異世界に召喚されて「魔王の」勇者になりました――断れば命はないけど好待遇です――

羽りんご

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第九章

食事の準備

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「よし、今日の訓練はここまでとする。各自、水分を補給しろ」

 クールダウンストレッチを終え、三人はサリアから特製ドリンクの入った瓶を受け取った。

「…ったく…初日から飛ばしすぎじゃない…?」

 畳の上で大の字になって倒れこんだビオラは息を切らしながら文句をつけた。腕立て伏せや腹筋などの筋力トレーニングは普段の彼女にとって無縁のものであり、冒険者稼業で一日中歩き回る以上の疲労が一気にたまっていた。

「このくらい、各国の兵士にとっては日課のようなものだ。最近の冒険者はそこまで軟弱なのか?」
 首をゴキゴキと鳴らしながらサリアは訝しんだ。その突き刺すような視線を直視したビオラは何も言い返すことが出来なかった。
「兵士…?もしかして、師範は元々兵士だったのですか?」
 リエルはいつの間にかサリアを『師範』と呼ぶようになっていた。
「ん?…あぁ、そんなところだな…」
 サリアはどこか濁した言葉を返しながら窓の外に目を向けた。
「よし、そろそろ夕食の準備に入る。お前達も手伝ってもらうぞ」
「夕食の…?それにしては早すぎません?」
 窓から見える空はまだ青く、陽は高い。普段ならばおやつの時間であった。
「ちょっと時間がかかるからな。この籠を背負って外に出ろ」
 大きな籠を背負い、サリアは玄関の戸を開いた。
「え…?準備ってまさか…」
 息を整えて立ち上がったビオラだったが、不吉な予感が彼女の頭をよぎった。


 ――――


「やっぱりかよコンチクショー!」

 道場の裏側に生い茂る森の中、籠を背負ったビオラは怒りの声をあげた。

「うるさいぞ」
「いたっ!」
 サリアはすかさずビオラの頭に手刀をお見舞いした。
「いつもこうやって食料を調達しているのですか?」
「無論だ。物資の現地調達は戦場において必要なスキルだ。採取の過程で体力もつくし、知識も蓄えられる」
 そう語りながらサリアは足元に生えている野草を手際よく採取した。四人と一匹は食事のための材料の採取のために外に出たのだ。
「幸い、この辺りは食用に適した植物や動物が多く生息している。もちろん、魔物もだ」
「はぁ…採取は毎日やってるから慣れっこなんだけどさ…」
 ぶつくさ言いながらビオラは前方の開けた場所に足を踏み入れようとした。
「待て!そっちは――!」
「へ?」
 声に反応したビオラが振り返った瞬間、彼女の足にひも状の何かが引っかかり、乾いた木がカラカラと揺れる音が鳴り響いた。そして、ビオラの目前に縄に括りつけられた大きな丸太が勢いよく迫って来た。

「ぬわあぁぁっ!」

 ビオラはとっさに屈みこみ、丸太の直撃を回避した。

「な…何よ今の!」
 足元をよく見ると、遠くからはよく見えないほどに細い糸があちこちの木から木へと張り巡らされていた。
「この道場の周囲にはいくつかのブービートラップを仕掛けてある。今のように糸に引っかかればナリコが鳴り、トラップが作動するのだ」
「トラップって…門下生とる気ないでしょアンタ!」
 尻もちをついたビオラは文句をつけた。
「何を言うか!この程度のトラップを回避できないような軟弱者に私の剣は教えられん!」
「だからって――どわぁっ!」
 反論しようとしたビオラの頭上を先ほどの振り子のように通り過ぎて行った。もしそのまま立ち上がっていたならば彼女の後頭部に丸太が直撃していたであろう。

「…じゃあ、僕達はたまたまトラップのない場所からこの道場にたどり着いたってことですか?」
「ラッキーだったなオイ」
 ほっと胸をなでおろすアズキの足元からトニーが声をかけた。
「このトラップは…やはり狩りのためですか?」
 トラップの射線から逃れたビオラの手を取りながらリエルは質問した。
「うむ。それもあるが…他にも厄介なのがいてな…」
 両腕を組み、険しい表情でサリアは答えた。
「厄介?それって――」
 リエルが話を聞こうとした時、後方でナリコの音が響いた。ほどなくして、乾いた矢の音と共に獣の悲鳴が届いた。
「お。獲物がかかったみたいだな」
 話を中断したサリアは後ろを向いた。
「というわけで、お前達にはトラップを回避しながら食料を採取してもらう。今日の夕食と明日の朝食はお前達の手にかかっていると思え!」
「ちょ、ちょっと!どこにどんなトラップがあるのか教えなさいよ!」
「そのくらい自分で見抜け。安心しろ。一番危険なのは地雷が二つか三つあるくらいだ」
「安心できるかうぉい!」
 ビオラの文句に耳を傾けることなくサリアは早急に森の奥へ走り去っていった。
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