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第5章
16 ヴァリウス
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「綺麗だな。翡翠のようだ。深い緑色かと思えば、光を当てれば半透明になって中を覗ける。血の色と混じっても遜色ない。素晴らしい核だ」
ヴァリウスは血溜まりに沈んだ獣人の核を取り出しては、うっとりと眺めた。床に散乱した肉塊と無残に剥がれ落ちた羽根を無造作に踏みつけては満足そうに笑った。
「こいつは何だったかな。そうだ、鋭い爪を持っていた。ネモグラの一種だったか。掘削に適していそうだな。もっと水路を広げてこの先に備えねば水は常に必要だ」
砂漠化は城の周りにも影響を及ぼしていた。
「この羽根の奴は医者だったな。未だ解明できてない難病の治療薬を開発したいと言っていた。腕は確かと聞いていたが、こうもあっけなく散るとはな。研究費も無駄になった。他人の治療より己れを守る術を学べばいいのに。馬鹿な奴だ」
ひとつ、ふたつと核を拾い上げては、自分が着ている服の裾で血を拭いた。
「こいつの針捌きは見事だったな。暗殺には持ってこいだ」
みっつ、
「こいつは自らの腕を切り落として相手を油断させ、攻撃を仕掛ける。戦い方をよく知っている奴だ」
よっつ、
「こいつは」
左右瞳の色が違うオッドアイ。
長年、側に仕えていた。飛ばし目の能力で、遠方の敵状視察と未来視。鋭い爪は岩壁さえ切り裂いた。
「…お前はもっと頭の良い男だと思っていたがな」
ヴァリウスの足元にうつ伏せで倒れていたのはレアシスだった。白いシャツには無数の穴が空いていた。足止めを食らった時に刺さった針の穴だ。足止めされた時には傷ひとつなかった。だが、今はその穴から滲み出てきた血液に、辺りは真っ赤に染まっていた。
「仲間の仇討ちのつもりか?残念だが、こいつらはお前を仲間とは思っていないだろうな。俺に頭を下げた腑抜けた裏切り者としての見方が濃厚だろう」
ヴァリウスは靴の裏でレアシスの肩口を押し当てた。傷口を抉り取られるような、呻めき声を上げてレアシスは仰向けに姿勢を変えた。
「憐れなものだ」
核の譲渡を済ませているレアシスは、これ以上の追撃を受けても死に至ることはない。ただ傷付いた体はそう簡単には癒えることはない。
「…ハッ、ハーッ…ハッ…」
意識は混濁し視界もぼやけてきた。呼吸もまともにできない。
レアシスは、自分を巻き込まぬよう足止めしてきた獣人達の気配を辿った。しかし誰の気配も息遣いもわからなかった。
「…ッ……は」
わかりきった無駄死にだと頭によぎった。あれだけ忠告したのに聞く耳を持たなかった彼らが悪い。同情する気などない。なのに、なぜ、胸が痛いのか。自分の血はまだ温かいのに、なぜ床を染めた血は冷たく固まっているのか。
「なぜだ…」
なぜ我慢していられなかったのか。おとなしくしていれば、こんなにも無残な死に方をしなかったかもしれないというのに。奪い取られる死を間近に控えていて、最後に一旗上げたかったのか。いや、そうではない。
わかっている。
みすみす命を奪い取られたくないのだ。期限付きの一生だとしても、わざわざ命を捧げに行く奴はいない。そんなこと考えずもわかる。無謀な行動だ。でも、ただ、その日を待っているわけにはいかないのだ。だからわたしも黙っていられなかった。同じ獣人とはいえ、境遇が違えば仲間や同胞だとは見られないのはお互い様だ。異質な目で見られても仕方ない。ただ無駄な血は見たくない。だからあれほど忠告したのに!
