2 / 7
幸せな猫生活~
しおりを挟むご飯や寝床の心配がない飼い猫にとっては、時間なんて存在しないようなものだ。
(それだけで、もう幸せよ~)
猫生活も、半年もすれば慣れたもの。そろそろ昼間かという強い日差しが部屋に差し込むのを感じながら、うっとりと惰眠をむさぼる。
その幸せなひとときは、年若い少女の声に遮られてしまった。
「おはようございます、エミリーさま」
腰を屈めて、ベッドに寝転ぶ私に声をかけてきたのは、メイドのニーナだ。
今世の私が住む家は、前世の物置小屋ほどの小さな家で、塀の外を覗けば、広がるのは緑と土ばかりの田舎にある。
愛猫とゆったり過ごすには最適な場所なのに、私のたった一人のご主人様は、いつも忙しくて、ほとんど家にいない。通いで来られるニーナを雇って、家事や炊事、私の世話を任せていた。
(むぅ~、まだ眠いわ。おはようなんて言わないで。起こさないでよ~)
ニーナはまだ十代半ばの、純朴さがにじむ女の子だ。顔に散ったそばかすや、チリチリした赤毛は、世間ではあまり評価されない。けれど、優しげな眼差しをした彼女が、とっても親切で可愛いことを、私は知っている。
でも、猫の眠気の前にはそんなの関係ないからねっ!
(まだ眠たいよ~)
肉球を丸めて、まだ開かない目をふわふわの前足でこする。にゃーにゃーと非難しながらチラッと覗き見たニーナは、いつものようにニコニコ微笑んでいた。
……まぁね~、猫は何をしても、可愛いからねっ?
(ふふ~ん)
わがままを言っても笑顔でいてくれるニーナに満足して、そろそろ起きてあげようと伸びをする。
私は専用の部屋が与えられるほど、ご主人様に愛されている猫で、ニーナは家のことをするとき以外、付きっきりで私の世話をしていた。
寝起きの日課は、美猫に欠かせないブラッシング。だからニーナがやりやすいように、私はベッドから軽やかにジャンプして鏡台へ飛び移った。
「わぁ、今日もジャンプがお上手ですね」
目を細めたニーナが、パチパチと手を叩いて私を褒める。彼女はそうやって、毎日私を気分良くさせてくれた。
(ああ~、幸せ。やっぱり飼い猫ほど良い人生はないわね)
ニーナにブラシを当てられながら、自分の考えは間違っていなかったと、ふわふわの襟毛を誇るように顎を上げる。
前世で私は、生まれ変わったら猫になると決めていたのだ。
うちの家では動物を飼うことが許されなかったから、猫を愛でられるのは、『ご友人』に分類された知人の家のみだった。それでも、その愛らしさと、すっと滑らかに動き回る自由さに魅了されて、私は猫という存在を心から愛していた。
そんな大好きな存在になれたのだから、今は毎日が喜びでいっぱいなの!
(にゃん、にゃ~ん、にゃお~)
どんな鳴き声が一番可愛く聞こえるか、まだ研究中~。
でも、どんな鳴き声でも可愛いでしょう。鏡に映った私の姿の、なんと愛らしいこと。まあるいフォルムの長毛種だよ!?
(私って、なんて可愛い猫なのかしら~)
鼻歌気分で、にゃあ~と鳴く。
その間にも、ニーナは放っておけばくすみがちなグレーの毛並みをすいて、艶やかに整えてくれた。
「できましたよ、お嬢さま。今日もとっても、お綺麗ですね」
私は舌が短くて、毛づくろいが苦手。だから、ニーナがいないと綺麗になれないの。
褒めてくれたうえに、頑張ってくれた彼女に、お礼として頬へキスをする。
(ありがとう、ニーナ)
「わぁ……、ありがとうございます」
毎日のことなのに、赤くなって、可愛いの。
でも、猫相手にこれだから、心配にもなっちゃう。
(ちょっと~、簡単に可愛くなっちゃだめよ。ニーナが変なやつに騙されて、悲しむのは嫌だわ。もし好きな人ができたら、必ずここへ連れてきてね。私がこの大きな瞳で見定めてあげる)
動物に優しくなくてもいいの、好みもあるから。けれど、酷いことをする人はいけないわ。
どうせ伝わらないとわかっていても、そんな気持ちをこめて、彼女に向かって、にゃ~っと宣言する。
すると、私の言葉を理解しているかのように、ニーナは恥じらい顔で返事をした。
「はい、エミリーさま」
前世を含めても、私の唯一の友だちは、素直で可愛い。
人間は嫌いだから、人の友だちはニーナだけで十分。
でも、それとは別に、猫の友だちはたくさん欲しいよ~。
(いいお庭なのにな~)
自由気ままな猫らしく、ニーナと話を終えると、すっと窓辺へ移動して、お庭を覗いた。
たまに庭師さんが手入れする庭には、可憐な草花が咲き乱れ、低木が茂っていて隠れる場所もある。けれど、よその猫が遊びに来たことは、まだ一度もなかった。
(今日こそ、どこかの猫が遊びに来てくれないかな?)
私は猫が好きだから、自分以外の猫も見たい。それに、せっかく綺麗な猫に生まれたのだから、猫同士でおしゃべりしてみたかった。
前世でも綺麗なほうで、鼻にかけてはいたけれど、特に自慢はしなかった。愛人の家に入り浸り、ほとんど家にいない母に似ているなんて、嬉しいことじゃなかったし。
でも今は、大喜びで自慢できる。親も兄弟もわからない猫だけど、それもまた猫らしいからねっ!
「お食事がすんだら、お庭に出ましょうか?」
じっと庭を見ている私の気持ちを汲んで、ニーナが穏やかな声をかけてくれる。
その気遣いは嬉しかったけれど、私は彼女に振り向いて、自分の主張を、ニャニャッと鳴いて示した。
(ううん、今日はその前に、やることがあるからね!)
10
あなたにおすすめの小説
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
悪役令嬢ですが、兄たちが過保護すぎて恋ができません
由香
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・セレフィーナに転生した私。
破滅回避のため、目立たず静かに生きる――はずだった。
しかし現実は、三人の兄による全力溺愛&完全監視生活。
外出には護衛、交友関係は管理制、笑顔すら規制対象!?
さらに兄の親友である最強騎士・カインが護衛として加わり、
静かで誠実な優しさに、次第に心が揺れていく。
「恋をすると破滅する」
そう信じて避けてきた想いの先で待っていたのは、
断罪も修羅場もない、安心で騒がしい未来だった――。
悪役令嬢、隠しキャラとこっそり婚約する
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢が隠しキャラに愛されるだけ。
ドゥニーズは違和感を感じていた。やがてその違和感から前世の記憶を取り戻す。思い出してからはフリーダムに生きるようになったドゥニーズ。彼女はその後、ある男の子と婚約をして…。
小説家になろう様でも投稿しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる