僕は傷つかないから

ritkun

文字の大きさ
37 / 41
僕は大人になったから

3(R18)

しおりを挟む
 結局駅や空港での見送りじゃなくて二人の家に行くことにした。土曜日にこっちを出て空港に前泊すると言ってたから、金曜日に持田さんと二人で行ってこうちゃんに作ってもらったスフラッポレを渡して帰ってきた。

 何も思い出が無いわけじゃないってことが、いつか僕にとっても彼女にとっても支えになる時が来るかもしれないから。っていうか今もう既になってるんだと思う。そうじゃなかったらもっと荒んでただろうから、頭で憶えてなくてもきっと今の僕を作ってる。

 それで僕の気は済んだんだけど、カニちゃんが今週の仕事を在宅にしてくれた。空港に見送りに行きたくなったら行けるようにって。
 今週の仕事は会社のSNSの下書きとカニちゃんがピックアップしたリプライや記事に目を通しておくだけ。

 行くつもりは無い。
 気分屋な彼女の怒鳴り声や歌声が聞こえると近所の人は言っていたのに、僕には無言で最後に一言「Addio」と呟いただけだった。いくつかある別れの挨拶から、もう会わないだろうって相手に使う言葉を選んだ彼女。もう僕たちの関係は終わったんだ。

 それを聞いたこうちゃんはベッドの中で何もしてこない。僕が落ち込んでるって思ってるのかな。そういう時は休みの前日でも僕から近づけば腕枕だけしてくれて、右手で触るのは肩だけで背中には触らない。パジャマの下を履いてない時は準備できてるって合図なのに。ちなみにこうちゃんは基本ちゃんとパジャマを着る。

 仰向けのまま腕枕をしているこうちゃんを見上げる。
こうちゃん、2連休だよ?」
 寝返りを打って僕の肩を手でそっと包む。
「こういう時はぐっすり眠った方がいい」

「こういう時って?
 二人のおかげですごく落ち着いた気分だよ。誕生日で成人っていうよりずっと大人になった気がする」

 こうちゃんから不思議そうな空気が伝わってくる。
「二人のおかげで?」
「あの人が言ったんだ。
 『彼女は女王様の仮面をかぶったお嬢様。俺は生涯彼女をそうであり続けられるように守ると誓ったんだ』って。
 そういう形もありなんだろうけど、僕は反面教師だと思った。
 ねえこうちゃん、僕が『それはダメだろう』ってことをしたら教えてね。僕にも時々は甘えてね」

 左足をこうちゃんの足の間にゆっくりと差し込む。
「きっとそうしてくれるって思えるこうちゃんとこうしていられるって幸せをかみしめてるところだよ」
 これが僕の一番の大人になったなってところ。こうちゃんは手や口よりも足の動きに敏感で、「したい」って直接言われるよりもこれくらいの方がそそられるって気付いたんだ。

 ……ほらね。

「大人になるのがちょっと怖かった。『もう一人でも大丈夫だね』ってこうちゃんに言われたらどうしようって。でも今は早く大人になって、大人にするみたいにしてほしいよ」
 あ、結局してって言っちゃった。

 スイッチが入った後で良かった。こうちゃんが腕枕を抜いて僕を仰向けにしながら覆い被さる。ヘッドボートをがさごそしてから僕の手を握‥‥‥らない?

 まあゴムを持って手を繋ぐはずないし、そもそもゴムを取る音じゃなかったんだよね。顔だけ横に向けて手を見たら、肘を曲げて横に広げていた僕の手をこうちゃんが広げて薬指だけを少し上げた。

「俺も本当は不安だったよ。大人になった玄樹げんきに『もう大丈夫。今までありがとう』って言われたらどうしようって」
「……え?」
 1ミリも予想していなかった発想と薬指に嵌められた指輪に言葉を失う。

 こうちゃんは穏やかなまま。
「嵌めてくれる?」
 もう一度ヘッドボードに手を伸ばしたこうちゃんから指輪が渡される。

 こうちゃんが膝を立てて右手をついて、僕たちの顔の間に大きく広げた左手を出した。親指と人差し指で持った指輪を震える手で嵌めた瞬間に、僕の手は優しく包まれてベッドに押さえ付けられた。鼻が触れる直前までまっすぐ近づいてきてからこうちゃんが少し首を傾けて、僕はそのままで少し唇を開く。

 唇を離さないまま僕が二人の履き口を手で下ろせる所まで下ろしたら、あとはお互いの足で少しずつ脱いでいく。その動きで体の触れ合う部分や体重の掛かり方、唇の硬さが変わって興奮する。

