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第八章

魔王軍にいる理由

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「くそっ…あのロッドを使ったのはちょっともったいなかったかしら…」

 松明が規則的に設置された通路を駆けながらパーネは呟いた。
 雇い主のジェレミィに請われ、人質を取って追い詰めた冒険者の少女にまんまと逆転され、窮地を脱するためにその場にあった魔法アイテムを使い、どうにか難を逃れることはできた。しかし、雇い主が発掘したアイテムのほとんどを雇い主ごと失うこととなってしまった。手元にあるのは懐に詰めた数点の金銀が施された装飾品のみである。武器もなく、魔物と戦うにも心もとない。

「…まぁいいわ。死ぬよりはマシよ」

 生きてさえいれば宝などいくらでも手に入る。自分の実力と色香さえあればそれは容易だ。そう思いながら女猟兵は遺跡の出口を目指した。道中にお宝が落ちていれば拾う。ジェレミィの手下がいたら取り分を武器ごと巻き上げる。そんな予定をパーネは頭の中で組み立てていた。

「…おや?」

 まっすぐに続く通路の奥から何かの気配を感じた。


 ――――


「そういえばさ…」
「え…なんで――何?」
 松明が規則的に設置された通路を歩きながら何かを思い出したマイカはエイルに声をかけた。エイルは多くの荷物を包んだ風呂敷を抱えながら彼女の方に振り向いた。

「エイルはどうして魔王軍にいるの?」
「え…それは…」
 今まで聞かれることのなかった問いに対し、エイルは一時、回答に困った。

「元々、僕も冒険者だったんだ。ある日、大けがをした僕をシズハさんと先生が助けてくれて、それで…」
「その恩を返すために冒険者をやめて、魔王軍に入ったってわけ?」
「……」
 マイカの問いに対し、エイルは答えなかった。事実とはやや異なるが、彼の中ではその意味合いこそが大きな理由であった。
 しかし、本当にそうなのだろうか?そうだとしてもそれが正しいのか?エイルはそんな疑問を抱いていたがそれを言葉にすることが出来なかった。
「まぁ、気持ちはわかるわ。あの子、ああ見えて意外と面倒見がいいからね。やっぱりそういうところに惚れたのかしら?」
「う…」
 図星をつかれたのか、エイルは思わず頬を赤らめた。
「でも、うかうかしてられないわよ。あの子はきっと、いや、間違いなくもてるわよ?」
「え?そ、そう?」
「そうよ。自分を顧みないほど周りには優しいくせに、恋愛に関してはやたらと鈍い。間違いなくあの子はそういうタイプよ」
「ず、ずいぶん具体的だね…」
 自分を指さしながら静葉について断言するマイカに対し、エイルはただ困惑していた。
「似たような奴を知っているからね。あいつもそんな奴だったわ…」
 指を下げながらマイカは溜息をついた。
「周りかぁ…」
 エイルは静葉の周囲にいる人物を思い浮かべた。確かに男性も幾人か心当たりがあるが、どの顔触れもそういう対象とは考え難い。そもそも彼女はどちらかというと女性とつるんでいる印象のほうが強い。エイルはふと、その一人であるマイカの顔に目を向けた。

「…ま、まさか…そういう…?」

 妙な考えが頭をよぎり、エイルは顔を赤くした。
「何想像してんのよ!いやらしい!」
 マイカはエイルの頬に杖をぐりぐりと押し付けた。
「ご、ごめんって」
「まぁとにかく、合流したら何かプレゼントするなり、ファッションをほめたりしてやんなさい。そうやって――ん?」
 話の途中でマイカは頭に横掛けにしている仮面を被り直した。
「どうしたの?」
「この先に誰かいるわ」
 通路の奥の方を向き、杖を構えるマイカを見てエイルは荷物を床に下ろし、戦斧と盾を構えた。奇襲を警戒しながらじりじりと二人が前進するとそこには床に一人へたり込み、足首を押さえている妖艶な衣装の女性が困った顔をしていた。
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