大人のためのファンタジア

深水 酉

文字の大きさ
143 / 210
第3章

15 王子

しおりを挟む

-----------------------------------------------

 暗転から明転。瞬きよりも早く舞台が変わった。
 人々の奇声もまもなく消えた。立ちはだかる水の壁はまぼろしかのごとく飛散した。
 ミストシャワー並みの細かい粒子となって、混乱していた森の中で、立ち往生していた人々にふりかかった。
 優しく。恐れなどなく。記憶を塗り替えていった。村のことも、主神のことも、綺麗さっぱり消していく。
 上空に吹き上がった風が遥か彼方の山の頂にある雪をも運んできた。
 白い雪と森に咲く美しい花々と交わりながら、踊りながら、ゆっくりと地上に落ちてきた。
 その中にイミュキュの花もあった。その風景に人々は歓喜の声を上げた。
 「見て!お花のシャワーよ!素敵ねえ!」
 「お祭り楽しかったねー」
 「お料理おいしかったわ!」
 「お花素敵ね。うちの花壇にも植えましょうよ」
 「そうしようか」
 仲睦まじく語り合う家族の会話があちこちから流れてきた。きっとあの親子もいるだろう。
 もう大丈夫だろうとキハラとキアも花を隠れ蓑にしてそっと水の中に入った。水音は限りなく小さくして。
 水中は雨で濁った水面部分とは異なり、碧く澄んでいた。上空にいた時の圧が解き放たれ、キアは縮こまっていた手足を広げた。結んでいた髪の毛も解いた。ゆるりと水を含んで膨らんで広がっていく。
 「んああぁぁぁ」と大きく伸びをした。ゆっくりと沈んでいく体は、キハラが寄り添うように支えてくれた。
 水の中だけどキハラのそばにいるため呼吸ができ、会話も普通にできた。村の混乱はもう大丈夫だと期待をしよう。
 「じきに上も直る」
 キアの心情を読み取ったかのようにキハラは呟いた。
 「…大丈夫?」
 「何がだ」
 「無理してない?」
 キアはキハラの口元に手を当てた。
 「…このまま夜を待っていても状況は変わらん。だったらさっさと終わらせるに限る」
 「そうだけど…」
 「どちらにしても昼間動き回るのは好かん。こんな暗転目眩しに過ぎん。オレの姿を見た者もいただろう。クソ!疲れた!眠い!余計な体力を使わせやがって!!」
 イレギュラーな行動に腹を立てる。言動が荒く、駄々をこねる子どもっぽくなった。
 「笑えねえぞ」
 キアの口元が緩むのを見て、キハラは悪態をつく。
 「ごめん」
 キアは慌てて、口元を隠して身振り手振りで謝罪をした。
 「…お前はもう少し」
 オレといると気を抜きがちだと言わんばかりだ。
 だがキハラは口を閉じた。
 「まあいい。とにかくオレはしばらく寝る」
 「しばらくってどのくらい?」
 「体力を戻すのに時間がかかる。祭も終わったから人の出入りも減るだろう」
 「そうかもしれないけど、会えないのは辛いよ」
 「うぜえ」
 ここははっきりと。
 「…う。ごめん…」
 こう発言すると鬱陶しがられてしまうのはキアも承知済みだ。承知済みでも、つい口に出してしまう。もう毎日キハラのそばにいるのが癖のようになっている。かなりの依存型だ。
 「…お前の世話はウルでもロイでも使え」
 「そうじゃないよ」
 キハラではないと意味がない。そうではないとキアは頬を膨らませた。
 「外のあれはお前に用がありそうだ。話でも聞いてやれ」
 「誰の話?」
 頬の膨らみがぷすんと萎んでいく。
 「あの白い毛のチビ。挨拶に来ないのは気に食わねえが、オレの姿を見ても逃げ帰らなかったのは褒めてやる」
 キハラは首をしゃくり上げ、地上に行けと合図を見せた。
 キハラはキアの腹の下に潜り込み、持ち上げるように泳いだ。水面近くなるとポイッとキアを持ち上げて地面に放った。バシャバシャと大きな水音を出し、バンッと草地にお尻を打ちつけた。
 「キハラ!痛い!もうちょっと優しくしてよ!」
 キアは打ちつけた箇所をさすりながら涙目でキハラを睨んだ。
 「うるせえ。いい加減慣れろ」
 キハラは悪びれもせず吐き捨てた。相変わらずだなぁとロイが出てきた。人と神の種族の隔りを微塵も感じさせない二人がとても微笑ましく感じていた。羨ましさを通り越して、今はもう風物詩というか。なくてはならないものになっていた。
 キハラは、首をしゃくり向かい側の木の根元に視線を送った。
 「ウー、グルルルルルル…!!」
 そこには牙を剥きこちらを睨んでいる動物がいた。低い唸り声を上げ、背中を丸めて毛が逆立っていた。今にも飛びかかってきそうだった。
 「あっ!あなた!」
 キアはあの時の犬だと確信した。大雨の中で見失ってから気がかりではあったが、それどころではなかった。
 「なんだ。もう面通しは済んでるのか」
 「キハラ知ってたの?…多分私の夢に出てきた子だよ」
 キアは表情を変えた。緊張感がふつふつと現れた。
 「そうか。お前か。毎晩キアを脅していたのは」
 ロイはキアの前に出る。
 「…脅してはねえよ」
 「喋る…!やっぱり獣人なんだ」
 「うるさいな!いちいち獣人だとか言うな!」
 キアは怒鳴られて体を縮こませた。
 「そう固くなるな。お前も。キアも落ち着け。身元がわかればそう警戒することもない」
 「…ロイさん。知ってるの?」
 ロイの言葉にキアは恐る恐る尋ねた。キハラも横目だけ視線を向けた。
 「ああ。オレも会うのは初めてだが、お前はニルクーバの王子だろう。貴族の王子が獣人に転化したと風の噂で聞いたことがある」

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ
ファンタジー
少年マキトは、目が覚めたら異世界に飛ばされていた。 野生の魔物とすぐさま仲良くなり、魔物使いとしての才能を見せる。 しかし職業鑑定の結果は――【色無し】であった。 適性が【色】で判断されるこの世界で、【色無し】は才能なしと見なされる。 冒険者になれないと言われ、周囲から嘲笑されるマキト。 しかし本人を含めて誰も知らなかった。 マキトの中に秘める、類稀なる【色】の正体を――! ※以下、この作品における注意事項。 この作品は、2017年に連載していた「たった一人の魔物使い」のリメイク版です。 キャラや世界観などの各種設定やストーリー構成は、一部を除いて大幅に異なっています。 (旧作に出ていたいくつかの設定、及びキャラの何人かはカットします) 再構成というよりは、全く別物の新しい作品として見ていただければと思います。 全252話、2021年3月9日に完結しました。 またこの作品は、小説家になろうとカクヨムにも同時投稿しています。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキル素潜り ~はずれスキルで成りあがる

葉月ゆな
ファンタジー
伯爵家の次男坊ダニエル・エインズワース。この世界では女神様より他人より優れたスキルが1人につき1つ与えられるが、ダニエルが与えられたスキルは「素潜り」。貴族としては、はずれスキルである。家族もバラバラ、仲の悪い長男は伯爵家の恥だと騒ぎたてることに嫌気をさし、伯爵家が保有する無人島へ行くことにした。はずれスキルで活躍していくダニエルの話を聞きつけた、はずれもしくは意味不明なスキルを持つ面々が集まり無人島の開拓生活がはじまる。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...