摘んで、握って、枯れて。

朱雨

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ルピナス

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「ふぅ……」


南雲は1つ息を吐く。
そして天野の背中を優しい手つきで撫でる。
撫でられるのが羨ましいほど綺麗な手をしていた。


「天野さん、待たせたわね」
「はイ……。モウダめかモシレなイデす……」
「天野さん、本当によく頑張ったわ」
「デモ……、まダアノ場ショにいたカッタ……」
「そうね。あっちに行ったら貴方の大ファンが待ってるわ。私も貴方のことが好きだから、思う存分歌ってちょうだい。ヨルの声をたくさん聞きたいし、聴かせたいの」
「フフ……。まタその名前デ呼バレるとは思ってモイマセんでしタ」


天野は泣いて喜んでいた。
朝倉は2人のことを離す。


「感情が昂ってハグなんて情熱的ね」
「だって、今そうしなきゃ飛んでいきそうだって思ったから」
「そうね……。危なかったわ」


朝倉は初めて南雲が花を吐く瞬間を見た。
どうしようも無いくらい虚無感に駆られたのだ。
その反面、美しいと感じていた。


「初めて見て驚いた? 私の吐くところを見せたことなかったものね。柚羽と梨香だけね、見られたの」
「ねぇ、南雲さん」


朝倉は南雲を見つめる。
それに対して優しい表情を浮かべる南雲。
そんな顔を見ると、何度もしつこく言うのも申し訳ないと思うが、朝倉は口を開く。


「……本当にいいの? 梨香を呼ばなくて」
「言ったでしょう? 何を仕出かすか分からないって。それに安心して、熱烈なキスをプレゼントしたから」
「キ……っ!」
「朝倉君もしたことくらいあるでしょ? そんな処女みたいな反応しないでちょうだいよ」


朝倉は不自然な咳払いをする。
男とのキスをカウントしないとは言ったものの、されたことに変わりはない。

南雲は天野にまた声をかける。

「最後にやり残したことはある? あの朝倉柊太っていう男が叶えてくれるよ」
「ちょ……っ!」
「ほント……?」


ほとんど虚ろになっている瞳を向けられる。
今はもう気力で動いているのだろう。
朝倉は断るという選択肢は残されていない。


「ああ、いいよ。何でも言ってくれ」
「アリがトウゴざいマス……。ジャあ、ワタしの歌キイてクダサい……」
「ああ。是非聞かせてくれ」
「この子ね、『ヨル』っていうアイドルなの」
「ヨル……?」


朝倉は思い出す。


「知ってるよ! 俺、よく曲聞いてるから!」
「エヘヘ……。嬉しイナァ……」
「俺はね、『水中世界』って歌好き。透明感すごくて、本当に晴れた空の下の水の中にいるみたいな気持ちになるから」
「ワタしモ好キなんデスよ……。ソノ歌、ウタイまスネ……」


天野夜空、ヨルは最後までアイドルだった。
ファンの好きな歌を歌い、もっと心を掴もうとする。

晴れた日。
水の中。
透き通る透明と水中に咲く花。
その中を散歩をする。
夜になると真っ暗であるが、場面は変わって空になる。
夜空は静かで、星が眩しかった。
月明かりが無いおかげで、星が細かく見えた。
一番星。
探すにはもう手遅れだけれど、君を見つけ出すのは容易だった。
手を繋いで、どこまでも落ちていこう。
1人じゃないから。
空を旅しよう。

そう感じられる歌だった。
朝でも昼でも夜でも透明な世界を感じることが出来る。


「ヨル、ありがとう。素敵な歌声だった」
「コチラコそ、アリガとウゴザイまス……」
「天野さん、すぐに追いかけるからゆっくり進んでいてね」
「ハイ……。あはは……、私ほんとにいなくなるんだ……」


天野の声はいつも通りに戻っていた。
可愛らしい少女の声だった。
虚ろな目からは涙が溢れている。


「朝倉さん」
「何?」
「ヨルのことも……天野夜空のことも、絶対貴方だけは忘れないでくださいね!」
「ああ。任せてくれ。俺は天野夜空もヨルも忘れない。絶対にね」
「ありがとうございます……。私、恋もデートもキスもしなかったなぁ……」
「じゃあ、朝倉君にキス強請りましょ」
「はは……。南雲さん……?」


朝倉はさっきまでのしんみりした空気はどこにいったのだろうと笑う。


「いいんですか……?」
「いや、だめじゃないけど……。逆に最初で最後のキスが俺でいいの?」
「我慢してあげます……」
「上からだね?!」
「早くしてよ、朝倉君」
「あーもう。分かった分かった」


朝倉はもうどうにでもなれ、と思いながら天野に近づく。
そして、頬に手を添えた。

可愛らしいリップ音が南雲の耳に響く。


「えへへ……。ありがとうございます……」
「あ~……、うん……」
「照れちゃって」
「仕方ないでしょうが! 女子とキスはさ……」
「……?」
「いや何でもないよ……」

口が裂けても女子とのキスは初めてだと言えなかった。
田中とキスをした時とはまた違う感触。
天野の唇は柔らかく、良い香りがした。

天野は南雲に身体を預けた。
どうやら時間が来たらしい。
強い風が天野の髪と羽を酷く揺らす。
世界が南雲のすることを止めようとしているようにも思えた。


「南雲さん……お願いします……」
「ええ。任せてちょうだい」


南雲は天野を抱きしめるように体を包み込む。
そして、後ろに回った手は羽の根元をしっかり握っていた。

まるで雪が降っているような景色だった。
月明かりが白銀の羽を照らしている。
透き通るほど綺麗な羽は儚く地に舞い降りるのだった。

力無く全身を南雲に預けている天野を見て、1つの命が枯れたのだと気づかせられる。


「……しっかりいけたわね」


南雲はいつもと何も変わらない声色でそう言った。
朝倉は羽を南雲が準備していた瓶に詰める。
今日初めて話す少女の亡骸に触れないように両手を埋める。

人が1人いなくなっただけでは世界は変わらない。
誰かがそう言っていた。
それは正しくも間違ってもいる。
世界は変わらずとも、その人と関わった人間の世界は現在進行形で形変えているのだ。










・花→ルピナス
・花言葉→想像力。何時も幸せ。
・誕生花→11/27
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