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僕は知らないことばかり
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しおりを挟む遠くから聞こえる子供の声で目を開ける。
外が明るい。コウちゃんがいない。甘い香り。
ダイニングに行くとテーブルに紙のコースターに乗った小皿がたくさん並んでた。小皿にはクッキーともパイとも微妙に違うようなのが数枚ずつ乗っている。
キッチンへの扉を開けるとコウちゃんが洗い物をしていた。
「おはよう。試食?」
「おはよう。そう。まだ試作段階だから後で普通におやつにしような」
薄い生地だし良い香りだしもうお昼だし。
「平気。今食べたい」
試食なら一種類食べる度にお水を飲んだりメモをとったりするけど、試作ならそこまでかしこまったものじゃない。
順番に食べていくつもりで一番端のお皿から一枚食べた。
なんだろう?不思議な感覚。
味は普通に美味しい。食感も軽くて美味しい。
それとは別の問題で本当に「不思議な感覚」としか言いようが無い。
何かを確かめるみたいにどんどん順番に口に運んでいって、5個目で止まった。一個目はレモン、これはオレンジの香りがする。
「これ、食べたことある……!」
コウちゃんが5個目の小皿の下からコースターを抜いて裏返した。どんなアレンジをしたのか書いてある。
「オレンジジュースか」
「なに?これなに!?」
なんでかドキドキしてる僕に対して、コウちゃんは落ち着いている。
「名前かあ。地域によって全然呼び方が違うんだよ。フラッペとかキアッキエレとかスフラッポレとか」
イタリア語っぽい音。
僕が10歳の頃には家にいることが殆どなくなってた母さん。お菓子を作ってくれたことがあったってこと?
なんでコウちゃんが急にそれを作ってくれたんだろう。
「でもどうして急に?」
「昨日クリスマスブーツを見て引っ掛かるって言ってただろ?
俺もなんか引っ掛かってて、寝起きに思い出したんだよ。イタリアでは一月六日にもブーツに入ったお菓子を貰うって。
玄樹も貰ったことがあるなら、他にもイタリアっぽいことしてたんじゃないかと思って作ってみた」
言い出した僕本人が忘れてたのに気に掛けてくれてたんだ。普通に言うだけじゃ足りなくって抱きつく。
「ありがとう。母さんとの思い出なんて一個も無いと思ってた」
「きっとさ、昨日持って帰ってくる時の俺みたいに変な目で見られてやめちゃったんじゃないか?」
そうかもしれない。すれ違う人っていうより、親戚がそういうことをしそうな人たちだ。
僕もコウちゃんがいなかったらどうなってたか分からない。
「ありがとう。いつも僕を守ってくれて、救ってくれて」
「大げさだな」
「ううん。コウちゃんは凄い人だよ」
「そんなことないよ。ヨコだけじゃなくてカニやタマ、持田さんにまで嫉妬してた普通の奴だ」
意外っていうか心当たりが無さ過ぎて、抱きついてた腕を離してコウちゃんの顔を見る。
「なんで?」
コウちゃんはゆとりのある笑顔。
「だろ?俺はその程度の奴だよ」
ヨコさんはしょうがないとして、勉強を教えて貰ってたカニちゃん以外の理由が分からない。
しかも嫉妬してたなんてことを、なんでそんなにゆったり言えるの?
この数日で凄く大人になった気がしてたけど、やっぱりまだまだだったね。
僕は知らないことばかり。
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