします……この命に代えても」
アデライーデはリーゼロッテの白い手を取り、その指先に口づけを落とした。
リーゼロッテの頬がぽっと染まる。
同時に、ジークヴァルトの口から小さく舌打ちがもれた。
【次回予告】
はーい、わたしリーゼロッテ。子供の頃からの文通相手は初恋の人・ジークフリート様だと思っていたわたし。ダーミッシュの領地に帰って今までの手紙を確かめてみたのだけれど……。何がどうしてこうなったの~!?
次回第18話「愛しい人へ」 あわれなわたしに、チート、プリーズ!!
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