レアシスはゆっくりと体を起こした。動くたびに体の筋が張り、うまく腕や足が動かせなかった。血溜まりの中に散らばった羽根が色を変えていた。冷えて固まった羽根ではもう飛べやしない。
「じきに影付きも手に入る。天環が降りてくれば私の天下だ」
ヴァリウスは天上を見上げて卑しく笑った。この国では1分以上天を見上げることは禁止されていた。天上の使者、あるいは神を盗み見るような行為だからだ。そんなことはお構い無しなのはヴァリウスだけだ。
「さて、どうするか。お前の行動には目に余るものがあるが、能力は捨てがたい。飛ばし目に未来視。美しいオッドアイ。私にひれ伏せ、また私に忠誠を誓うというなら、今一度お前を側仕えとしていさせてやるぞ」
ヴァリウスは靴のつま先でレアシスの顎を持ち上げた。
不覚にも膝をついた態勢になってしまっていた。コケにされていても身動きはままならない。ただ、眼光だけはギラついていた。
「断るなら目玉だけくり抜いてやる。それ以外はこいつらと共に木っ端微塵に切り裂いて、テレサの墓石にぶちまけてやる。名入れもしてやる。躾のなってないバカネコとな!飼い主の顔が見てみたいわ。死ぬまで玉座にしがみついた耄碌ババアの面をな!」
ヴァリウスはレアシスの顔を蹴り飛ばした。
「貴様ァ!」
横っ面を弾かれた後にすぐ、レアシスは怒りをあらわにし五指に鋭利な爪を剥き出しにし、ヴァリウスに飛びかかった。その形相は鬼気迫るものがあった。
「ふん」
レアシスの攻撃をさらりとかわし、甲冑姿の兵士に置物から槍を取り出した。
「攻撃が安直だ。バカネコめ」
斜め上からシャッと五指が弧を描くように空を切った。
飛び散る鮮血がレアシスの目に映った。小さな粒がいくつも空を舞った。
指には皮膚を切り裂いた感覚が残っていたが、ヴァリウスの体は傷ひとつない。
着地と同時に腹部に鈍い痛みがあった。視線を落とすと脇腹に槍が突き刺さっていた。趣味の悪い装飾品に過ぎないと思っていたが、肉を裂く威力は本物だった。
「お前の爪もコレぐらい威力があれば良かったのにな」
ヴァリウスは槍の柄を握り締め、グッと力を込めた。
「ぁぐっ!!」
ヴァリウスは片膝をついて耐え抜こうとしているレアシスを蹴り飛ばした。
「…バカネコめ。ずいぶん優遇してやったというのに恩知らずめ」
ヴァリウスは柄に足を掛け、グイグイとレアシスの体に押し込んだ。
「グゥあああ!!」
レアシスは痛みの反動で左右に激しく動いた。その度に血が滲み出した。槍が突き刺さったままなのが少なからずの救いだ。これを抜かれたりしたら、大量出血で命を脅かされる。
「どいつもこいつも役に立たん!!クソ!忌々しい!!」
ヴァリウスは苛立ちを隠せずにいた。ヌルリとした感触に気付いたのもこの頃だった。耳の後ろから首にかけて血が流れていた。生々しい五線の傷跡。先程のレアシスの攻撃だと今気づいた。
「クソが!」
ヴァリウスは今一度レアシスの腹部を踏みつけた。その衝撃でレアシスは意識を失ってしまった。安直な攻撃だと揶揄したばかりの仕打ちをまともにくらい、尚且つ気がつかなかった事に腹を立てていた。小賢しい従者と己れの愚かさに。
「胸糞悪いわ!所詮獣人は獣人だ。特殊な能力があれど人間には勝てぬ!人の下で膝をつく家畜と同じだ!殺せ!皆殺しだ!!」
ヴァリウスは喚き散らした。その布令は瞬く間に城中に響き渡った。戦々恐々と従者達が下働きの獣人達を広間に集めた。
獣人達は突然の布令に怯えた声で泣き喚いた。粛清の日にまだまだ先だったのだ。
「ヴァリウス様!お許しください!まだ、まだ…!!」
獣人達は耳や尻尾を垂れ下げて必死に頭を下げた。
