上 下
233 / 261
第十二章

スシ強盗

しおりを挟む
「あったあった。ここがオウカの冒険者ギルドね」
「ホントに賭博場の隣とはね…」
 ビオラの視線の先にそびえたつはギルド建物とほぼ同じ大きさの賭博場。派手な看板の隣の入り口からぞろぞろと用を済ました客が出てきた。クエストで得た報酬を全て溶かした表情で歩く冒険者。パンツ一丁で全てを悟ったかのような表情でたばこを吸う貴族らしき中年。公国公営(一応)の賭博場は常に繁盛していた。それは建国記念祭のシーズンでも変わらない。
「それじゃさっそく――」
「きゃあー!」
「スシ強盗だぁ!」
 リエル達がギルドに一歩近づいた瞬間、絹を裂くような悲鳴が響いた。ギルド向かいの大衆スシ屋からだ。
 大衆スシ屋とは、オウカの名物料理の一つである『スシ』をお手頃な価格で提供する飲食店であり、公国各地に広く普及している。
「てめーら近づくんじゃねぇ!コイツの身体にショーユぶちまけんぞ!」
 怒号と共に主犯格と思われる男が入り口から飛び出してきた。右手に一升瓶のショーユを持ち、左腕に人質と思われる女性店員を抱え込んでいる。
「いやぁぁ!今日は勝負下着をつけているのにー!」
「そっちかよ!」
 女性店員の悲鳴に対して思わずビオラが突っ込んだ。衣服にショーユが付着した時の被害は計り知れないものである。
「や、やめてくれ!もとはと言えば――」
「うるせぇ!慰謝料とスシをよこせオラァ!」
 飛び出してきた店長と思われる男の説得に耳を貸そうともせずに強盗は口に含んだショーユを毒霧のごとく店長にぶちまけた。顔面に直撃を受けた店長はそのまま地面をのたうち回った。その直後、強盗仲間と思われる二人の男が金とスシを持ち出してきた。
 この強盗達は以前、この大衆スシ屋で食事をとり、酒に酔った勢いで備え付けのショーユ差しをしゃぶる、ガリを店内にまき散らすなどといった迷惑行為を働いたことで出禁をくらい、損害賠償を請求された者達であり、その逆恨みによって犯行に及んだのである。無論、リエル達はそのような背景を知る由はない。
「ヤベーなオイ」
「こんな場所で強盗だなんて…」
 周囲から集まりつつある野次馬の隙間からトニーとアズキは強盗の様子を観察していた。
「正面から行くのは危険ね」
「そうね。人も多いし、魔法を撃つにも…」
 リエルとビオラは人質救出のチャンスを焦らずに伺っていた。

「『スリープ』!」
「ぬあっ!?」
 どこからか睡眠魔法の声が聞こえた。
 足元から発生した白い煙に包まれた主犯と人質は深い睡魔に支配され、膝から崩れ落ちた。
「今だ!」
 人混みの隙間を器用に潜り抜けたリエルは高速で駆け寄り、人質の身体を抱えた。
「あ!てめぇ!」
 人質を現場から遠ざけようとしたリエルに気づいた強盗一味の一人は手に持っていた金を下ろし、剣を抜こうとした。
「『スタン』!」
「ぐあっ!」
 先ほどの『スリープ』と同じ方角から聞いたことのない魔法の名が聞こえた。その直後、横からリエルを攻撃しようとした強盗の身体に見えない衝撃が襲い掛かり、強盗は剣を落とした。
「はあっ!」
 人混みの隙間を器用に潜り抜け、高速で接近した何者かが強盗の鳩尾に鞘に入ったままの剣で刺突を打ち込んだ。
「ぐえっ!」
 リエルが振り向くと、刺突の主――剣士の青年が鞘に入ったままの剣を用いて別の強盗のこん棒を打ち払っていた。無力化された強盗は逃走を試みるも、運悪く目の前に出くわしたビオラから杖のフルスイングをお見舞いされることとなった。
「す、すごい…」
 青年の素早く鮮やかな立ち回りにリエルは素直に感動した。
「大丈夫かい?」
「…はっ!あ、ありがとうございます!」
 リエルに抱えられた人質は青年の声で目を覚まし、足を地面に下ろした。彼女はそのまま青年の方を向き、頭を下げた。
「礼ならそちらの女性に言ってくれ。君を助けたのは彼女だ」
 青年は奥ゆかしくリエルを示した。
「い、いえ。私の方こそ助けてもらって――」
「てめえぇぇ!」
 目を覚まし、身体を起こした主犯が青年の背後からショーユ瓶を振りかぶろうとした。

「クアッ!」

 主犯の動きに気づいたリエルが動こうとした途端、上空から一羽の鷹が主犯の前を横切り、その視界を遮った。

「でやぁっ!」

 リエルの右アッパーが顎にクリーンヒットし、主犯は仰向けに倒れた。

「ニール!大丈夫?」
 人混みをかき分けて、僧侶の少女が青年の元へ駆けつけた。
「フィズ!」
「もう…危ないとこだったわよ」
「すまない。詰めが甘かったようだな」
 ニールと呼ばれた青年は申し訳なさそうに頭をかいた。
「ありがとうございます」
 フィズはリエルに向かって頭を下げた。
「いえ。さっきの魔法はもしかして…」
「ああ。彼女のものだ」
 ニールが代わりに答えた。
「ありがとう。あなたの魔法のおかげで助かったわ」
 リエルは笑顔でフィズに礼を述べた。
「い、いえ。こちらこそ…」
「ははは。こりゃお互い様だな」
 ニールはのんきに笑った。
「なーにくっちゃべってんのよ。人に後始末させといて」
「あ」
 気絶した強盗達の身柄をギルドに引き渡したビオラ達が不満げに割り込んできた。

 
しおりを挟む

処理中です...