悪役令嬢、猫人生を謳歌する※

スナノアリ

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幸せな猫生活~

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 ご飯や寝床の心配がない飼い猫にとっては、時間なんて存在しないようなものだ。

(それだけで、もう幸せよ~)

 猫生活も、半年もすれば慣れたもの。そろそろ昼間かという強い日差しが部屋に差し込むのを感じながら、うっとりと惰眠をむさぼる。
 その幸せなひとときは、年若い少女の声に遮られてしまった。

「おはようございます、エミリーさま」

 腰を屈めて、ベッドに寝転ぶ私に声をかけてきたのは、メイドのニーナだ。

 今世の私が住む家は、前世の物置小屋ほどの小さな家で、塀の外を覗けば、広がるのは緑と土ばかりの田舎にある。
 愛猫とゆったり過ごすには最適な場所なのに、私のたった一人のご主人様は、いつも忙しくて、ほとんど家にいない。通いで来られるニーナを雇って、家事や炊事、私の世話を任せていた。

(むぅ~、まだ眠いわ。おはようなんて言わないで。起こさないでよ~)

 ニーナはまだ十代半ばの、純朴さがにじむ女の子だ。顔に散ったそばかすや、チリチリした赤毛は、世間ではあまり評価されない。けれど、優しげな眼差しをした彼女が、とっても親切で可愛いことを、私は知っている。

 でも、猫の眠気の前にはそんなの関係ないからねっ!

(まだ眠たいよ~)

 肉球を丸めて、まだ開かない目をふわふわの前足でこする。にゃーにゃーと非難しながらチラッと覗き見たニーナは、いつものようにニコニコ微笑んでいた。

 ……まぁね~、猫は何をしても、可愛いからねっ?

(ふふ~ん)

 わがままを言っても笑顔でいてくれるニーナに満足して、そろそろ起きてあげようと伸びをする。

 私は専用の部屋が与えられるほど、ご主人様に愛されている猫で、ニーナは家のことをするとき以外、付きっきりで私の世話をしていた。

 寝起きの日課は、美猫に欠かせないブラッシング。だからニーナがやりやすいように、私はベッドから軽やかにジャンプして鏡台へ飛び移った。

「わぁ、今日もジャンプがお上手ですね」

 目を細めたニーナが、パチパチと手を叩いて私を褒める。彼女はそうやって、毎日私を気分良くさせてくれた。

(ああ~、幸せ。やっぱり飼い猫ほど良い人生はないわね)
 
 ニーナにブラシを当てられながら、自分の考えは間違っていなかったと、ふわふわの襟毛を誇るように顎を上げる。

 前世で私は、生まれ変わったら猫になると決めていたのだ。

 うちの家では動物を飼うことが許されなかったから、猫を愛でられるのは、『ご友人』に分類された知人の家のみだった。それでも、その愛らしさと、すっと滑らかに動き回る自由さに魅了されて、私は猫という存在を心から愛していた。

 そんな大好きな存在になれたのだから、今は毎日が喜びでいっぱいなの!

(にゃん、にゃ~ん、にゃお~)

 どんな鳴き声が一番可愛く聞こえるか、まだ研究中~。

 でも、どんな鳴き声でも可愛いでしょう。鏡に映った私の姿の、なんと愛らしいこと。まあるいフォルムの長毛種だよ!?

(私って、なんて可愛い猫なのかしら~)

 鼻歌気分で、にゃあ~と鳴く。

 その間にも、ニーナは放っておけばくすみがちなグレーの毛並みをすいて、艶やかに整えてくれた。

「できましたよ、お嬢さま。今日もとっても、お綺麗ですね」

 私は舌が短くて、毛づくろいが苦手。だから、ニーナがいないと綺麗になれないの。

 褒めてくれたうえに、頑張ってくれた彼女に、お礼として頬へキスをする。

(ありがとう、ニーナ)

「わぁ……、ありがとうございます」 

 毎日のことなのに、赤くなって、可愛いの。
 でも、猫相手にこれだから、心配にもなっちゃう。

(ちょっと~、簡単に可愛くなっちゃだめよ。ニーナが変なやつに騙されて、悲しむのは嫌だわ。もし好きな人ができたら、必ずここへ連れてきてね。私がこの大きな瞳で見定めてあげる)

 動物に優しくなくてもいいの、好みもあるから。けれど、酷いことをする人はいけないわ。

 どうせ伝わらないとわかっていても、そんな気持ちをこめて、彼女に向かって、にゃ~っと宣言する。 
 すると、私の言葉を理解しているかのように、ニーナは恥じらい顔で返事をした。

「はい、エミリーさま」 

 前世を含めても、私の唯一の友だちは、素直で可愛い。

 人間は嫌いだから、人の友だちはニーナだけで十分。
 でも、それとは別に、猫の友だちはたくさん欲しいよ~。

(いいお庭なのにな~)

 自由気ままな猫らしく、ニーナと話を終えると、すっと窓辺へ移動して、お庭を覗いた。

 たまに庭師さんが手入れする庭には、可憐な草花が咲き乱れ、低木が茂っていて隠れる場所もある。けれど、よその猫が遊びに来たことは、まだ一度もなかった。

(今日こそ、どこかの猫が遊びに来てくれないかな?)

 私は猫が好きだから、自分以外の猫も見たい。それに、せっかく綺麗な猫に生まれたのだから、猫同士でおしゃべりしてみたかった。

 前世でも綺麗なほうで、鼻にかけてはいたけれど、特に自慢はしなかった。愛人の家に入り浸り、ほとんど家にいない母に似ているなんて、嬉しいことじゃなかったし。

 でも今は、大喜びで自慢できる。親も兄弟もわからない猫だけど、それもまた猫らしいからねっ!

「お食事がすんだら、お庭に出ましょうか?」

 じっと庭を見ている私の気持ちを汲んで、ニーナが穏やかな声をかけてくれる。
 その気遣いは嬉しかったけれど、私は彼女に振り向いて、自分の主張を、ニャニャッと鳴いて示した。

(ううん、今日はその前に、やることがあるからね!)

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