「我に楯突く気か。例外などない!」
ヴァリウスは今や正気ではない。プライドを踏み躙られ、長年側に仕えていたレアシスにも裏切られた。右手に握られた大きな鉈を振りかざした。
ヒィィーッと響く断末魔に、従者達は顔を背け、城中はビリビリッと振動した。
「綺麗だな。翡翠のようだ。深い緑色かと思えば、光を当てれば半透明になって中を覗ける。血の色と混じっても遜色ない。素晴らしい核だ」
ヴァリウスは血溜まりに沈んだ獣人の核を取り出しては、うっとりと眺めた。床に散乱した肉塊と無残に剥がれ落ちた羽根を無造作に踏みつけては満足そうに笑った。
「こいつは何だったかな。そうだ、鋭い爪を持っていた。ネモグラの一種だったか。掘削に適していそうだな。もっと水路を広げてこの先に備えねば水は常に必要だ」
砂漠化は城の周りにも影響を及ぼしていた。
「この羽根の奴は医者だったな。未だ解明できてない難病の治療薬を開発したいと言っていた。腕は確かと聞いていたが、こうもあっけなく散るとはな。研究費も無駄になった。他人の治療より己れを守る術を学べばいいのに。馬鹿な奴だ」
ひとつ、ふたつと核を拾い上げては、自分が着ている服の裾で血を拭いた。
「こいつの針捌きは見事だったな。暗殺には持ってこいだ」
みっつ、
「こいつは自らの腕を切り落として相手を油断させ、攻撃を仕掛ける。戦い方をよく知っている奴だ」
よっつ、
「こいつは」
左右瞳の色が違うオッドアイ。
長年、側に仕えていた。飛ばし目の能力で、遠方の敵状視察と未来視。鋭い爪は岩壁さえ切り裂いた。
「…お前はもっと頭の良い男だと思っていたがな」
ヴァリウスの足元にうつ伏せで倒れていたのはレアシスだった。白いシャツには無数の穴が空いていた。足止めを食らった時に刺さった針の穴だ。足止めされた時には傷ひとつなかった。だが、今はその穴から滲み出てきた血液に、辺りは真っ赤に染まっていた。
「仲間の仇討ちのつもりか?残念だが、こいつらはお前を仲間とは思っていないだろうな。俺に頭を下げた腑抜けた裏切り者としての見方が濃厚だろう」
ヴァリウスは靴の裏でレアシスの肩口を押し当てた。傷口を抉り取られるような、呻めき声を上げてレアシスは仰向けに姿勢を変えた。
「憐れなものだ」
核の譲渡を済ませているレアシスは、これ以上の追撃を受けても死に至ることはない。ただ傷付いた体はそう簡単には癒えることはない。
「…ハッ、ハーッ…ハッ…」
意識は混濁し視界もぼやけてきた。呼吸もまともにできない。
レアシスは、自分を巻き込まぬよう足止めしてきた獣人達の気配を辿った。しかし誰の気配も息遣いもわからなかった。
「…ッ……は」
わかりきった無駄死にだと頭によぎった。あれだけ忠告したのに聞く耳を持たなかった彼らが悪い。同情する気などない。なのに、なぜ、胸が痛いのか。自分の血はまだ温かいのに、なぜ床を染めた血は冷たく固まっているのか。
「なぜだ…」
なぜ我慢していられなかったのか。おとなしくしていれば、こんなにも無残な死に方をしなかったかもしれないというのに。奪い取られる死を間近に控えていて、最後に一旗上げたかったのか。いや、そうではない。
わかっている。
みすみす命を奪い取られたくないのだ。期限付きの一生だとしても、わざわざ命を捧げに行く奴はいない。そんなこと考えずもわかる。無謀な行動だ。でも、ただ、その日を待っているわけにはいかないのだ。だからわたしも黙っていられなかった。同じ獣人とはいえ、境遇が違えば仲間や同胞だとは見られないのはお互い様だ。異質な目で見られても仕方ない。ただ無駄な血は見たくない。だからあれほど忠告したのに!