 下を完全に脱いだらそれぞれ自分でボタンを外して、あとはこうちゃんが脱がせてくれる。パジャマと掛け布団をベッドの下に落としたら、こうちゃんが少しだけ獲物を見る目になった。僕の大好きな目。

 その熱とは裏腹に降参とか誓いの向きで僕の胸にぴったりとくっつけた左手がまっすぐゆっくり下がっていく。指輪が僕の硬くなってる所を狙ったように轢いていった。

 やり返すと見抜かれてて、ピクンっとなった隙にもう左手首を掴まれてベッドに押し付けられてた。
「ずるいっ」

 こうちゃんは何も言わずに僕の左足に跨るように移動して、左手の人差し指を僕の中に入れるとすぐに僕の左手を自由にしてくれた。
「いいよ。どうしたい?」

 こうちゃんの胸に手を当てる。さっきのこうちゃんと全く同じなんだからどうするか分かってるはずなのに止められない。そのまま指輪の通り道を意識しながら胸を撫でたらこうちゃんがピクっと跳ねた。中の指も小さく曲がって僕も跳ねさせられる。
「……ずるい‥‥‥」
「なんで?
 気持ち良いよ。玄樹げんきは違うの?」

 確かに視線も声も熱いまま。じゃあ続けてみよう。
 今度は下から上へと指輪で弾いたり、こうちゃんが跨いでる右足を動かしてみたり。動かし方は硬くなってる所を狙うんじゃなくただモゾモゾと。それでも充分、むしろいつもより感じてるんだって中の指がピクピクと教えてくれる。

 指が抜かれてちゃんと繋がったらこうちゃんの胸にそっと左手を当てた。僕はそこから動かさない。突いてくるこうちゃんの動きで勝手に指輪が刺激するだけ。次第にこうちゃんが当たり方を調節するように上体を動かし始めた。

 手の届く距離なのに切なそうな表情がすごく遠く感じて、こうちゃんの背中で足首を組んで引き寄せる。
「僕より30センチ以上遠い所でそんな顔しないで」

 言い終わった瞬間にゼロ距離になって唇を啄まれる。首に腕が回されていつもの体勢になったらやっと今日最初の舌の感触。熱い視線で激しく突いてくるのに舌だけは優しくて、ギャップとじわわじわと浸食される感じで脳が痺れて蕩ける。

 掴まっていられなくなって元の体勢に戻ったら、肩から二の腕を通ってずり落ちていた僕の手を恋人繋ぎにされた。それから僕の膝の上で重ねて、お互いに右手の薬指で相手の指輪を撫でる。数秒したらこうちゃんが手をほどいて僕の手首をベッドの膝辺りに押し付けて、肘の上辺りを掴み直した。

 こうちゃんの顔が10センチまで近づく。
「俺だってくっついていたいけど……いや、くっついていたいからだな。ちょっとゴメン。声出さないように気を付けて」
 優しい言葉なのに何かヤバいことしようとしてるよね。あと両手塞がれてるのに声出すなってどうやって防げばいいの。こうやって追い詰めるのも作戦?

 ベッドに押さえ付けられたままの腕をゆっくり強く足側へと引きずられて体がエビ反りになっていく。初めての体勢に意識が行きかけた瞬間。
「~~~~っっ!!!」
 前立腺が撫で上げられたんだって頭の片隅で一瞬だけ考えられた。



 目を開けるとさっきの言葉通りくっついていた。体が拭かれていてベッドの上には大判のバスタオル、横向きの僕をこうちゃんが後ろから包んでる。掛け布団は僕の肩までで、二人ともパジャマは着てないからこうちゃんの枕にしてない方の腕を胸に抱きしめると程よく気持ち良い。。

「起きたか。喉乾いてないか?」
 乾いてるけどそれより正面からくっつきたくて寝返りを打って、こうちゃんの首に目が釘付けになる。
「え⁉ なんで!?」
 そこには指輪が二つ通ったペンダント。

 慌てて自分の指とこうちゃんの指を確かめる僕に余裕で手を動かされるまま答える。
「学校や仕事に嵌めていきかねないからな、基本俺が預かっとく」
「そんなことしないから!」

 僕が手を伸ばすよりも先に指輪を握りしめた。
「でも持って行こうくらいは思ってただろ?」
「……それは……」

 俯いた頭がそっと撫でられて顔を上げると優しい表情。
「そう思ってくれて嬉しいよ。信用してないわけじゃないんだ。手元にあるのに我慢するよりこの方が落ち着くと思って」

 僕は大人になったのに、とっくに大人なこうちゃんには敵わないんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...