レアシスはゆっくりと体を起こした。動くたびに体の筋が張り、うまく腕や足が動かせなかった。血溜まりの中に散らばった羽根が色を変えていた。冷えて固まった羽根ではもう飛べやしない。
「じきに影付きも手に入る。天環が降りてくれば私の天下だ」
ヴァリウスは天上を見上げて卑しく笑った。この国では1分以上天を見上げることは禁止されていた。天上の使者、あるいは神を盗み見るような行為だからだ。そんなことはお構い無しなのはヴァリウスだけだ。
「さて、どうするか。お前の行動には目に余るものがあるが、能力は捨てがたい。飛ばし目に未来視。美しいオッドアイ。私にひれ伏せ、また私に忠誠を誓うというなら、今一度お前を側仕えとしていさせてやるぞ」
ヴァリウスは靴のつま先でレアシスの顎を持ち上げた。
不覚にも膝をついた態勢になってしまっていた。コケにされていても身動きはままならない。ただ、眼光だけはギラついていた。
「断るなら目玉だけくり抜いてやる。それ以外はこいつらと共に木っ端微塵に切り裂いて、テレサの墓石にぶちまけてやる。名入れもしてやる。躾のなってないバカネコとな!飼い主の顔が見てみたいわ。死ぬまで玉座にしがみついた耄碌ババアの面をな!」
ヴァリウスはレアシスの顔を蹴り飛ばした。
「貴様ァ!」
横っ面を弾かれた後にすぐ、レアシスは怒りをあらわにし五指に鋭利な爪を剥き出しにし、ヴァリウスに飛びかかった。その形相は鬼気迫るものがあった。
「ふん」
レアシスの攻撃をさらりとかわし、甲冑姿の兵士に置物から槍を取り出した。
「攻撃が安直だ。バカネコめ」
斜め上からシャッと五指が弧を描くように空を切った。
飛び散る鮮血がレアシスの目に映った。小さな粒がいくつも空を舞った。
指には皮膚を切り裂いた感覚が残っていたが、ヴァリウスの体は傷ひとつない。
着地と同時に腹部に鈍い痛みがあった。視線を落とすと脇腹に槍が突き刺さっていた。趣味の悪い装飾品に過ぎないと思っていたが、肉を裂く威力は本物だった。
「お前の爪もコレぐらい威力があれば良かったのにな」
ヴァリウスは槍の柄を握り締め、グッと力を込めた。
「ぁぐっ!!」
ヴァリウスは片膝をついて耐え抜こうとしているレアシスを蹴り飛ばした。
「…バカネコめ。ずいぶん優遇してやったというのに恩知らずめ」
ヴァリウスは柄に足を掛け、グイグイとレアシスの体に押し込んだ。
「グゥあああ!!」
レアシスは痛みの反動で左右に激しく動いた。その度に血が滲み出した。槍が突き刺さったままなのが少なからずの救いだ。これを抜かれたりしたら、大量出血で命を脅かされる。
「どいつもこいつも役に立たん!!クソ!忌々しい!!」
ヴァリウスは苛立ちを隠せずにいた。ヌルリとした感触に気付いたのもこの頃だった。耳の後ろから首にかけて血が流れていた。生々しい五線の傷跡。先程のレアシスの攻撃だと今気づいた。
「クソが!」
ヴァリウスは今一度レアシスの腹部を踏みつけた。その衝撃でレアシスは意識を失ってしまった。安直な攻撃だと揶揄したばかりの仕打ちをまともにくらい、尚且つ気がつかなかった事に腹を立てていた。小賢しい従者と己れの愚かさに。
「胸糞悪いわ!所詮獣人は獣人だ。特殊な能力があれど人間には勝てぬ!人の下で膝をつく家畜と同じだ!殺せ!皆殺しだ!!」
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獣人達は突然の布令に怯えた声で泣き喚いた。粛清の日にまだまだ先だったのだ。
「ヴァリウス様!お許しください!まだ、まだ…!!」
獣人達は耳や尻尾を垂れ下げて必死に頭を下げた。
「我に楯突く気か。例外などない!」
ヴァリウスは今や正気ではない。プライドを踏み躙られ、長年側に仕えていたレアシスにも裏切られた。右手に握られた大きな鉈を振りかざした。
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